初恋迷子

すずかけあおい

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初恋迷子⑨

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 また和惟が平松と話していた。
「なんで最近仲良さそうなの?」
 お弁当に口を開けず文句を言う真弥に、和惟はやはり嬉しそうだ。
「嫉妬?」
 嫉妬――これが嫉妬なのかと、ぴったり答えが心にはまる。でも余計に自分が醜く感じる。こんな真っ黒い気持ちは嫌だ。
「誤解するなよ。されても困る」
 平松はそう言うけれど、恰好いい和惟と平松が並ぶと絵になるのだ。真弥といるときとは大違いだと思うだけで苦しい。自分なんかではなく平松といたほうがいいのでは、なんて拗ねた考えまで頭に浮かぶ。
「和惟は平松が好きなの?」
「どうでもいい」
 真弥の問いに、和惟は平松本人の前で即答した。平松は嫌な顔をするかと思いきや、存外平然としている。
「平松にはなんでも言えるけど、好きかどうか聞かれたらどうでもいい」
「じゃあ俺は?」
「真弥は大好きだよ」
 骨まで溶けそうな笑みを向けられ、心が急にぱあっと明るくなる。光が飛び散るようにきらきらと世界が輝いて見える。先ほどまで真っ黒だったのが嘘のようだ。
「やってらんね」
 平松はC組に戻り、和惟は真弥の手を握った。触れられたところからはちみつがけになっていくように、とろりとした甘美な心地が広がる。
「好きだよ、真弥」
「……」
 好きという感情は怖いし、変だ。



 やはり「好き」は好きになれない。自分がどんどん汚くなっていく。和惟はこんな気持ちにならないのだろうか。
「和惟は『好き』が怖くないの?」
「怖いよ」
「全然そんなふうに見えない」
 同じ「好き」なのに不公平だ。子どものように唇を尖らせると、和惟がなだめるように頭を撫でてくれた。
「だってそれ以上に、真弥を好きでいられて幸せだから。真弥は俺が好きで幸せじゃない?」
 幸せ?
「……わからない。もやもやしたり、心が真っ黒になったり、苦しかったりする」
「そんなに俺が好きなんだ?」
 和惟は喜んでいるけれど、真弥は嬉しくない。
 でも、真弥がどんなに悩んでも和惟は受け止めてくれる。それならゆっくりでも「好き」を好きになりたい。和惟を好きな自分を認めてあげたい。



 またもやもやしている。和惟が女子に話しかけられただけで、お腹にどろどろした感情が溜まっている。
 真弥がもやもやしていると、頭をはたかれた。こんなことをするのはひとりしかいない。
「叩かないでよ」
 振り返ると、やはり平松だった。
「そんなぶさいくな顔してると村上に嫌われんぞ」
「えっ」
 慌てて頬を両手でマッサージする。和惟に嫌われるなんて絶対嫌だ。平松はそんな真弥を冷めた目で見ている。この人はよくこういう目をするけれど、視線の冷たさほど他人にひどい態度はとらない。真弥の頭ははたくけれど。
「なにか用?」
「村上にこれ返しといて」
 ノートを渡され、目を見開く。和惟のノートだ。
「なんで和惟のノートを平松が持ってるの?」
「あいつと俺の得意科目が違うから、いろいろ教えあってんだよ。もとができるから、ちょっと言うだけで理解するのも楽だし、お互い成績あがってWin-Winだしな」
「……ふうん」
 またもやもやする。真弥は和惟の頭脳についていけないのに、平松とは対等に話ができるのだ。気に入らない。
 平松は真弥の表情に呆れ顔をしてから教室を出ていった。ひとりになったらまた心が苦しく締めつけられたり、もやが広がったりする。
「真弥」
 和惟が戻ってきて声をかけてくれて、はっと我に返る。
「これ、平松が和惟に返してって俺に渡してった」
「ああ。ありがとう」
 ノートを渡しながら、真弥は自分が嫌な顔をしているのがわかる。やはり和惟は首をかしげて真弥の顔を覗き込んできた。
「なにかあった? 平松になにか言われた?」
「……どうして平松と仲良くしてるの?」
 また言ってしまった。醜い嫉妬だ。こんな汚れた心では、和惟に嫌われる。
 でも和惟は変わらず嬉しそうで、真弥の両手を取って微笑む。花が開くように、ふわりと綻んだ表情に心がとくんと甘く揺れる。
「大丈夫。たくさん嫉妬していい。でも自分の中に溜め込まないで、全部俺に言って」
 和惟は真弥の心が汚くなっても嫌な顔をしない。逆に嬉しそうに微笑むから面食らう。
 言って、と言われてもどこまで言葉にしていいのかもわからない。全部を言ったらさすがに和惟だって引くだろう。それとも、それも全部受け止めてくれるのだろうか。
「大丈夫だよ、真弥。思ってること、言ってみて?」
「……和惟が平松と仲良くしてるの、やだ。俺以外と話すのもやだ。他の人に笑いかけるのも嫌だ」
「うん」
 口にした言葉は苦くて、喉から口内がいがいがする。それでも気持ちを吐き出すと少しすっきりした。同時に申し訳なさも感じて、視線が足もとに落ちる。俯いた真弥を気遣うように和惟が肩を撫でてくれた。
「自分勝手なこと言って、ごめん」
 嫌な顔をされていたらつらいと思うのに、和惟の表情が見たくてたまらない。上目に様子を窺うと、ますます嬉しそうに目を細めている。
「俺はやっぱり『好き』が怖い。どんどん自分が汚くなってく」
「大丈夫だよ。真弥は汚くなんてない。それだけ俺が好きってことなんだよ」
 砂糖菓子のような甘やかで華やかに表情を緩めた和惟が、真弥の手の甲を撫でる。
 本当に汚くないのだろうか――これでいいのだろうか。
「予鈴が鳴るから、席に戻ろう」
「うん」
 和惟がもう一度手を撫でてくれて、真弥は自分の席に戻る。触れられたところが熱を持っていて燃えそうなくらいに火照っている。心は軽やかに跳びはねておさまらない。


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