しあわせをあなたと

すずかけあおい

文字の大きさ
12 / 36
金曜日、梓眞と灯里

金曜日、梓眞と灯里①

しおりを挟む
「おまえ、本当に背低いな」
「低くない。平均身長だよ。怜司さんが高すぎるだけ」

 また意地悪なことを言う怜司は、莉久をからかっては楽しんでいる様子だ。かと思えば、今はふたりでマンションに帰っている途中で、彼はまた莉久を迎えにきてくれている。歩調も莉久に合わせてくれるところなど、優しい人だと思うのに優しいままでいてくれない。近寄ろうとする莉久と、わざと距離を作っているようにも感じられる。

「ただいま」
「おかえり、莉久。怜司も、莉久のお迎えお疲れさま」

 梓眞は、はじめこそ驚いていたが、怜司と莉久が一緒にいてももうなにも言わなくなった。怜司が莉久を迎えにきてくれることに対しても、怜司が言い出したときには心配そうにしていたが、今はなんの翳りも見せていない。

「怜司さんってどういう人なの?」

 食事を終えて、梓眞の隣で片づけを手伝いながら、それとなく聞いてみた。怜司は先にお風呂に入っている。

「どういうって?」

 梓眞は静かな瞳で問い返してきたけれど、どこか居心地が悪くなる視線だった。

「怜司さん、意地悪だったり優しかったり、よくわからないから……。本当はどんな人なのかなと思って」

 なんとなく目を逸らして洗っている食器に視線を移すと、水が食器に当たる音が妙に大きく聞こえた。
 莉久の横から動いた梓眞は、布巾でテーブルを拭く。そのうしろ姿を見つめて答えを待った。

「いい子だよ」
「それだけ?」
「莉久」

 諭すような、それでいて咎めるような声で名を呼ばれ、びくりと背筋が伸びる。

「怜司のことを知りたいのが、ただの興味や好奇心なら放っておいてあげてほしい」

 振り返った梓眞は怖いくらいに真剣な表情をしていて、莉久の全身に緊張が糸を張った。触れたら切れそうな、そんな鋭い空気だった。

「そうそう。俺なんか放っておけ」
「怜司さん!」

 梓眞の向こうに寝間着姿の本人が姿を現し、莉久はまたびくりと背を伸ばした。怜司は濡れ髪をタオルで拭きながら、怪訝そうに莉久を見る。

「俺のこと知ったって、背は高くならねえぞ」
「背は関係ないよ!」
「どうだか」

 からかうように笑う怜司につい言い返すと、梓眞のまとう空気が若干和らいだ。片づけはもういいから、と言われ、莉久もお風呂に入った。
 湯船につかりながら先ほどのふたりを思い出す。梓眞は怖かったけれど、怜司はいつもどおりに見えた。莉久をからかってごまかしたようにも思えるが、真実はわからない。
 知りたいと思うこともいけないのか、と少し落ち込んだ。

「お風呂ありがとう」
「じゃあ俺も入ってこようかな」
「うん」

 梓眞と交代して、莉久はリビングのソファでテレビを見ている怜司の横顔を見る。整った顔立ちで、背が高くてスタイルもいい。もてるのは確実なのに、「そういうのはもういい」と言う人。
 ぼんやり怜司の横顔を見るが、目は合わない。意識して莉久を見ないようにしているとも感じる。近くて遠い、わかるようでわからない。

「莉久?」
「えっ」
「どうした?」

 背後から梓眞に声をかけられ、驚いて大きな声を出してしまった。そのときになってようやく怜司は莉久を一瞥した。呆れたような表情が、莉久からも見えた。

「え……。梓眞さん、もうお風呂出たの?」
「もうって、ゆっくり入ったけど?」
「そ、そうなの?」

 時間の流れがわからないほどに怜司を見ていたのか。怜司はソファを立ち、自分の部屋に入ったので、リビングには梓眞と莉久だけだ。

「梓眞さん」
「なに?」
「怜司さんのことはもう聞かない。そのかわりっていうわけじゃないんだけど、梓眞さんと父さんのこと、教えてほしい」

 怜司のことを教えてもらえないのはわかったから、それならば別のことが聞きたい。

「それはただの興味?」
「興味というか、はっきりとはわからないけど、知っておいたほうがいい気がするんだ」
「そう」

 そうかもな、と呟いた梓眞は、どこか遠くへ視線をやった。それははじめて見る、本当の梓眞のようにも思えた。儚げで、脆く壊れそうな繊細な雰囲気は、今まで莉久が知っていた「梓眞さん」とは異なるものだ。

「楽しい話じゃないけど」
「うん」

 莉久が頷くのを確認して梓眞は一度唇を引き結んだ。なにかをこらえるような表情は、十秒ほどでほどけた。

「座って」

 促されるままソファに座る梓眞の隣に座ってから、正面に座ったほうがよかっただろうかとも思ったが、まっすぐ梓眞の表情を見る勇気がなかった。

「前に、灯里は妹が高校生のときのクラスメイトだったって話したね?」
「うん。聞いた」
「俺は大学一年だったんだ」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

処理中です...