レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ

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第2章:多次元市場編

第35話 銀行中枢への潜入

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そこは、光すらも「資産」として計算される場所だった。
一回の呼吸ごとに、肺から因果の酸素が「手数料」として徴収され、影を落とすことさえも占有権の侵害として記録される。

多次元銀行の本拠地、中枢都市。
視界を埋め尽くすのは、幾何学的な模様を描きながら流動する膨大なデータストリームだ。

「……ソラ様。偽装ID、限界です。これ以上は私たちの存在が『未登録のバグ』として消去されます」

エリーゼの声が、極限まで圧縮された通信となって脳内に響く。
彼女は今、全リソースをステルスに振り切り、銀行の基幹システムに一時的な『空白(ヌル)』を作り出すことで、俺たちの存在を隠蔽していた。

「……っ」

ミィナが咄嗟に咳き込みそうになり、喉を押さえて耐えた。
この空間では、激しい感情の揺れや不要な生理現象は、即座に「過剰な演算コスト」として検知され、銀行の追跡を招く。
ガイウスら監査部隊もまた、一言も発さず、思考を最低限の戦闘ロジックに限定して歩を進めていた。

俺たちは現在、銀行の表帳簿を潜り抜け、深淵に隠された物理空間――『影の回廊』を歩いている。

「……凍結されているだけじゃない」

ミィナが、回廊の壁面に並ぶ標本を見つめ、声を殺して呟いた。
そこには無数の「氷漬けにされた銀河」が並んでいたが、中には因果の崩壊で半分溶け出し、歪な幾何学模様へと変じている廃宇宙も混じっている。
それらは、返済不能となり、価値を徹底的に搾り取られた世界のなれの果てだった。

「…………」

ソラは無言で、その死の静寂を見つめた。
銀行にとっての完成された秩序。言葉にする必要さえなかった。この標本たちが、何よりも雄弁にその理想を語っている。

「ソラ様、警告。……入り口の守護を確認」

回廊の最奥。論理の壁が実体化したかのように歪み、一人の巨人が姿を現した。
全身が古い羊皮紙と絶え間なく更新される数字で構成された異形の守護者――『取り立ての巨像(タックス・ゴーレム)』。

『――不当アクセスを検知。貴公らの歩み、一歩ごとに進入損害金を計上。……現在、貴公らの残存存在確率は――残り30%』

巨像が腕を振り下ろす。それは概念の打撃。
衝撃が走った瞬間、ミィナの視界が急速に色を失い、暗転しかける。
エリーゼの演算回路からも、過負荷による火花が散った。

「……ガイウス、行け」

「御意に、オーナー・ソラ。……我らは既に、差し押さえ済みの存在。二度と帳簿に戻れぬ身、恐れるものなどなし」

ガイウス率いる監査部隊が、一斉に巨像へと肉薄した。
彼らが纏う『負債の毒』が巨像の体表にある「数字」と衝突し、激しい演算火花を散らす。
巨像が提示する「税」を、騎士たちが自らの「負債」で相殺し、存在の擦り合いに持ち込む泥沼の戦闘。

その隙を突き、ソラは巨像の核へと一歩踏み込んだ。

「……待て。その計算(ロジック)、ズレているぞ」

単眼鏡(モノクル)の視界で、巨像の胸部にある数式が激しく明滅し、赤く反転する。
ソラは、銀行が宇宙規模で繰り返してきた「粉飾決算」の歪みが、その核に最も濃く現れているのを見逃さなかった。

「この銀行は、存在しない『架空の因果』を担保に、無数の宇宙へ融資を行っている。……この巨像の動力源も、実は裏付けのない『空手形』だ」

ソラがペンを走らせ、巨像の核に直接「監査命令」を書き込む。

「執行。……あんたの実在性を疑う(クエスチョン)。……裏付けのない資産は、今この瞬間をもって――無へと差し戻す」

絶叫のような電子音が響き、巨像の身体を構成していた数字が、バラバラに崩れ落ちた。
存在の矛盾を突きつけられたシステムは、自壊する以外の選択肢を持たなかった。

砂のように消えていく巨像を越え、ソラは重厚な黒い扉の前に立った。
その扉の向こうには、多次元市場を揺るがす、究極の「偽造の記録」が眠っている。

「……エリーゼ。扉を開けろ」

重々しい音を立てて開かれた扉の向こう側。
そこにあったのは、美しき黄金の帳簿でも、膨大な記録の山でもなかった。

無限に続く、空っぽの「虚無」の書架。
多次元市場の全信用を司る銀行の最奥は、あまりにも静かで、何もなかった。
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