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金曜日、梓眞と灯里
金曜日、梓眞と灯里①
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「おまえ、本当に背低いな」
「低くない。平均身長だよ。怜司さんが高すぎるだけ」
また意地悪なことを言う怜司は、莉久をからかっては楽しんでいる様子だ。かと思えば、今はふたりでマンションに帰っている途中で、彼はまた莉久を迎えにきてくれている。歩調も莉久に合わせてくれるところなど、優しい人だと思うのに優しいままでいてくれない。近寄ろうとする莉久と、わざと距離を作っているようにも感じられる。
「ただいま」
「おかえり、莉久。怜司も、莉久のお迎えお疲れさま」
梓眞は、はじめこそ驚いていたが、怜司と莉久が一緒にいてももうなにも言わなくなった。怜司が莉久を迎えにきてくれることに対しても、怜司が言い出したときには心配そうにしていたが、今はなんの翳りも見せていない。
「怜司さんってどういう人なの?」
食事を終えて、梓眞の隣で片づけを手伝いながら、それとなく聞いてみた。怜司は先にお風呂に入っている。
「どういうって?」
梓眞は静かな瞳で問い返してきたけれど、どこか居心地が悪くなる視線だった。
「怜司さん、意地悪だったり優しかったり、よくわからないから……。本当はどんな人なのかなと思って」
なんとなく目を逸らして洗っている食器に視線を移すと、水が食器に当たる音が妙に大きく聞こえた。
莉久の横から動いた梓眞は、布巾でテーブルを拭く。そのうしろ姿を見つめて答えを待った。
「いい子だよ」
「それだけ?」
「莉久」
諭すような、それでいて咎めるような声で名を呼ばれ、びくりと背筋が伸びる。
「怜司のことを知りたいのが、ただの興味や好奇心なら放っておいてあげてほしい」
振り返った梓眞は怖いくらいに真剣な表情をしていて、莉久の全身に緊張が糸を張った。触れたら切れそうな、そんな鋭い空気だった。
「そうそう。俺なんか放っておけ」
「怜司さん!」
梓眞の向こうに寝間着姿の本人が姿を現し、莉久はまたびくりと背を伸ばした。怜司は濡れ髪をタオルで拭きながら、怪訝そうに莉久を見る。
「俺のこと知ったって、背は高くならねえぞ」
「背は関係ないよ!」
「どうだか」
からかうように笑う怜司につい言い返すと、梓眞のまとう空気が若干和らいだ。片づけはもういいから、と言われ、莉久もお風呂に入った。
湯船につかりながら先ほどのふたりを思い出す。梓眞は怖かったけれど、怜司はいつもどおりに見えた。莉久をからかってごまかしたようにも思えるが、真実はわからない。
知りたいと思うこともいけないのか、と少し落ち込んだ。
「お風呂ありがとう」
「じゃあ俺も入ってこようかな」
「うん」
梓眞と交代して、莉久はリビングのソファでテレビを見ている怜司の横顔を見る。整った顔立ちで、背が高くてスタイルもいい。もてるのは確実なのに、「そういうのはもういい」と言う人。
ぼんやり怜司の横顔を見るが、目は合わない。意識して莉久を見ないようにしているとも感じる。近くて遠い、わかるようでわからない。
「莉久?」
「えっ」
「どうした?」
背後から梓眞に声をかけられ、驚いて大きな声を出してしまった。そのときになってようやく怜司は莉久を一瞥した。呆れたような表情が、莉久からも見えた。
「え……。梓眞さん、もうお風呂出たの?」
「もうって、ゆっくり入ったけど?」
「そ、そうなの?」
時間の流れがわからないほどに怜司を見ていたのか。怜司はソファを立ち、自分の部屋に入ったので、リビングには梓眞と莉久だけだ。
「梓眞さん」
「なに?」
「怜司さんのことはもう聞かない。そのかわりっていうわけじゃないんだけど、梓眞さんと父さんのこと、教えてほしい」
怜司のことを教えてもらえないのはわかったから、それならば別のことが聞きたい。
「それはただの興味?」
「興味というか、はっきりとはわからないけど、知っておいたほうがいい気がするんだ」
「そう」
そうかもな、と呟いた梓眞は、どこか遠くへ視線をやった。それははじめて見る、本当の梓眞のようにも思えた。儚げで、脆く壊れそうな繊細な雰囲気は、今まで莉久が知っていた「梓眞さん」とは異なるものだ。
「楽しい話じゃないけど」
「うん」
莉久が頷くのを確認して梓眞は一度唇を引き結んだ。なにかをこらえるような表情は、十秒ほどでほどけた。
「座って」
促されるままソファに座る梓眞の隣に座ってから、正面に座ったほうがよかっただろうかとも思ったが、まっすぐ梓眞の表情を見る勇気がなかった。
