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二章 黒曜麒麟
六十七話
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カジトは作業台の前にソラを立たせると、手慣れた様子で測定器具を取り出した。
「じゃあ次だ。じっとしてろよ」
まずは身長。踵から頭頂までを正確に測り、数値を革張りの手帳に書き込む。次に体重、肩幅、腕の長さ、肘から手首までの距離。さらに足の長さ、立ったときの重心の位置まで、まるで職人芸のように次々と測っていく。
「……重心、ちょっと前寄りだな。踏み込みが多い戦い方だろ」
「え? わかるのか?」
「当たり前だ。剣は体で振るもんだからな」
そう言いながら、今度はソラの手を取る。手のひらの厚み、指の長さ、握ったときの形まで確かめるように、何度も角度を変えて観察する。
工房内は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。ごうごうと燃える炉の音だけが、一定のリズムで空気を震わせている。鉄と炭の匂いが鼻をくすぐり、ソラはなぜか背筋が伸びた。
その静けさを破るように、背後から軽い笑い声が聞こえる。
「おいおい、カジト。ついに客がついたのか?」
振り返ると、年の近そうな男が数人、にやにやとした顔でこちらを見ていた。どうやらカジトの兄弟弟子らしい。
「お前がちゃんとした剣が作れるのかよ?」
「初仕事で失敗するなよー?」
からかうような言葉が飛ぶが、カジトは顔を赤くしながらも視線を逸らさず、測定を続ける。
「う、うるさい! ちゃんとこなして見せるさ! 黙って見てろ!」
そう言い返しつつも手は止まらない。むしろさっきよりも真剣で一本一本の線を丁寧に手帳へ書き込んでいく。その様子に茶化していた弟子たちも次第に口を閉じ、やがて肩をすくめて持ち場へ戻っていった。
最後に、背後から重みのある足音が近づく。
白い髭を蓄え、背中に長年の鍛冶仕事を刻み込んだような男だった。工房の主――その存在感だけで、空気が引き締まる。
「親方!」
カジトは反射的に立ち上がる。ソラも慌てて姿勢を正した。
親方は何も言わず、まずカジトを一瞥し次にソラへと視線を移した。その目は鋭いが、不思議と威圧感はない。ただ、すべてを見透かすような静かな重さがあった。
しばしの沈黙の後、親方は低い声で短く、しかし力強く口を開く。
「……客がお前を求めてくれたんだ」
それだけ言うと、カジトの肩を軽く叩く。
「下手な仕事はするなよ」
言葉はそれだけだったが、そこに込められた重みは十分すぎるほどだった。親方はそのまま踵を返し、炉の向こうへと歩いていく。
残されたカジトは、しばらく呆然とした後、ぐっと拳を握りしめる。
それから一時間ほどかけて、カジトはソラの体の記録を取り終えた。
「……よし、こんなもんだな」
最後の数字を書き終え、カジトは大きく息を吐く。
ソラも自然と肩の力が抜けた。
「剣は一週間くらいで仕上げる。正直、今の俺には簡単な仕事じゃない。でも……やりがいはある!」
そう言って、カジトは少しだけ自信ありげに笑った。
「頼んだよ、カジト」
ソラが真っ直ぐそう告げると、カジトは胸を軽く叩く。
「任せとけ。ソラを守れる剣、ちゃんと作る」
その言葉に、ソラは小さく頷き、工房を後にした。
背後で再び炉の火が唸りを上げ、金槌の音が鳴り始める。その音を聞きながら、ソラは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
――準備は整えた。
あとは、その日が来るまで、自分ができることを積み重ねるだけだ。
ソラは自然と歩調を早め、ギルドの訓練場へと向かう。
向かう途中で肩に掛けたカバンの中から、ふいにクロの声がする。
『さっきのあの男の話だが……なかなか興味深いものだったな』
ソラは歩調を変えず、前を向いたまま静かに相槌を打つ。
「剣に思いがある、って話?」
