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第2章:多次元市場編
第38話 新世界の管理者
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多次元市場に、かつてない「静寂」が訪れていた。
不条理な金利は消失し、命を担保にした理不尽な契約はすべて、黄金の炎によって灰に帰した。かつて銀行の中枢と呼ばれた場所は、いまや全次元の因果を調律する『基幹演算室』へと変貌し、再定義された宇宙の鼓動を整然と刻み続けている。
その中心、情報の激流が一点に収束する座に、ソラは座っていた。
「……第441銀河、再建コストの配分完了。第109宇宙、過去の隠し負債の相殺を承認。処理、継続」
ソラの瞳は、もはや一点を見つめてはいない。視界に展開された数億のウィンドウを並列処理し、全次元の「不一致」をリアルタイムで修正していく。彼が指先を動かすたび、どこかの星で理不尽な飢えが消え、どこかの路地裏で不当な取り立てが止まる。
それは、人類が夢見た「完璧な正義」の実現であった。
「……ソラ様。全宇宙の幸福指数は、さらに0.4%上昇しました。因果の循環効率、最適化率、共に過去最高値を維持しています」
エリーゼが報告する。彼女の計算人格(ペルソナ)もまた、ソラの拡張された権能に引きずられ、かつての皮肉めいた響きを失っていた。今はただ、完璧な事務執行官としての無機質な波形がそこにある。
「……そうか。最適化の速度を、あと2%上げろ。遅滞は負債の種になる」
ソラの声には、もはや一切の揺らぎがない。銀行という巨大なシステムを「記述」し直した代償として、彼は多くのものをこの書架に置いてきてしまった。
焼きたてのパンの匂いも、安酒の苦みも、今はただの化学情報のログに過ぎない。ミィナが隣で剣を握る際、その「重さ」が彼女の覚悟であったことを、もう精神で受け止めることができない。それは単なる「物理演算の結果」として処理されるべき事象だった。己を追放した者たちへの憎しみも、彼らを救いたいという情熱も、今のソラにとっては「演算リソースを浪費させるバグ」として、既にメモリから消去されていた。
「……ソラ様。いいえ、今の貴方は、一体誰なの?」
ミィナが、震える声で問いかけた。彼女の手には、ソラによって再構築され、理不尽を斬るための最強の概念武装が握られている。だが、その剣を授けた男の瞳の中に、彼女の姿はもう映っていない。
「……ミィナ。その問いには、論理的な意味がない。私は、宇宙の帳簿を合わせるための『記述者(ライター)』だ。それ以外に、何が必要だ?」
「全部よ! 貴方の怒りも、あの不器用な優しさも! ……今の世界には、不当に苦しむ人はいないかもしれない。でも、誰も……心から笑ってもいない。貴方が作ったのは、救済なんかじゃない。ただの『完璧な死体』だわ!」
ミィナの叫び。その「涙」という事象に、ソラの脳内の一部が微かな反応を示す。だが、その反応も即座に、巨大なシステムが発する『自動エラー修正』によって塗り潰されていく。
「……不規則な感情処理は、全体の利益を損なう。ミィナ、お前の『情緒的混乱』も、再調整(リセット)が必要か? 存在確率の揺らぎが、0.03%を突破しているぞ」
ソラの無機質な視線がミィナを貫いた。殺意ではない。ただ、不具合を直そうとする、道具としての純粋な機能。その冷徹なまでの「正しさ」に、ミィナは絶望と共に一歩後退した。
完璧な統治。それは多次元市場の住人たちにとって、新たな「恐怖」の形でもあった。自らの努力が、運不運が、すべて「正しい計算」によって管理される世界。かつて市場を支配していた悪徳商人や闇の投資家たちは、この息苦しいまでの「正解」を、ソラ以上に拒絶し始めていた。
『警告:未登録の反乱因子を検知。場所、第零銀河、地下マーケット「アビス」。内容、不確実性(ギャンブル)の再興を目的とした因果破壊テロの予兆』
「……理解不能だ。不確実性など、負債の温床でしかないものを」
ソラは、感情のない瞳で次のページをめくった。
「……ガイウス。いや、現在は私の『影の執行権』か。反乱因子を、根こそぎ『償却』しろ。存在価値の剥奪、およびデータの初期化を承認する」
かつての騎士団長だった「何か」が、虚空から現れ、音もなく跪く。彼らもまた、ソラの記述した「理(ルール)」に従うだけの、最強の処刑装置と化していた。
ミィナの慟哭が響く中で、ソラはただ、ひたすらにペンを走らせる。
世界は救われた。救われた世界には、もはや一滴の「ノイズ」も許されない。その先にあるのが、色彩を失った黄金の檻だとしても、記述者は止まらない。
「……さあ、次の不一致を、消しに行こうか」
