彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

文字の大きさ
55 / 178
第一章 エトランゼ

1‐55

しおりを挟む
「ねえ、カナタ? 痛くて、怖いでしょう? 辛くて、苦しいわよね? ウァラゼル、気になることがあるの。どうして頑張ったの? ウァラゼル、知っているのよ。あなた、ウァラゼルを倒そうとしたのでしょう?」


 彼女の言葉一つ一つが、杭となってカナタの身体を縫い止める。

 全身が痛い。

 息をする度に、壊れた身体の内部が無理を訴えてきて、ありえないほどに苦しい。

 そして何よりも、目の前の少女が怖い。

 なんで自分がこんな目に合わなければならないのか。エトランゼとしてこの世界にやってきた中で、どうして自分だけが。


「無理よ。無理無理、不可能。だってウァラゼルは御使いだもの。人の力の及ぶものではないの。その意味を理解できないわけではないでしょう? あなた、山が崩せる? 海を消せる? 星を動かせる? できないでしょう? そう言うものよ。御使いは倒せない。だってあなた達は、人間だもの」

「――ああ、そうかい――!」


 黒い剣が唸りを上げる。

 咄嗟に伸ばした腕に受け止められながらも、全身傷だらけのヴェスターは勝負を諦めてはいなかった。


「獣。生きていたの? ウァラゼルを不機嫌にするためだけにいるのかしら?」

「んなわけねえだろ。いいことも悪いことも、何一つてめぇのためになんざ生きちゃいねえよ!」


 ヴェスターの猛攻が、ウァラゼルに防御姿勢を取らせる。

 しかし、それでも彼女のセレスティアルは万能だった。防ぎながら、攻撃に転じることも不可能ではない。

 先程と同じように背中から伸ばされたその刃がヴェスターへと襲い掛かる。


「ぬかるんじゃねえぞ、小僧!」

「言われなくても……!」


 飛んできた炎と、続いて振るわれた斬撃が、それを叩き落とした。

 トウヤの手に持つそれは、最早剣ですらない。黒曜石を削り上げて、辛うじて棒状になっているだけの単なる塊だ。

 ウァラゼルは、黒曜石、琥珀金など、エイス・ナハルの教典に置いて穢れた金属とされているものに対してのみ、防御行動をとる。

 ヴェスターの魔剣にも、恐らくはそれが混ぜられた金属が使われているのだろう。

 例えセレスティアルによって護られていたとしても、恐らくは身体にとって何かしらそれが害になることを知っている。だから、本能的に防御してしまう。


「この距離なら、どうだあぁ!」


 灼熱を纏った黒曜石の棒が、ウァラゼルを突き差し、


「人間様の底力、受けてみなぁ!」


 そこにヴェスターの斬撃が楔を打ち込む。


「ウァラゼルの邪魔をしないで。邪魔をするな、邪魔なのよ、つまらない、面白くない。こんなのウァラゼルは望んでない!」

「カナタ!」


 ウァラゼルのセレスティアルに薙ぎ払われ、遠くに弾き飛ばされながら、トウヤはその名を呼んだ。

 それが引き金となる。

 自分でももう、何をどうしたか判らない。

 気付けばカナタは立ち上がっていた。

 そしてその手には極光の剣を持ち、ウァラゼルの眼前へと躍り出る。


「カナタ! 怖くないの? 痛くないの? 人間の癖に、どうしてそこまで頑張れるの? ウァラゼルはあなたが嫌いよ、嫌いになったわ! 面白いお人形だと思っていたけど、あなたはウァラゼルの嫌がることばかりをするんだもの!」

