暁の旋律

ひっつー

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第一章 始ノ章

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いつまでこんな事を続ければいいの――。
 
 とある森の奥深く、誰も目につかない所に、神萄(しんどう)という名の小さな集落がある。
 昔から存在しているのにも関わらず、この村は日本のどこの地図にも存在していない、表舞台に現れることの無い幻の場所。
 どうして長年この場所が公に知られていないのは……ここの住人が、この村に来た人間を一人残さず殺しているからである。どうして私がこの事実を知っているのかというと――。
 
 そこでは昔からの風習で五年に一度、十八歳に満たない少女を対象に神萄の巫女、略称して神巫(かんなぎ)を決めるための行事が行われる。数人の候補者の中に私も含まれていた。この時は神巫になる事はとても誇らしい事だと思っていた……。
 だけど、その行事の前の日にとある男性と女性の二人が恐らくこの辺で登山をしていて道に迷ってしまったのだろう、それを思わせる荷物の量を彼らは担いでいた。その人たちを村は盛大に歓迎した。
 宴は日付が変わるまで続き、皆明日の大事な行事を控えているのでまだ盛り上がっているが途中でお開きとなった。その前には私、神童琴己(しんどうことこ)は自室に戻り早めに就寝していた。
 ……だけど、ふと私は目を覚ました。
 外は真っ暗でまだ日は上がっていないということは、およそ深夜の二時、三時の辺りだと思う。このまま寝ようにもなかなか寝付けれるような感じではなく、仕方無く少し外へ散歩することにした。雲一つ無く、空にはたくさんの星と満ちかけ、月が辺りを照らしていて、まるで早朝のような明るさに感じた。
 しばらく空と、風に揺らぐ木々の音を聞いて気持ちを落ち着かせていた。――のだが……。
「た、たすけてくれーっ!」
 何処かで聞き覚えのある声が私の耳を伝う。しかもその声は段々に私の方に近づいてきて、慌てて近くの建物に身を潜めた。
 すると……。
 先程の男性が物凄い形相で何かから逃げていた。一体何が起きているのかさっぱり分からず、もう少し様子を見ていると、その彼の後を追うかのように数数の村人がやってきた。その手には、農具である鍬や鎌、五丁鍬、フォーク等が握られていた。
 この時点で嫌な予感はしていたものの……それを先に感じた体が恐怖に圧されて動けなかった。
 そのまま様子を伺っていると、私と目と鼻の先ぐらいの所で男性が石に躓いて転んでしまった。そして、慌てて立ち上がろうとしたが村人達に取り押さえられてしまった。
 そこで私は恐ろしい光景を目にした。
 何の躊躇いもなく村人達はそれぞれが持っている凶器となる物を男性に勢いよく突き刺し、その刹那、男性の断末魔が周囲に響き渡った。
 それはまるで地獄絵図の様な光景だった――。
 所々から血が吹き出し、肉が削げ落ちてその奥から骨、内蔵が至る所から顔を出し始める。
 その光景に体が過剰に反応し、吐き気を起こした。慌てて村人達に見つからないように近くの茂みに入り、一生懸命声を殺して胃に入ってるモノ全てを吐き出した。
 だけど、全て吐き出したはずなのにまだ何かが胃に残っているような感覚が残っている……。
 ふと、気がついたら辺りはしーんと静まり返っていて私はそっとさっきの場所に戻り、様子を伺うと……。
 村人達は息を切らして、ただの肉の塊でしかない男性の死体を見ていた。私もそれにつられて死体を見てしまい、また吐き気を呼び起こした。早急に視線を逸らして何とかそれは抑えたけど、その時私はふと思った。
 果たして男性と一緒にいた女性はどうなってしまったのか、と……。
 静かにこの場を立ち去り、急いで女性がいる部屋向かった。
 ――しかし、部屋には女性の姿は無く、ただ大量の血が染み込んだ布団が無造作に置かれているだけだった。
「――遅かった……」
 外に飛び出し、辺りを見渡すと、ここからかなり離れた所に怪しい様子で辺りをキョロキョロする村人の姿が見えた。すかさずそれに目をつけた私は村人に見つからないようにその後を追いかけた。
 そのうち森の奥深くまでやって来ていた。
 近くの茂みに隠れ、様子を伺うと……。その村人が向かった先に男性を惨殺した村人達もそこにいた。そしてその近くに何かを覆っているブルーシートが置いてあった。
「誰にも見つからなかったか?」
「あぁ、大丈夫だ。それよりさっさとこれを片付けちまおうぜ」
「そうだな、明日の準備があるのに、こんな奴らのせいでとんだ手間をっ!!」
 そう言ってブルーシートを荒々しく取り払った。
 そこには先程私の目の前で無惨に殺された男性の死体と――。
 その隣の物体をよーく見ると、首と手足が体から切り離されてバラバラになった女性の死体がそこに転がっていた。
 ――どうしてこんなことを……。
 これを見て私は無意識の内に冷静に状況を判断して一つだけ分かったことがある。
 どうしてこの村はこの森を越えて日本の表舞台に出ようとしないのか……?
 どうしてこの村の存在を知られていないのか……?
 ――それは、この村自体が表舞台を拒み、この場所をを知られてはいけないとし、ここに立ち入る外部の人間をこうやって殺してはこの森の何処かに死体を遺棄し、いつも通りの日常を送るということ。
 でもそれは触れてはいけない、謂わば禁止事項【タブー】なのだと……。
 一歩間違えればこの村の均衡を崩しかねない重要な事だと本能がそれを察した。
 そして、その死体の近くに前もって掘ってあると思われる穴が大きくぽっかり空いていた。
 そこに村人達は息を合わせてブルーシートを持ち上げ荒々しく死体を穴に放り投げた。その際、穴の下に落ちた衝撃で肉と肉がぶつかり合いぐちゃぐちゃっと生々しいく嫌な音が聞こえ、無性に鳥肌が立った。
 村人が完全に居なくなったのを見計らって茂みから出て、穴の中を恐る恐る覗き込んだ――。
 その光景に私は驚きのあまり、声も出ず、目を背くことも出来なかった。
 ざっと百体は越えてると思われる死体の山々がそこに転がっていた。この時間に正直見える訳ないと思ったけれど、その意に反して満月を明日に控えた月の斜光が奇跡的に木々の隙間を潜り抜け、丁度穴の中を照らしている。奥までとはいかないが、大体真ん中辺りまで見え、途轍もなく腐敗臭が酷く、鼻がおかしくなってしまいそうだ。
 どれほど人を殺してきたのか、考えるだけで背筋がゾッとして、汗と震えが収まらない……。このままここにいたら本当に頭がおかしくなってしまいそうな気がしたし、あまり考えられないが……村人にこの場所にいる私を見つけたらきっと口封じの為に牢屋に監禁もしくは殺されるという最悪な事態を招かねない――。そう思った私は早々に森を抜け出した。
 外出をしてどのくらい経過したのだろうか……気が付けば朝日が空に昇り始めていた。
 きっと私と同じ状況に立たされた人なら多分こう思う。
「――もうそんなに過ぎたの……家に帰ろう――」
 昼からこの村の巫女を決める祭りをし、その後巫女になる為の儀式を行い、巫女として初めて役目を果たし一日を終える。その為に少しでもいいから仮眠をとって今の精神状態を落ち着かせたい……。
 重い足取りで私は帰宅し、布団に倒れこみ、眠りに就いた――。

