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月曜日、帰宅
月曜日、帰宅①
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灯里の出張が終わる祝日の月曜になってしまった。灯里は朝一番の飛行機で帰ってくると言っていたから、たぶんもう家にいる。
寂しい気持ちで荷物をまとめてリビングにいくと、怜司もどこかに出かけるようだった。硬い表情で、少し目を伏せている。
「怜司さん、どこかいくの? バイトは夕方からでしょ?」
怜司の隣に立つと、気遣ってくれたのか、梓眞が自室に入っていった。少しの沈黙で言葉を濁した怜司だったが、決意したように伏せていた瞼をあげた。
「家に帰ってくる」
以前怜司から聞いた話を思い出す。たしか、父親と揉めて追い出されたと言っていた。
「大丈夫なの?」
「わからねえけど、ちゃんと決着つけてくる」
「一緒にいこうか?」
「馬鹿。莉久だって帰るんだろ。梓眞さんが送ってくって言ってた」
怜司が莉久を支えてくれたように莉久も怜司を支えたいし、一緒にいきたいのは心配だからというのもある。だが怜司は首を縦に振らなかった。
外は蒸し暑く、強い陽射しが照りつけている。どこからか蝉の鳴く声が聞こえてきて、夏が近いことを感じさせた。
駅まで三人で歩き、方向の違う怜司とは改札を通ったところで別れた。緊張して強張った表情をしながら、それでもきちんと前に進むために歩く姿に思わず見惚れた。
「寂しい?」
「すごく寂しい」
梓眞の問いかけにはっきり頷いた。三人での居心地のいい生活が終わったことが、まだ現実としてとらえられない。自宅に向かっているというのに、梓眞のマンションに帰って怜司を待ちたい気持ちが膨らむ。
「ただいま……」
「おかえり、莉久」
出迎えてくれた灯里は表情に疲労が見えるほど、出張が大変だったようだ。あがってくれ、と言う灯里に、梓眞はやんわりと遠慮して、その場で立ち話をはじめた。
莉久は心にぽっかり穴が開いたようで、風通しがよすぎて変な感じがする。久々の自宅なのに全然嬉しくなくて、ここではない、と違和感ばかりが湧き起こる。
「じゃあ莉久、元気でね」
「ありがとな、梓眞。助かったよ」
「またなにかあったら声かけて」
口を開いたら泣き出しそうで唇を引き結んでただ頷いたことがわかったのか、梓眞は「いつでも遊びにおいで」と残して帰っていった。
「莉久も疲れただろ。部屋で休め」
「うん……」
家に入って靴を脱ぐと、本当にもうあの部屋には帰れないのだと実感した。いつでも遊びにいけばいい、と思うのに、それでは満足できない自分がいる。
「莉久」
灯里に呼ばれて顔をあげると、困ったような顔をした父が莉久に一歩近づいた。
「いろいろ、悪かったな」
それはなにに対しての謝罪かわからなかったが、莉久は灯里を責める心などかけらももっていない。首を横に振って、その姿をまっすぐ見た。
「俺、どんな父さんでも好きだよ」
目を瞠った灯里は、柔らかく瞳を細めて小さく頷いた。
自分の部屋に入るとむわっとした空気が充満していたので、すぐに窓を開けて換気をした。窓から見る景色は見慣れたものなのに、やはり違和感がつきまとう。
怜司はどうしただろう。きちんと話ができただろうか。電話をしたいけれど、話し合いの途中だったらと思うとかけられないし、メッセージだと気持ちがうまく伝えられないような気がする。
しばらくベッドに横になって悩み、そのうちうとうとしはじめた。
スマートフォンが鳴る音で目を覚まし、画面を見ると心配していた人からの着信で、慌てて通話ボタンをスライドする。
「怜司さん!」
『莉久はほんとに元気だな』
「ど、どうだった?」
『殴られた』
物騒な言葉とは裏腹に怜司の声は明るいので、彼なりに納得のいく結果が得られたのかもしれない。
『莉久』
「なに?」
『会いたい』
反射的に立ちあがり、部屋を飛び出した。買いものにいっていたのか、エコバッグを持って玄関にいた灯里は、勢いよく階段をおりる莉久に驚いている。
