彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第一章 エトランゼ

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 トウヤ達を追いかける異形を、腕の一振りで発した炎が纏めて焼き払う。

 比べるべくもないことだが、それは魔法でありながらトウヤのギフトにより生み出される炎よりも圧倒的に強く、細やかな制御が効く。

 つまるところ、ヨハンの力は表面上は好きなだけ、望むがままに魔法を使えるというギフトだ。

 この世界で魔法を使うには、魔力を効率的に集め、それを物や自身に宿らせて望む時に引きだせるようにして、その上で精神と結びつけて形作る。

 他にも法則は多くあれど、それが基本形。

 その全てを、ヨハンは見ただけで成し遂げる。あらゆる力の流れを、結びつきを、法則を支配するギフト。


「遊びましょう! 遊びましょう、ヨハン! 今度は前のようにはならないでしょう! ううん、絶対にならないわ、ウァラゼルが保証する。あなたのその力は、最高の遊び相手になるわ!」


 ウァラゼルの身体が浮かび上がり、伸ばした手から幾つもの紫色の極光が伸びる。

 加速して槍のように突き刺してくるそれを避ける。ヨハンに当たり損ねたセレスティアルの槍が、地面に突き刺さり容赦なく抉っていった。


「時間操作……!」


 一瞬だけ、時間の進みが鈍くなる。

 厳密にはヨハンの時間だけを加速させる魔法を使った。

 そして他の全てを避けきり、残りの一本となったとき、ヨハンは手を伸ばしセレスティアルの一本を横合いから掴み取る。


「解析……つっ!」


 頭の中が一瞬で白濁する。

 脳の一部が焼き切れるような痛みに耐えられず、すぐにそれを手放した。

 そう感じただけで、脳ではない。恐らくは、概念的な言い方をするのならば魂がそれの解析を拒否した。それは、人の触れるものではないと。

 時間操作が解けて、ウァラゼルが空中からセレスティアルを光の弾にして絨毯爆撃を放った。

 地面に激突した拳ほどの大きさの光は爆発し、辺り一面を一瞬で穴だらけに変えていく。


「探査。解除から再結合。操作」


 地面に手を付き、そこから無数のマグマを柱のように吹き上げさせて、ウァラゼルのセレスティアルを相殺する。

 彼女の光を打ち消したマグマはその小さな身体をも飲みこむが、真っ赤に染まる泥の中に紫色の光が見えることから察して、大した影響は与えていない。


「今、あなたセレスティアルに触れたでしょう? ぞくぞくして、とっても素敵よ。よかったらもう一度やって見せて!」


 マグマが弾けて、無数の極光がこちらに向かって伸びてくる。


「魔力増幅」


 枯渇しかけた周囲の魔力を、一瞬で膨れ上がらせる。

 再び風を操り、見えない圧力を幾つも生み出してウァラゼルのセレスティアルにぶつけていく。

 だが、状況は思わしくない。相手のセレスティアル一本に、大凡観測できる質量にして十倍をぶつけてもそれを逸らすことがやっとの有り様だ。

 ならばと本体を狙って攻勢を仕掛けてみても、風や炎にて責め立てても全く意にも介さない。


「とっても楽しい! わたしあなたのこと、大好き! でも、でもでも、我が儘を言うわ、あなたのことが大好きだから、我が儘を言うの! もうちょっと頑張って、お気入りには簡単に壊れてほしくないの、判るでしょう?」


