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第二部:資産再編・新秩序編
債務者たちの牙、管理者の壁
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王都の機能が完全に停止して三日が経過した。
『再建の盾』の内側では、エリーゼの指揮のもとで整然とした配給と労働の割り振りが始まっている。だが、その平穏な境界線のすぐ外側には、未だに「昨日までの栄光」を捨てきれない「未処理の不良債権」たちが群れていた。
「開けろ! 私はヴァレリウス伯爵だ! 王国の正当な貴族である私を、このような汚い平民共と一緒に並ばせるとは何事だ!」
豪華な装飾が施された煤けた鎧を着た男が、結界の膜を剣の柄で激しく叩いている。
彼の背後には、飢えと疲労で血走った目をした私兵団が十数名。彼らが求めているのは再建への参加ではなく、自分たちが再びふんぞり返るための「拠点」と「食料」の強奪だった。
俺はバルコニーから、その無様な遠吠えを見下ろす。
隣に立つエリーゼが、手元の名簿を確認して冷ややかに告げた。
「ヴァレリウス伯爵。ゴールディング家が没落する際、真っ先に領地を食い荒らしたハイエナの一人です。……現在、彼が個人的に抱えている負債額は、金貨換算で八千枚を超えていますね」
「資産を食いつぶした挙げ句、最後は貸主の家に強盗か。……典型的な、回収不能な不良債権だな」
俺はミィナに視線で合図を送る。 結界の最前線。民衆が怯えて道を開ける中、ミィナが音もなく伯爵の前に降り立った。
「……これ以上、壁を叩かないで。不快です」
「なんだ、その口の利き方は! 貴様のような獣人の小娘が、私に指図をするのか! ソラを出せ! あいつも元は荷物持ちの分際で、この私を拒むというのか!」
ヴァレリウスが激昂し、腰の細剣を引き抜いた。 その瞬間、周囲の温度が数度下がったかのような錯覚が広がった。
ミィナは動かなかった。ただ、黄金の光を微かに帯びた瞳で、伯爵の『価値』を測定するように見つめていた。
「……ソラ様。この個体に、生かしておくほどの利息は期待できません」
ミィナの声は、もはや怒りすら含んでいない。
ただの効率的な機械が、廃棄物の選別を行うかのような無機質な響き。
「殺せとは言っていない、ミィナ。……『資産価値』を剥ぎ取れと言ったんだ」
俺がバルコニーから静かに告げると、ミィナの身体から黒い霧のような魔力が立ち上った。
ヴァレリウスが恐怖に顔を歪め、剣を振り下ろそうとした刹那。
ミィナの指先が、空中に不可視の『契約線』を描いた。
『――債務不履行を確定。強制執行を開始します』
「な、なんだ……!? 身体が……熱い、熱いぃぃっ!」
ヴァレリウスが悲鳴を上げ、その場で転げ回る。
彼の身体から、これまで『貴族』として享受してきた魔力、教養、さらには健康な肉体という名の資産が、目に見える光の粒子となって剥がれ落ちていく。
剥ぎ取られた資産は、そのまま結界の膜へと吸い込まれ、『再建の盾』をさらに強固にするためのエネルギーへと変換された。
数秒後。そこに転がっていたのは、豪華な鎧の中に収まった、ただの「骨と皮ばかりの老人」だった。
彼が持っていた貴族としての誇りも、私兵を従える威圧感も、すべてはソラの管理下にあるシステムへと回収されたのだ。
「ひ、ひぃぃ……! 伯爵様が……!?」
「逃げろ! あいつらは化け物だ!」
私兵たちが武器を投げ捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとする。
だが、ミィナが地面を一蹴りした衝撃波だけで、彼らは結界の前に平伏させられた。
「逃げるな。あんたたちはまだ、返せるものを持っている。……健康な筋肉と、労働力という名の資産をな」
俺はバルコニーから飛び降り、震える彼らの前に着地した。
「エリーゼ。こいつらを労働キャンプへ送れ。……死ぬまで働けば、少しは世の中の役に立ったと言えるだろう」
「承知いたしました。……ミィナ、彼らの『人格』を一部凍結して。命令に従うだけの労働力として最適化(ダウンサイジング)しましょう。……完全ではありませんが、今はこれで十分です」
「……了解」
ミィナが再び手をかざすと、私兵たちの目から光が消え、人形のような従順さが宿った。
これが、新秩序における「負債の返済方法」だ。 感情を捨て、意思を捨て、ただソラの管理する世界のために歯車として回り続ける。
俺は、かつて伯爵だった残骸を一瞥もせず、結界の内側を振り返る。
そこには、俺と契約を結び、最低限の生活を保障された数千の民衆が、恐怖と希望が混ざった複雑な眼差しで俺を見つめていた。
「忘れるな、諸君。俺の壁は、価値ある者だけを守る」
俺の声は、凍てつく王都の夜風に溶けていった。
視界に、整然とした青いログが流れる。
『――強制回収完了。再建エネルギー充填率:12%』
『新規労働ユニット:18名を追加』
『警告:隣国からの「視線」を確認。……偵察個体の接近を検知しました』
「ふん。ハエどもが、俺の資産の匂いを嗅ぎつけたか」
新秩序の構築は、まだ始まったばかりだ。