「怖いし、痛いのも嫌に決まってるじゃん! ボクだって逃げたいよ、もう帰りたい! ……でも!」


 カナタの放つセレスティアルが増大する。

 剣はより力強く、両手で持つに相応しいほどの大きさへ。

 そしてその余剰エネルギーは、一対の翼となって、カナタの背後からその勢いを後押しした。


「ここで逃げたら、大切なものがなくなっちゃう。この世界で見つけた、ボクの大事なものが!」

「このぉ……! 人間の、分際でぇ!」

「人間で悪い!? いいじゃん別に、こう見えても一生懸命生きてるんだからぁ!」


 二つのセレスティアルがぶつかりあう。

 カナタの背中から伸びた光の翼は、彼女自身を後押しする役割となり、両手で持った光の剣は徐々にウァラゼルのセレスティアルを浸蝕し、断ち切ろうとする。

 対するウァラゼルも苦痛と、恐怖と、そして何よりも怒りに満ちた表情でカナタを睨みつけながら、両手でセレスティアルの壁を厚く、より強固なものへと作り上げていく。

 交差する輝きは大きな火花を散らして戦場を染め上げる。炎のように明るく、稲妻のように恐ろしく。

 ばちばちとお互いの光が干渉し、弾けあう音を聞きながら、ウァラゼルは内心で自分が酷く焦っていることに気が付いた。

 嫌だ。

 こんなものは楽しくない。

 あってはならないことだ。エイス・イーリーネの使いである御使いが、人間に敗れることなど。

 カナタの剣が、浸蝕を深める。


「あああぁぁぁぁぁぁ!」


 気合いの叫びと共に光は増大し、ついにはウァラゼルの纏うセレスティアルの守護を突破し始めた。

 縦に一閃。

 続いて横に、十字を描くように極光の剣が踊る。

 それによりウァラゼルを護るセレスティアルは完全に消滅した。


「後は、もう一撃!」

「させないんだから!」


 背中から、指先から伸びたセレスティアルが糸のようにカナタを縛り付ける。

 それでもなお攻撃を加えようとするが、全身に細い糸が食い込み、鋸のように肌に赤を散らしていく。


「勝ちだよ、ウァラゼルの勝ち! カナタの負け! 負けなんだから、結局人間が御使いに勝つことなんて、できないんだから!」


 キンキンと頭に響く歓喜の声と共に、カナタを真似るように、ウァラゼルの手に極光の剣が握られた。


「でも一つだけ。あなたの翼、とっても綺麗。ウァラゼル、それだけは気に入っちゃった! それじゃあ、サヨナ……!」


 その剣がカナタに触れる直前。

 ウァラゼルが、別れの言葉を終える前に。

 その身体に突き刺さるものがあった。

 心臓を貫く漆黒の杭。

 黒曜石で作られた杭状の弾丸が、悪性の御使いの胸に深々と突き立てられた。


「う、そ……? こんなもの、で?」


 その視界は捉える。

 ウァラゼル達の戦いの外側にいる、一人の男を。

 過剰なまでに長い、二つ折りの砲身を一本に伸ばしたその銃は、真っ直ぐにその先端をウァラゼルへと向けていた。

 対御使いのために作り上げた切り札。遠距離からの、オブシディアンの弾丸による超高速の狙撃を可能とした、魔法式リニアライフル。魔法技術により生み出された電磁力で加速された弾丸は、ウァラゼルの認識の外から彼女に防がれるよりも早く、弾丸をその身体に届かせた。


「ヨ、ハン……? 空っぽの、エトランゼの……くせに………凄い」


 嗚呼、忌まわしい。忌まわしい。

 嫌いだ、本当に嫌いだ。人形の癖にこうして抵抗して、オイタをして、反省一つせずにまた立ち向かってくる。

 その意味を理解していない。お馬鹿な生き物だ。人間なんて、人間なんて。

 それでも、不思議と彼女は笑っていた。

 最後にいいものが見れたから、それでいいと。長い時を越えてこの地に現れた御使いは、そう思った。


「あは……。カナ……タの………翼、も。……とって…も、綺麗……だし。うん……。ウァラ、ゼル。楽しみ……。あなた、達が………この大地を……変えてしまうの……」


 ウァラゼルを空に浮かばせていた力が消えて、小さな身体が地面に落ちた。

 倒れたまま、空を見上げてウァラゼルは手を伸ばす。

 その行動に何の意味があるのか、それはこの場の誰にも、ウァラゼル自身にすらも判らない。

 その肉体は残らず、まるで空に還るかのように光になって消えていった。

 同時に彼女が生み出した異形達も動きを止めて、セレスティアルへと戻り、やがては消滅していく。

 静寂が辺りを包み込む。

 果たして何がどうなったのか、自分達が勝ったのか、未だ誰もその真偽を図りかねていた。

 誰かが何かを言わねばならない。そしてその期待は、立役者である一人の少女に向けらられるのは当然だった。


「あー……。勝った、の?」


 何とも、間抜けな言葉。

 カナタのその一言に答えたのは、大地を断ち割るような鬨の声だった。


「なら、よかった。……じゃあ、ボクも……ちょっと寝るね」


 ぐらりと、その身体が倒れる。

 とてもではないが支えきれないほどの期待をかけられ、見事にそれに答えて見せたのは、一人の少女、小さな英雄。

 彼女は今、ようやくその肩の荷を下ろして、深い眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...