69 / 116
二章 黒曜麒麟
六十五話
しおりを挟む
休日の朝、ソラはクロと共に街外れにある鍛冶工房へと向かっていた。
学校は休みだが、カジトは休日でも修業を欠かさないと以前聞いている。ならば、ここに来れば会えるはずだと思ったのだ。
工房に近づくにつれ、金属を打つ澄んだ音が耳に届く。一定のリズムで響くその音は、力強く、それでいて不思議と落ち着きを与えてくれた。
入口で一度深呼吸し、ソラは中へと足を踏み入れる。
中には、恰幅のいい女性が腕を組んで立っていた。煤ひとつ付いていないが、佇まいからしてこの工房の人間だと分かる。
「あの、すみません。カジトさんはいらっしゃいますか?」
ソラがそう尋ねると、女性は一瞬ソラを観察するように見てから、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「カジト君ね?ちょっと待っててね!……おーい、カジト君!お客さんだよ!」
奥に向かってそう声を張り上げてカジトを呼んでくれたのでソラは受付の隅の方で待つことにした。
しばらくして、奥の作業場から少し汚れた作業着姿のカジトが顔を出した。頬には煤が付き、額には汗が滲んでいる。
「……ソラ?」
目を丸くし、すぐに驚いたように声を上げた。
「ソラ!珍しいな、こんなとこまで。どうしたんだ?」
カジトは手を拭きながら近づいてくる。その無防備な笑顔に、ソラは一瞬言葉を詰まらせた。
――ここからだ。
覚悟を決めろ。
ソラは一歩前に出ると、迷いなく頭を下げた。
「カジト。お願いがあるんだ」
その様子に、カジトは目を見開く。
「お、おい、急にどうしたんだよ。頭なんか下げるなって」
だがソラは顔を上げない。
「どうか……俺の武器を作ってほしい」
静まり返る工房。
金槌の音も、炉の火の爆ぜる音も、今は遠く感じられた。
カジトは一瞬、言葉を失ったようにソラを見つめていたが、すぐに慌てたようにソラの肩に手を置く。
「ちょ、ちょっと待てって! ほら、顔上げろ!」
ソラの頭を無理やり上げさせると、カジトは真っ直ぐ目を見た。
「……なんでそこまで必死なんだ?」
その声は、冗談めいたものではなかった。
友として、鍛冶師として、理由を知ろうとする真剣な声だった。
ソラは一瞬だけ言葉を選び、それから正直に答える。
「これから、危険なダンジョンに行く。今の俺じゃ、持ってる剣じゃ足りない。
だから……信頼できる人に作ってほしいんだ」
カジトは黙り込む。
ソラの目を見て、ただの見栄や衝動ではないことを察したのだろう。
カジトは一度周囲をぐるりと見渡した。工房には他の弟子や職人がいるが、幸い今は皆それぞれの作業に集中している。誰にも聞かれていないことを確かめると、少し声を落としてソラに向き直る。
「……ゴーマンの時さ」
唐突にそう切り出され、ソラは目を瞬いた。
「あの時、お前がいなかったら俺はどうなってたか分からない。命を助けられたって言ってもいいくらいだ。でも俺は……礼は言ったけど、それ以上、何も返せてなかった」
カジトはそう言って、視線を床に落とす。いつもの明るさは影を潜め、少しだけ不器用な本音が滲んでいた。
「最高の鍛冶師になるって決めた男がさ。助けてもらった恩を、言葉だけで終わらせるなんて……正直、それがちょっと心に引っかかってた」
ソラは慌てて首を振る。
「そんな、気にしてないよ。助けたとか、恩とか――」
「気にするさ」
カジトは被せるように言い、そしてふっと笑った。その笑みは、どこか照れくさそうで、けれど真っ直ぐだった。
「それに、恩がどうこうを抜きにしてもだ。友達が頭を下げて頼んできてるのに、それを断るような奴だったら……俺、自分を誇れなくなる」
そう言って、カジトはソラの肩に手を置く。
「だからな、ソラ。今の俺はまだまだ未熟だけど……親父や工房の師匠みたいな武器は作れない。それでも――」
一度言葉を切り、カジトは真剣な目でソラを見つめた。
「今の俺が出せる全てを使って、お前のための武器を作らせてほしい。これは頼まれてやる仕事じゃない。俺自身がやりたいことだ」
そして、今度はカジトの方から、深く頭を下げた。
「どうか、俺に作らせてくれ」
工房の中で、金属を打つ音だけが響く。ソラはしばらく言葉を失っていたが、やがて静かに、そして力強く頷いた。
「……ありがとう、カジト。よろしく頼む」
その返事を聞いた瞬間、カジトの顔はぱっと明るくなる。
「任せろ! 俺が今出せる全力で、最高のモノを作るからな!」
汚れた作業着のまま、誇らしげに胸を張るカジトの姿を見て、ソラは胸の奥が少し熱くなるのを感じていた。
学校は休みだが、カジトは休日でも修業を欠かさないと以前聞いている。ならば、ここに来れば会えるはずだと思ったのだ。
工房に近づくにつれ、金属を打つ澄んだ音が耳に届く。一定のリズムで響くその音は、力強く、それでいて不思議と落ち着きを与えてくれた。
入口で一度深呼吸し、ソラは中へと足を踏み入れる。
中には、恰幅のいい女性が腕を組んで立っていた。煤ひとつ付いていないが、佇まいからしてこの工房の人間だと分かる。
「あの、すみません。カジトさんはいらっしゃいますか?」
ソラがそう尋ねると、女性は一瞬ソラを観察するように見てから、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「カジト君ね?ちょっと待っててね!……おーい、カジト君!お客さんだよ!」
奥に向かってそう声を張り上げてカジトを呼んでくれたのでソラは受付の隅の方で待つことにした。
しばらくして、奥の作業場から少し汚れた作業着姿のカジトが顔を出した。頬には煤が付き、額には汗が滲んでいる。
「……ソラ?」
目を丸くし、すぐに驚いたように声を上げた。
「ソラ!珍しいな、こんなとこまで。どうしたんだ?」
カジトは手を拭きながら近づいてくる。その無防備な笑顔に、ソラは一瞬言葉を詰まらせた。
――ここからだ。
覚悟を決めろ。
ソラは一歩前に出ると、迷いなく頭を下げた。
「カジト。お願いがあるんだ」
その様子に、カジトは目を見開く。