「前に、灯里は妹が高校生のときのクラスメイトだったって話したね?」
「うん。聞いた」
「俺は大学一年だったんだ」
「低くない。平均身長だよ。怜司さんが高すぎるだけ」
また意地悪なことを言う怜司は、莉久をからかっては楽しんでいる様子だ。かと思えば、今はふたりでマンションに帰っている途中で、彼はまた莉久を迎えにきてくれている。歩調も莉久に合わせてくれるところなど、優しい人だと思うのに優しいままでいてくれない。近寄ろうとする莉久と、わざと距離を作っているようにも感じられる。
「ただいま」
「おかえり、莉久。怜司も、莉久のお迎えお疲れさま」
梓眞は、はじめこそ驚いていたが、怜司と莉久が一緒にいてももうなにも言わなくなった。怜司が莉久を迎えにきてくれることに対しても、怜司が言い出したときには心配そうにしていたが、今はなんの翳りも見せていない。
「怜司さんってどういう人なの?」
食事を終えて、梓眞の隣で片づけを手伝いながら、それとなく聞いてみた。怜司は先にお風呂に入っている。
「どういうって?」
梓眞は静かな瞳で問い返してきたけれど、どこか居心地が悪くなる視線だった。
「怜司さん、意地悪だったり優しかったり、よくわからないから……。本当はどんな人なのかなと思って」
なんとなく目を逸らして洗っている食器に視線を移すと、水が食器に当たる音が妙に大きく聞こえた。
莉久の横から動いた梓眞は、布巾でテーブルを拭く。そのうしろ姿を見つめて答えを待った。
「いい子だよ」
「それだけ?」
「莉久」
諭すような、それでいて咎めるような声で名を呼ばれ、びくりと背筋が伸びる。
「怜司のことを知りたいのが、ただの興味や好奇心なら放っておいてあげてほしい」
振り返った梓眞は怖いくらいに真剣な表情をしていて、莉久の全身に緊張が糸を張った。触れたら切れそうな、そんな鋭い空気だった。
「そうそう。俺なんか放っておけ」
「怜司さん!」
梓眞の向こうに寝間着姿の本人が姿を現し、莉久はまたびくりと背を伸ばした。怜司は濡れ髪をタオルで拭きながら、怪訝そうに莉久を見る。
「俺のこと知ったって、背は高くならねえぞ」
「背は関係ないよ!」
「どうだか」
からかうように笑う怜司につい言い返すと、梓眞のまとう空気が若干和らいだ。片づけはもういいから、と言われ、莉久もお風呂に入った。
湯船につかりながら先ほどのふたりを思い出す。梓眞は怖かったけれど、怜司はいつもどおりに見えた。莉久をからかってごまかしたようにも思えるが、真実はわからない。
知りたいと思うこともいけないのか、と少し落ち込んだ。
「お風呂ありがとう」
「じゃあ俺も入ってこようかな」
「うん」
梓眞と交代して、莉久はリビングのソファでテレビを見ている怜司の横顔を見る。整った顔立ちで、背が高くてスタイルもいい。もてるのは確実なのに、「そういうのはもういい」と言う人。
ぼんやり怜司の横顔を見るが、目は合わない。意識して莉久を見ないようにしているとも感じる。近くて遠い、わかるようでわからない。
「莉久?」
「えっ」
「どうした?」
背後から梓眞に声をかけられ、驚いて大きな声を出してしまった。そのときになってようやく怜司は莉久を一瞥した。呆れたような表情が、莉久からも見えた。
「え……。梓眞さん、もうお風呂出たの?」
「もうって、ゆっくり入ったけど?」
「そ、そうなの?」
時間の流れがわからないほどに怜司を見ていたのか。怜司はソファを立ち、自分の部屋に入ったので、リビングには梓眞と莉久だけだ。
「梓眞さん」
「なに?」
「怜司さんのことはもう聞かない。そのかわりっていうわけじゃないんだけど、梓眞さんと父さんのこと、教えてほしい」
怜司のことを教えてもらえないのはわかったから、それならば別のことが聞きたい。
「それはただの興味?」
「興味というか、はっきりとはわからないけど、知っておいたほうがいい気がするんだ」
「そう」
そうかもな、と呟いた梓眞は、どこか遠くへ視線をやった。それははじめて見る、本当の梓眞のようにも思えた。儚げで、脆く壊れそうな繊細な雰囲気は、今まで莉久が知っていた「梓眞さん」とは異なるものだ。
「楽しい話じゃないけど」
「うん」
莉久が頷くのを確認して梓眞は一度唇を引き結んだ。なにかをこらえるような表情は、十秒ほどでほどけた。
「座って」
促されるままソファに座る梓眞の隣に座ってから、正面に座ったほうがよかっただろうかとも思ったが、まっすぐ梓眞の表情を見る勇気がなかった。
「前に、灯里は妹が高校生のときのクラスメイトだったって話したね?」
「うん。聞いた」
「俺は大学一年だったんだ」
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