『ああ。普通はあり得ん。物に意思や感情が宿るなど、この世界の理から外れている。
剣は剣、石は石。それ以上でも以下でもない……それが本来の在り方だ』
クロの声は落ち着いていて、断定的だった。
それはクロが持つ知識としての結論であり、長い年月を生きてきた存在の常識でもあるのだろう。
ソラはしばらく黙って歩いた。
工房で見た、カジトの真剣な眼差し。
そして「この剣は命の重みを感じる」と言った、あの言葉が胸の奥に残っていた。
「でもさ……」
ソラはぽつりと口を開く。
「もし、仮にだよ。ほんとに仮の話だけど……
物にも思いとか、魂みたいなものがあるとしたら」
クロは何も言わない。
続きを促すように、沈黙が返ってくる。
「それに気づける人が増えたら、世界は少し良くなるんじゃないかなって思うんだ」
ソラは足元の石畳を見つめながら、言葉を選ぶ。
「剣も、防具も、道具も……ただ使い捨てるんじゃなくてさ。
ちゃんと向き合って、大事に扱うようになると思う」
風が吹き、街路樹の葉がさわりと揺れた。
太陽の光が建物の隙間から差し込み、ソラの影を伸ばす。
『……甘い考えだな』
クロはそう言いながらも、声にいつもの辛辣さはなかった。
『だが、お前らしい。
理から外れていようと、そう願う心そのものは否定できん』
ソラは小さく笑った。
「だよね。変なこと言ってるって自分でも思うよ」
『だが――』
クロは一拍置いて、続ける。
『その“変な考え”が、お前をここまで連れてきたのも事実だ。
人も物も、ただの数値や効率で割り切れぬからこそ、面白い世界になる』
ソラはその言葉に、少しだけ驚いて目を瞬かせた。
「……クロにしては、珍しく肯定的だね」
『勘違いするな。ただの観測だ』
ぶっきらぼうにそう言ってから、クロは小さく付け加える。
『だが、カジトという男……
あやつは“感じ取る”側の人間だ。
お前の剣を素材に選んだ判断、あれは理屈だけではない』
ソラは、カジトに剣を託したときの感覚を思い出す。
「うん……あいつなら、大丈夫な気がする」
ギルドの建物が、通りの先に見えてきた。
これからまた汗を流し、体を鍛え、力を磨く日常が始まる。
ソラは一歩一歩、確かな足取りで前へ進む。
剣に思いがあるかどうかは、まだ分からない。
けれど、その思いを信じようとする心だけは、確かにここにあった。
「さ、訓練だ」
ソラの言葉に、クロは短く応じる。
『ああ。鍛えよ。
その考えを、ただの夢想で終わらせぬためにな』
ソラは満ち足りた気持ちでギルドの扉をくぐった。
「じゃあ次だ。じっとしてろよ」
まずは身長。踵から頭頂までを正確に測り、数値を革張りの手帳に書き込む。次に体重、肩幅、腕の長さ、肘から手首までの距離。さらに足の長さ、立ったときの重心の位置まで、まるで職人芸のように次々と測っていく。
「……重心、ちょっと前寄りだな。踏み込みが多い戦い方だろ」
「え? わかるのか?」
「当たり前だ。剣は体で振るもんだからな」
そう言いながら、今度はソラの手を取る。手のひらの厚み、指の長さ、握ったときの形まで確かめるように、何度も角度を変えて観察する。
工房内は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。ごうごうと燃える炉の音だけが、一定のリズムで空気を震わせている。鉄と炭の匂いが鼻をくすぐり、ソラはなぜか背筋が伸びた。
その静けさを破るように、背後から軽い笑い声が聞こえる。
「おいおい、カジト。ついに客がついたのか?」
振り返ると、年の近そうな男が数人、にやにやとした顔でこちらを見ていた。どうやらカジトの兄弟弟子らしい。
「お前がちゃんとした剣が作れるのかよ?」
「初仕事で失敗するなよー?」
からかうような言葉が飛ぶが、カジトは顔を赤くしながらも視線を逸らさず、測定を続ける。
「う、うるさい! ちゃんとこなして見せるさ! 黙って見てろ!」
そう言い返しつつも手は止まらない。むしろさっきよりも真剣で一本一本の線を丁寧に手帳へ書き込んでいく。その様子に茶化していた弟子たちも次第に口を閉じ、やがて肩をすくめて持ち場へ戻っていった。
