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土曜日、守ってくれる人
土曜日、守ってくれる人①
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「おう。またすごい顔してんな」
莉久の顔を覗き込む朝田に頷く。
昨夜はよく眠れなかった。梓眞と灯里のこと、怜司のこと、いろいろと考えていたら朝になっていた。梓眞のせつない想いが胸に飛び火したようで、ずっと心が引き裂かれそうに痛い。
「今度はどうした?」
「……」
口ごもる莉久を心配してくれる友に、相談してみたくなった。
「最近、いろいろあるんだ」
「うん」
「詳しくは話せないけど、なんだろう……つらい恋愛とか」
梓眞と灯里の顔が頭に浮かぶ。ふたりはつき合っていたとき、どんな表情で笑っていたのだろうか。どうやって思いを伝え合っていたのか。ずっと一緒にいられると信じて疑わなかった日々が砕かれたときの衝撃はどれほどだろう。それから、灯里の決断も――。
「おお……。原沢、失恋したか?」
「ううん、俺じゃなくて」
「うん?」
「……その人たちが別れなければたくさんのことが変わってしまったのはたしかで、もしそうなっていたらって考えると怖いのに、手放しで『よかった』なんて言えない。もとに戻れる環境があるのに、……なんていうか、……守りたい人がいるから、それをしないんだ」
梓眞と灯里が別れなければ、莉久は今存在しない。それはとても怖いけれど、別れてよかったなどと思えるはずがない。特に、昨夜の話を聞いたあとには強くそう感じる。
さらに莉久が苦しいのは、灯里が莉久のために梓眞とやり直さないことだ。もし灯里にとって本当に梓眞が過去になっているならば仕方がないけれど、そうだったらあんなに頻繁に会うだろうか。
「ああ、そういうこと」
つたない説明でも朝田はすんなりと納得して、莉久のほうが驚いた。
「この説明でわかる?」
「なんとなくな。つまり、誰かの幸せの陰で、他の誰かが泣いてるってことだろ?」
「そう、かな……?」
たしかに、莉久の現在があることを莉久の幸せとしたら、その裏に結ばれなかったふたりの涙がある。そういうことかもしれない。
理解が早い朝田にまたも驚く。
「それはしょうがないんじゃない?」
「なんで?」
「原沢はさ、頭が固いくせに、ハッピーエンド大好き、みたいなとこあるから納得いかないんだろうと思うけど。いや、頭が固いから、いつもハッピーエンドじゃないと嫌なのかな?」
「そんなに俺、頭固い?」
朝田にまで言われるとは思わなかったが、朝田は「筋金入りだな」と笑う。少しショックだった。
「それで、ハッピーエンド大好きってどういうこと?」
「大団円がいいっていうか、いつでもラストではみんな幸せでいてほしい、みたいに思ってるだろ?」
彼とこんな話をしたのははじめてだけれど、不思議なほど大人びた表情をする。こんな友の姿を莉久は知らない。どこか達観したような視点は、どうやって得られたのだろう。
「それは……たしかに」
「みんながみんな幸せにはなれないよ。ひとりの男をふたりの女が好きになった場合なんて絶対そうだろ? 男はどっちかを選ばないといけない。両方を選ぶっていうのもあるけど、それだと頭の固い原沢は理解できなくなる」
そのとおりだし、つき合うなら一対一だと思っている莉久は頭が固いのか、と驚きが勝るが、やはり両方を取るのは違うと思う。
ふと頭の中に、梓眞と灯里、自分自身の姿が浮かんだ。
「勝者がいれば敗者がいる。選ばれた人がいれば、選ばれなかった人がいる。それは仕方がないことじゃないかな」
「でも――」
「うん。つらいよな。でもしょうがないことだよ」
「……」
だから梓眞と灯里のことも「しょうがない」で終わらせるのか――莉久には納得できない。表情からそんな気持ちを読んだのか、朝田は自分のシャツの襟をいじりながら苦笑する。
「悩んで答えが出るなら悩めばいいけど、答えの出ないことだってある」
「うん……」
たしかに、もうすぎてしまったことだから、今さら悩んでもなにも変わらない。つまり、梓眞と灯里の幸せは壊されてそのまま――やはり莉久は納得できない。ラストで皆が幸せでいてほしいと願うことは間違っていないはずだ。
ふたりはやり直すことはできないのだろうか。だが、実際そうなったとして、莉久は梓眞と灯里の関係を受け入れられるか――まず、父に恋人ができること自体が莉久にとって衝撃かもしれない。
「納得いかないって顔してるな」
「う、ん」
一番納得できないのは、常識にとらわれる頭の固い自分自身の存在だった。
「でも、原沢が納得しなくてもそれが現実なんだよ」
どこか突き放したような声に、言い募ろうとした言葉がぐっと喉に詰まる。でも、だって――言いはじめたらきっと止まらない。
これはたしかに現実であって、夢物語でのできごとではない。だから軽率な考えはできない。
