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第1章:銀河創生編
第21話 宇宙不渡りを背負う漂流者
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管理都市ゴールディングの最上階。かつて「空」と呼ばれていた場所は、今や銀河市場へと繋がる次元港(ディメンション・ポート)へと書き換えられていた。
だが、そこはもはや人類が知る穏やかな空ではない。管理権限によって展開された因果の防壁が、大気圏の外側で未知のエネルギーと衝突し、絶えず次元の摩擦音を響かせている。開かれた銀河市場の門からは、制御しきれない暴力的な情報の奔流が不協和音となって流れ込み、管理都市を震わせていた。
「……ソラ様。銀河市場への接続、不安定ながらも維持しています。これより先は、物理法則そのものが外部資本の影響を受ける領域となります」
傍らに立つエリーゼが、空間に投影された無機質なレーダーを弾いた。彼女の瞳には、かつて管理人の一部であった『天秤の瞳』がもたらす高次元の視覚が宿っている。それは今や、次元の向こう側から流れてくる「価値なき残骸」を冷徹に選別するための、巨大な監査装置そのものだった。
「……何か、来る。嫌な、重たい匂い」
ミィナが木剣の柄に指を沈ませ、一点を凝視した。彼女の「未使用領域」が本能的な警告を発していた。次元の裂け目から漏れ出すのは、この世界のいかなる悲劇とも異なる、底なしの「絶望」の質量だ。
その瞬間、夜空の回路が激しくスパークし、一つの巨大な質量が港の広場へと叩きつけられた。大理石の床が粉砕され、凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
もうもうと立ち込める煙の中から現れたのは、黄金の鎧を纏った一人の男だった。
だが、その鎧の胸元に刻まれたアステリア王国の紋章は、歴史そのものから切り離されたように色褪せ、ボロボロと剥がれ落ちていた。かつて英雄の証であったはずの聖剣に刻まれた「不滅の誓約」も、今や錆に埋もれ、一文字も読み取ることはできない。
「……ここ、は……。我が世界、アステリアは……消えたのか……?」
男は虚ろな瞳で周囲を見渡し、血を吐きながら床を這った。彼の身体からは、凄まじい勢いで魔力――いや、その存在の根拠そのものが「砂」となって崩れ落ちている。その砂は地面に触れる前に蒸発し、かつて彼が救ったであろう人々の、か細い祈りの残響だけを撒き散らしていた。
『――判定:完全デフォルト。所属世界の消滅により、担保価値が消失しました』
『当該個体は存在そのものが「不良債権」と化しています』
システムログが、無慈悲な事実を突きつける。
ソラは、這いつくばる男の前に静かに降り立った。彼から溢れ出す因果の砂が、ソラの靴に触れるたびに、手にした漆黒の帳簿が不快なノイズを奏でる。それは、世界という基盤を失った「ゴミ」を、システムが拒絶している証だった。
「……助けて、くれ。誰でもいい、私の世界を……買い戻させてくれ……」
男はソラの裾を掴もうとするが、その指先すらも砂となって崩れていく。
「無理だな。あんたの世界『アステリア』は、すでに宇宙の帳簿から抹消された。あんたが今流しているのは、支払えなくなった『存在の利息』だ。あと数分もすれば、あんたの記憶も魂も、この次元の圧力に耐えられず塵になって消える」
「そん、な……。私は、魔王を倒したはずだ! 平和を、勝ち取ったはずなんだ!」
男の絶叫に、ソラは冷めた視線を送る。
「魔王を倒すために、あんたは神からどれだけの『奇跡』を前借りした? 勝利はいつだって後払いだ。代価を支払う計画も立てず、不相応な借金で買い取った平和など、長続きするはずがない。……それが“帳尻”だ、勇者」
ソラの言葉は、刃のように鋭く男の絶望を切り裂いた。
「……ソラ様。この個体、処分しますか? この男一人を維持する因果で、我が国の街一つ分の寿命を一年は買い支えられます。維持する理由のない、死に体の不良資産です」
エリーゼが事務的に処分を具申する。彼女の天秤は、すでにこの男の価値を「ゼロ」と弾き出していた。
