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第三十四回 朔《さく》

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 元々才があり、
 すぐに印障《いんしょう》を使えるようになった紅《こう》と、
 空を飛んで移動する。地上に降りると、それをみていた人たちが、
 蜘蛛の子を散らすよう逃げていった。

「あっ、驚かせた」

「三咲《みさき》なんか変じゃなかったか?
 いま怯えてたように見えたが......」

「仙人を?確かにおかしかったけど......」

 まず近くの町を探す。

「まあ、とりあえず町に入って、ここがどこだか知らないと」  

 歩いていると、町らしきものが見えてきた。
 近くにいた宿の主人らしき人に話を聞く。

「あのすみません。ここは何という国ですか?」

「ここかい。陵魁《りょうかい》だよ。
 あんた知らずに来たのかい?」

「ええ、実は朔《さく》という国にいきたいのですが」

「朔《さく》......あそこはやめときな」

 にべもなくそういわれた。

「どうして?」

「あそこには仙人が統治してるんだ......」

(なんだ、このいやそうな顔は、仙人がいるとまずいのか......
 伝えない方がいいか)
  
 紅《こう》の方を見ると紅《こう》はうなづいた。

「仙人が、それは知りませんでした。それはまずいですね」

「だろ。恐ろしい話だ」
 
「じゃあその仙人が何をしでかしたのですか?」

「......あれさ、曇斑疫《どんはんえき》
 あれを作ったのが仙人だって話じゃないか」

「えっ!?」

「聞いてなかったのかい?今や国中の噂だよ。
 それに最近燎向《りょうこう》でも、
 王様に化けてたらしいじゃないか、俺も昔から思ってたのさ、
 仙人なんて得体の知れねえもん、危ないってな」

 いくつかの場所で聞き込みをすると、
 同じ様な噂がたっていた。

「これは......」

「どうやら、仙人が病気をばらまいたってことを、
 本当に信じているみたいだな」

「......だけど、必ずしも嘘じゃない。
 あれは陰の気をいれて作ってるから......
 とりあえず朔《さく》の国までは、
 仙人だということは隠して行こう」

「その方が良さそうだ」

 馬車を乗り、朔《さく》の国へと向かう。

 次の日には朔《さく》の王都、妙星《みょうせい》についた。
 壮麗な建物が立ち並ぶ、とても優美な都市だった。
 しかし、意外にも人通りが少ない。

「人が少ないな。観光地てもあるらしいのに」

「ああ、噂と関係あるのかもな」

 歩いているうち、
 街中に兵士たちが巡回しているのが目についた。

「これは監視かな」

「みたいだが、妙に緊張感があるな。
 だが、燎向《りょうこう》とは違う感じだ。
 兵士も特に威圧的じゃなさそうだしな」

 とりあえず話をしてみる。

「ええ、最近町で放火や破壊工作を行う事件が多発していまして、
 そのために警備、巡回強化をしているんです」

 兵士は意外なほど、好意的で丁寧な対応をしてくれる。

「それは犯人に目星はついているのですか?」

「......ええ、おそらく【ハイセントウ】が関わってるのかと......」

「【ハイセントウ】?」

「その名前のとおり、
 仙人さまを排し人間の世界に戻すという考えを持つ、
 排仙党《はいせんとう》という集団です。
 この国は仙人さまに統治されているのが許せないのでしょう」

(そんな集団が現れているのか......これは仙人に会わないとな)

 僕と紅《こう》は顔みてうなづく。

「すみませんが、この国を統治する仙人に会いたいのですが」

「命炎仙《みょうえんせん》さまに......いや、さすがにそれは......」

「僕は仙人なんです」

 そういって懐のコマリをみせた。 

「それは霊獣《れいじゅう》!?失礼しました!」

 そういって兵士は恐縮しながら、王宮に案内してくれた。
 王宮の門前で兵士に礼をいいわかれると、
 門番が中に通してくれる。

「話が早くて助かる」

「仙人さまさまだな」

 前からかなり身分の高そうな老人がやってきた。

「朔《さく》へようこそ仙人さま、ささ、こちらに」

 そう招かれた。老人は志斎《しさい》といい、
 この国の大臣だった。

「志斎《しさい》大臣。
 この国を治める命炎仙《みょうえんせん》さまは、
 十二大仙ですよね」

「いかにも、この国はかつて貧しく、
 飢えに苦しむような土地だったそうです。
 それを哀れに思った命炎仙《みょうえんせん》さまは、
 地上におり、この国を作ったと言い伝えられております」

 そう誇らしげに胸を張っていった。  

「それで三咲《みさき》さま、
 紅花《こうか》さまはなにようでこちらに?」

「実は曇斑疫《どんはんえき》に関わっている者が、
 ここの薬瓶を持っていたそうなのです」 

「曇斑疫《どんはんえき》に!?」

 志斎《しさい》大臣は驚いてこちらを振りかえる。

「なにか?」

「失礼、そうですか」

「あのこちらでは曇斑疫《どんはんえき》は、
 どのくらい広がりましたか?」

「......いいえ」

「えっ?」

「この国では曇斑疫《どんはんえき》は発生しておりませぬ」

「いや、そんなはずないだろ。世界中に流行ったんだから」

 紅《こう》がそう口を挟む。

「それが本当なのです......
 それ故、我が国が曇斑疫《どんはんえき》をひろめたなどと、
 根も葉もない噂になっておって、
 この国に来る者もどんどん減っております......」

 そういって志斎《しさい大臣は苦渋の顔をした。

「それでみんな仙人を恐れさけているのか」
 
「......はい、申し訳ございません」

「ですが、何か理由があるのですか」 

「おそらくですが、曇斑疫《どんはんえき》が流行る前に、
 この国である飲料が流行りました。
 それは霊丹水《れいたんすい》といいました」

「霊丹水《れいたんすい》?」

「はい、ひとくち飲めば体から力が漲る霊水という触れ込みで、
 みなこぞって飲んでおりました。かくいう私もですが......
 命炎仙《みょうえんせん》さまに、みてもらったのですが、
 それは、内丹術ゆえ問題ないとのことでしたので」

「そうか、その霊丹水《れいたんすい》のお陰で、
 ここには曇斑疫《どんはんえき》が拡まらなかったのか......」

「なんのためだ?」

 紅《こう》が首を捻る。

「わからないな......志斎《しさい》大臣、
 その霊丹水《れいたんすい》はどこから入手できたのですか?」

「それが灰混仙《かいこんせん》という仙人が、
 作っていたようです」

「灰混仙《かいこんせん》!?」

 僕と紅《こう》が顔を見合わせる。
 
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