「じゃあ、それは納得しないとして」
「やっぱり納得しないのか」
「うん。……別件。気になる人がいるんだ」
がっと肩を掴まれて揺らされる。
「好きなやつがいるのか? 誰?」
「好きなんじゃなくて、ただ、どういう人か気になるってだけ」
「単なる興味ってこと?」
「そういう軽い気持ちでもなくて……。難しいんだけど」
怜司に対する気持ちをどう説明したらいいかわからない。もっと知ってみたい。かかえているものがなにかであるかを知りたい。単なる興味と言ったら、そうなるのか。莉久自身としては、もっと重い気持ちで彼を知りたいと思っている。軽々しく触れてはいけないとわかるから、余計に気持ちが引き締まる。
「その人のことを知りたくても、教えてもらえないんだ」
「脈なし? 諦めろ」
「だからそういうんじゃなくて」
莉久が苦笑すると、朝田も少し笑ったあとに真剣な表情をした。思わず背筋が伸びる。
「教えてもらえないんじゃなくて、教えられないんじゃないの?」
「どういうこと?」
「教えたくないわけじゃないけど、説明できないことってあるだろ?」
「……ある」
怜司のかかえているものは、説明できないものなのだろうか。寂しげな横顔を脳裏に浮かべる。
「それか、本当に話したくないとかな。ひとりでかかえていたいことかもしれない」
「ああ……。そうかも」
そちらのほうがしっくりくる。怜司の事情は梓眞も知っているようだったから、ひとりでかかえていたいというわけではなさそうだが、ふたりとも口を噤んでいる。それ以外の人には知られたくないことなのかもしれない。
「本人が話したくないことを無理に聞き出そうとするなよ」
「うん……」
「相手が自然と話したくなるのを待つのが一番じゃない?」
自然と――それはいつだろう。怜司のそばにいられるあいだに、その機会がきてくれなければ一生聞けない。
聞いてどうするかはわからない。ただ知りたい。この気持ちは単なる興味や好奇心でしかないのかもしれない。
「難しいなあ……。難しいことだらけ」
「悩め悩め。人間は悩んで成長する」
「朝田も悩むことあるの?」
「あるな。どうやったら可愛い彼女ができるか」
なにそれ、と軽い口調で笑って窓の外に視線を向ける。
今日も梅雨らしくない天気で、降り注ぐ陽射しが柔らかく世界を包んでいる。
窓の外を見るのは、怜司を見つめるのと同じ気分だ。怜司はいつも隔たりの向こう側にいる気がする。その壁は、強引に壊していいものではない。鍵がかかっているのならば、怜司が開けてくれるまで触れてはいけない。
「ハッピーエンドじゃないって、苦しいよね」
眉を寄せると、朝田は同意するように静かに頷いた。
莉久の顔を覗き込む朝田に頷く。
昨夜はよく眠れなかった。梓眞と灯里のこと、怜司のこと、いろいろと考えていたら朝になっていた。梓眞のせつない想いが胸に飛び火したようで、ずっと心が引き裂かれそうに痛い。
「今度はどうした?」
「……」
口ごもる莉久を心配してくれる友に、相談してみたくなった。
「最近、いろいろあるんだ」
「うん」
「詳しくは話せないけど、なんだろう……つらい恋愛とか」
梓眞と灯里の顔が頭に浮かぶ。ふたりはつき合っていたとき、どんな表情で笑っていたのだろうか。どうやって思いを伝え合っていたのか。ずっと一緒にいられると信じて疑わなかった日々が砕かれたときの衝撃はどれほどだろう。それから、灯里の決断も――。
「おお……。原沢、失恋したか?」
「ううん、俺じゃなくて」
「うん?」
「……その人たちが別れなければたくさんのことが変わってしまったのはたしかで、もしそうなっていたらって考えると怖いのに、手放しで『よかった』なんて言えない。もとに戻れる環境があるのに、……なんていうか、……守りたい人がいるから、それをしないんだ」
梓眞と灯里が別れなければ、莉久は今存在しない。それはとても怖いけれど、別れてよかったなどと思えるはずがない。特に、昨夜の話を聞いたあとには強くそう感じる。
さらに莉久が苦しいのは、灯里が莉久のために梓眞とやり直さないことだ。もし灯里にとって本当に梓眞が過去になっているならば仕方がないけれど、そうだったらあんなに頻繁に会うだろうか。
「ああ、そういうこと」
つたない説明でも朝田はすんなりと納得して、莉久のほうが驚いた。
「この説明でわかる?」
「なんとなくな。つまり、誰かの幸せの陰で、他の誰かが泣いてるってことだろ?」
「そう、かな……?」
たしかに、莉久の現在があることを莉久の幸せとしたら、その裏に結ばれなかったふたりの涙がある。そういうことかもしれない。
理解が早い朝田にまたも驚く。
「それはしょうがないんじゃない?」
「なんで?」
「原沢はさ、頭が固いくせに、ハッピーエンド大好き、みたいなとこあるから納得いかないんだろうと思うけど。いや、頭が固いから、いつもハッピーエンドじゃないと嫌なのかな?」
「そんなに俺、頭固い?」
朝田にまで言われるとは思わなかったが、朝田は「筋金入りだな」と笑う。少しショックだった。
「それで、ハッピーエンド大好きってどういうこと?」
「大団円がいいっていうか、いつでもラストではみんな幸せでいてほしい、みたいに思ってるだろ?」
彼とこんな話をしたのははじめてだけれど、不思議なほど大人びた表情をする。こんな友の姿を莉久は知らない。どこか達観したような視点は、どうやって得られたのだろう。
「それは……たしかに」
「みんながみんな幸せにはなれないよ。ひとりの男をふたりの女が好きになった場合なんて絶対そうだろ? 男はどっちかを選ばないといけない。両方を選ぶっていうのもあるけど、それだと頭の固い原沢は理解できなくなる」
そのとおりだし、つき合うなら一対一だと思っている莉久は頭が固いのか、と驚きが勝るが、やはり両方を取るのは違うと思う。
ふと頭の中に、梓眞と灯里、自分自身の姿が浮かんだ。
「勝者がいれば敗者がいる。選ばれた人がいれば、選ばれなかった人がいる。それは仕方がないことじゃないかな」
「でも――」
「うん。つらいよな。でもしょうがないことだよ」
「……」
だから梓眞と灯里のことも「しょうがない」で終わらせるのか――莉久には納得できない。表情からそんな気持ちを読んだのか、朝田は自分のシャツの襟をいじりながら苦笑する。
「悩んで答えが出るなら悩めばいいけど、答えの出ないことだってある」
「うん……」
たしかに、もうすぎてしまったことだから、今さら悩んでもなにも変わらない。つまり、梓眞と灯里の幸せは壊されてそのまま――やはり莉久は納得できない。ラストで皆が幸せでいてほしいと願うことは間違っていないはずだ。
ふたりはやり直すことはできないのだろうか。だが、実際そうなったとして、莉久は梓眞と灯里の関係を受け入れられるか――まず、父に恋人ができること自体が莉久にとって衝撃かもしれない。
「納得いかないって顔してるな」
「う、ん」
一番納得できないのは、常識にとらわれる頭の固い自分自身の存在だった。
「でも、原沢が納得しなくてもそれが現実なんだよ」
どこか突き放したような声に、言い募ろうとした言葉がぐっと喉に詰まる。でも、だって――言いはじめたらきっと止まらない。
これはたしかに現実であって、夢物語でのできごとではない。だから軽率な考えはできない。
「じゃあ、それは納得しないとして」
「やっぱり納得しないのか」
「うん。……別件。気になる人がいるんだ」
がっと肩を掴まれて揺らされる。
「好きなやつがいるのか? 誰?」
「好きなんじゃなくて、ただ、どういう人か気になるってだけ」
「単なる興味ってこと?」
「そういう軽い気持ちでもなくて……。難しいんだけど」
怜司に対する気持ちをどう説明したらいいかわからない。もっと知ってみたい。かかえているものがなにかであるかを知りたい。単なる興味と言ったら、そうなるのか。莉久自身としては、もっと重い気持ちで彼を知りたいと思っている。軽々しく触れてはいけないとわかるから、余計に気持ちが引き締まる。
「その人のことを知りたくても、教えてもらえないんだ」
「脈なし? 諦めろ」
「だからそういうんじゃなくて」
莉久が苦笑すると、朝田も少し笑ったあとに真剣な表情をした。思わず背筋が伸びる。
「教えてもらえないんじゃなくて、教えられないんじゃないの?」
「どういうこと?」
「教えたくないわけじゃないけど、説明できないことってあるだろ?」
「……ある」
怜司のかかえているものは、説明できないものなのだろうか。寂しげな横顔を脳裏に浮かべる。
「それか、本当に話したくないとかな。ひとりでかかえていたいことかもしれない」
「ああ……。そうかも」
そちらのほうがしっくりくる。怜司の事情は梓眞も知っているようだったから、ひとりでかかえていたいというわけではなさそうだが、ふたりとも口を噤んでいる。それ以外の人には知られたくないことなのかもしれない。
「本人が話したくないことを無理に聞き出そうとするなよ」
「うん……」
「相手が自然と話したくなるのを待つのが一番じゃない?」
自然と――それはいつだろう。怜司のそばにいられるあいだに、その機会がきてくれなければ一生聞けない。
聞いてどうするかはわからない。ただ知りたい。この気持ちは単なる興味や好奇心でしかないのかもしれない。
「難しいなあ……。難しいことだらけ」
「悩め悩め。人間は悩んで成長する」
「朝田も悩むことあるの?」
「あるな。どうやったら可愛い彼女ができるか」
なにそれ、と軽い口調で笑って窓の外に視線を向ける。
今日も梅雨らしくない天気で、降り注ぐ陽射しが柔らかく世界を包んでいる。
窓の外を見るのは、怜司を見つめるのと同じ気分だ。怜司はいつも隔たりの向こう側にいる気がする。その壁は、強引に壊していいものではない。鍵がかかっているのならば、怜司が開けてくれるまで触れてはいけない。
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