「お、おい、急にどうしたんだよ。頭なんか下げるなって」
だがソラは顔を上げない。
「どうか……俺の武器を作ってほしい」
静まり返る工房。
金槌の音も、炉の火の爆ぜる音も、今は遠く感じられた。
カジトは一瞬、言葉を失ったようにソラを見つめていたが、すぐに慌てたようにソラの肩に手を置く。
「ちょ、ちょっと待てって! ほら、顔上げろ!」
ソラの頭を無理やり上げさせると、カジトは真っ直ぐ目を見た。
「……なんでそこまで必死なんだ?」
その声は、冗談めいたものではなかった。
友として、鍛冶師として、理由を知ろうとする真剣な声だった。
ソラは一瞬だけ言葉を選び、それから正直に答える。
「これから、危険なダンジョンに行く。今の俺じゃ、持ってる剣じゃ足りない。
だから……信頼できる人に作ってほしいんだ」
カジトは黙り込む。
ソラの目を見て、ただの見栄や衝動ではないことを察したのだろう。
カジトは一度周囲をぐるりと見渡した。工房には他の弟子や職人がいるが、幸い今は皆それぞれの作業に集中している。誰にも聞かれていないことを確かめると、少し声を落としてソラに向き直る。
「……ゴーマンの時さ」
唐突にそう切り出され、ソラは目を瞬いた。
「あの時、お前がいなかったら俺はどうなってたか分からない。命を助けられたって言ってもいいくらいだ。でも俺は……礼は言ったけど、それ以上、何も返せてなかった」
カジトはそう言って、視線を床に落とす。いつもの明るさは影を潜め、少しだけ不器用な本音が滲んでいた。
「最高の鍛冶師になるって決めた男がさ。助けてもらった恩を、言葉だけで終わらせるなんて……正直、それがちょっと心に引っかかってた」
ソラは慌てて首を振る。
「そんな、気にしてないよ。助けたとか、恩とか――」
「気にするさ」
カジトは被せるように言い、そしてふっと笑った。その笑みは、どこか照れくさそうで、けれど真っ直ぐだった。
「それに、恩がどうこうを抜きにしてもだ。友達が頭を下げて頼んできてるのに、それを断るような奴だったら……俺、自分を誇れなくなる」
そう言って、カジトはソラの肩に手を置く。
「だからな、ソラ。今の俺はまだまだ未熟だけど……親父や工房の師匠みたいな武器は作れない。それでも――」
一度言葉を切り、カジトは真剣な目でソラを見つめた。
「今の俺が出せる全てを使って、お前のための武器を作らせてほしい。これは頼まれてやる仕事じゃない。俺自身がやりたいことだ」
そして、今度はカジトの方から、深く頭を下げた。
「どうか、俺に作らせてくれ」
工房の中で、金属を打つ音だけが響く。ソラはしばらく言葉を失っていたが、やがて静かに、そして力強く頷いた。
「……ありがとう、カジト。よろしく頼む」
その返事を聞いた瞬間、カジトの顔はぱっと明るくなる。
「任せろ! 俺が今出せる全力で、最高のモノを作るからな!」
汚れた作業着のまま、誇らしげに胸を張るカジトの姿を見て、ソラは胸の奥が少し熱くなるのを感じていた。
10
あなたにおすすめの小説
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!
枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕
タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】
3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!
現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜
涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。
ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。
しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。
奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。
そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
異世界帰還者の気苦労無双録~チートスキルまで手に入れたのに幼馴染のお世話でダンジョン攻略が捗らない~
虎柄トラ
ファンタジー
下校帰りに不慮の事故に遭い命を落とした桜川凪は、女神から開口一番に異世界転生しないかと勧誘を受ける。
意味が分からず凪が聞き返すと、女神は涙ながらに異世界の現状について語り出す。
女神が管理する世界ではいま魔族と人類とで戦争をしているが、このままだと人類が負けて世界は滅亡してしまう。
敗色濃厚なその理由は、魔族側には魔王がいるのに対して、人類側には勇者がいないからだという。
剣と魔法が存在するファンタジー世界は大好物だが、そんな物騒な世界で勇者になんてなりたくない凪は断るが、女神は聞き入れようとしない。
一歩も引かない女神に対して凪は、「魔王を倒せたら、俺を元の身体で元いた世界に帰還転生させろ」と交換条件を提示する。
快諾した女神と契約を交わし転生した凪は、見事に魔王を打ち倒して元の世界に帰還するが――。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
スキル『レベル1固定』は最強チートだけど、俺はステータスウィンドウで無双する
うーぱー
ファンタジー
アーサーはハズレスキル『レベル1固定』を授かったため、家を追放されてしまう。
そして、ショック死してしまう。
その体に転成した主人公は、とりあえず、目の前にいた弟を腹パンざまぁ。
屋敷を逃げ出すのであった――。
ハズレスキル扱いされるが『レベル1固定』は他人のレベルを1に落とせるから、ツヨツヨだった。
スキルを活かしてアーサーは大活躍する……はず。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる