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第2章:多次元市場編
第31話 多次元オークション・惑星一括競売の罠
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その光景は、一言で言えば「星々の墓場」だった。
バザロフから奪った単眼鏡(モノクル)を嵌めて覗き込む視界。
そこには、ロット番号を刻印された無数の惑星が、無機質な商品としてコンテナに詰められ、虚空に陳列されている。
かつての故郷を彩っていたはずの情景は、すべて数値化された「資産価値」の羅列に変換されていた。
多次元市場の最深部――中央競売場。
そこには焦げたオゾンの匂いと、数値を叫ぶ不規則な罵声が渦巻いている。
因果を金へと換金する「解体屋」たちの狂騒は、物理的な熱気となって艦橋(ブリッジ)のシールドを叩いた。
「……ソラ様。これ、全部売られているんですか?」
ミィナの声が、ノイズの混じった空気の中で震える。
彼女の目に見えているのは、まだ美しく輝く小さな光の粒だろう。
だが、単眼鏡を介した俺の視界には、その光を雁字搦(がんじがら)めにする「黒い因果の鎖」が透けて見える。
「ああ。運営に行き詰まり、支払えなくなった『地代』の代わりに差し押さえられた、担保の成れの果てだ」
俺は冷徹に、その光景を分析する。
一つ一つのロットに浮かび上がる「価格タグ」。
そこに記されているのは、一宇宙の全生命が一生をかけても稼げないほどの、法外な数字だった。
『――さあ、淑女諸君! 本日の目玉商品だ! ロット番号:パッケージ77。辺境宇宙から回収された「優良惑星100個セット」!』
競売台に立つ男――全身が流動する金属でできたオークション官・ヴァルガスが、大音量で叫ぶ。
彼の背後では、因果計算機が唸り声を上げ、一瞬ごとに期待利回りを弾き出している。
『開始価格は、わずか1億マルチ・クレジット! 豊かな資源、従順な原住民。手に入れるだけで、貴方の宇宙の利回りは倍増間違いなしだ!』
会場のあちこちから、欲望に塗(まみ)れた入札の声が上がる。
上位市場の投資家たちにとって、惑星100個など、ただのポートフォリオの調整材料に過ぎない。
だが、俺の単眼鏡が、その資産の裏側に潜む「歪み」を捉えた。
「……エリーゼ。あの100個の惑星。因果の浸透率を計測しろ。何か、おかしい」
「了解、ソラ様。……計測完了。報告します。全惑星の核に、共通の『遅延型負債構造』を検知!これは……表面上の価値を維持したまま、内側から因果が空洞化しています」
エリーゼの報告は、俺の確信を裏付けた。
あれは市場で古くから黙認されている、最も悪質な「ゴミ捨て」だ。
維持費が爆発的に膨れ上がり、破綻寸前になった毒入り資産を、パッケージ化して他人に押し付ける。
この市場の俗語で言うところの――『サブプライム・惑星債権』。
『さあ、入札はないか!? 3億、5億……! 今ならまだ格安だ!』
「……10億(テン・ビリオン)」
俺の声が、熱狂する会場を冷たく切り裂いた。
一瞬、すべての罵声が止まった。
静寂。
これまで沈黙していた「第889宇宙」の監査艦から発せられた法外な数字に、会場中の投資家たちが息を呑む。 ヴァルガスの複数の瞳が、カチカチと音を立ててこちらを向いた。
『……ほう、10億! 第889宇宙のソラ殿、新規参入早々、素晴らしい決断だ! 他に――』
「勘違いするな。俺は『買う』と言ったんじゃない」
俺は椅子から立ち上がり、単眼鏡を指で弾いた。
俺の意志と同期したマスター・アカウントが、会場全域に強制監査ログを投影する。
「ロット77。全100惑星の隠し負債を、この場で開示する。ヴァルガス、あんたが売ろうとしているのは、維持費だけで100億を超える『負債の爆弾』だ。……違うか?」