だが、俺の『貸与者』としての領域を侵す者は、王族だろうが隣国だろうが、等しく不良債権として処理してやる。
『再建の盾』の内側では、エリーゼの指揮のもとで整然とした配給と労働の割り振りが始まっている。だが、その平穏な境界線のすぐ外側には、未だに「昨日までの栄光」を捨てきれない「未処理の不良債権」たちが群れていた。
「開けろ! 私はヴァレリウス伯爵だ! 王国の正当な貴族である私を、このような汚い平民共と一緒に並ばせるとは何事だ!」
豪華な装飾が施された煤けた鎧を着た男が、結界の膜を剣の柄で激しく叩いている。
彼の背後には、飢えと疲労で血走った目をした私兵団が十数名。彼らが求めているのは再建への参加ではなく、自分たちが再びふんぞり返るための「拠点」と「食料」の強奪だった。
俺はバルコニーから、その無様な遠吠えを見下ろす。
隣に立つエリーゼが、手元の名簿を確認して冷ややかに告げた。
「ヴァレリウス伯爵。ゴールディング家が没落する際、真っ先に領地を食い荒らしたハイエナの一人です。……現在、彼が個人的に抱えている負債額は、金貨換算で八千枚を超えていますね」
「資産を食いつぶした挙げ句、最後は貸主の家に強盗か。……典型的な、回収不能な不良債権だな」
俺はミィナに視線で合図を送る。 結界の最前線。民衆が怯えて道を開ける中、ミィナが音もなく伯爵の前に降り立った。
「……これ以上、壁を叩かないで。不快です」
「なんだ、その口の利き方は! 貴様のような獣人の小娘が、私に指図をするのか! ソラを出せ! あいつも元は荷物持ちの分際で、この私を拒むというのか!」
ヴァレリウスが激昂し、腰の細剣を引き抜いた。 その瞬間、周囲の温度が数度下がったかのような錯覚が広がった。
ミィナは動かなかった。ただ、黄金の光を微かに帯びた瞳で、伯爵の『価値』を測定するように見つめていた。
「……ソラ様。この個体に、生かしておくほどの利息は期待できません」
ミィナの声は、もはや怒りすら含んでいない。
ただの効率的な機械が、廃棄物の選別を行うかのような無機質な響き。
「殺せとは言っていない、ミィナ。……『資産価値』を剥ぎ取れと言ったんだ」
俺がバルコニーから静かに告げると、ミィナの身体から黒い霧のような魔力が立ち上った。
ヴァレリウスが恐怖に顔を歪め、剣を振り下ろそうとした刹那。
ミィナの指先が、空中に不可視の『契約線』を描いた。
『――債務不履行を確定。強制執行を開始します』
「な、なんだ……!? 身体が……熱い、熱いぃぃっ!」
ヴァレリウスが悲鳴を上げ、その場で転げ回る。
彼の身体から、これまで『貴族』として享受してきた魔力、教養、さらには健康な肉体という名の資産が、目に見える光の粒子となって剥がれ落ちていく。
剥ぎ取られた資産は、そのまま結界の膜へと吸い込まれ、『再建の盾』をさらに強固にするためのエネルギーへと変換された。
数秒後。そこに転がっていたのは、豪華な鎧の中に収まった、ただの「骨と皮ばかりの老人」だった。
彼が持っていた貴族としての誇りも、私兵を従える威圧感も、すべてはソラの管理下にあるシステムへと回収されたのだ。
「ひ、ひぃぃ……! 伯爵様が……!?」
「逃げろ! あいつらは化け物だ!」
私兵たちが武器を投げ捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとする。
だが、ミィナが地面を一蹴りした衝撃波だけで、彼らは結界の前に平伏させられた。
「逃げるな。あんたたちはまだ、返せるものを持っている。……健康な筋肉と、労働力という名の資産をな」
俺はバルコニーから飛び降り、震える彼らの前に着地した。
「エリーゼ。こいつらを労働キャンプへ送れ。……死ぬまで働けば、少しは世の中の役に立ったと言えるだろう」
「承知いたしました。……ミィナ、彼らの『人格』を一部凍結して。命令に従うだけの労働力として最適化(ダウンサイジング)しましょう。……完全ではありませんが、今はこれで十分です」
「……了解」
ミィナが再び手をかざすと、私兵たちの目から光が消え、人形のような従順さが宿った。
これが、新秩序における「負債の返済方法」だ。 感情を捨て、意思を捨て、ただソラの管理する世界のために歯車として回り続ける。
俺は、かつて伯爵だった残骸を一瞥もせず、結界の内側を振り返る。
そこには、俺と契約を結び、最低限の生活を保障された数千の民衆が、恐怖と希望が混ざった複雑な眼差しで俺を見つめていた。
「忘れるな、諸君。俺の壁は、価値ある者だけを守る」
俺の声は、凍てつく王都の夜風に溶けていった。
視界に、整然とした青いログが流れる。
『――強制回収完了。再建エネルギー充填率:12%』
『新規労働ユニット:18名を追加』
『警告:隣国からの「視線」を確認。……偵察個体の接近を検知しました』
「ふん。ハエどもが、俺の資産の匂いを嗅ぎつけたか」
新秩序の構築は、まだ始まったばかりだ。
だが、俺の『貸与者』としての領域を侵す者は、王族だろうが隣国だろうが、等しく不良債権として処理してやる。
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