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第一部:王国デフォルト・因果回収編
不良債権の処理
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王都の路地裏。かつては黄金の門を潜っていたはずの者たちが、今はドブ川のほとりで泥を啜っていた。
王都の繁栄は、もう誰の目にも嘘だと分かるほどに剥がれ落ちていた。
「……クソが。ソラ……あの野郎、絶対に許さねえ。俺の聖剣を、俺の栄光を……ッ!」
アラス・ルミナスは、もはや勇者の面影などない、ただの浮浪者と化していた。
その横には、魔力を失い、ただの粗悪な指輪を抱きしめて震えるリナ。そして、自慢の筋肉が脂肪に変わり、呼吸すら苦しそうなガルトが這いつくばっている。
「アラス……、もういいわよ。あの男は化け物よ。……私たち、もう終わりなのよ」
「うるせえ!俺が……俺が、どれだけ努力したと思ってるんだ!あんな荷物持ちに、俺たちの三年間の実績を奪われてたまるか!」
アラスは懐から、一振りの「黒い小瓶」を取り出した。
それは、王都の闇市で手に入れた、魂を魔力に変換する禁忌の劇薬。……かつての彼なら見向きもしなかった、最底辺の『ドーピング』だ。
「これを飲めば、一瞬だけ全盛期の力を超えられる。……奴が寝ている間に、あの獣人のガキごと、八つ裂きにしてやる」
「……本気なの?」
「やるしかないだろ!このまま消えるくらいなら、奴を道連れにしてやる!」
*
深夜。ゴールディング邸の静寂を破り、三つの影が庭に侵入した。
薬によって無理やり底上げされた魔力が、彼らの身体から黒い霧となって溢れている。アラスの瞳は血走り、もはや人間の理性は残っていなかった。
「……来たか。不良債権の整理にしては、少し遅いくらいだ」
広間のソファに、俺は一人で座っていた。
照明もつけず、ただ月明かりに照らされた俺の姿を見て、アラスが狂ったように笑う。
「ハハハ……!いたぞ、ソラ!無防備だな、死ね!死んで俺に力を返せぇぇ!」
アラスが黒い炎を纏った短剣を振りかざし、俺の喉元へ跳躍した。
だが、その刃が届くことはなかった。
「……下がれ、ゴミが」
背後の闇から現れたミィナが、抜剣すらしていない木剣の鞘で、アラスの腹部を軽く叩いた。
それだけで、薬によって強化されていたはずのアラスの肉体が、まるで布切れのように壁まで吹き飛び、石造りの壁を貫通した。
「ぐ、ふっ……!?馬鹿な……俺は、全盛期の……」
「全盛期?勘違いするな、アラス。お前の全盛期は、俺がお前に『融資』していた時間に過ぎない。その薬で得た力も、お前の未来の寿命を前借りしただけの、新たな借金だ」
俺は立ち上がり、這いつくばる三人の前に歩み寄った。
リナとガルトは、ミィナから放たれる圧倒的な魔圧に押し潰され、呼吸すらままならずに泡を吹いている。
「アラス。三年前、お前に言ったよな。……『貸しには利息がつく』と」
「……ああ、そうだ!お前が、勝手に貸したんだろ!俺は、俺は……っ!」
「返済能力のない人間に、無担保で融資した俺のミスだったよ。だから、今ここで『最終清算』を行う」
俺の手元に、一枚の漆黒の契約書が浮かび上がる。
それは、彼らがこれまでの人生で積み上げてきた、市場価値のある「思い出」「誇り」「家族の絆」――ソラが貸与していなかった部分のすべての価値を、一括で回収するための書類だ。
視界に、禍々しい赤い火花が散った。
『――不渡り債権の最終処理を開始します』
『対象:アラス・ルミナス。リナ・フォレスト。ガルト・バイロン』
『回収対象:記憶、人格、存在確率』
「な、なんだ……!?俺の、俺が誰なのか……思い出せない……」
「アラス……?あなた、誰……?ここは、どこなの……?」
リナの瞳から光が消え、人形のように虚ろになる。
彼らが積み上げてきた経験も、互いへの憎しみすらも、すべては俺への未払い利息として剥ぎ取られ、システムの深淵へと吸い込まれていく。
「……さらばだ、元英雄。お前たちの名前は、明日には誰も覚えていない」
俺の言葉とともに、三人の存在が霧のように薄れ、消え去った。
王都の記録からも、民衆の記憶からも、彼らという「勇者パーティ」の痕跡は完全に抹消された。
「……ソラ様。処理、終わりました」
ミィナが静かに告げる。
その声には、かつての仲間を葬った感傷など、一滴も混じっていなかった。
「ああ。これでようやく、過去の不良債権が片付いた。……次は、本丸だ」
俺は窓の外、王宮と聖堂が並び立つ、王都の心臓部を見据えた。
そこには、三年前の俺を追放し、この国の繁栄という巨大な粉飾決済を維持している連中がいる。
