レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ

文字の大きさ
8 / 12
第一部:王国デフォルト・因果回収編

再生する黄金

しおりを挟む
聖騎士団が灰となって消えた森から、俺たちは王都へと戻った。 
夜明け前の薄暗い空気の中、ゴールディング家の朽ち果てた屋敷だけが、まるで墓標のように静かに俺たちを待っていた。

広間には、俺が融資した『原初の魔宝石』を抱きしめたまま、一睡もせずに待ち続けていたエリーゼがいた。

「……おかえりなさいませ、ソラ様。ミィナさんも」

エリーゼが立ち上がる。サファイアブルーの瞳は、昨日までの絶望に濁ったものではなく、爛々と輝く黄金の光を宿していた。だが、彼女はすぐにミィナの異変に気づき、言葉を失った。

「ミィナさん……その、目は……」

「……おはようございます、エリーゼ様。何か、お手伝いすることはありますか?」

その声音に、感情と呼べる揺らぎは一切なかった。 
かつて彼女がエリーゼに向けていた、僅かな警戒も、親しみも、すべてが削ぎ落とされていた。ただ、ソラの背後に影のように寄り添い、命令を待つだけの「完成された兵器」がそこにあった。

「彼女は少し、重い利息を払っただけだ。……気にするな。それより、エリーゼ。あんたの準備はどうだ」

「……はい。この宝石の価値、そして今の私に起きている『奇跡』。すべて理解しました」

エリーゼは宝石をテーブルに置き、俺の前に跪いた。 
彼女は、昨晩屋敷に来た差し押さえ役人の書類が、飛んできた鳥の糞で使い物にならなくなった話を淡々と告げる。LUK値10,000。それは本人の意思に関わらず、彼女に敵対する者の因果を物理的に破壊する暴力だ。

「面白い。だが、そんなのはただの護身だ。……エリーゼ、あんたに与えたのは『守られるための運』じゃない。敵を根絶やしにするための『黄金の弾丸』だ」

俺は彼女の前に、王都の商業ギルドに登録されている『債務者リスト』を広げた。そこには、かつてのゴールディング商会を裏切り、資産を安値で買い叩いた悪徳商会や、彼らと癒着していた貴族たちの名が連なっている。

「今日、あんたはこの宝石を手に市場へ出る。……そして、このリストに載っている連中を一人残らず、合法的に『破産』させろ」

「……合法的に、ですか?」

「ああ。暴力で奪うのはミィナの仕事だ。あんたは『運』という名の不条理を使い、連中の計算を狂わせ、市場から叩き出せ。……できるか?」

エリーゼの瞳に、冷徹なまでの決意が宿る。 
彼女は、感情を失ったミィナの姿を一度だけ見つめ、覚悟を決めたように頷いた。

「……承知いたしました。ソラ様の所有物として、最高の収益を上げてみせます」

           *

王都中央市場。そこは、情報の早さが富を決める、商人の戦場だ。 
エリーゼが市場に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。 
彼女が歩くたび、泥跳ねが彼女を避け、通行人が無意識に道を譲る。継ぎ接ぎだらけのドレスを着ているはずの彼女が、まるで太陽を背負っているかのように眩く見えた。

「おい、見ろよ……あのアバズレ令嬢じゃないか」 
「宝石を見つけたっていう噂は本当か? どうせどこかの男に……」

心ない商人たちの囁きが聞こえる。その中の一人、かつて商会を裏切り、資産を横領して自らの商会を立ち上げた男、バルトスが彼女の前に立ち塞がった。

「やあ、エリーゼお嬢様。ゴミ拾いの調子はどうかな? その汚らしい石ころを、うちで銀貨三枚で買い取ってやってもいいぞ」

バルトスが周囲の笑いを誘うように叫ぶ。 
だが、エリーゼは動じなかった。彼女は静かに、懐から『原初の魔宝石』を取り出した。

「バルトス商会長。……この石の鑑定額は、金貨五万枚。ギルドマスター直々の保証付きです」

「な、……っ!? 馬鹿な、そんな出鱈目が――」

バルトスが宝石を奪い取ろうと手を伸ばした、その時だった。 
市場を駆け抜けていた荷馬車の車輪が、不自然な角度で外れた。外れた車輪は、物理法則を無視したような軌道でバルトスの背中に直撃し、彼を前方のドブ川へと叩き落とした。

「ぎ、ぎゃあぁぁぁっ! なんだ、何が起きた!?」

「……お怪我はありませんか? バルトス様。……ああ、ちょうど良かったです。あなたが独占している『小麦の先物契約書』。そのポケットから覗いているものは、汚水で濡れて文字が読めなくなっているようですが」

ドブ川に落ちたバルトスが、慌てて胸ポケットから書類を取り出す。 
そこには、彼が全財産を賭けて仕込んだ、市場独占のための極秘契約書があった。……だが、ドブの汚水によってインクが完全に溶け出し、ただの真っ黒な紙クズに変わっていた。

「あ、あぁ……。俺の、俺の全財産が……契約が……っ!」

「不運でしたね。……では、失効したその権利。私が適正価格で『回収』させていただきます」

エリーゼが微笑む。 
その笑顔は、かつての優雅な令嬢のものではなく、債権を刈り取る死神のそれだった。

彼女が宝石をギルドの換金所に差し出した瞬間、市場の相場が大暴落した。 
宝石の魔力が王都の経済システムに干渉し、エリーゼに敵対する勢力の資産だけが、雪崩のように価値を失っていく。

「……これが、一万という数値の重み。……ソラ様。私、初めて知りました。世界はこんなにも、簡単に壊れるのですね」

狂乱する商人たちを冷ややかに見下ろす彼女の視界には、新たなログが刻一刻と更新されていた。

『――ターゲット:バルトス商会。資産回収率90%。破産確定』
『ゴールディング商会の信用スコアが限界突破。王都銀行の全資産がエリーゼの管理下に置かれます』

わずか一時間で、王都の経済地図が塗り替えられた。 
エリーゼは、奪い取った莫大な富の証書を手に、俺の元へと戻ってきた。

「……お見事です、ソラ様。……ですが、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「なんだ」

「この幸運の裏側で、誰が『不運』を肩代わりしているのですか?」

鋭い問いだ。 
エリーゼは気づき始めていた。彼女が振るった奇跡の代償が、どこかで別の悲鳴を上げていることに。

「……気づくのが早いな。その答えは、あんたが次に『選択』する時に教えてやる。……利息を払う準備はできているか?」

「……はい。何があろうと」

武力と財力。二つの『借り物』が、この国のシステムを外側から食い破り始めている。

「さあ、王都が燃える前に、次の取り立てを始めようか」

俺の笑みは、黄金の輝きを放つ宝石よりも、深く、昏い闇を湛えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

聖女を怒らせたら・・・

朝山みどり
ファンタジー
ある国が聖樹を浄化して貰うために聖女を召喚した。仕事を終わらせれば帰れるならと聖女は浄化の旅に出た。浄化の旅は辛く、聖樹の浄化も大変だったが聖女は頑張った。聖女のそばでは王子も励ました。やがて二人はお互いに心惹かれるようになったが・・・

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

なんか修羅場が始まってるんだけどwww

一樹
ファンタジー
とある学校の卒業パーティでの1幕。

処理中です...