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永久糖度
永久糖度①
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幼馴染の叶は、幼い頃ままごとがとても好きだった。パパ役は叶で、ママ役はなぜかいつも恵吾なのだ。叶は昔から容姿が整っていたから、ママをやりたいと言う女の子はたくさんいた。それでも叶が認めるママは恵吾だけ。泣き出す女の子もいるほどなのに、叶は絶対にママ役は恵吾以外にやらせなかった。
「どうしてぼくなの?」
何度もそう聞いたが、そう聞くと叶が泣き出す。叶は泣くし女の子も泣くしで、恵吾はままごとが苦手だった。
でも叶のことは好きだと思っていた。優しくて恰好よくて、いつもそばにいてくれる。
「けいくん。ぼくとけっこんしてください」
ままごとではなぜか毎回そう言われた。
「うん。けっこんする」
結婚するとずっと一緒にいられると叶が言うので、恵吾は疑いもなく頷いた。だって、優しい叶がずっとそばにいてくれるなんて幸せすぎる、と当時は思ったのだ。
◇◆◇ 永久糖度 ◇◆◇
今思い返すと、ままごとというよりふたりの世界を作っていた気もする。ひとつため息をつく。
アラームの設定を一時間早くかけるというミスをしてしまい、予定起床時間までベッドに横になったままぼんやりとする。もう支度をしてもいいのだけれど、そうすると一時間早い行動をすることになる。絶対に叶が文句を言う。
――置いていくなんて、ひどい。恵吾の意地悪。
眉をさげる姿が容易に想像できる。
高校二年になっても、叶は恵吾以外に目を向けているところを見たことがない。口を開けば「好き」で、昔はそれが恵吾も嬉しかった。
「でもなあ」
高校生男子が同性に好き好きと言われ続けても、はっきり言って困る。幼い頃の感情がそのままに成長してしまった叶は、たぶんあのままごとのときと同じ感覚でいるのだ。もちろんあれから十年以上が経ち、恵吾も変わっているし、叶だって恵吾が好きなこと以外は変化がある。身体の面でも、メンタルの面でも。だからどうしても叶の過剰な好意に、いい歳をしてどうなんだ、と思うのだ。
昔から恰好よかった叶は、年齢を重ねるにつれてまばゆいばかりになっている。顔もスタイルも恐ろしいほどの完成度で、すれ違えば全員が振り返るほどだ。そんな男に好かれていることが信じられないが、叶には恵吾だけなのだ。
「恵吾、おはよう」
「っ……!?」
部屋のドアが開き、なぜか制服姿の叶が立っていた。時計を見ると、いつもよりまだ四十分も早い。
「ど、どうした。こんな早く」
「恵吾が昨日アラームを一時間早くセットしてたの見たから。せっかくなら、ふたりでのんびりしようかなって」
「そのときに言えよ。間違えてるって」
叶はゆったりと首を左右に振る。少し長めの色素の薄い髪がふわりと動いて、もとの位置に戻った。
「恵吾がしたいことを邪魔しちゃいけないじゃない」
「いやいや。間違いは正せ」
「真面目だなあ」
にこにこしながら部屋に入ってきた叶は、当然のように許可なくクローゼットを開ける。
「おい」
「制服出しとくね。でもまだ着替えるには早いよね。お腹は?」
「……ちょっと空いてる」
「じゃあ、おばさんにご飯先にお願いしてくるね」
甲斐甲斐しく世話を焼く姿ももう見慣れた。でもなあ、と思うときもある。これでいいのか。
叶が階段をおりていく足音がとんとんとんと聞こえ、ため息をひとつ落とす。高二にしてすでに妻がいる気分だ。
「……っ」