 およそ二時間弱しか結局眠れず朝の眩しい日差しによって起こされた。
 ……しんどい。二度寝をしようと試みたが、時間が進むにつれてどんどん真夏の太陽のせいで次第に室内と布団内の温度が上昇していき、もうそれどころではなくなっていた。
 渋々布団から出て、特に行事が始まるまですることがないから外に出ることにした。
 今日も相変わらず天気が良いが、私の心は全くの曇り模様だ……。
 この子達はこの村の裏の実態を知ったら一体何を思うのだろうかな……? 元気よく遊んでいる子供達の姿を見ながら、昨夜の事を思い出し、深い溜め息を漏らす。
「若者が何? 年寄り臭い溜め息を吐いているんだ?」
 突然後ろから声を掛けられ少々驚いた。そして、声がする方に体を振り向かせた。
 そこに私の父、神童天之条(しんどう あまのじょう)が心配そうな表情(かお)で私を見ていた。
「一体何かあったのか?」
「実はね、昨夜――」
「ん? 昨夜がどうかしたのか?」
 その時一瞬何か嫌な予感がした。
 父、天之条は齢四十の身でこの村の村長を務めている。……だから、あまり疑いたくはないが、もしかすれば父はこの村の裏の事情を知っているのかもしれない。もしそれが当たっていて、私が昨夜の事を聞いた瞬間……恐らく私に明日は永遠に訪れない――。
 だから、この件については決して誰にも言わない事が自分を守る為の手段であり、禁止事項【タブー】を犯すことはない……。
 でも、裏の事情を知ってしまった以上私は見逃すわけにはいかない、ここにいる子供達の未来の為にもこの禁止事項【タブー】を壊さないといけない。
 その日が来るまで一体どのくらいの迷い人が訪れ、どのくらいの死体が増えるか……。
 ――絶対に、変えてみせるこの村を……。失敗したとしても私の意思を引き継いでくれる者が存在するのであれば、その者に全てを託して一生を終わらせたい――。
「ううん。何でもないよ、ただ怖い夢を見ちゃったから聞いてもらおうかと思ったけど恥ずかしいからやめたっ」
 意思を胸に秘め、私は誤魔化すように笑顔でそう答える。
「それなら別に良いが……。本当に大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ、ありがとう心配してくれて」
「大事な一人娘が悩んでいるんだ、助けるの当たり前だろ?」
「うん……」
 少ししんみりとした雰囲気になってしまったがけど私は父と別れ、その辺を散歩しに出かけた。
 その道中、神様は私にいたずらをするかの様に、昨日の深夜の旅人を惨殺したグループの一人が向こうからやってきた。しかも最悪な事にその人は私の親友の兄上であるということ……。
 何とか平静を装い、すれ違い時に軽く挨拶をして過ぎ去ろうとしたのだが――。
「ねぇ、大丈夫? 顔色悪いけど何かあった?」
 私の顔色の変化に気づき、呼び止められてしまった。
「え、そうですか? 特に何も無いですけど……お兄さんの思い違いではないのですか?」
「そうか……? 琴己ちゃんがそういうなら良いけど……」
 それでも心配の眼差しを向けているお兄さんに少し困惑しながれも何とかこの場の危機を回避すことが出来た。しかし、いまいち腑に落ちない……。どうしてあの優しい人があんな事をしてしまっているのかが。
 なんとしても止めなくちゃ……彼を、いや村全体に影響させている黒幕の正体を突き止めないと――。
 この村の巫女になればきっと何か分かるかもしれない……。
 そう決意を胸に私は自宅に戻り、祭事の準備をすることにした。

