しあわせをあなたと

すずかけあおい

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水曜日、怜司の優しさ

水曜日、怜司の優しさ②

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「なんだよ、今日はまた機嫌いいじゃん」
「朝田、おはよう」

 教室の前で莉久の顔を見た朝田は、ほっとしたように表情を和らげた。莉久自身は機嫌よくしているつもりはなかったが、たしかに気持ちは落ちついている。

「今度はなにがあった?」
「たいしたことじゃないけど」
「うん」

 今の自分の心情をどう伝えたらいいかわからず、思わず口ごもった。人の意外な部分に触れてくすぐったいといえば正しいのか、莉久が勝手に思い込んでいただけで本質は違ったというか。怜司に関して言えば、莉久が悪くとらえすぎていたのはたしかだ。

「ま。昨日みたいな顔してないならなんでもいいけど」

 なにも説明しない莉久を咎めるでもなく、ただ納得してくれる朝田に、いい友人だな、と感謝した。
 もしかして、自分は顔に出やすいタイプなのだろうか、とふと疑問に思った。それとも朝田が鋭いのか。彼はいつでも莉久の感情をしっかり読み取り、そのときに合わせて対応を変えてくれるので一緒にいて本当に助かるのだ。

「心配かけてごめん」
「いいって。俺が勝手に心配してるだけだから」

 手をひらひらと振って先に教室に入っていく背を、莉久も追いかけた。

 帰宅の足が重くない。バイトが終わって梓眞のマンションの最寄り駅につくと、なぜか怜司がいた。

「怜司さん?」

 莉久を見つけた怜司は背を向けて歩き出すので、慌てて駆け寄った。それを待つように怜司は歩みを遅くしていて、莉久が並ぶとゆったりとした歩調で歩き出す。

「どうしたの?」
「おまえ怖がりなんだろ。ひとりで夜道歩けんのかよ。昨日だって真っ青な顔してたし」

 つっけんどんな言い方だけれど心配してくれたようだ。だが、弱いところを素直に見せられず、莉久は強がった。

「街灯あるから大丈夫だよ」

 ちらりと莉久を見た怜司は、急に進む速度をあげた。

「あっそ。じゃあひとりで帰ってこい」
「待って!」
「なに?」

 思わず呼び止めてしまい、実は怖いとは言えない。思考を巡らせて呼び止めた理由を探すが、怜司は莉久の強がりなどお見通しという様子で、冷めた目で見ている。

「き、昨日、迎えにきてくれてありがとう。ちゃんとお礼言ってなかったから」
「別に。おまえのためじゃねえよ」
「じゃあ誰のため?」
「知るか」

 こんな言い方をしながら莉久を心配してくれたのだ。不器用な優しさは心を温かくした。

「怜司さん、バイトは?」
「今日は早あがり」

 それなのにわざわざ迎えにきてくれたのか、とやはり怜司は悪い人ではないことを実感する。意地悪の仮面をつけているけれど、本当は優しい人だ。歩く速度も莉久に合わせてくれている。

「ごめんなさい」
「なにが」
「ゲイだからって避けようとしたし、ひどいこと言ったから」

 目を見開いた怜司は、ふっと噴き出した。笑顔ははじめて見たが、とても綺麗で優しい。

「おまえ馬鹿だろ」
「なんで?」
「普通、避けようとしてた相手に、正直にそれ伝えねえぞ」
「あ……」

 そういえばそうだ、と慌てて弁解しようとする莉久の肩を軽く叩いた怜司は、手の甲を口に当てて笑い出した。触れられても嫌な気持ちにならない。大きな手はしっかりしていて、爪の形まで恰好いいと感心した。

「俺だって嫌な言い方したからお互いさまだ。帰るぞ、莉久」
「うん」

 名前を呼ばれたのもはじめてで、心が弾む。怜司と歩くと暗い夜道も怖くなかった。


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