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木曜日、気になること
木曜日、気になること
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朝起きて顔を洗っていると、寝間着姿の怜司も洗面室に入ってきた。
「寝ぐせついてる」
タオルで顔を拭いている莉久の髪を見て笑うので、むっとしながらその部分を手で押さえた。
昨日は優しいかと思ったのに、また意地悪に戻っている。意地悪をしないといられないのか。優しいままでいたら皆放っておかないだろうに――いや、意地悪でもこの見た目なら放っておかれない。
「これから直すの」
「俺が直してやろうか?」
長い両腕を伸ばした怜司が、莉久の髪をくしゃくしゃとかきまわす。犬を豪快に可愛がるように髪を撫でられ、ますます髪にくせがついた。
「もっとひどくなるからやめて!」
大きな両手から逃れて洗面台から離れると、怜司の向こうに背の高い影があった。梓眞だ。三人とも似たような寝間着を着ていて、まるで揃えたみたいだ。
「おはよう、梓眞さん」
「おはよう。莉久、怜司」
ふたりでふざけていたところを見ていたようで、梓眞は驚きを隠さず怜司をじっと見ている。その視線を受けた怜司は、居心地が悪そうな表情で眉をひそめた。
「怜司、いいの?」
「そういうんじゃねえよ」
なにかを含むやり取りに莉久は首をかしげる。そんな莉久に気がついた梓眞が、話題を変えるように朝食のメニューを教えてくれた。今日はスクランブルエッグにウインナー、サラダとパン、ヨーグルトだという。昨日会社の人からおみやげにブルーベリーのジャムをもらったから、パンかヨーグルトに使うといいよ、と微笑まれた。
このふたりの関係にもたまに疑問に思うところがあるが、悪い人たちではないというのはわかる。怜司のことも梓眞のことも、もっとしっかり受け入れられる心の広さをもとう、と莉久はひとり密かに奮起しながら制服に着替えた。
「あっ、それ俺の!」
怜司にウインナーをひとつ取られた。むくれていると、かわりにサラダにのった生ハムが一枚返ってくる。
「やる」
「怜司さんが生ハム得意じゃないだけな気がする……」
「違う」
またウインナーを取られそうになって慌てて手でガードする。
楽しそうに莉久に意地悪をする怜司だが、そのわりに距離が縮まるとさっと身を引く。まるで莉久から逃げているようで、妙な違和感を覚えた。
「怜司、人の分を取るのはやめなさい」
梓眞がたしなめてもどこ吹く風という顔でパンを食べている。
怜司はどういう人なのだろうか。莉久は彼に興味をもちはじめた。
食後、歯を磨いている怜司の横で、口をゆすいだ莉久はその顔を見あげた。
「怜司さんってウインナー好きなの?」
「……」
「好きな食べものってなに? 嫌いなものは?」
「……」
なにも答えてくれないのでむっとすると、口をゆすいだ怜司に睨まれた。
「歯磨いてるときに答えられるわけねえだろ」
「あ……」
それはそうだ、と洗面室を出ていく背中を追いかける。リビングのテレビでニュースを見ている梓眞の視線を感じたが、気にせず怜司の背を追った。自分でもしつこいかもしれないとは思ったが、なにかひとつでも教えてほしかった。
「怜司さん、趣味ってあるの?」
「さあね」
「なにをするのが好き?」
「知らね」
まったく答えてくれない怜司のあとをついてまわっていると、梓眞に呼び止められた。どこか複雑そうな表情をしている。
「莉久、そろそろ学校に行かないと」
「あ、そうだった」
慌てて部屋に入ってスクールバッグを手に取る。梓眞のマンションを出たところで、梓眞が怜司を逃がしたようだとそのときになって気がついた。
授業を聞きながら、自分が気になることをあげてみる。
