たった一つの居場所が失われても、細い糸を手繰り寄せて

青森りんご

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第三章:才能の開花

第十五話 王宮での攻防

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「……アレクセイさん!」

 リリアの声が響く広間に、悠然とした足取りでアレクセイが入ってきた。

 衛兵たちは警戒し、すぐに剣の柄に手をかける。しかし、アレクセイは微塵も動じず、涼しい顔でリリアの前に立った。

「ずいぶんと威勢のいいことを言ってるじゃねえか、王太子殿下?」

「……何のつもりだ、アレクセイ・ヴォルコフ」

 エドワードは不快そうに眉をひそめる。

 それに対し、アレクセイは肩をすくめて言った。

「こっちのセリフだ。俺の大事な相棒を“王宮への敵対行為”なんてわけのわからねえ理由で捕らえようなんざ、ふざけるのも大概にしやがれ」

「……リリアは王宮の秩序を脅かす存在だ。我々は適切な処置を取るだけだ」

「適切な処置ねぇ……なるほど、貴族どもが“自分たちに都合のいい”処置ってやつか」

「言葉に気をつけろ、アレクセイ」

 エドワードの声には、怒りがにじんでいた。

 だが、アレクセイは笑みを崩さない。

「おっと、そっちこそ言葉に気をつけてもらわねえとな。俺たちはただの商人だぜ? その俺たちを、ろくな理由もなく捕らえようってんなら……そりゃあ“王宮の横暴”ってことにならねえか?」

「なっ……!」

 エドワードは言葉に詰まる。

 確かに、明確な罪状もなくリリアを拘束すれば、それは不当な処置として問題になりかねない。

 ミレイナがその隙を突くように、優雅な微笑みを浮かべながら口を開いた。

「アレクセイ様、あなたも聡明な方でしょう? ここで王宮を敵に回してしまっては、あなたの商売にも影響が出るのではなくて?」

「ハッ、笑わせるな。王宮にへこへこ頭を下げて商売するような職人なんざ、三流だぜ」

「……」

 ミレイナの笑顔がわずかに引きつる。

 彼女の言葉を通じて、“王宮に従えば恩恵を与えよう”という意味が込められていたことを、アレクセイはすでに見抜いていたのだ。

 その上で、それを真っ向から否定した。

「それに……こっちも黙って捕まるつもりはねえんでな」

 そう言うと、アレクセイは懐から小さな金属の球を取り出し、床に転がした。

 次の瞬間――

「――っ!」

 強烈な閃光が広間を包み込む。

 衛兵たちは目をくらまされ、一瞬、混乱に陥った。

「リリア、行くぞ!」

「はい!」

 リリアはすぐさまアレクセイの腕を取り、広間を駆け出した。

 視界を取り戻した衛兵たちは慌てて追いかけようとするが――

「待て! 王宮内で騒ぎを起こすな!」

 エドワードの怒声が響いた。

 さすがに、王宮内での大々的な争いは避けたいのだろう。

 その隙をつき、リリアとアレクセイは王宮の廊下を疾走した。

「出口は……!」

「こっちだ!」

 アレクセイは迷いなく進み、王宮の裏門へと向かう。

 だが――

「――逃がしませんよ」

 背後から響いたのは、ミレイナの声だった。

 振り返ると、彼女は静かに魔法陣を展開していた。

「っ……!」

 リリアの背筋が凍る。

 ミレイナは“聖女”とされているだけあり、その魔力は強大だった。

 彼女が展開した魔法陣は、王宮内にある結界と連動しており、二人の行く手を阻むように魔法の壁が出現した。

「これ以上の抵抗は無意味ですわ。大人しく捕まりなさい」

 ミレイナは余裕の笑みを浮かべている。

(……どうすれば!?)

 リリアは必死に考える。

 しかし、その時――

「チッ……やっぱり、こいつを使うしかねえか」

 アレクセイが懐から取り出したのは、小さな銀色の魔法具だった。

「それって……!」

「お前の試作品だったやつさ。……いくぞ」

 アレクセイが魔法具を起動させると、それは一瞬で光を放ち、強烈な魔力を放出した。

 次の瞬間――

「――っ!?」

 ミレイナの展開していた魔法陣が、まるで霧散するように消え去った。

「な……!?」

 ミレイナの顔に、初めて驚愕の色が浮かぶ。

「これがリリアの作った“魔力無効化装置”の試作品だ。完成品じゃねえが、十分に使えるな」

「……!」

 リリアも目を見開く。

 この試作品は、魔法を一定時間だけ無効化する効果を持っていた。

 完全な製品ではなかったため、どこまでの力があるかは未知数だったが――

 ミレイナの魔法陣を無効化するには、十分だった。

「さぁて、お姫様。俺たちは行かせてもらうぜ?」

 アレクセイは挑発的な笑みを浮かべながら、ミレイナを見つめる。

 ミレイナは唇を噛んだが、今の彼女には二人を止める手立てはなかった。

「……っ!」

 その隙をつき、リリアとアレクセイは再び駆け出す。

 魔法の壁が消えた今、裏門はすぐ目の前だった。

「リリア、走れ!」

「はい!」

 二人は門を飛び越え、王宮の敷地を脱出する。

 そして――

「……ふぅ、なんとか逃げ切ったな」

 リリアは息を整えながら、アレクセイの方を見た。

「助けてくれて、ありがとうございます」

「礼はあとでいいさ。……それより、こっからが本番だぜ?」

「……?」

 アレクセイは不敵な笑みを浮かべた。

「王宮が本気でお前を潰しにくるなら、こっちもそれなりの覚悟が必要ってことだ」

 リリアはぎゅっと拳を握った。

 彼女はもう、逃げるつもりはなかった。

(なら……こちらも、反撃するまでです)

 王宮との戦いは、まだ始まったばかりだった。
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