レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ

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第2章:多次元市場編

第40話 記述者の逆撃

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黄金の空が、ひび割れた。

第零銀河「アビス」を覆うどす黒い雲を突き破り、雷鳴のような衝撃が降り注ぐ。それは物理的な雷ではない。記述者(ライター)として覚醒したソラが、自らの座標を強引に書き換えたことで生じた、空間定義の衝突音だった。

競技場の中央、真鍮の球体が放つ青白い乱数。その中心へ、ソラは絶対的な重量感を持って着地した。

「……計算不能なノイズ。それが、この掃き溜めの正体か」

ソラの瞳は、透き通るような白髪に縁取られ、かつての温もりを一切拒絶している。彼の周囲では、降りしきる酸性雨さえもが「水滴」としての定義を奪われ、空中で静止した数式へと分解されていた。
だが、ソラは直感していた。眼前の真鍮の球体――『ランダム・エンジン』だけは、今の自分の理(ルール)が届かない、剥き出しの例外であることを。

「ひ、ひいぃ……っ!」

老投資家が這いずりながら後退する。彼が見たのは、救世主でも神でもない。全次元の不条理を許さない、あまりに冷酷で完璧な「帳簿の化身」だった。

「ガイウス。監査を交代しろ。この特異点の処理は、私の直轄とする」

背後に控えていた影の騎士たちが、音もなく霧散する。ガイウスの兜の奥で一瞬、困惑の光が明滅したが、それも記述者の一言で「沈黙」へと固定された。

「ソラ様、待って!」

ミィナが駆け寄ろうと地面を蹴る。だが、彼女がその手に宿した情熱がソラに届くより早く、不可視の壁が彼女を弾き飛ばした。ソラが構築した『干渉拒否』の境界。ミィナは指先に伝わる絶対的な拒絶の冷たさに、自らの言葉が届かなかったことを悟り、唇を噛み締めた。

「ミィナ。お前の感情も、この乱数と同様に処理を乱す。そこに座って、私の清算を見届けていろ」

「そんな……! 私を、ただの観測データとして切り捨てるつもりなの……っ!?」

ソラは答えない。彼はただ、震える『ランダム・エンジン』に右手を伸ばした。

球体が激しく脈動し、青白い放電がソラの指先を焼く。
確率は狂い続けていた。ソラが掴もうとすれば「空振り」になり、破壊しようとすれば「再生」という目が出る。記述者の『確定させる力』が、サイコロの目によってことごとく裏切られていた。

「面白いな。因果の裏付けがないからこそ、私の記述を撥ね退けるか。……ならば、この確率そのものを『資産』として定義し直すまでだ」

ソラの脳内に、激しい摩擦熱が走る。
負ける権利。不条理を笑う権利。
それは、ソラが全次元を救うために真っ先に捨てたはずのものだった。

「……私は、この不確実性の『期待値』を買い取る」

ソラがマスター・アカウントのペンを、自らの掌に突き立てた。溢れ出したインクは、ソラ自身の「存在確率」を代価とした、究極の記述。

「執行。これより、アビス全域の『偶然』を、私の負債として計上する。支払いは、人間としての残存記憶、全量で行う」

確率を資産として制御できるのは、市場のルールを書き換える記述者のみ。ソラは制御不能なカオスを強引に「負債」として自分の帳簿に組み込むことで、管理下に置くという暴挙に出た。

『――警告。メモリの致命的な欠落を検知。個体名「ソラ」の同一性が維持不能になります』

エリーゼの警告音が、空虚な頭蓋に響く。
だが、ソラは止まらなかった。記述のインクが真鍮の球体を侵食し、不規則に回っていた歯車を強引に停止させていく。

一(ピン)でもない。六(ロク)でもない。
ソラが書き込んだのは、「記述者が望んだ目」という名の、絶対的な因果。

バキリ、と音がして、ランダム・エンジンの表面に亀裂が入った。老投資家が守ろうとした「不確実な自由」が、ソラの圧倒的な資本によって、買収されていく。

やがて、アビスを包んでいた青白い光が収まり、競技場には死のような静寂が戻った。真鍮の球体は、黄金の鎖で縛られ、ただの「制御された演算機」としてソラの足元に鎮座している。

「……これで、不一致(ノイズ)は消えた」

ソラが振り返る。その顔には、もはやミィナという個人の名前を認識するための「知識」さえ、残っているのか疑わしい。

ミィナは、ただ呆然とその姿を見つめることしかできなかった。ソラは勝った。不確実性にすら勝利し、世界を完璧な秩序へと一歩近づけた。
しかし、その代償として。ソラの瞳からは、かつて隣を歩いていた誰かの面影さえも、もう失われていた。

「……次へ行くぞ。まだ、書き終えていない“あの男”のページがある」

ソラが歩き出す。その足音は、もはや人間のそれではなく、正確無比なメトロノームのように、世界の心臓を刻み続けていた。
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