レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ

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第3章:因果債務・再起編

第47話 市場の残響

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「待て。柱の下部、石の噛み合わせが甘い。これでは馬が一度衝突しただけで、防衛線(柵)ごと崩れるぞ」

村の入り口。泥にまみれた若者が、必死に太い杭を支えていた。かつての第一重装歩兵連隊長、レオンはその若者の手元を厳しく、だが的確に指し示す。

「すみません、レオンさん!……よし、これならどうですか!」

「……ふん、合格だ。次の杭へ行け。手際が良くなってきたな」

若者は、レオンに認められた誇らしさに顔を上気させ、すぐさま次の作業へと駆け出した。かつて絶望で座り込んでいた彼らの手には、今や「自分たちの場所を造っている」という、重く確かな手応えが宿っている。

「……あいつ、意外と教えるのが論理的だな。騎士団時代もそうやって部下を育てていたのか」

ソラは街道沿いの切り株に座り、ボロボロの手帳にペンを走らせていた。傍らではミィナが、村の女性たちに混じって乾燥薬草の袋詰めを手伝っている。

「ソラ様。レオンさん、昨夜も一人で柵の裏側に回って、侵入経路を確認していたんですよ。本当に根っからの守備専門家なんですね」

「有能な人材を適切に配置できたのは、監査官としての面目躍如だな」

ソラが口角を上げた、その時だった。
街道の向こうから、整然とした蹄の音と共に、数台の馬車が近づいてくる。

「ほう。焼き払われたゴミ捨て場だと思っていたが、多少はマシな形を成してきたようだな」

馬車から降りてきたのは、質の良い絹の服を纏った、冷静な眼差しを持つ男だった。
指にはめられた大粒の宝石以上に、その鋭い観察眼が、彼がただの強欲な商売人ではないことを物語っている。

「……『大金貨商会』のガルド支部長か。こんな辺境まで、何の用だ?」

ソラが立ち上がると、ガルドは冷笑を浮かべ、一枚の羊皮紙を無造作に広げた。

「この村の土地は、かつて勇者アラスが我らから軍資金を融資された際、『担保』として設定されている。アラスが消えた今、債務不履行により所有権は我らに移転した。……法的にはな」

村人たちの間に、冷たい緊張が走る。
だが、ソラは動じない。単眼鏡(モノクル)越しにその書状を見透かし、鼻で笑った。

「所有権の移転、か。……だが、ガルドさん。あんた、第4条の『瑕疵(かし)担保責任』に関する付帯条項を忘れてるんじゃないか?」

「ふん。それがどうした? 天災や戦災による毀損は債務者の責任……。担保価値が落ちたところで、所有権の移転自体に支障はない」

「いや、違うな。この村を焼いたのは『借り主』であるアラス自身だ。管理不行き届きどころか、借り主による意図的な損壊だ」

ソラは一歩踏み出し、ガルドの目を真っ向から見据える。

「つまりこの土地は、あんたらにとって『維持管理義務』が発生している不良物件なんだよ。所有権を主張するなら、まずはこの三年間の土地の荒廃、および汚染に対する『原状回復費用』を支払うのが筋だ。……エリーゼ」

空中に、透明なエリーゼの影が浮かび上がる。

「内訳を出しました。家屋再建費用で200枚。土壌の魔力汚染浄化に100枚。そして――この三年間の『営業機会損失』に対する慰謝料として200枚。合計金貨500枚。今すぐキャッシュで払えますか?」

「……500枚だと? 馬鹿な、そんな額が認められるはずがなかろう!」

ガルドの表情が、初めて険しく歪んだ。冷静さを保とうとしているが、提示された数字の「正当性」を頭の中で計算し、それが決してハッタリではないことに気づいたのだ。

「ええい、無礼な。……力づくで排除しろ!」

ガルドの合図で、馬車の陰に潜んでいた傭兵たちが一斉に抜剣した。
だが、彼らが踏み出すよりも早く、鋭い笛の音が響いた。

「――陣を組め! 杭の後ろへ!」

レオンの号令。
先ほどまで丸太を担いでいた村の若者たちが、板を打ち付けた急ごしらえの盾を構え、一瞬にして傭兵たちの進路を塞ぐように「V字」の防衛陣形を組んだ。
ただの威圧ではない。傭兵たちの死角を突き、退路を断つように配置された若者たちの動きは、洗練された戦術そのものだった。

「……これ以上は、建築作業の邪魔だ。この『瑕疵』をこれ以上増やしたくなければ、引くことだな」

レオンが錆びた大剣を抜き、地面に突き立てる。
一介の傭兵たちが、元連隊長の統率された「軍」に立ち向かえるはずもなかった。彼らはレオンの放つ静かな殺気と、整然とした村人たちの構えに圧され、後退していく。

「……ガルドさん。500枚払ってここを買い取るか、それとも債権を放棄して損切りするか。……あんたのような賢い商人なら、どちらが『黒字』か分かるだろう?」

ソラはガルドの手に書状を押し戻した。焼却などしない。
「無効な契約」を突き返されたことこそが、商人である彼にとって最大の敗北だからだ。

「…………。……いいだろう。この不良物件の回収は、一時保留とする」

ガルドは苦虫を噛み潰したような顔で、しかし冷静に馬車へと戻った。
馬車が砂埃を上げて去っていく。

「やった……。追い払ったぞ!」

「レオンさんの言った通りだ、あいつら本当に手が出せなかった!」

村人たちが歓声を上げ、互いの肩を叩き合う。
ソラは再び切り株に座り、手帳に最後の一行を書き加えた。

『資産:団結した防衛意識。負債:なし(悪徳債権の交渉拒絶)』

遠くから、再び杭を打つ乾いた音が響き始める。
誰かに与えられた平和ではなく、自分たちの手で守り抜いた一日の始まり。

夕闇が迫る村で、若者たちがレオンに誇らしげに報告する声を聞きながら、ソラは少しだけ誇らしく、ペンを懐に収めた。
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