会場に映し出されたのは、優良惑星の核を侵食する真っ黒な負債の数式。
先ほどまで入札していた投資家たちが、裏切られた怒りと恐怖で一斉に身を引いた。
『な……っ!? 貴様、何ということを! これは神聖なオークションだぞ! 市場の流動性を妨害する気か!』
「流動性だと? 笑わせるな。不良債権を隠して他人に売りつけるのは、市場の維持ではなく、ただの詐欺だ」
俺は、狼狽(ろうばい)するヴァルガスに、冷酷な「取引」を提示した。
「このままだと、あんたの信用スコアは暴落し、この会場そのものが運営停止になる。……それを回避する唯一の方法を、俺が知っている」
『……な、何だと?』
「そのロット77……ゴミの塊の『負債処理権』を、俺に譲渡しろ。代わりに、俺がこの場の負債をすべて一時的に凍結してやる」
会場全体が、ざわめきに包まれる。
他人の借金を肩代わりする? そんな狂気、多次元市場の常識ではあり得ない。
だが、負債を処理する過程で、それら惑星が持つ「原始のソースコード」を合法的に抽出できることを、俺だけが知っていた。
「さあ、選べ。……名誉ある破産か。俺という装置への権利譲渡か」
ヴァルガスの流動金属の身体が、計算過多で赤く熱を帯びる。
『……承諾する。ロット77の全権利を、ソラ殿へ譲渡。……ただし、負債の処理が滞(とどこお)った場合、貴様の存在座標を永久に凍結し、全次元からその「名前」を抹消させてもらうぞ』
「……ああ、構わない。俺の辞書に、『不渡り』の文字はない」
俺の手元に、100個の惑星を繋ぐ鎖が、重々しい音を立てて転がり込んできた。
それと同時に、俺の脳内から、また一つ「安らぎ」という名の感情が削り取られていく。
だが、その冷たい全能感こそが、今の俺にはふさわしかった。
「エリーゼ。……100惑星の『解体・再構築』を開始しろ。……市場のゴミを、俺たちの武器に作り替えるぞ」
ソラの瞳は、もはや救世主のそれではない。
市場のバグを飲み込み、あらゆる音を吸い込む絶対的な「虚無」の体現者だった。
多次元の海に、冷徹な静寂が広がり始めていた。
バザロフから奪った単眼鏡(モノクル)を嵌めて覗き込む視界。
そこには、ロット番号を刻印された無数の惑星が、無機質な商品としてコンテナに詰められ、虚空に陳列されている。
かつての故郷を彩っていたはずの情景は、すべて数値化された「資産価値」の羅列に変換されていた。
多次元市場の最深部――中央競売場。
そこには焦げたオゾンの匂いと、数値を叫ぶ不規則な罵声が渦巻いている。
因果を金へと換金する「解体屋」たちの狂騒は、物理的な熱気となって艦橋(ブリッジ)のシールドを叩いた。
「……ソラ様。これ、全部売られているんですか?」
ミィナの声が、ノイズの混じった空気の中で震える。
彼女の目に見えているのは、まだ美しく輝く小さな光の粒だろう。
だが、単眼鏡を介した俺の視界には、その光を雁字搦(がんじがら)めにする「黒い因果の鎖」が透けて見える。
「ああ。運営に行き詰まり、支払えなくなった『地代』の代わりに差し押さえられた、担保の成れの果てだ」
俺は冷徹に、その光景を分析する。
一つ一つのロットに浮かび上がる「価格タグ」。
そこに記されているのは、一宇宙の全生命が一生をかけても稼げないほどの、法外な数字だった。
『――さあ、淑女諸君! 本日の目玉商品だ! ロット番号:パッケージ77。辺境宇宙から回収された「優良惑星100個セット」!』
競売台に立つ男――全身が流動する金属でできたオークション官・ヴァルガスが、大音量で叫ぶ。
彼の背後では、因果計算機が唸り声を上げ、一瞬ごとに期待利回りを弾き出している。
『開始価格は、わずか1億マルチ・クレジット! 豊かな資源、従順な原住民。手に入れるだけで、貴方の宇宙の利回りは倍増間違いなしだ!』
会場のあちこちから、欲望に塗(まみ)れた入札の声が上がる。
