9 / 36
水曜日、怜司の優しさ
水曜日、怜司の優しさ②
しおりを挟む
「なんだよ、今日はまた機嫌いいじゃん」
「朝田、おはよう」
教室の前で莉久の顔を見た朝田は、ほっとしたように表情を和らげた。莉久自身は機嫌よくしているつもりはなかったが、たしかに気持ちは落ちついている。
「今度はなにがあった?」
「たいしたことじゃないけど」
「うん」
今の自分の心情をどう伝えたらいいかわからず、思わず口ごもった。人の意外な部分に触れてくすぐったいといえば正しいのか、莉久が勝手に思い込んでいただけで本質は違ったというか。怜司に関して言えば、莉久が悪くとらえすぎていたのはたしかだ。
「ま。昨日みたいな顔してないならなんでもいいけど」
なにも説明しない莉久を咎めるでもなく、ただ納得してくれる朝田に、いい友人だな、と感謝した。
もしかして、自分は顔に出やすいタイプなのだろうか、とふと疑問に思った。それとも朝田が鋭いのか。彼はいつでも莉久の感情をしっかり読み取り、そのときに合わせて対応を変えてくれるので一緒にいて本当に助かるのだ。
「心配かけてごめん」
「いいって。俺が勝手に心配してるだけだから」
手をひらひらと振って先に教室に入っていく背を、莉久も追いかけた。
帰宅の足が重くない。バイトが終わって梓眞のマンションの最寄り駅につくと、なぜか怜司がいた。
「怜司さん?」
莉久を見つけた怜司は背を向けて歩き出すので、慌てて駆け寄った。それを待つように怜司は歩みを遅くしていて、莉久が並ぶとゆったりとした歩調で歩き出す。
「どうしたの?」
「おまえ怖がりなんだろ。ひとりで夜道歩けんのかよ。昨日だって真っ青な顔してたし」
つっけんどんな言い方だけれど心配してくれたようだ。だが、弱いところを素直に見せられず、莉久は強がった。
「街灯あるから大丈夫だよ」
ちらりと莉久を見た怜司は、急に進む速度をあげた。
「あっそ。じゃあひとりで帰ってこい」
「待って!」
「なに?」
思わず呼び止めてしまい、実は怖いとは言えない。思考を巡らせて呼び止めた理由を探すが、怜司は莉久の強がりなどお見通しという様子で、冷めた目で見ている。
「き、昨日、迎えにきてくれてありがとう。ちゃんとお礼言ってなかったから」
「別に。おまえのためじゃねえよ」
「じゃあ誰のため?」
「知るか」
こんな言い方をしながら莉久を心配してくれたのだ。不器用な優しさは心を温かくした。
「怜司さん、バイトは?」
「今日は早あがり」
それなのにわざわざ迎えにきてくれたのか、とやはり怜司は悪い人ではないことを実感する。意地悪の仮面をつけているけれど、本当は優しい人だ。歩く速度も莉久に合わせてくれている。
「ごめんなさい」
「なにが」
「ゲイだからって避けようとしたし、ひどいこと言ったから」
目を見開いた怜司は、ふっと噴き出した。笑顔ははじめて見たが、とても綺麗で優しい。
「おまえ馬鹿だろ」
「なんで?」
「普通、避けようとしてた相手に、正直にそれ伝えねえぞ」
「あ……」
そういえばそうだ、と慌てて弁解しようとする莉久の肩を軽く叩いた怜司は、手の甲を口に当てて笑い出した。触れられても嫌な気持ちにならない。大きな手はしっかりしていて、爪の形まで恰好いいと感心した。
「俺だって嫌な言い方したからお互いさまだ。帰るぞ、莉久」
「うん」
名前を呼ばれたのもはじめてで、心が弾む。怜司と歩くと暗い夜道も怖くなかった。
「朝田、おはよう」
教室の前で莉久の顔を見た朝田は、ほっとしたように表情を和らげた。莉久自身は機嫌よくしているつもりはなかったが、たしかに気持ちは落ちついている。
「今度はなにがあった?」
「たいしたことじゃないけど」
「うん」
今の自分の心情をどう伝えたらいいかわからず、思わず口ごもった。人の意外な部分に触れてくすぐったいといえば正しいのか、莉久が勝手に思い込んでいただけで本質は違ったというか。怜司に関して言えば、莉久が悪くとらえすぎていたのはたしかだ。
「ま。昨日みたいな顔してないならなんでもいいけど」
なにも説明しない莉久を咎めるでもなく、ただ納得してくれる朝田に、いい友人だな、と感謝した。
もしかして、自分は顔に出やすいタイプなのだろうか、とふと疑問に思った。それとも朝田が鋭いのか。彼はいつでも莉久の感情をしっかり読み取り、そのときに合わせて対応を変えてくれるので一緒にいて本当に助かるのだ。
「心配かけてごめん」
「いいって。俺が勝手に心配してるだけだから」
手をひらひらと振って先に教室に入っていく背を、莉久も追いかけた。
帰宅の足が重くない。バイトが終わって梓眞のマンションの最寄り駅につくと、なぜか怜司がいた。
「怜司さん?」
莉久を見つけた怜司は背を向けて歩き出すので、慌てて駆け寄った。それを待つように怜司は歩みを遅くしていて、莉久が並ぶとゆったりとした歩調で歩き出す。
「どうしたの?」
「おまえ怖がりなんだろ。ひとりで夜道歩けんのかよ。昨日だって真っ青な顔してたし」
つっけんどんな言い方だけれど心配してくれたようだ。だが、弱いところを素直に見せられず、莉久は強がった。
「街灯あるから大丈夫だよ」
ちらりと莉久を見た怜司は、急に進む速度をあげた。
「あっそ。じゃあひとりで帰ってこい」
「待って!」
「なに?」
思わず呼び止めてしまい、実は怖いとは言えない。思考を巡らせて呼び止めた理由を探すが、怜司は莉久の強がりなどお見通しという様子で、冷めた目で見ている。
「き、昨日、迎えにきてくれてありがとう。ちゃんとお礼言ってなかったから」
「別に。おまえのためじゃねえよ」
「じゃあ誰のため?」
「知るか」
こんな言い方をしながら莉久を心配してくれたのだ。不器用な優しさは心を温かくした。
「怜司さん、バイトは?」
「今日は早あがり」
それなのにわざわざ迎えにきてくれたのか、とやはり怜司は悪い人ではないことを実感する。意地悪の仮面をつけているけれど、本当は優しい人だ。歩く速度も莉久に合わせてくれている。
「ごめんなさい」
「なにが」
「ゲイだからって避けようとしたし、ひどいこと言ったから」
目を見開いた怜司は、ふっと噴き出した。笑顔ははじめて見たが、とても綺麗で優しい。
「おまえ馬鹿だろ」
「なんで?」
「普通、避けようとしてた相手に、正直にそれ伝えねえぞ」
「あ……」
そういえばそうだ、と慌てて弁解しようとする莉久の肩を軽く叩いた怜司は、手の甲を口に当てて笑い出した。触れられても嫌な気持ちにならない。大きな手はしっかりしていて、爪の形まで恰好いいと感心した。
「俺だって嫌な言い方したからお互いさまだ。帰るぞ、莉久」
「うん」
名前を呼ばれたのもはじめてで、心が弾む。怜司と歩くと暗い夜道も怖くなかった。
10
あなたにおすすめの小説
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる