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土曜日、守ってくれる人
土曜日、守ってくれる人②
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莉久のバイト帰りには怜司が迎えにきてくれているが、今日は彼のバイトが重なっていてひとりで帰宅することになった。怜司には謝られて、逆に申し訳なかった。
「……?」
暗い道をひとりで歩いていると、誰かがうしろを歩いている気がする。ただ同じ方向なのかと気にしないでいたが、徐々に足音が近づいてきて、すぐうしろに人の気配を感じる。
「……っ」
男の莉久がつけられるはずなんてない、そう思いながらも怖くて走り出すと、うしろの人も走り出したようで足音が追ってきた。恐怖で身体が凍りつき、脚が震えて動かなくなる。止まりたくないのに足が止まってしまい、がたがたと震えが起こるのを必死で抑えようとしたが無駄だった。
足の止まった莉久に近づいてきたのは、頬を赤らめた中年の男だった。
「可愛いね」
「……っ!」
肩を掴まれ、強引に抱きしめられそうになって抵抗する。莉久の身体が震えていることに気がついた男は、酒臭い息を吐きながらいやらしく口角をつりあげた。腕を引かれてどこかに連れていかれそうになり、抵抗しないといけないのに怖くて身体が思うように動かない。
「おい!」
男の腕を乱暴にほどいて莉久の肩を抱き寄せる背の高い影に、視界が涙でゆらりと揺らめいた。
「なにやってんだ」
顔を引き攣らせる男を睨みつけるのは、怜司だった。逃げるように走り出す男を追いかけようとするので、必死で腕に縋って引き留めた。
「い、いかないで……!」
「莉久……」
落ちつかせるように肩を軽く撫でられたら身体の力が抜けて、その場に座り込んだ。怜司は莉久の両手を取って引っ張り、引かれた弾みで立ちあがった莉久は、広い胸に飛び込む恰好となった。
「あ、あの……」
「悪かった。これからは必ず駅まで迎えにいく」
守るような腕の強さに心底安堵する。思わずしがみついて、こらえていた涙を零す。
「歩けるか?」
「大丈夫……」
「腕、掴まってろ」
身体を離そうとすると手を差し出され、おずおずとその腕に掴まった。優しいにおいがして、先ほどまでの恐怖が一気に薄らいだ。
「どうして……バイトは?」
「来客が少ないからって早めにあがれたんだ。一度帰って、おまえを迎えに行く途中だった」
ゆっくり歩き出す怜司に合わせて莉久も足を動かす。まだ少し震えはあるけれど、なんとか歩けた。
「あの、怜司さん」
「なに?」
「このこと、梓眞さんには言わないで。心配かけるから」
怜司は「馬鹿か」と莉久の頭を小突いた。その手つきも普段より優しい。
「梓眞さんは今おまえの保護者なんだから、言わないわけにはいかねえだろ」
「でも……」
「俺から話すから。心配すんな」
怜司が大丈夫と言うなら、そうなのだとわかる。ひとつ頷いて怜司の腕に抱きついた。
「バイト、しばらく休めないのか? ここにいるあいだだけでも」
「うん……。でももうシフト組まれてるし、今から休んだら迷惑かけるから」
「そうか。じゃあ必ず迎えにいく。おまえはひとりで夜道歩くな」
その優しさに、じわりと心が温もりで包まれた。
莉久が部屋に入るとき、怜司が梓眞を呼んだ。恐怖が蘇りそうで聞きたくなくて、急いでドアを閉めた。荷物を置いてベッドに座る。目を閉じるとまだ男に抱きしめられた感覚が思い起こされ、再度身体が震え出した。
「莉久」
ノックの音とともに怜司が部屋に入ってきて、莉久に甘いにおいのするカップを差し出した。
「ココア。気温高いから暑かったら冷めてから飲め」
湿度も少し高いな、と怜司はエアコンのリモコンを操作した。機械音が聞こえて涼しい風が吹き出す。カップを両手で包むと、ほっとして力が抜けた。
「ありがとう」
「いや。そうだ、連絡先教えろ」
ポケットからスマートフォンを出した怜司は、莉久も促す。同じようにスマートフォンを出した莉久と連絡先を交換した怜司は、安堵した顔を見せた。
「帰りは連絡しろ」
「でも」
「おまえになんかあったほうが迷惑だからな」
突き放すような言葉の本質が優しい。また目に涙が浮かぶ莉久の隣に座った怜司は、そっと肩を撫でてくれた。
「大丈夫だ」
「うん……」
怜司の優しさに触れ、震えもおさまってくる。莉久がひとりになるのを不安に思っているのがわかったのか、怜司はただそばにいてくれた。
意地悪なところもあるけれど、本当は優しい怜司にお礼がしたい。
「怜司さんはなにか好きなものある?」
「なんで?」
「お礼がしたいから」
真剣に言ったのに、怜司は噴き出して笑った。つい莉久はむっとなる。
「礼がほしくてやってることならしてもらうけど、そうじゃないからな」
「でも……」
「いいよ。気にすんな」
頭をぽんと撫でられ、以前よりもスキンシップが増えたことに気がつく。莉久はそれを嫌だと思わなかった。
部屋を出て、怜司がお風呂に入っているのを確認してから梓眞のところにいった。
「梓眞さん」
「なに?」
梓眞が莉久にはいろいろと聞いてこなかったのは、きっと怜司がうまく言ってくれたのだと思う。ふたりの気遣いがありがたい。
「怜司さんってなにが好きなのかな」
「好きなもの?」
「うん。迎えにきてくれたり、いつも助けてもらってるからお礼がしたくて。でも怜司さんは、お礼がほしくてやってることじゃないからって教えてくれないんだ」