 そして――。
 時刻は十三時を回り、何事もなく巫女を決める祭事が無事始まった。
 この祭事の参加条件を満たすにはまず、《十八歳未満の女性》であることが勿論、《純潔【処女】》であること。
 そして、最重要項目として《神萄症候群患者》ではないこと――。
 ※《神萄症候群》とは――。
  名の通り、ここ神萄で起きる病気のこと。
  病状の範囲が広い為各症状毎にランクをつけている。
  Stage1:風邪に似たような症状が起こる。
Stage2:一定の周期で頭痛が起きる。
Stage3:悪夢を見るようになる。
Stage4:幻覚症状が起き始める。
Stage5:精神崩壊
全五段階に分けられ数が増えていく毎に病状が悪化していく。
 
 十年前にこの村の医者をしていた葛城雅人という男がいる。
 彼は若干二十歳で唯一この《神萄症候群》の感染原因を見つけ出した人である。
 それのお陰で病状を完全に治すまでとはいかなかったが、村中の医者達が総動員し、二年の歳月を得てようやくStage進行を抑えるワクチンが開発された。
 それから神萄症候群によるStage4以降の患者が急激に減少したが、それでもそれ以降に移ってしまう人たちが極少数いる傾向にある為、まだ病状の進行を完全抑えられているわけではなかった……。
 ワクチンが出来たきっかけは、私も含め村の人達は当然知らない。それに関わった上層部の人達、医者も知らない。ここまでこじつけた要人である葛城本人しか知らない事である。だが、彼はワクチンが開発されて数日後に行方不明になった。
 それ故、噂ではその謎を解明しようとする者達がそれについて探っているそうだが、実際のところ私は分からない――。
 仮にいたとしたら、これも一種の禁止事項《タブー》を犯しているのではないかと……。そんなことがふと頭をよぎる。
 だが、イマイチこれと昨夜の出来事の接点が全く噛み合わない。しかし、
 その二つは何かしら理由で繋がっているのではないか? と、深い意味は無いがそんな気がした……。
 そんなことより……まずこっちに集中しなくちゃ――。
 巫女を決めるに至って以下の事を行う。
【身体検査】
 《神萄症候群》が発症していないか再検査。(予め検査を行ってはいるが、万が一発症してしまった場合の事を考えての事だそうだ……)
【演舞】
 村の神を喜ばせる為に先祖代々から受け継がれている舞を踊ること。振りを完璧にするのは勿論、どのように表現するかでみんなの印象が変わってくる。
【自己アピール】
 巫女にどうしてなりたいのか、なって何をしたい等……。人によっては様々だが、基本的に《巫女》に関して自分が思ってる事を制限時間五分以内で述べる。
 以上の三項目である。
 これらの課程が終了すると投票タイムと集計が行われる。
 ――と、以上の事をおさらいしている内に私に順番が回ってきた。