だが、ソラの手の中にある漆黒の帳簿が、突如として低く、重い唸りを上げた。ページに記された資産目録の最下段。そこには本来表示されるはずのない、「未確定の潜在価値」が不気味に脈動していた。 ソラは眉をひそめ、男を凝視する。鎧のひび割れの奥で微かに、しかし確かに輝いている一つの「種」を捉えた。
「いや、買い取る。……ミィナ、その男を『保全』しろ」
「……了解」
ミィナが男の肩に手を置くと、彼女の「未使用領域」から溢れ出した黄金の回路が男を包み込み、その存在の崩壊を強引に停止させた。
「勇者。……いや、債務者。俺は聖者じゃない。お前の世界を復活させるつもりもない。……だが、その『種』を担保に差し出すなら、お前の存在を、俺の帳簿の隅で雇用してやってもいい」
「種……? これは、アステリアの……最後の生命の、可能性……」
「そうだ。世界が消えても、その『再生の可能性』だけは、まだ市場での価値がある。……選べ。このまま無に還るか。それとも、俺の執行ユニットとして、宇宙中の不当な負債を刈り取るために泥を啜って生きるか」
ソラは男の前に、漆黒の契約書を突きつけた。
それは救済ではない。破産した英雄の「残余価値」を、骨の髄まで絞り出すための無慈避な雇用契約だ。男は震える手で、その契約書に血を滲ませた。
『――新規契約成立:ユニット名、アステリアとして再定義』
『警告。統計的に不自然な速度で、類似の「不渡り世界」が増加中。連鎖倒産の予兆を検知しました』
「……不自然な速度、だと?」
ソラは、契約を結んだ男をミィナに預け、夜空の深淵を睨みつけた。
一つの世界がデフォルトしただけではない。何者かが宇宙全体の「因果の循環」を阻害し、計画的に世界を破綻へと追い込んでいる。
「面白い。……どうやら、宇宙そのものを『空売り』している奴がいるらしいな」
ソラは不敵な笑みを浮かべ、帳簿を強く閉じた。空売り(ショート)――つまり、世界の滅亡という暴落に全資産を賭け、破滅を加速させることで莫大な利益を得る。そんな悪辣な投資手法を、次元規模で行っている「略奪者」がいる。
「エリーゼ、銀河市場の全チャートを広げろ。……ゴミ拾いは終わりだ。これからは、この宇宙を不渡りに追い込んでいる真犯人の資産を、根こそぎ奪い取りに行くぞ」
新たな敵は、世界を滅ぼして利益を得る「次元の投資家」たち。
管理者の支配は、ついに星々の海を越え、宇宙の理(システム)そのものを買い叩く戦いへと突入した。
だが、そこはもはや人類が知る穏やかな空ではない。管理権限によって展開された因果の防壁が、大気圏の外側で未知のエネルギーと衝突し、絶えず次元の摩擦音を響かせている。開かれた銀河市場の門からは、制御しきれない暴力的な情報の奔流が不協和音となって流れ込み、管理都市を震わせていた。
「……ソラ様。銀河市場への接続、不安定ながらも維持しています。これより先は、物理法則そのものが外部資本の影響を受ける領域となります」
傍らに立つエリーゼが、空間に投影された無機質なレーダーを弾いた。彼女の瞳には、かつて管理人の一部であった『天秤の瞳』がもたらす高次元の視覚が宿っている。それは今や、次元の向こう側から流れてくる「価値なき残骸」を冷徹に選別するための、巨大な監査装置そのものだった。
「……何か、来る。嫌な、重たい匂い」
ミィナが木剣の柄に指を沈ませ、一点を凝視した。彼女の「未使用領域」が本能的な警告を発していた。次元の裂け目から漏れ出すのは、この世界のいかなる悲劇とも異なる、底なしの「絶望」の質量だ。
その瞬間、夜空の回路が激しくスパークし、一つの巨大な質量が港の広場へと叩きつけられた。大理石の床が粉砕され、凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
もうもうと立ち込める煙の中から現れたのは、黄金の鎧を纏った一人の男だった。
だが、その鎧の胸元に刻まれたアステリア王国の紋章は、歴史そのものから切り離されたように色褪せ、ボロボロと剥がれ落ちていた。かつて英雄の証であったはずの聖剣に刻まれた「不滅の誓約」も、今や錆に埋もれ、一文字も読み取ることはできない。
「……ここ、は……。我が世界、アステリアは……消えたのか……?」
