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水曜日、怜司の優しさ
水曜日、怜司の優しさ③
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帰宅すると、梓眞はまだ仕事から帰っていなかった。そういえば、今日は遅くなりそうだ、と朝に言っていた。
「怜司さん?」
「なんだよ」
キッチンで冷蔵庫を開けたり、調味料を確認したりしている怜司に声をかける。
「なにしてるの?」
「食事の支度するんだよ」
「俺も手伝う」
たしかに、こんなに遅くまで働いて帰ってきた梓眞に、そこから食事を作ってもらうのは申し訳ない。この外泊の機会に料理を少しでも身につけたかったので、ちょうどいい。
「なに作るの?」
「適当に作って、できたものを食う」
「えっ、せめてメニュー決めようよ」
細かいな、と面倒くさそうに呟かれたが、聞こえなかったことにした。こんな言葉にかちんときて先に進めないのは嫌だ。莉久も冷蔵庫を見て、食材の入っている棚を確認する。帰ったばかりでまた買いものにいく気にはなれないから、あるもので作りたい。
「ビーフシチューはどう?」
ルウの箱に書かれている材料と冷蔵庫の中身を見て提案する。
「材料あんのか」
「ある」
「じゃあそれにするか」
メニューが決まり、ふたりでキッチンに並ぶ。莉久が人参の皮むきをしていたら、横から怜司がその手もとを覗き込んだ。
「へえ」
「皮むきくらいできるよ」
「意外」
野菜を切りながら、ちらりと怜司を見ると、怜司も莉久を見ていた。その瞳はどこか寂しそうだった。
「彼女と料理とかすんのか?」
それを考えて、あんなに寂しそうな目をしていたのだろうか。
怜司は近づいてもよくわからない。知り合ったばかりだというのもあるかもしれないが掴めない。意地悪だったり優しかったりするだけでも、莉久はどう反応したらいいのか混乱する。
「彼女なんていないよ」
「そうだよな」
納得されて、やはり意地悪な男だ、とむっとなる。莉久の見た目で彼女がいるようには見えないだろうし、その納得は仕方がないのだけれど、もう少しフォローをしてくれてもいいだろう。
だが、せっかくのいい気分をこんなことで壊したくなくて、深く聞いてこないのは気遣ってくれているからだと無理やり考えて気持ちを切り替えた。
「そういう怜司さんは彼氏いるの? もてるでしょ?」
いるだろうな、と答えを聞く前からわかる。この見た目で放っておかれるはずがない。悔しいとも思えないくらいに恰好いいのだ。性格は若干難ありだけれど。
「俺はもう、そういうのはいい」
「え……」
「手が止まってる」
急かされて慌てて手を動かす。隣に立つ横顔を見あげると、わずかな翳りがあるように感じた。言葉の意味を聞きたいが、それを聞くほど莉久も無神経ではない。気にならないかといえば気になるけれど、人には誰からも触れられたくないものがある――考えてみて、自分はかなり能天気なのかもしれないと思った。梓眞と灯里のことはまだ若干の引っかかりがあるが、親子仲はいいし、悩みといった悩みもない。もう少しなにかを思い悩んだりすることで、大人っぽい深みが出るのではないかと首をひねる。
「指切るなよ」
ぼんやりしている莉久に気がついたのか、怜司がそれほど気にしたふうではなく、だが気遣って声をかけてくれた。意地悪なのか優しいのか、本当にわからない人だ。
莉久の身近にゲイの人はいなかっただろうし、これまでに自分がゲイだという人と会ったことがないので、セクシュアリティについては触れないようにしようと決めた。どう触れていいのかわからないのもある。そんなつもりはなくても、発した言葉が失礼なことだったり傷つけるものだったりすることを考えると、触れないほうがいい気がする。
なんとなくふたりとも無言になって、莉久は野菜の皮むきに集中し、怜司は肉を炒める。
「ただい、ま……」