 身体検査の結果は終わって直ぐに通知される。私の結果は、無事合格だった。
 ――でもこれだけで喜んでも仕方ない……。
 他の二つを通過しないと結局意味がない。気持ちを切り替えなきゃ……。
 次の項目の演舞に関して、実はこれだけは得意だったりする。
 小さい頃からやらされていたのもあるけど、体を動かすことが好きだった私にとっては凄くいい気分転換にもなった。それ故、暇な時には稽古の他に自主練習をする事が多かったから遊ぶ友達も少なかったのが珠に傷だった。
 それが功を制したのか、何一つミスは無く二次審査は観客、審査員の歓声を盛大に受け無事に終わった。
 残りは三次審査の自己アピールだけ――。
 これで皆の評価が高ければ……巫女になれる……。
 強く意気込み三次審査に挑んだ……。
「――という事があり、私は巫女になりたいと決意し、今この場に立たせて頂きました。皆さんよろしくお願いします。これで終わります」
 無事に審査に合格して巫女になれる事を信じて私は壇上を後にした。
 そして、他数名の自己アピールが終わった後、審査員五人に加えこれらを見ていた村人達総勢約二百名の投票により結果が左右する。
 その間私達はこの日の為に即席で設置された待機室で結果が出るまで待つことになる。

 それから数十分後……。
 外の状況を確認すると、どうやら投票が終わっており集計中だった。
 それから更に数十分待たされた後、集計も終わり私を含め、他十四名は係員に呼ばれ再び舞台に上がる。
「大変長らくお待たせしました。これより投票結果を発表いたします」
 この祭事の投票結果は最も多く票を獲得した人だけ呼ばれるのではなく、下から順に発表していき、残り二名になった時は二位を飛ばして一位を発表する。
 下の順位に選ばれた人にとって凄く酷な事なのだけど、代々からそう行ってきたので仕方のないことなのである。
 そして、十四、十三、十二、十一、十と発表される中、分かっていても呼ばれた人達はその場に泣き崩れていく。
 参加者の親なのだろう「この恥さらしがっ!!」と怒号をあげる観客も中にはいた。
 この段階では私の名前はまだ呼ばれていない事に一先ず安堵の息を漏らす。
 次は九から四まで一気に発表されると、今度は泣き崩れるよりも悔しい感情が表に出て、舞台にいる人だけにしか聞こえないようなくらい小さな舌打ちをする人が一人二人はいた。
 それでもまだ私の名前は呼ばれず、いつ呼ばれるのか……と不安感と緊張感が頂点に達しそうになっていた。
 そしてここからは一人呼ばれる度に二次審査と三時審査の良悪を細かく説明される。
「それでは第三位の発表です。第三位は――――」
 極度の緊張で汗が頬を伝う。
「――篠崎花音」
 なんとか首の皮一枚繋がったようだ……。
 一瞬だけ気持ちがスっとしたが、説明が終わった途端にまた不安と緊張が私を襲う。
「それでは第一位の発表ですっ!」
 司会者が高らかに声を上げ手にしている紙を広げる。
「第六四代目神巫に選ばれた人は――――」
 私はなんとしても神巫にならなきゃいけないの……。
 こんなところで躓くわけにはいかない。でないとこの村の真相が分からないままで終わってしまう……。
 神様、どうか私を神巫にしてください!
 実際に神がいるのか信憑性が欠けるが、今はそう祈ることしかできずただその場に立ち尽くすだけだった。
「――――――」
 依然として司会者は溜めに溜め私ともう一人のこの緊張感をさらに引き出していく。
 およそ一分が経とうとしたその時、司会者はゆっくりと口を開いた。
「神巫に選ばれた人は――――――神童琴己っ!」
 一瞬時間が止まった気がした。
 え、私……呼ばれたの……? 神巫に選ばれたの……?
 もう何が何だか分からなくなり、軽く混乱状態に陥いる。
 けれども、まもなく混乱状態は解けて、次第に涙が込み上げてきた。
 
 これで、私の目標の第一歩を歩みだすことができたのであった。

【第一章 完】
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