しあわせをあなたと

すずかけあおい

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日曜日、重ねる思い出

日曜日、重ねる思い出

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 日曜日は怜司の部屋で、なにをするでもなく一緒にいた。明日には家に帰るので、最後の時間を惜しんだ。
 ときおりおしゃべりをしたり、意地悪をされたり、現状が信じられない気持ちとともにとても楽しくて、こんなに幸せでいいのかと思った。

「幸せすぎて、いいのかなって気持ちになる」

 怜司に寄りかかって呟くと、肩を抱かれた。

「いいに決まってんだろ」

 少し呆れたような声だったが、優しく響く低い声は莉久を包む。穏やかな日が続いてほしいけれど、明日には家に帰らなくてはいけない。もっとそばにいたい。もっとふたりでいたい。

「――いや」
「え?」
「やっぱり莉久は自分で幸せになるな」
「なんで?」

 怜司は莉久を横抱きにして、膝の上に座らせる。少し高い位置から見る怜司も綺麗で、思わず頬に触れた。悪戯をするように頬を撫でてつまんで、色素の薄い髪を撫でる。

「莉久は俺が幸せにしたい」

 莉久の動きを真似るように、怜司も莉久の黒髪を撫でた。優しい手つきが心地よくて、うっとりとその穏やかさに酔う。
 だがそんな甘い空気を壊すように莉久のお腹が鳴った。

「……もうこんな時間だ」
「俺も腹減ったと思ったら、夕方だな。梓眞さんもそろそろ帰ってくるだろうし、なんか作るか」
「うん」

 いつかのようにふたりでキッチンに立った。またメニューを決めずに適当に作ろうとする怜司を止めて、冷蔵庫の中と調味料などを見る。

「ビーフシチューでいいんじゃね?」

 一緒に冷蔵庫を覗き込んだ怜司が提案するので、頷く。

「前と同じだね」
「いいだろ。思い出重ねてるっぽくて」

 怜司がそんなことを言うとは思わず、莉久は目を丸くした。自分で言っておきながら少し照れているような怜司の胸に額をつける。

「これじゃ作れねえよ」
「うん。ちょっとだけ」

 時間が止まってほしい。怜司と離れたくない。
 莉久の気持ちを読んだように頭を撫でてくれて、込みあげた涙を強引に引っ込めて笑いかけた。怜司と離れて彼が思い出すのが、莉久の泣き顔じゃないほうが嬉しい。

「作ろうか」

 並んで野菜の皮むきをして他愛のない話をする。
 莉久を幸せにしてくれるのは怜司なのだから、怜司を幸せにするのは莉久でありたい。

「ただいま」

 休日出勤から帰ってきた梓眞は、どこかほっとしたような瞳で怜司と莉久を見つめた。
 ビーフシチューはとてもおいしくできあがり、三人で最後の夕食をとった。気を緩めると涙が溢れそうになるので、たくさん笑ってたくさん食べる。怜司も梓眞も莉久の強がりなんてお見通しだろうけれど、優しいふたりはなにも言わなかった。

「莉久、負ける才能すごいな」
「そんな才能いらない」

 食後は三人でトランプをして、なにをしても負ける莉久に怜司は逆に感心していたが嬉しくない。
 いつもどおりの時間、明日には離れる人たち。
 感傷的になった莉久は、お風呂に入ったあとに怜司の部屋にいった。少しでもそばにいたかった。

「怜司さん?」

 ノックをしても応答がなく、ドアを開けてみるが、照明のついた部屋の中に怜司はいなかった。

「莉久? どうした?」

 どこにいったのだろうと思っていたら、探していた人は梓眞の部屋から出てきた。

「うん、ちょっと。梓眞さんのところにいたの?」
「ああ。話があって」

 緊張したような強張った表情をする怜司に、思わずその腕に触れた。なんの話をしていたのかはわからないけれど、楽しい話をしていたようには見えない。心細そうに揺れる瞳が心配で、じっと見あげた。

「大丈夫だ」

 ぽんと頭を撫でた手が、髪を梳くように動く。こうやって頭を撫でてもらうのも、離れてしまったらいつでもしてもらえるわけではない。
 甘えたくなって、怜司の腕を抱きしめた。

「莉久?」
「一緒に寝たい」
「だめに決まってんだろ」

 即却下されてむくれる莉久の頬をつつく怜司は、もういつもの怜司だった。


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