帰ってきた梓眞は、キッチンに立つ怜司と莉久を見て驚いている。
「たまには作ったっていいだろ」
怜司がそっけなく言うのを、梓眞は笑いをこらえながら頷いている。仲がいいんだな、と莉久はふたりの様子を見た。
「怜司さん?」
「なんだよ」
キッチンで冷蔵庫を開けたり、調味料を確認したりしている怜司に声をかける。
「なにしてるの?」
「食事の支度するんだよ」
「俺も手伝う」
たしかに、こんなに遅くまで働いて帰ってきた梓眞に、そこから食事を作ってもらうのは申し訳ない。この外泊の機会に料理を少しでも身につけたかったので、ちょうどいい。
「なに作るの?」
「適当に作って、できたものを食う」
「えっ、せめてメニュー決めようよ」
細かいな、と面倒くさそうに呟かれたが、聞こえなかったことにした。こんな言葉にかちんときて先に進めないのは嫌だ。莉久も冷蔵庫を見て、食材の入っている棚を確認する。帰ったばかりでまた買いものにいく気にはなれないから、あるもので作りたい。
「ビーフシチューはどう?」
ルウの箱に書かれている材料と冷蔵庫の中身を見て提案する。
「材料あんのか」
「ある」
「じゃあそれにするか」
メニューが決まり、ふたりでキッチンに並ぶ。莉久が人参の皮むきをしていたら、横から怜司がその手もとを覗き込んだ。
「へえ」
「皮むきくらいできるよ」
「意外」
野菜を切りながら、ちらりと怜司を見ると、怜司も莉久を見ていた。その瞳はどこか寂しそうだった。
「彼女と料理とかすんのか?」
それを考えて、あんなに寂しそうな目をしていたのだろうか。
怜司は近づいてもよくわからない。知り合ったばかりだというのもあるかもしれないが掴めない。意地悪だったり優しかったりするだけでも、莉久はどう反応したらいいのか混乱する。
「彼女なんていないよ」
「そうだよな」
納得されて、やはり意地悪な男だ、とむっとなる。莉久の見た目で彼女がいるようには見えないだろうし、その納得は仕方がないのだけれど、もう少しフォローをしてくれてもいいだろう。
だが、せっかくのいい気分をこんなことで壊したくなくて、深く聞いてこないのは気遣ってくれているからだと無理やり考えて気持ちを切り替えた。
「そういう怜司さんは彼氏いるの? もてるでしょ?」
いるだろうな、と答えを聞く前からわかる。この見た目で放っておかれるはずがない。悔しいとも思えないくらいに恰好いいのだ。性格は若干難ありだけれど。
「俺はもう、そういうのはいい」
「え……」
「手が止まってる」
急かされて慌てて手を動かす。隣に立つ横顔を見あげると、わずかな翳りがあるように感じた。言葉の意味を聞きたいが、それを聞くほど莉久も無神経ではない。気にならないかといえば気になるけれど、人には誰からも触れられたくないものがある――考えてみて、自分はかなり能天気なのかもしれないと思った。梓眞と灯里のことはまだ若干の引っかかりがあるが、親子仲はいいし、悩みといった悩みもない。もう少しなにかを思い悩んだりすることで、大人っぽい深みが出るのではないかと首をひねる。
「指切るなよ」
ぼんやりしている莉久に気がついたのか、怜司がそれほど気にしたふうではなく、だが気遣って声をかけてくれた。意地悪なのか優しいのか、本当にわからない人だ。
莉久の身近にゲイの人はいなかっただろうし、これまでに自分がゲイだという人と会ったことがないので、セクシュアリティについては触れないようにしようと決めた。どう触れていいのかわからないのもある。そんなつもりはなくても、発した言葉が失礼なことだったり傷つけるものだったりすることを考えると、触れないほうがいい気がする。
なんとなくふたりとも無言になって、莉久は野菜の皮むきに集中し、怜司は肉を炒める。
「ただい、ま……」
帰ってきた梓眞は、キッチンに立つ怜司と莉久を見て驚いている。
「たまには作ったっていいだろ」
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