梓眞のこと、梓眞と灯里のこと、怜司のこと、怜司と梓眞のこと――ノートのすみに書き出してみて、いろいろなことの一面だけ知っていて全体が見えていないことに思い至った。その見えてない部分を知りたいが、どこまで聞いていいのかわからない。
ふと、自分がわかっていると感じていることも、もしかしたら本質の一部分だけなのかもしれないと思った。灯里のことも、父としての一面しか知らない。違う角度から見た灯里はどんな人だろう。灯里に対しても興味が湧いた。
教科書をめくって、ノートに書き出した「気になること」を見る。
莉久自身が知る自分とは違う角度から見た莉久は、まわりにはどんな人間に映っているのだろうか。
「これなんだけど、どうかな?」
「前に悩んでたやつ? いいじゃん。買うことにしたの?」
「まだ悩んでるんだよね」
梓眞と怜司を観察してみることにした。気を許し合っているのがわかるふたりは、本当はどういう人たちなのだろう。
怜司は、意地悪ばかりだからそれだけかと思うと優しい人。梓眞は、優しいけれど厳しくするところはきちんと厳しくする人で、灯里の元恋人。怜司も梓眞もゲイ。
灯里は大雑把なようでいて意外と細かい。莉久を愛してくれているし、別れた母に対しても愛情をもって接していたと思う。灯里もゲイだとしたら、母へはどんな感情を向けていたのか。
考えれば考えるほどわからない。皆、莉久のように単純でいてくれればいいのに、と少しむくれてみる。
「莉久、どうかした?」
「う、ううん」
「これ、莉久はどう思う?」
梓眞がスマートフォンの画面を莉久に見せる。そこには腕時計の画像が表示されていた。先ほど怜司に見せていたのもこれだろう。買うか悩んでいるようなことを言っていた。
「恰好いいね。梓眞さんに似合いそう」
「そうかな」
「うん。いいと思うよ」
リビングで三人でのんびりと自分のしたいことをする自由な時間。まわりから見たらどういうつながりがあるのか見えない三人は、複雑につながっている。
外から見たら莉久も、なにか複雑さのある人間に見えているのかも、と考えたら、むずがゆいような変な感じがした。
「寝ぐせついてる」
タオルで顔を拭いている莉久の髪を見て笑うので、むっとしながらその部分を手で押さえた。
昨日は優しいかと思ったのに、また意地悪に戻っている。意地悪をしないといられないのか。優しいままでいたら皆放っておかないだろうに――いや、意地悪でもこの見た目なら放っておかれない。
「これから直すの」
「俺が直してやろうか?」
長い両腕を伸ばした怜司が、莉久の髪をくしゃくしゃとかきまわす。犬を豪快に可愛がるように髪を撫でられ、ますます髪にくせがついた。
「もっとひどくなるからやめて!」
大きな両手から逃れて洗面台から離れると、怜司の向こうに背の高い影があった。梓眞だ。三人とも似たような寝間着を着ていて、まるで揃えたみたいだ。
「おはよう、梓眞さん」
「おはよう。莉久、怜司」
ふたりでふざけていたところを見ていたようで、梓眞は驚きを隠さず怜司をじっと見ている。その視線を受けた怜司は、居心地が悪そうな表情で眉をひそめた。
「怜司、いいの?」
「そういうんじゃねえよ」
なにかを含むやり取りに莉久は首をかしげる。そんな莉久に気がついた梓眞が、話題を変えるように朝食のメニューを教えてくれた。今日はスクランブルエッグにウインナー、サラダとパン、ヨーグルトだという。昨日会社の人からおみやげにブルーベリーのジャムをもらったから、パンかヨーグルトに使うといいよ、と微笑まれた。
このふたりの関係にもたまに疑問に思うところがあるが、悪い人たちではないというのはわかる。怜司のことも梓眞のことも、もっとしっかり受け入れられる心の広さをもとう、と莉久はひとり密かに奮起しながら制服に着替えた。
「あっ、それ俺の!」
怜司にウインナーをひとつ取られた。むくれていると、かわりにサラダにのった生ハムが一枚返ってくる。
「やる」
