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第1章:ステータス貸与・追放編
第10話 王都、支払い不能(デフォルト)
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王都中央、白銀の威容を誇る『聖域』。
この国の繁栄を支える「奇跡」の源泉であるはずのその場所は、今や冷え切った空洞のような静寂に包まれていた。かつては聖歌と香煙が満たしていた大気が、今は乾いた紙の匂い――帳簿が焼け焦げるような、焦燥の匂いに塗り替えられている。
その正門前に、一台の豪奢な馬車が止まった。
降り立ったのは、没落したはずの令嬢エリーゼ。その背後に影のように従うミィナ。最後に、漆黒の外套を纏った俺が、ゆっくりと石畳を踏みしめた。
「止まれ!ここはお前たちのような者が立ち入る場所ではない!」
重装の聖騎士たちが長槍を交差させ、行く手を阻む。
だが、彼らの掲げる槍にはかつての輝きはなく、鎧に刻まれた聖印は煤けたように色褪せていた。エリーゼが静かに一歩前へ出ると、その指先に宿る『黄金の因果』が空気を震わせる。
「道を開けなさい。私はエリーゼ・ヴァン・ゴールディング。……この聖域に蓄積された、我が家の『不当利得』を回収しに参りました」
エリーゼの言葉に、騎士たちの顔が引き攣った。
彼らが槍を突き出そうとした瞬間、ミィナが指を一振りした。
パキィン、と乾いた音が響き、騎士たちの鎧の継ぎ目が一斉に弾け飛ぶ。物理的な破壊ではない。彼らに『貸与』されていた聖域の加護が、その場で強制解約(キャンセル)されたのだ。
自重に耐えきれず膝をつく騎士たちを尻目に、俺たちは一度も剣を抜かず、静寂に包まれた大聖堂の中を突き進む。
最深部、『円卓の間』。
そこには、震える手で何度も帳簿を読み返す財務大臣と、怒りで顔を真っ赤にした公爵。そして、無機質な瞳を向けたまま鎮座する教皇がいた。
「ありえない……そんなはずはない!どこだ、計算のどこが間違っている!?これでは、我が国の資産は最初から……っ!」
財務大臣が狂ったようにペンを走らせるが、計算が合うはずもない。
彼が積み上げてきた数字は、エリーゼの不運という「他人の資産」を無断で計上した、虚飾の山だったからだ。
「やはり、来たか。債権者よ」
「挨拶は不要だ。……監査(オーディット)は、もう終わっている」
俺の声が、ひび割れた水晶の部屋に低く響く。
俺は円卓の前に立ち、手にした漆黒の帳簿を広げた。
「な、貴様……監査だと?我らを誰だと思っている!この国の繁栄、その因果を司る……っ!」
「その『繁栄』の帳簿が、真っ赤なんだよ、公爵」
俺が指を弾くと、部屋の空中に巨大な計算式とグラフが浮かび上がった。
赤く燃えるような光が、聖域の壁を染めていく。
「過去三代にわたり、あんたたちはゴールディング家の幸運を横領し、それを元手に無理な『奇跡』を乱発してきた。累積債務は、王国の総資産の十倍を超えている。返済能力なし。担保も枯渇。……よって、本日をもって『王国』というシステムの支払不能(デフォルト)を宣告する」
宣告と同時に、部屋の中央にある巨大な水晶が――音を立てて真っ暗に沈んだ。 王都を照らしていた「永遠の灯火」が、一斉に瞬き、消えていく。
「……デフォルト、か。よかろう。神もまた、貸し倒れる」
教皇が、ゆっくりと立ち上がった。彼の身体から、これまで溜め込んできた『信仰心』という名の魔力が、黒い煤となって溢れ出す。
「だが、このシステムが止まれば、王都の民は皆死に絶えるぞ。奇跡によって保たれた命、繁栄によって膨らんだ食料、それらがすべて消滅する。……貴殿は、その責を負うというのか?」
「負わないね。……それも、あんたたちが無断で引き出した分だ」
俺は冷徹に言い放った。
借金で買った贅沢を、取り立てられたからといって貸主を恨むのは筋違いだ。
「ミィナ、エリーゼ。ここの『価値ある資産』をすべて回収しろ。一滴の魔力、一片の幸運も残すな」
「承知しました。……お覚悟を、教皇様」
ミィナの木剣が、今、初めて鞘から抜かれた。
その刹那、聖堂の天井を支えていた魔力の柱が、耐えきれずに砕け散る。王国の千年という虚飾が、物理的な破壊となって剥がれ落ち始めた。
「……あ、あぁ……私の、私の権威が、消えていく……っ!」
公爵の髪が一瞬で白くなり、若さを保っていた財務大臣の肌が老人のように萎んでいく。
王宮の方角からは、奇跡の停止を悟った民衆の、遠い地鳴りのような悲鳴が聞こえ始めていた。
国家の倒産――それは、奪う側だった者たちが、初めて「返済する側」に回るという意味だった。