「ミィナ。エリーゼを呼べ。……いよいよ、王国の『倒産』を宣告しに行くぞ」
俺の笑みは、夜の闇よりも深く、そして冷たく、王都を飲み込もうとしていた。
王都の繁栄は、もう誰の目にも嘘だと分かるほどに剥がれ落ちていた。
「……クソが。ソラ……あの野郎、絶対に許さねえ。俺の聖剣を、俺の栄光を……ッ!」
アラス・ルミナスは、もはや勇者の面影などない、ただの浮浪者と化していた。
その横には、魔力を失い、ただの粗悪な指輪を抱きしめて震えるリナ。そして、自慢の筋肉が脂肪に変わり、呼吸すら苦しそうなガルトが這いつくばっている。
「アラス……、もういいわよ。あの男は化け物よ。……私たち、もう終わりなのよ」
「うるせえ!俺が……俺が、どれだけ努力したと思ってるんだ!あんな荷物持ちに、俺たちの三年間の実績を奪われてたまるか!」
アラスは懐から、一振りの「黒い小瓶」を取り出した。
それは、王都の闇市で手に入れた、魂を魔力に変換する禁忌の劇薬。……かつての彼なら見向きもしなかった、最底辺の『ドーピング』だ。
「これを飲めば、一瞬だけ全盛期の力を超えられる。……奴が寝ている間に、あの獣人のガキごと、八つ裂きにしてやる」
「……本気なの?」
「やるしかないだろ!このまま消えるくらいなら、奴を道連れにしてやる!」
*
深夜。ゴールディング邸の静寂を破り、三つの影が庭に侵入した。
薬によって無理やり底上げされた魔力が、彼らの身体から黒い霧となって溢れている。アラスの瞳は血走り、もはや人間の理性は残っていなかった。
「……来たか。不良債権の整理にしては、少し遅いくらいだ」
広間のソファに、俺は一人で座っていた。
照明もつけず、ただ月明かりに照らされた俺の姿を見て、アラスが狂ったように笑う。
「ハハハ……!いたぞ、ソラ!無防備だな、死ね!死んで俺に力を返せぇぇ!」
アラスが黒い炎を纏った短剣を振りかざし、俺の喉元へ跳躍した。
だが、その刃が届くことはなかった。
「……下がれ、ゴミが」
背後の闇から現れたミィナが、抜剣すらしていない木剣の鞘で、アラスの腹部を軽く叩いた。
それだけで、薬によって強化されていたはずのアラスの肉体が、まるで布切れのように壁まで吹き飛び、石造りの壁を貫通した。
「ぐ、ふっ……!?馬鹿な……俺は、全盛期の……」
「全盛期?勘違いするな、アラス。お前の全盛期は、俺がお前に『融資』していた時間に過ぎない。その薬で得た力も、お前の未来の寿命を前借りしただけの、新たな借金だ」
俺は立ち上がり、這いつくばる三人の前に歩み寄った。
リナとガルトは、ミィナから放たれる圧倒的な魔圧に押し潰され、呼吸すらままならずに泡を吹いている。
「アラス。三年前、お前に言ったよな。……『貸しには利息がつく』と」
「……ああ、そうだ!お前が、勝手に貸したんだろ!俺は、俺は……っ!」
「返済能力のない人間に、無担保で融資した俺のミスだったよ。だから、今ここで『最終清算』を行う」
俺の手元に、一枚の漆黒の契約書が浮かび上がる。
それは、彼らがこれまでの人生で積み上げてきた、市場価値のある「思い出」「誇り」「家族の絆」――ソラが貸与していなかった部分のすべての価値を、一括で回収するための書類だ。
視界に、禍々しい赤い火花が散った。
『――不渡り債権の最終処理を開始します』
『対象:アラス・ルミナス。リナ・フォレスト。ガルト・バイロン』
『回収対象:記憶、人格、存在確率』
「な、なんだ……!?俺の、俺が誰なのか……思い出せない……」
「アラス……?あなた、誰……?ここは、どこなの……?」
リナの瞳から光が消え、人形のように虚ろになる。
彼らが積み上げてきた経験も、互いへの憎しみすらも、すべては俺への未払い利息として剥ぎ取られ、システムの深淵へと吸い込まれていく。
「……さらばだ、元英雄。お前たちの名前は、明日には誰も覚えていない」
俺の言葉とともに、三人の存在が霧のように薄れ、消え去った。
王都の記録からも、民衆の記憶からも、彼らという「勇者パーティ」の痕跡は完全に抹消された。
「……ソラ様。処理、終わりました」
ミィナが静かに告げる。
その声には、かつての仲間を葬った感傷など、一滴も混じっていなかった。
「ああ。これでようやく、過去の不良債権が片付いた。……次は、本丸だ」
俺は窓の外、王宮と聖堂が並び立つ、王都の心臓部を見据えた。
そこには、三年前の俺を追放し、この国の繁栄という巨大な粉飾決済を維持している連中がいる。
「ミィナ。エリーゼを呼べ。……いよいよ、王国の『倒産』を宣告しに行くぞ」
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