「怜司らしいな」
梓眞は柔らかく目を細め、怜司の好きな食べものを教えてくれた。
「……?」
暗い道をひとりで歩いていると、誰かがうしろを歩いている気がする。ただ同じ方向なのかと気にしないでいたが、徐々に足音が近づいてきて、すぐうしろに人の気配を感じる。
「……っ」
男の莉久がつけられるはずなんてない、そう思いながらも怖くて走り出すと、うしろの人も走り出したようで足音が追ってきた。恐怖で身体が凍りつき、脚が震えて動かなくなる。止まりたくないのに足が止まってしまい、がたがたと震えが起こるのを必死で抑えようとしたが無駄だった。
足の止まった莉久に近づいてきたのは、頬を赤らめた中年の男だった。
「可愛いね」
「……っ!」
肩を掴まれ、強引に抱きしめられそうになって抵抗する。莉久の身体が震えていることに気がついた男は、酒臭い息を吐きながらいやらしく口角をつりあげた。腕を引かれてどこかに連れていかれそうになり、抵抗しないといけないのに怖くて身体が思うように動かない。
「おい!」
男の腕を乱暴にほどいて莉久の肩を抱き寄せる背の高い影に、視界が涙でゆらりと揺らめいた。
「なにやってんだ」
顔を引き攣らせる男を睨みつけるのは、怜司だった。逃げるように走り出す男を追いかけようとするので、必死で腕に縋って引き留めた。
「い、いかないで……!」
「莉久……」
落ちつかせるように肩を軽く撫でられたら身体の力が抜けて、その場に座り込んだ。怜司は莉久の両手を取って引っ張り、引かれた弾みで立ちあがった莉久は、広い胸に飛び込む恰好となった。
「あ、あの……」
「悪かった。これからは必ず駅まで迎えにいく」
守るような腕の強さに心底安堵する。思わずしがみついて、こらえていた涙を零す。
「歩けるか?」
「大丈夫……」
「腕、掴まってろ」
身体を離そうとすると手を差し出され、おずおずとその腕に掴まった。優しいにおいがして、先ほどまでの恐怖が一気に薄らいだ。
「どうして……バイトは?」
「来客が少ないからって早めにあがれたんだ。一度帰って、おまえを迎えに行く途中だった」
ゆっくり歩き出す怜司に合わせて莉久も足を動かす。まだ少し震えはあるけれど、なんとか歩けた。
「あの、怜司さん」
「なに?」
「このこと、梓眞さんには言わないで。心配かけるから」
怜司は「馬鹿か」と莉久の頭を小突いた。その手つきも普段より優しい。
「梓眞さんは今おまえの保護者なんだから、言わないわけにはいかねえだろ」
「でも……」
「俺から話すから。心配すんな」
怜司が大丈夫と言うなら、そうなのだとわかる。ひとつ頷いて怜司の腕に抱きついた。
「バイト、しばらく休めないのか? ここにいるあいだだけでも」
「うん……。でももうシフト組まれてるし、今から休んだら迷惑かけるから」
「そうか。じゃあ必ず迎えにいく。おまえはひとりで夜道歩くな」
その優しさに、じわりと心が温もりで包まれた。
莉久が部屋に入るとき、怜司が梓眞を呼んだ。恐怖が蘇りそうで聞きたくなくて、急いでドアを閉めた。荷物を置いてベッドに座る。目を閉じるとまだ男に抱きしめられた感覚が思い起こされ、再度身体が震え出した。
「莉久」
ノックの音とともに怜司が部屋に入ってきて、莉久に甘いにおいのするカップを差し出した。
「ココア。気温高いから暑かったら冷めてから飲め」
湿度も少し高いな、と怜司はエアコンのリモコンを操作した。機械音が聞こえて涼しい風が吹き出す。カップを両手で包むと、ほっとして力が抜けた。
「ありがとう」
「いや。そうだ、連絡先教えろ」
ポケットからスマートフォンを出した怜司は、莉久も促す。同じようにスマートフォンを出した莉久と連絡先を交換した怜司は、安堵した顔を見せた。
「帰りは連絡しろ」
「でも」
「おまえになんかあったほうが迷惑だからな」
突き放すような言葉の本質が優しい。また目に涙が浮かぶ莉久の隣に座った怜司は、そっと肩を撫でてくれた。
「大丈夫だ」
「うん……」
怜司の優しさに触れ、震えもおさまってくる。莉久がひとりになるのを不安に思っているのがわかったのか、怜司はただそばにいてくれた。
意地悪なところもあるけれど、本当は優しい怜司にお礼がしたい。
「怜司さんはなにか好きなものある?」
「なんで?」
「お礼がしたいから」
真剣に言ったのに、怜司は噴き出して笑った。つい莉久はむっとなる。
「礼がほしくてやってることならしてもらうけど、そうじゃないからな」
「でも……」
「いいよ。気にすんな」
頭をぽんと撫でられ、以前よりもスキンシップが増えたことに気がつく。莉久はそれを嫌だと思わなかった。
部屋を出て、怜司がお風呂に入っているのを確認してから梓眞のところにいった。
「梓眞さん」
「なに?」
梓眞が莉久にはいろいろと聞いてこなかったのは、きっと怜司がうまく言ってくれたのだと思う。ふたりの気遣いがありがたい。
「怜司さんってなにが好きなのかな」
「好きなもの?」
「うん。迎えにきてくれたり、いつも助けてもらってるからお礼がしたくて。でも怜司さんは、お礼がほしくてやってることじゃないからって教えてくれないんだ」
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梓眞は柔らかく目を細め、怜司の好きな食べものを教えてくれた。
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