しあわせをあなたと

すずかけあおい

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金曜日、梓眞と灯里

金曜日、梓眞と灯里②

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 梓眞の妹が仲のいいクラスメイトを数人家に招き、その中にいたのが灯里だった。その姿からなぜか目が離せなくなり、あれこそ一目惚れだと思う、と梓眞は話す。
 ふたりで遊びに行く機会をもち、どんどん灯里に惹かれていく。気持ちが抑え切れなくなった梓眞は告白するが、男同士は否定しないけれど梓眞をそういうふうには見られないと断られて若干の距離を置かれた。それでも諦めずに気持ちを伝え続けていくと、「しつこいな」と灯里が笑ってくれた。

「『俺も梓眞に惹かれてるみたい』って。一生忘れられない瞬間だった」
「うん……」
「つき合いはじめて、ふたりでいられるなら他になにもいらなかった。ただ灯里が好きだった」

 いつまでも続いてほしいと願った時間は二年ほどで砕かれる。ふたりの関係が梓眞の親にばれた。
 猛反対され、親と縁を切ってでも一緒にいようとする梓眞と灯里は強引に引き離された。梓眞は遠縁の親戚の家へ連れていかれ、ふたりのつながりは呆気なく途絶えてしまう。
 親戚宅を抜け出して灯里の家までいったが、会えないどころか「灯里はもうこの家にいない」と言われる。再会後に聞いた話によると、灯里も父方の祖父母の家に預けられていた。
 今なら命をかけてでも灯里を探し出してふたりで逃げたけれど、そのときの自分は絶望に打ちひしがれるしかできなかった。本当に未熟だった、と梓眞は手もとに視線を落としながら呟く。その姿がまだ灯里を追っているようで、莉久は胸が痛くなった。
 灯里の影を探しては二度と会えないことを思い知る日々に、生きる希望さえ失った。それでも生きていたらどこかでまた会えるのではないか――ひと筋の光だけを頼りに生きていた。

「でも、今も父さんと仲良くしてるってことは、再会できたんでしょ?」
「そう。奇跡は起きたよ」

 ふたりの関係が引き裂かれてから数年が経った頃、街中で灯里に偶然再会した。年を重ねた灯里はすっかり大人になっていて、だが梓眞と同じようにどこか陰を背負っているように見える。人目を気にせず灯里の手を取った梓眞の指に当たったのは、薬指の指輪だった。

「……奇跡は起きたけど、現実は残酷だ」
「それっていつ頃?」
「莉久が一歳のときかな」

 梓眞は深く嘆息し、目を閉じる。そのときを思い出しているのだろうか、眉は寄せられて、苦しそうに表情が歪んでいる。
 ふたりが再会したときには自分が生まれていたことに驚いた。それだけ長く離れていたのに、梓眞の気持ちは変わっていなかった。

「『もうあの日々には戻れない』と言う灯里になにも言えなかった。灯里も苦しんだことがわかったから、俺はただ口を噤んだ。大切な人が見つけた幸せを喜んであげることができない俺は、そこでもやっぱり未熟だった」

 視線をあげた梓眞の瞳は揺れている。明るいブラウンの瞳が宝石のように輝いていて、莉久はこんなときなのに綺麗だと思った。

「『せめて友人にして』って強引に頼んだんだ」

 無理やり優しい表情を作る梓眞のせつなさが伝わってくるようで、心臓が絞られるように痛んだ。そうしてでもつながりを絶ちたくなかった深い気持ちが透けて見える。

「でも、もう離婚してるんだから、またやり直すこともできるんじゃない?」
「莉久はそれを受け入れられる?」
「……」

 難しい質問だった。
 そこでわかった。灯里が梓眞を過去だとはっきり言ったのは、莉久のためだ。

「父さんのこと……まだ好きなんだよね?」

 莉久の問いに梓眞は曖昧に微笑んだ。それが答えだ。
 まさか自分の存在がふたりを妨げているとは思わなかった。莉久は知ってしまった真実に愕然とした。思わず涙が込みあげる。

「おまえが泣くことか」

 突然背後から頭を小突かれ、振り返るといつの間にか怜司が渋い顔をして立っている。まったく気がつかなかった莉久は、涙が一瞬引っ込んだ。

「おまえの存在自体、ふたりが結ばれなかったからあるんだってことをわかってんのか」
「怜司」
「だって、本当のことだ」

 莉久のこともあるけれど、梓眞と灯里の関係がこんなにも重く深いものだと思っていなかったという反省もある。もっと軽い、ちょっとつき合ってみたような、いっときのお遊び程度のものかと考えていた。

「たしかにそれは真実だけど、だからってふたりが結ばれなくてよかったとは思えない」

 莉久の言葉に驚いた様子なのは梓眞よりも怜司で、目を見開き、苦しげに深い息を吐き出して視線を落としている。

「ふたりとも幸せであってほしい……」

 受け入れられるか、と聞かれたら口ごもる莉久が願うのは、間違っているのかもしれない。それでも願わずにはいられなかった。自分の好きな人たちが幸せになってほしいと思うのは当然のことだ。

「本当にもうやり直せないの?」
「だから、おまえはそれを受け入れられねえだろ。梓眞さんと俺がゲイってことだけでも逃げ出したのに、父親に男の恋人ができるって理解できんのか」
「でも俺なんかより……!」
「莉久」

 怜司と莉久のやり取りを聞いていた梓眞は、優しく、だが重く莉久を呼んだ。

「いいんだ。灯里が決めたことなら、それを尊重したい」

 梓眞の言葉に、怜司はもうひとつ重苦しいため息をついた。
 灯里が決めたこと――莉久がもっと柔軟になれたなら、それは変わるのではないか。常識にとらわれる自分の頭の固さが、ひどく愚かに感じた。

「……願ったって叶わないんだよ」

 呟きに顔をあげると、莉久の視線から逃げるように怜司は部屋に入ってしまった。すべてを諦めたような様子が気になり、同時にその背が知らない人のように思えて、莉久はどこか心細くなった。

「ごめん、莉久。怜司も悪気はないんだ、本当に」
「うん……。わかってる」

 わかっているから余計に気になる。
 梓眞の瞳をまっすぐ見つめた。

「怜司さんのこと、やっぱり教えてくれる気はない?」
「それはただの興味?」
「わからないけど……怜司さんをもっと知ってみたい」
「……」

 なにかをかかえた怜司を知るのは覚悟がいるかもしれない。それが単なる興味や好奇心かと聞かれたら答えに迷う。だが、彼を知りたいと思う気持ちはたしかだ。
 莉久の表情を見た梓眞は、自分たちの話をしたときと同じように唇を引き結んだ。その唇は、今度はほどかれない。話してくれる気がないことがわかり、莉久は自分がなにも知らない子どもであることを痛感した。
 人はたくさんのものをかかえて生きている。その断片しか掴めない自身が悔しかった。


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