 二人の戦いで、一瞬にしてぼろぼろになった大地に手を付ける。

 マグマの噴き上げ、絨毯爆撃。ほろぼろになった地面は最早崩れかけ、地表に生えていた草は見る影もなく、土と泥が剥き出しになっている。


「探査」


 触れた先から地面の奥へと、魔力でできた不可視の糸を走らせる。見えはしないが何よりも丈夫で、意のままに動く糸を。

 そして目標のものに触れると、全力を持ってそれを地面から引き上げた。

 地鳴りが響き、足元の地面が砕けて、それが姿を現す。

 ヨハンの何倍もの大きさのその黒い塊は、オブシディアン。黒曜石と呼ばれる漆黒の金属。

 元居た世界にもあったが、この世界におけるオブシディアンは少しばかり性質が違う。いや、この世界に合わせた特性が付加されていると言うべきか。


「こいつをくれてやる……!」


 黒い塊がウァラゼルに向かって伸びる。

 それが眼前に迫り、ウァラゼルは初めて両手を前に突きだして、防御するような仕草を取った。

 分厚いセレスティアルの壁がオブシディアンを遮断し、その塊はウァラゼルに触れることなく削り取られ、やがて勢いを失って地面に落ちた。

 その間にヨハンは飛び上がり、ウァラゼルの上空から地上に向けて彼女を巻き込むような形で風圧を放った。

 同時に地上からは、生き残った植物に爆発的活力を与えて成長させることで、伸びた蔦が彼女の両手へと結びつく。


「ヨハン! これはオイタね。後でお仕置きしないと」

「もうあの痛みは御免だな」


 ウァラゼルの身体が地面に落ちるのと同時に、オブシディアンが動きだす。ひび割れて砕けて、それぞれが真っ直ぐな杭へと形を変える。

 一度空中に浮かんでから、それらは地面に落ちたウァラゼルに一斉に降り注いだ。


「無駄よ、無駄なの! そんなものじゃウァラゼルのセレスティアルは貫けないわ!」


 彼女の声に焦りが加わる。

 どうやら余程、オブシディアンをぶつけられるのが気に入らないらしい。

 彼女の言葉通り、漆黒の杭はその身体には一本も刺さることはなく、全てセレスティアルの前に拉げて折れていった。


「ヨハン、駄目よ。オイタは駄目! 神殺しの金属を使うなんて、本当に悪い子ね。ウァラゼル、ちょっと怒ってしまったわ!」

「なんなら、もう片方も受けてみるか?」


 地面が隆起して、ウァラゼルに襲い掛かる。

 避けもせず受けるそぶりも見せず、彼女はセレスティアルを障壁として展開することで防ぎ切った。

 反撃に伸びてきた悪性のセレスティアルに対して、ヨハンはオブシディアンの塊を操って、即席の盾を作りだした。

 光の刃は何本もオブシディアンに突き刺さり、その漆黒の金属を貫通していくも、今まで程の鋭利さは見られず、それを通り抜けてヨハンの目の前に辿り付くまでに時間を要した。

 再度、時間操作の魔法を使う。

 時間を操る魔法は強力だが、ヨハンのギフトを以てしてもその原理を完璧に支配できるわけではない。

 セレスティアルと同じで、人が容易く触れるべきではないであろうと、そんな不安だけは本能的に感じられた。

 そのため、一度使えば二度目の使用には時間を要する。長く時間を操った状況を維持すれば、何が起こるが想像もつかない。


「だが、今は出し惜しみしているときじゃな……っ!」


 心臓が強く脈打ち、沸騰しそうなほどに熱かった血が、急速に冷え込んでいく。

 それが何を意味するのか、ヨハンにはよく判っていた。

 かつても味わった、最悪の感触だ。自分が自分であることを否定されるような喪失感が身体の内側から湧き上がる。


「思ったより、早いな」


 タイムリミットが迫っていた。

 所詮、人の手によって作りだした紛い物のギフト。元あった場所に当てはめるだけとはいえそう簡単に行くものではない。

 数年の月日と、人の死によって生まれた奇跡は、たった数分でその役目を終えようとしていた。

 ウァラゼルの目の前に移動し、驚愕する彼女に左手に生み出した巨大な火球をぶつける。

 その威力は辺り一面を爆炎で包み込み、炎の渦によってお互いの視界を塞いだ。


「そんなものは効かないわ!」

「やはりか……!」


 ウァラゼルは攻撃を防がない。

 彼女の纏うセレスティアルは、あらゆる力を遮断する。

 剣にすれば何よりも鋭く、盾にすれば何よりも堅牢な万能の光。


「……だが」


 まるでギロチンの刃のように、分厚いセレスティアルがヨハンに向けて振り下ろされる。

 地面を隆起させた即席の盾は一秒と持たなかったが、間一髪でそれを避けるだけの時間は稼いでくれた。

 ウァラゼルの肩に手を伸ばして触れる。

 魔力を介して世界を改変する。

 書き換えられた法則はヨハンの思うがままに変化していく。


「重圧」


 セレスティアルの刃が肩口に食い込む。

 ウァラゼルの身体が異常な重さの重力に圧し掛かられて、地面ごと地の底へと沈んで行くのはそれと全く同時だった。

 少しでもそれが遅ければ、彼女の悪性の輝きはヨハンの身体をずたずたに切り裂いていただろう。

 クレーターが生まれ、ウァラゼルを中心として異常な速度で陥没していく。


「その程度でウァラゼルは死なないわ! 人間が御使いを殺すことなんて不可能なのよ、ヨハン、あなたと遊ぶのはとっても楽しい! でも勘違いしては駄目、あなたはあくまでもお人形! ウァラゼルのお人形なのだから!」


 隆起した地面が砕け、そこからヨハンの目的の物が姿を現す。

 エイスナハルの教典は、御使いの他に多くの聖人と呼ばれる人物が登場する。

 聖人は神の教えを伝え、人のために尽くし、神や御使いに導かれて世界をより良く変えていく。

 そしてその命が失われたとき、聖人達の魂は世界と一つになり、それを統べる父神の元へと召されていく。

 彼等はときに、エイスナハルに敵対する異教徒や魔獣に殺される。そして彼等の死は残された者達の絆を深め、最終的に教典の中の悪は打倒される。


「エレクトラム」


 岩の中に含まれる、眩いばかりの黄金の輝きがヨハンの命令を受けて、礫となって飛び出してきた。

 琥珀金、そう呼ばれる金属は黒曜石、オブシディアンと並んで聖人を殺すための凶器として用いられ、またある時には御使いすら退ける邪悪な刃となる。

 そのエレクトラムを探し出し、弾丸の如き礫と化して眼下に地面ごと落ちていくウァラゼルに向けて放った。

 ウァラゼルは両手を前に突きだして、セレスティアルによる障壁を生み出してその弾丸を受け止める。

 そこに更に黒曜石の塊をぶつける。それだけではない。以前ウァラゼルに破られた結界を直接印として描くことで、何倍にも力を増幅したものを百は重ね掛けしてある。


 重さは計測不能。この周辺に埋没していた黒曜石の殆どを纏めたその巨大な塊は、超重力を受けて地面の底に落ちていくウァラゼルに蓋をするような形で圧し掛かっていく。

 それでウァラゼルが倒せるとは思えない。

 だが、時間を稼ぐには充分なはずだ。

 駄目押しに追加の結界魔法を何重にも織り込んでから、ヨハンの姿がその場から消える。

 空間を捻じ曲げ、遠くへと一瞬で移動する魔法。

 その力を最後に、ヨハンの心臓の辺りに埋め込まれていた水晶はその効力を失い、彼のかつて持っていたギフトと共に消滅していった。
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