男は虚ろな瞳で周囲を見渡し、血を吐きながら床を這った。彼の身体からは、凄まじい勢いで魔力――いや、その存在の根拠そのものが「砂」となって崩れ落ちている。その砂は地面に触れる前に蒸発し、かつて彼が救ったであろう人々の、か細い祈りの残響だけを撒き散らしていた。
『――判定:完全デフォルト。所属世界の消滅により、担保価値が消失しました』
『当該個体は存在そのものが「不良債権」と化しています』
システムログが、無慈悲な事実を突きつける。
ソラは、這いつくばる男の前に静かに降り立った。彼から溢れ出す因果の砂が、ソラの靴に触れるたびに、手にした漆黒の帳簿が不快なノイズを奏でる。それは、世界という基盤を失った「ゴミ」を、システムが拒絶している証だった。
「……助けて、くれ。誰でもいい、私の世界を……買い戻させてくれ……」
男はソラの裾を掴もうとするが、その指先すらも砂となって崩れていく。
「無理だな。あんたの世界『アステリア』は、すでに宇宙の帳簿から抹消された。あんたが今流しているのは、支払えなくなった『存在の利息』だ。あと数分もすれば、あんたの記憶も魂も、この次元の圧力に耐えられず塵になって消える」
「そん、な……。私は、魔王を倒したはずだ! 平和を、勝ち取ったはずなんだ!」
男の絶叫に、ソラは冷めた視線を送る。
「魔王を倒すために、あんたは神からどれだけの『奇跡』を前借りした? 勝利はいつだって後払いだ。代価を支払う計画も立てず、不相応な借金で買い取った平和など、長続きするはずがない。……それが“帳尻”だ、勇者」
ソラの言葉は、刃のように鋭く男の絶望を切り裂いた。
「……ソラ様。この個体、処分しますか? この男一人を維持する因果で、我が国の街一つ分の寿命を一年は買い支えられます。維持する理由のない、死に体の不良資産です」
エリーゼが事務的に処分を具申する。彼女の天秤は、すでにこの男の価値を「ゼロ」と弾き出していた。
だが、ソラの手の中にある漆黒の帳簿が、突如として低く、重い唸りを上げた。ページに記された資産目録の最下段。そこには本来表示されるはずのない、「未確定の潜在価値」が不気味に脈動していた。 ソラは眉をひそめ、男を凝視する。鎧のひび割れの奥で微かに、しかし確かに輝いている一つの「種」を捉えた。
「いや、買い取る。……ミィナ、その男を『保全』しろ」
「……了解」
ミィナが男の肩に手を置くと、彼女の「未使用領域」から溢れ出した黄金の回路が男を包み込み、その存在の崩壊を強引に停止させた。
「勇者。……いや、債務者。俺は聖者じゃない。お前の世界を復活させるつもりもない。……だが、その『種』を担保に差し出すなら、お前の存在を、俺の帳簿の隅で雇用してやってもいい」
「種……? これは、アステリアの……最後の生命の、可能性……」
「そうだ。世界が消えても、その『再生の可能性』だけは、まだ市場での価値がある。……選べ。このまま無に還るか。それとも、俺の執行ユニットとして、宇宙中の不当な負債を刈り取るために泥を啜って生きるか」
ソラは男の前に、漆黒の契約書を突きつけた。
それは救済ではない。破産した英雄の「残余価値」を、骨の髄まで絞り出すための無慈避な雇用契約だ。男は震える手で、その契約書に血を滲ませた。
『――新規契約成立:ユニット名、アステリアとして再定義』
『警告。統計的に不自然な速度で、類似の「不渡り世界」が増加中。連鎖倒産の予兆を検知しました』
「……不自然な速度、だと?」
ソラは、契約を結んだ男をミィナに預け、夜空の深淵を睨みつけた。
一つの世界がデフォルトしただけではない。何者かが宇宙全体の「因果の循環」を阻害し、計画的に世界を破綻へと追い込んでいる。
「面白い。……どうやら、宇宙そのものを『空売り』している奴がいるらしいな」
ソラは不敵な笑みを浮かべ、帳簿を強く閉じた。空売り(ショート)――つまり、世界の滅亡という暴落に全資産を賭け、破滅を加速させることで莫大な利益を得る。そんな悪辣な投資手法を、次元規模で行っている「略奪者」がいる。
「エリーゼ、銀河市場の全チャートを広げろ。……ゴミ拾いは終わりだ。これからは、この宇宙を不渡りに追い込んでいる真犯人の資産を、根こそぎ奪い取りに行くぞ」
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