「いってきます!」
なにか聞かれるかと思ったが、灯里はただ微笑んで見送ってくれた。
寂しい気持ちで荷物をまとめてリビングにいくと、怜司もどこかに出かけるようだった。硬い表情で、少し目を伏せている。
「怜司さん、どこかいくの? バイトは夕方からでしょ?」
怜司の隣に立つと、気遣ってくれたのか、梓眞が自室に入っていった。少しの沈黙で言葉を濁した怜司だったが、決意したように伏せていた瞼をあげた。
「家に帰ってくる」
以前怜司から聞いた話を思い出す。たしか、父親と揉めて追い出されたと言っていた。
「大丈夫なの?」
「わからねえけど、ちゃんと決着つけてくる」
「一緒にいこうか?」
「馬鹿。莉久だって帰るんだろ。梓眞さんが送ってくって言ってた」
怜司が莉久を支えてくれたように莉久も怜司を支えたいし、一緒にいきたいのは心配だからというのもある。だが怜司は首を縦に振らなかった。
外は蒸し暑く、強い陽射しが照りつけている。どこからか蝉の鳴く声が聞こえてきて、夏が近いことを感じさせた。
駅まで三人で歩き、方向の違う怜司とは改札を通ったところで別れた。緊張して強張った表情をしながら、それでもきちんと前に進むために歩く姿に思わず見惚れた。
「寂しい?」
「すごく寂しい」
梓眞の問いかけにはっきり頷いた。三人での居心地のいい生活が終わったことが、まだ現実としてとらえられない。自宅に向かっているというのに、梓眞のマンションに帰って怜司を待ちたい気持ちが膨らむ。
「ただいま……」
「おかえり、莉久」
出迎えてくれた灯里は表情に疲労が見えるほど、出張が大変だったようだ。あがってくれ、と言う灯里に、梓眞はやんわりと遠慮して、その場で立ち話をはじめた。
莉久は心にぽっかり穴が開いたようで、風通しがよすぎて変な感じがする。久々の自宅なのに全然嬉しくなくて、ここではない、と違和感ばかりが湧き起こる。
「じゃあ莉久、元気でね」
「ありがとな、梓眞。助かったよ」
「またなにかあったら声かけて」
口を開いたら泣き出しそうで唇を引き結んでただ頷いたことがわかったのか、梓眞は「いつでも遊びにおいで」と残して帰っていった。
「莉久も疲れただろ。部屋で休め」
「うん……」
家に入って靴を脱ぐと、本当にもうあの部屋には帰れないのだと実感した。いつでも遊びにいけばいい、と思うのに、それでは満足できない自分がいる。
「莉久」
灯里に呼ばれて顔をあげると、困ったような顔をした父が莉久に一歩近づいた。
「いろいろ、悪かったな」
それはなにに対しての謝罪かわからなかったが、莉久は灯里を責める心などかけらももっていない。首を横に振って、その姿をまっすぐ見た。
「俺、どんな父さんでも好きだよ」
目を瞠った灯里は、柔らかく瞳を細めて小さく頷いた。
自分の部屋に入るとむわっとした空気が充満していたので、すぐに窓を開けて換気をした。窓から見る景色は見慣れたものなのに、やはり違和感がつきまとう。
怜司はどうしただろう。きちんと話ができただろうか。電話をしたいけれど、話し合いの途中だったらと思うとかけられないし、メッセージだと気持ちがうまく伝えられないような気がする。
しばらくベッドに横になって悩み、そのうちうとうとしはじめた。
スマートフォンが鳴る音で目を覚まし、画面を見ると心配していた人からの着信で、慌てて通話ボタンをスライドする。
「怜司さん!」
『莉久はほんとに元気だな』
「ど、どうだった?」
『殴られた』
物騒な言葉とは裏腹に怜司の声は明るいので、彼なりに納得のいく結果が得られたのかもしれない。
『莉久』
「なに?」
『会いたい』
反射的に立ちあがり、部屋を飛び出した。買いものにいっていたのか、エコバッグを持って玄関にいた灯里は、勢いよく階段をおりる莉久に驚いている。
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なにか聞かれるかと思ったが、灯里はただ微笑んで見送ってくれた。
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