レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ

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第1章:銀河創生編

第20話 世界を担保とした銀河投資

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管理都市ゴールディングの夜明けは、あまりに静かだった。  
かつて暴力と貧困が支配していた路地裏すらも、今では計算し尽くされた魔力灯が均一な光を投げかけている。市民たちは規則正しく目覚め、それぞれの能力に適した職務に就き、正当な対価を得る。世界から「不当な負債」は消えた。あらゆる因果の歪みは管理者ソラの帳簿によってミリ単位で補正され、大陸はかつてないほどの安定の中にあった。

だが、この完璧な静寂こそが、ソラにはひどく息苦しかった。  
耳を澄ませても、摩擦の音がしない。不慮の事故も、予測外の怒りも、行き場のない悲しみすらも、すべてが「最適化」というフィルターで濾過されている。それは統治の完成形であると同時に、ソラにとっては停滞という名の緩やかな死に他ならなかった。

「……ソラ様。本日の世界全体の経済成長率は、0.01%。昨日との乖離は完全に収束しており、誤差の範囲内です」

官邸の最上階。執務室の窓際で、エリーゼが静かに告げた。彼女の手元にある黄金の帳簿には、大陸全土を網羅するリソースの流動が記録されているが、その数値の変化はもはや凪のように静まり返っている。   

「資源の再分配、および物流の効率化は完了しました。もはやこの星に、未整理のフロンティアは残されておりません。全ての因果は、ソラ様の掌の上で循環を完結させています」

エリーゼの言葉に、ソラはペンを置き、支配し尽くした空を眺めた。  
傍らに控えるミィナは無言で立っている。その瞳には、かつての危うさは消え、完成された機能美だけが宿っていた。だが、その完璧さこそが彼女から人間らしい欠落を奪い去っているようにも見えた。笑わない、迷わない、無駄な動作一つしない。その静けさは、主(あるじ)の命令を待つだけの、底知れない「未使用領域(デッドスペース)」――未だ何にも染まっていない空白の不気味さを漂わせていた。

「……安定は、観測される側への転落だ、エリーゼ」

ソラの声は、低く、どこか飢えた響きを孕んでいた。

「この狭い次元に留まっている限り、世界はいつか上位システムに標本として固定される。リスクの消失は、この世界を成長する生命から完成された剥製へと変えた。俺は、この満たされた平和にこれ以上耐えられそうにない。俺が求めているのは、管理された安寧ではなく、それを糧にした止まることのない拡張だ」

ソラは立ち上がり、懐から一通の「招待状」を取り出した。セレスティアの聖教国を解体した際、地下祭壇の奥底で手に入れた『神域への優先交渉権(ゴールデン・パス)』。黄金の光を放つその薄い板には、この世界の物理法則すら書き換えるほどの因果が凝縮されている。

「エリーゼ、ミィナ。……これより、この世界そのものを担保に、さらなる資本を調達する。この世界の真の『株主』どもを、ここに呼び出せ」

エリーゼは驚愕を押し隠して深く一礼した。一方、ミィナは一瞬だけ視線を揺らしたものの、即座に木剣の柄に手をかけた。彼女の役割は、主が選んだ道の先にある不条理を斬り伏せることだけだ。

                  *

官邸の屋上。ソラが『ゴールデン・パス』を虚空に掲げ、漆黒の因果を流し込んだ瞬間、夜空が回路のような模様に裂けた。裂け目の向こうから現れたのは、肉体という概念を持たず、星々の輝きを衣服のように纏った三人の影だった。彼らは因果の奔流を椅子にして腰掛け、退屈そうに眼下の世界を見下ろしている。高次元の存在――『神域の投資家』たち。

『――ふむ。辺境の端株を整理した程度の管理者が、我々を呼び出すとはな。随分な身の程知らずだ』

一人の投資家が次元を揺らす。彼らにとって、ソラの世界などポートフォリオの端に載るかどうかの塵に過ぎない。だが、その中の一人――記録媒体のような瞳を持つ影だけが、身を乗り出すようにしてソラを注視した。

『……いや、待て。これは「端株」の範疇ではないな。この個体、自らの因果ベクトルを世界システムそのものと完全同期させている。全資産を単一の帳簿で連結し、物理定数すらも変数として制御下に置いているのか? 異常な資産統合だ。非常に興味深いサンプルだよ』

ソラは、神々の放つ圧倒的な重圧を真正面から跳ね返した。

「あんたたちは、この世界を消費されるだけの娯楽(コンテンツ)だと思っている。だが、俺はこの世界を『無限に成長し続けるプラットフォーム』へと作り替える。そのための、宇宙市場(マーケット)へのアクセス権を要求する」

『……面白いことを言う。だが、市場への扉を開くには相応の担保が必要だ。お前は何を差し出す?』

ソラは躊躇いなく、自らの漆黒の帳簿を高く掲げた。

「俺の所有する、この世界の全主権。……そして、俺自身の『概念(コンセプト)』そのものだ」

エリーゼが激しく息を呑む。ミィナは拳を血が滲むほど強く握りしめた。  
「概念を担保にする」とは、もしソラが不渡りを出せば、この宇宙の因果から彼の全記録が剥奪されることを意味していた。誰も彼を思い出せなくなり、彼が築いた歴史のすべてが、最初から存在しなかった「空白」へと書き換えられる。存在そのものの完全な抹消だ。

それでも、ソラの不敵な笑みは揺るがない。

「俺に外部市場への扉を開け。そうすれば、あんたたちの想像も及ばない規模の『配当』を約束してやる」

沈黙。

神々の視線が、ソラという名の異質な賭博者を監査するように、魂の深淵まで突き刺さる。恒星が一つ瞬くほどの一瞬の後、次元の裂け目から冷徹なシステムログが響き渡った。

『――承認。個体名:ソラを「銀河規模の清算人」として仮登録する』

視界に、透明な極光(オーロラ)があふれ出した。

『――新秩序:銀河市場の解放を確認』 『警告。これより先は、論理の通じぬ“狂った負債”が蔓延る領域です』

「望むところだ。俺の帳簿には、まだ数え切れないほどの余白がある」

ソラは、かつてのどの戦いよりも深い不敵な笑みを浮かべた。  
大陸を制し、神を従え、ついに彼は世界という枠組みすらも投資の道具に変えた。  
新たな市場の幕が開く。管理者の孤独は、その質を劇的に変え、次なる狂乱へと繋がっていく。
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