はっとして、たった今の自分の思考を打ち消す。ふるふると頭を振って、「違う」と呟く。叶のペースに巻き込まれてはいけない。恵吾の思考がこうなることを、叶は願っているのだ。
嫌いじゃないんだけどな。
だから困る。家が隣同士という離れようのない距離だから、叶との関係を自分の中で整理する余裕もない。そんなことをしていたら本人が来て詰め寄ってくるだろう。
「恵吾、どうしたの?」
いつの間にか戻ってきていた叶が顔を覗き込んでくるので、頭を引いてさりげなく距離を取る。
「んや。ちょっと」
「悩みごとを相談するなら、俺だけにしてね」
「……」
さらりと他者を排除するところとかも、なんだかなあ、となる。交友関係を縛られたりはしないが、彼女ができたり叶以上の存在ができたりしたら、叶は発狂しそうだ。否、発狂ですまない。
ぐるぐると考えを頭で巡らせていたら、不思議そうにした叶は柔らかく目を細めた。
「恵吾、好きだよ」
幼馴染に好かれすぎるのは、いいことなのか。
「恵吾、お弁当つけてる」
「え?」
ここ、と口もとを指で拭われる。
朝食をとりながら、叶は隣で世話を焼いてくれる。
はいお茶、はいご飯大盛りにしたよ、はいおみそ汁、恵吾の苦手な大根は抜いてもらったからね――。
母は叶の通い妻状態に慣れているので、なにも言わないどころか「いつお婿にくる?」なんて聞く始末だ。
「ご飯粒つけてるなんて、可愛いなあ」
いい歳をしてどうなんだ、は恵吾もかもしれない。いつでも叶がそばにいるから気が抜けている。
「……ありがと」
「どういたしまして」
叶にお礼を言うのは気恥ずかしい。感謝をしていないのではないが、叶に対してだけは素直になるのが妙に照れくさいのだ。そんな心情さえ読まれている、気がする。
「叶も食えよ」
「家で食べてきたから大丈夫。俺の分も恵吾が食べていいよ」
「そんなに食えねえよ」
というか、どうして恵吾の家で当然のように叶の分の食事があるのか。母に視線を向けると、微笑ましげにやり取りを眺められている。高校生男子の母として、それでいいのか。
いや、そもそも俺もこれでいいのか。
みそ汁を飲みながら真剣に考えてみた。
「どうしてぼくなの?」
何度もそう聞いたが、そう聞くと叶が泣き出す。叶は泣くし女の子も泣くしで、恵吾はままごとが苦手だった。
でも叶のことは好きだと思っていた。優しくて恰好よくて、いつもそばにいてくれる。
「けいくん。ぼくとけっこんしてください」
ままごとではなぜか毎回そう言われた。
「うん。けっこんする」
結婚するとずっと一緒にいられると叶が言うので、恵吾は疑いもなく頷いた。だって、優しい叶がずっとそばにいてくれるなんて幸せすぎる、と当時は思ったのだ。
◇◆◇ 永久糖度 ◇◆◇
今思い返すと、ままごとというよりふたりの世界を作っていた気もする。ひとつため息をつく。
アラームの設定を一時間早くかけるというミスをしてしまい、予定起床時間までベッドに横になったままぼんやりとする。もう支度をしてもいいのだけれど、そうすると一時間早い行動をすることになる。絶対に叶が文句を言う。
――置いていくなんて、ひどい。恵吾の意地悪。
眉をさげる姿が容易に想像できる。
高校二年になっても、叶は恵吾以外に目を向けているところを見たことがない。口を開けば「好き」で、昔はそれが恵吾も嬉しかった。
「でもなあ」
高校生男子が同性に好き好きと言われ続けても、はっきり言って困る。幼い頃の感情がそのままに成長してしまった叶は、たぶんあのままごとのときと同じ感覚でいるのだ。もちろんあれから十年以上が経ち、恵吾も変わっているし、叶だって恵吾が好きなこと以外は変化がある。身体の面でも、メンタルの面でも。だからどうしても叶の過剰な好意に、いい歳をしてどうなんだ、と思うのだ。
昔から恰好よかった叶は、年齢を重ねるにつれてまばゆいばかりになっている。顔もスタイルも恐ろしいほどの完成度で、すれ違えば全員が振り返るほどだ。そんな男に好かれていることが信じられないが、叶には恵吾だけなのだ。
「恵吾、おはよう」
「っ……!?」
部屋のドアが開き、なぜか制服姿の叶が立っていた。時計を見ると、いつもよりまだ四十分も早い。
「ど、どうした。こんな早く」
「恵吾が昨日アラームを一時間早くセットしてたの見たから。せっかくなら、ふたりでのんびりしようかなって」
「そのときに言えよ。間違えてるって」
叶はゆったりと首を左右に振る。少し長めの色素の薄い髪がふわりと動いて、もとの位置に戻った。
「恵吾がしたいことを邪魔しちゃいけないじゃない」
「いやいや。間違いは正せ」
「真面目だなあ」
にこにこしながら部屋に入ってきた叶は、当然のように許可なくクローゼットを開ける。
「おい」
「制服出しとくね。でもまだ着替えるには早いよね。お腹は?」
「……ちょっと空いてる」
「じゃあ、おばさんにご飯先にお願いしてくるね」
甲斐甲斐しく世話を焼く姿ももう見慣れた。でもなあ、と思うときもある。これでいいのか。
叶が階段をおりていく足音がとんとんとんと聞こえ、ため息をひとつ落とす。高二にしてすでに妻がいる気分だ。
「……っ」
はっとして、たった今の自分の思考を打ち消す。ふるふると頭を振って、「違う」と呟く。叶のペースに巻き込まれてはいけない。恵吾の思考がこうなることを、叶は願っているのだ。
嫌いじゃないんだけどな。
だから困る。家が隣同士という離れようのない距離だから、叶との関係を自分の中で整理する余裕もない。そんなことをしていたら本人が来て詰め寄ってくるだろう。
「恵吾、どうしたの?」
いつの間にか戻ってきていた叶が顔を覗き込んでくるので、頭を引いてさりげなく距離を取る。
「んや。ちょっと」
「悩みごとを相談するなら、俺だけにしてね」
「……」
さらりと他者を排除するところとかも、なんだかなあ、となる。交友関係を縛られたりはしないが、彼女ができたり叶以上の存在ができたりしたら、叶は発狂しそうだ。否、発狂ですまない。
ぐるぐると考えを頭で巡らせていたら、不思議そうにした叶は柔らかく目を細めた。
「恵吾、好きだよ」
幼馴染に好かれすぎるのは、いいことなのか。
「恵吾、お弁当つけてる」
「え?」
ここ、と口もとを指で拭われる。
朝食をとりながら、叶は隣で世話を焼いてくれる。
はいお茶、はいご飯大盛りにしたよ、はいおみそ汁、恵吾の苦手な大根は抜いてもらったからね――。
母は叶の通い妻状態に慣れているので、なにも言わないどころか「いつお婿にくる?」なんて聞く始末だ。
「ご飯粒つけてるなんて、可愛いなあ」
いい歳をしてどうなんだ、は恵吾もかもしれない。いつでも叶がそばにいるから気が抜けている。
「……ありがと」
「どういたしまして」
叶にお礼を言うのは気恥ずかしい。感謝をしていないのではないが、叶に対してだけは素直になるのが妙に照れくさいのだ。そんな心情さえ読まれている、気がする。
「叶も食えよ」
「家で食べてきたから大丈夫。俺の分も恵吾が食べていいよ」
「そんなに食えねえよ」
というか、どうして恵吾の家で当然のように叶の分の食事があるのか。母に視線を向けると、微笑ましげにやり取りを眺められている。高校生男子の母として、それでいいのか。
いや、そもそも俺もこれでいいのか。
みそ汁を飲みながら真剣に考えてみた。
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