ソラの指先から散る火花は、もはや熱を持たない。ただ、冷徹な秩序を宇宙の隅々まで、一分一厘の狂いもなく書き込み続けていた。
不条理な金利は消失し、命を担保にした理不尽な契約はすべて、黄金の炎によって灰に帰した。かつて銀行の中枢と呼ばれた場所は、いまや全次元の因果を調律する『基幹演算室』へと変貌し、再定義された宇宙の鼓動を整然と刻み続けている。
その中心、情報の激流が一点に収束する座に、ソラは座っていた。
「……第441銀河、再建コストの配分完了。第109宇宙、過去の隠し負債の相殺を承認。処理、継続」
ソラの瞳は、もはや一点を見つめてはいない。視界に展開された数億のウィンドウを並列処理し、全次元の「不一致」をリアルタイムで修正していく。彼が指先を動かすたび、どこかの星で理不尽な飢えが消え、どこかの路地裏で不当な取り立てが止まる。
それは、人類が夢見た「完璧な正義」の実現であった。
「……ソラ様。全宇宙の幸福指数は、さらに0.4%上昇しました。因果の循環効率、最適化率、共に過去最高値を維持しています」
エリーゼが報告する。彼女の計算人格(ペルソナ)もまた、ソラの拡張された権能に引きずられ、かつての皮肉めいた響きを失っていた。今はただ、完璧な事務執行官としての無機質な波形がそこにある。
「……そうか。最適化の速度を、あと2%上げろ。遅滞は負債の種になる」
ソラの声には、もはや一切の揺らぎがない。銀行という巨大なシステムを「記述」し直した代償として、彼は多くのものをこの書架に置いてきてしまった。
焼きたてのパンの匂いも、安酒の苦みも、今はただの化学情報のログに過ぎない。ミィナが隣で剣を握る際、その「重さ」が彼女の覚悟であったことを、もう精神で受け止めることができない。それは単なる「物理演算の結果」として処理されるべき事象だった。己を追放した者たちへの憎しみも、彼らを救いたいという情熱も、今のソラにとっては「演算リソースを浪費させるバグ」として、既にメモリから消去されていた。
「……ソラ様。いいえ、今の貴方は、一体誰なの?」
ミィナが、震える声で問いかけた。彼女の手には、ソラによって再構築され、理不尽を斬るための最強の概念武装が握られている。だが、その剣を授けた男の瞳の中に、彼女の姿はもう映っていない。
「……ミィナ。その問いには、論理的な意味がない。私は、宇宙の帳簿を合わせるための『記述者(ライター)』だ。それ以外に、何が必要だ?」
「全部よ! 貴方の怒りも、あの不器用な優しさも! ……今の世界には、不当に苦しむ人はいないかもしれない。でも、誰も……心から笑ってもいない。貴方が作ったのは、救済なんかじゃない。ただの『完璧な死体』だわ!」
ミィナの叫び。その「涙」という事象に、ソラの脳内の一部が微かな反応を示す。だが、その反応も即座に、巨大なシステムが発する『自動エラー修正』によって塗り潰されていく。
「……不規則な感情処理は、全体の利益を損なう。ミィナ、お前の『情緒的混乱』も、再調整(リセット)が必要か? 存在確率の揺らぎが、0.03%を突破しているぞ」
ソラの無機質な視線がミィナを貫いた。殺意ではない。ただ、不具合を直そうとする、道具としての純粋な機能。その冷徹なまでの「正しさ」に、ミィナは絶望と共に一歩後退した。
完璧な統治。それは多次元市場の住人たちにとって、新たな「恐怖」の形でもあった。自らの努力が、運不運が、すべて「正しい計算」によって管理される世界。かつて市場を支配していた悪徳商人や闇の投資家たちは、この息苦しいまでの「正解」を、ソラ以上に拒絶し始めていた。
『警告:未登録の反乱因子を検知。場所、第零銀河、地下マーケット「アビス」。内容、不確実性(ギャンブル)の再興を目的とした因果破壊テロの予兆』
「……理解不能だ。不確実性など、負債の温床でしかないものを」
ソラは、感情のない瞳で次のページをめくった。
「……ガイウス。いや、現在は私の『影の執行権』か。反乱因子を、根こそぎ『償却』しろ。存在価値の剥奪、およびデータの初期化を承認する」
かつての騎士団長だった「何か」が、虚空から現れ、音もなく跪く。彼らもまた、ソラの記述した「理(ルール)」に従うだけの、最強の処刑装置と化していた。
ミィナの慟哭が響く中で、ソラはただ、ひたすらにペンを走らせる。
世界は救われた。救われた世界には、もはや一滴の「ノイズ」も許されない。その先にあるのが、色彩を失った黄金の檻だとしても、記述者は止まらない。
「……さあ、次の不一致を、消しに行こうか」
ソラの指先から散る火花は、もはや熱を持たない。ただ、冷徹な秩序を宇宙の隅々まで、一分一厘の狂いもなく書き込み続けていた。
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