崩れ落ちる瓦礫の中で、俺は漆黒の帳簿を静かに閉じた。
清算の火は、すでに王都全体へと燃え広がっている。
この国の繁栄を支える「奇跡」の源泉であるはずのその場所は、今や冷え切った空洞のような静寂に包まれていた。かつては聖歌と香煙が満たしていた大気が、今は乾いた紙の匂い――帳簿が焼け焦げるような、焦燥の匂いに塗り替えられている。
その正門前に、一台の豪奢な馬車が止まった。
降り立ったのは、没落したはずの令嬢エリーゼ。その背後に影のように従うミィナ。最後に、漆黒の外套を纏った俺が、ゆっくりと石畳を踏みしめた。
「止まれ!ここはお前たちのような者が立ち入る場所ではない!」
重装の聖騎士たちが長槍を交差させ、行く手を阻む。
だが、彼らの掲げる槍にはかつての輝きはなく、鎧に刻まれた聖印は煤けたように色褪せていた。エリーゼが静かに一歩前へ出ると、その指先に宿る『黄金の因果』が空気を震わせる。
「道を開けなさい。私はエリーゼ・ヴァン・ゴールディング。……この聖域に蓄積された、我が家の『不当利得』を回収しに参りました」
エリーゼの言葉に、騎士たちの顔が引き攣った。
彼らが槍を突き出そうとした瞬間、ミィナが指を一振りした。
パキィン、と乾いた音が響き、騎士たちの鎧の継ぎ目が一斉に弾け飛ぶ。物理的な破壊ではない。彼らに『貸与』されていた聖域の加護が、その場で強制解約(キャンセル)されたのだ。
自重に耐えきれず膝をつく騎士たちを尻目に、俺たちは一度も剣を抜かず、静寂に包まれた大聖堂の中を突き進む。
最深部、『円卓の間』。
そこには、震える手で何度も帳簿を読み返す財務大臣と、怒りで顔を真っ赤にした公爵。そして、無機質な瞳を向けたまま鎮座する教皇がいた。
「ありえない……そんなはずはない!どこだ、計算のどこが間違っている!?これでは、我が国の資産は最初から……っ!」
財務大臣が狂ったようにペンを走らせるが、計算が合うはずもない。
彼が積み上げてきた数字は、エリーゼの不運という「他人の資産」を無断で計上した、虚飾の山だったからだ。
「やはり、来たか。債権者よ」
「挨拶は不要だ。……監査(オーディット)は、もう終わっている」
俺の声が、ひび割れた水晶の部屋に低く響く。
俺は円卓の前に立ち、手にした漆黒の帳簿を広げた。
「な、貴様……監査だと?我らを誰だと思っている!この国の繁栄、その因果を司る……っ!」
「その『繁栄』の帳簿が、真っ赤なんだよ、公爵」
俺が指を弾くと、部屋の空中に巨大な計算式とグラフが浮かび上がった。
赤く燃えるような光が、聖域の壁を染めていく。
「過去三代にわたり、あんたたちはゴールディング家の幸運を横領し、それを元手に無理な『奇跡』を乱発してきた。累積債務は、王国の総資産の十倍を超えている。返済能力なし。担保も枯渇。……よって、本日をもって『王国』というシステムの支払不能(デフォルト)を宣告する」
宣告と同時に、部屋の中央にある巨大な水晶が――音を立てて真っ暗に沈んだ。 王都を照らしていた「永遠の灯火」が、一斉に瞬き、消えていく。
「……デフォルト、か。よかろう。神もまた、貸し倒れる」
教皇が、ゆっくりと立ち上がった。彼の身体から、これまで溜め込んできた『信仰心』という名の魔力が、黒い煤となって溢れ出す。
「だが、このシステムが止まれば、王都の民は皆死に絶えるぞ。奇跡によって保たれた命、繁栄によって膨らんだ食料、それらがすべて消滅する。……貴殿は、その責を負うというのか?」
「負わないね。……それも、あんたたちが無断で引き出した分だ」
俺は冷徹に言い放った。
借金で買った贅沢を、取り立てられたからといって貸主を恨むのは筋違いだ。
「ミィナ、エリーゼ。ここの『価値ある資産』をすべて回収しろ。一滴の魔力、一片の幸運も残すな」
「承知しました。……お覚悟を、教皇様」
ミィナの木剣が、今、初めて鞘から抜かれた。
その刹那、聖堂の天井を支えていた魔力の柱が、耐えきれずに砕け散る。王国の千年という虚飾が、物理的な破壊となって剥がれ落ち始めた。
「……あ、あぁ……私の、私の権威が、消えていく……っ!」
公爵の髪が一瞬で白くなり、若さを保っていた財務大臣の肌が老人のように萎んでいく。
王宮の方角からは、奇跡の停止を悟った民衆の、遠い地鳴りのような悲鳴が聞こえ始めていた。
国家の倒産――それは、奪う側だった者たちが、初めて「返済する側」に回るという意味だった。
崩れ落ちる瓦礫の中で、俺は漆黒の帳簿を静かに閉じた。
清算の火は、すでに王都全体へと燃え広がっている。
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