「怜司さんが生ハム得意じゃないだけな気がする……」
「違う」
またウインナーを取られそうになって慌てて手でガードする。
楽しそうに莉久に意地悪をする怜司だが、そのわりに距離が縮まるとさっと身を引く。まるで莉久から逃げているようで、妙な違和感を覚えた。
「怜司、人の分を取るのはやめなさい」
梓眞がたしなめてもどこ吹く風という顔でパンを食べている。
怜司はどういう人なのだろうか。莉久は彼に興味をもちはじめた。
食後、歯を磨いている怜司の横で、口をゆすいだ莉久はその顔を見あげた。
「怜司さんってウインナー好きなの?」
「……」
「好きな食べものってなに? 嫌いなものは?」
「……」
なにも答えてくれないのでむっとすると、口をゆすいだ怜司に睨まれた。
「歯磨いてるときに答えられるわけねえだろ」
「あ……」
それはそうだ、と洗面室を出ていく背中を追いかける。リビングのテレビでニュースを見ている梓眞の視線を感じたが、気にせず怜司の背を追った。自分でもしつこいかもしれないとは思ったが、なにかひとつでも教えてほしかった。
「怜司さん、趣味ってあるの?」
「さあね」
「なにをするのが好き?」
「知らね」
まったく答えてくれない怜司のあとをついてまわっていると、梓眞に呼び止められた。どこか複雑そうな表情をしている。
「莉久、そろそろ学校に行かないと」
「あ、そうだった」
慌てて部屋に入ってスクールバッグを手に取る。梓眞のマンションを出たところで、梓眞が怜司を逃がしたようだとそのときになって気がついた。
授業を聞きながら、自分が気になることをあげてみる。
梓眞のこと、梓眞と灯里のこと、怜司のこと、怜司と梓眞のこと――ノートのすみに書き出してみて、いろいろなことの一面だけ知っていて全体が見えていないことに思い至った。その見えてない部分を知りたいが、どこまで聞いていいのかわからない。
ふと、自分がわかっていると感じていることも、もしかしたら本質の一部分だけなのかもしれないと思った。灯里のことも、父としての一面しか知らない。違う角度から見た灯里はどんな人だろう。灯里に対しても興味が湧いた。
教科書をめくって、ノートに書き出した「気になること」を見る。
莉久自身が知る自分とは違う角度から見た莉久は、まわりにはどんな人間に映っているのだろうか。
「これなんだけど、どうかな?」
「前に悩んでたやつ? いいじゃん。買うことにしたの?」
「まだ悩んでるんだよね」
梓眞と怜司を観察してみることにした。気を許し合っているのがわかるふたりは、本当はどういう人たちなのだろう。
怜司は、意地悪ばかりだからそれだけかと思うと優しい人。梓眞は、優しいけれど厳しくするところはきちんと厳しくする人で、灯里の元恋人。怜司も梓眞もゲイ。
灯里は大雑把なようでいて意外と細かい。莉久を愛してくれているし、別れた母に対しても愛情をもって接していたと思う。灯里もゲイだとしたら、母へはどんな感情を向けていたのか。
考えれば考えるほどわからない。皆、莉久のように単純でいてくれればいいのに、と少しむくれてみる。
「莉久、どうかした?」
「う、ううん」
「これ、莉久はどう思う?」
梓眞がスマートフォンの画面を莉久に見せる。そこには腕時計の画像が表示されていた。先ほど怜司に見せていたのもこれだろう。買うか悩んでいるようなことを言っていた。
「恰好いいね。梓眞さんに似合いそう」
「そうかな」
「うん。いいと思うよ」
リビングで三人でのんびりと自分のしたいことをする自由な時間。まわりから見たらどういうつながりがあるのか見えない三人は、複雑につながっている。
外から見たら莉久も、なにか複雑さのある人間に見えているのかも、と考えたら、むずがゆいような変な感じがした。
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