上位市場の投資家たちにとって、惑星100個など、ただのポートフォリオの調整材料に過ぎない。
だが、俺の単眼鏡が、その資産の裏側に潜む「歪み」を捉えた。
「……エリーゼ。あの100個の惑星。因果の浸透率を計測しろ。何か、おかしい」
「了解、ソラ様。……計測完了。報告します。全惑星の核に、共通の『遅延型負債構造』を検知!これは……表面上の価値を維持したまま、内側から因果が空洞化しています」
エリーゼの報告は、俺の確信を裏付けた。
あれは市場で古くから黙認されている、最も悪質な「ゴミ捨て」だ。
維持費が爆発的に膨れ上がり、破綻寸前になった毒入り資産を、パッケージ化して他人に押し付ける。
この市場の俗語で言うところの――『サブプライム・惑星債権』。
『さあ、入札はないか!? 3億、5億……! 今ならまだ格安だ!』
「……10億(テン・ビリオン)」
俺の声が、熱狂する会場を冷たく切り裂いた。
一瞬、すべての罵声が止まった。
静寂。
これまで沈黙していた「第889宇宙」の監査艦から発せられた法外な数字に、会場中の投資家たちが息を呑む。 ヴァルガスの複数の瞳が、カチカチと音を立ててこちらを向いた。
『……ほう、10億! 第889宇宙のソラ殿、新規参入早々、素晴らしい決断だ! 他に――』
「勘違いするな。俺は『買う』と言ったんじゃない」
俺は椅子から立ち上がり、単眼鏡を指で弾いた。
俺の意志と同期したマスター・アカウントが、会場全域に強制監査ログを投影する。
「ロット77。全100惑星の隠し負債を、この場で開示する。ヴァルガス、あんたが売ろうとしているのは、維持費だけで100億を超える『負債の爆弾』だ。……違うか?」
会場に映し出されたのは、優良惑星の核を侵食する真っ黒な負債の数式。
先ほどまで入札していた投資家たちが、裏切られた怒りと恐怖で一斉に身を引いた。
『な……っ!? 貴様、何ということを! これは神聖なオークションだぞ! 市場の流動性を妨害する気か!』
「流動性だと? 笑わせるな。不良債権を隠して他人に売りつけるのは、市場の維持ではなく、ただの詐欺だ」
俺は、狼狽(ろうばい)するヴァルガスに、冷酷な「取引」を提示した。
「このままだと、あんたの信用スコアは暴落し、この会場そのものが運営停止になる。……それを回避する唯一の方法を、俺が知っている」
『……な、何だと?』
「そのロット77……ゴミの塊の『負債処理権』を、俺に譲渡しろ。代わりに、俺がこの場の負債をすべて一時的に凍結してやる」
会場全体が、ざわめきに包まれる。
他人の借金を肩代わりする? そんな狂気、多次元市場の常識ではあり得ない。
だが、負債を処理する過程で、それら惑星が持つ「原始のソースコード」を合法的に抽出できることを、俺だけが知っていた。
「さあ、選べ。……名誉ある破産か。俺という装置への権利譲渡か」
ヴァルガスの流動金属の身体が、計算過多で赤く熱を帯びる。
『……承諾する。ロット77の全権利を、ソラ殿へ譲渡。……ただし、負債の処理が滞(とどこお)った場合、貴様の存在座標を永久に凍結し、全次元からその「名前」を抹消させてもらうぞ』
「……ああ、構わない。俺の辞書に、『不渡り』の文字はない」
俺の手元に、100個の惑星を繋ぐ鎖が、重々しい音を立てて転がり込んできた。
それと同時に、俺の脳内から、また一つ「安らぎ」という名の感情が削り取られていく。
だが、その冷たい全能感こそが、今の俺にはふさわしかった。
「エリーゼ。……100惑星の『解体・再構築』を開始しろ。……市場のゴミを、俺たちの武器に作り替えるぞ」
ソラの瞳は、もはや救世主のそれではない。
市場のバグを飲み込み、あらゆる音を吸い込む絶対的な「虚無」の体現者だった。
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