最後に、背後から重みのある足音が近づく。
白い髭を蓄え、背中に長年の鍛冶仕事を刻み込んだような男だった。工房の主――その存在感だけで、空気が引き締まる。
「親方!」
カジトは反射的に立ち上がる。ソラも慌てて姿勢を正した。
親方は何も言わず、まずカジトを一瞥し次にソラへと視線を移した。その目は鋭いが、不思議と威圧感はない。ただ、すべてを見透かすような静かな重さがあった。
しばしの沈黙の後、親方は低い声で短く、しかし力強く口を開く。
「……客がお前を求めてくれたんだ」
それだけ言うと、カジトの肩を軽く叩く。
「下手な仕事はするなよ」
言葉はそれだけだったが、そこに込められた重みは十分すぎるほどだった。親方はそのまま踵を返し、炉の向こうへと歩いていく。
残されたカジトは、しばらく呆然とした後、ぐっと拳を握りしめる。
それから一時間ほどかけて、カジトはソラの体の記録を取り終えた。
「……よし、こんなもんだな」
最後の数字を書き終え、カジトは大きく息を吐く。
ソラも自然と肩の力が抜けた。
「剣は一週間くらいで仕上げる。正直、今の俺には簡単な仕事じゃない。でも……やりがいはある!」
そう言って、カジトは少しだけ自信ありげに笑った。
「頼んだよ、カジト」
ソラが真っ直ぐそう告げると、カジトは胸を軽く叩く。
「任せとけ。ソラを守れる剣、ちゃんと作る」
その言葉に、ソラは小さく頷き、工房を後にした。
背後で再び炉の火が唸りを上げ、金槌の音が鳴り始める。その音を聞きながら、ソラは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
――準備は整えた。
あとは、その日が来るまで、自分ができることを積み重ねるだけだ。
ソラは自然と歩調を早め、ギルドの訓練場へと向かう。
向かう途中で肩に掛けたカバンの中から、ふいにクロの声がする。
『さっきのあの男の話だが……なかなか興味深いものだったな』
ソラは歩調を変えず、前を向いたまま静かに相槌を打つ。
「剣に思いがある、って話?」
『ああ。普通はあり得ん。物に意思や感情が宿るなど、この世界の理から外れている。
剣は剣、石は石。それ以上でも以下でもない……それが本来の在り方だ』
クロの声は落ち着いていて、断定的だった。
それはクロが持つ知識としての結論であり、長い年月を生きてきた存在の常識でもあるのだろう。
ソラはしばらく黙って歩いた。
工房で見た、カジトの真剣な眼差し。
そして「この剣は命の重みを感じる」と言った、あの言葉が胸の奥に残っていた。
「でもさ……」
ソラはぽつりと口を開く。
「もし、仮にだよ。ほんとに仮の話だけど……
物にも思いとか、魂みたいなものがあるとしたら」
クロは何も言わない。
続きを促すように、沈黙が返ってくる。
「それに気づける人が増えたら、世界は少し良くなるんじゃないかなって思うんだ」
ソラは足元の石畳を見つめながら、言葉を選ぶ。
「剣も、防具も、道具も……ただ使い捨てるんじゃなくてさ。
ちゃんと向き合って、大事に扱うようになると思う」
風が吹き、街路樹の葉がさわりと揺れた。
太陽の光が建物の隙間から差し込み、ソラの影を伸ばす。
『……甘い考えだな』
クロはそう言いながらも、声にいつもの辛辣さはなかった。
『だが、お前らしい。
理から外れていようと、そう願う心そのものは否定できん』
ソラは小さく笑った。
「だよね。変なこと言ってるって自分でも思うよ」
『だが――』
クロは一拍置いて、続ける。
『その“変な考え”が、お前をここまで連れてきたのも事実だ。
人も物も、ただの数値や効率で割り切れぬからこそ、面白い世界になる』
ソラはその言葉に、少しだけ驚いて目を瞬かせた。
「……クロにしては、珍しく肯定的だね」
『勘違いするな。ただの観測だ』
ぶっきらぼうにそう言ってから、クロは小さく付け加える。
『だが、カジトという男……
あやつは“感じ取る”側の人間だ。
お前の剣を素材に選んだ判断、あれは理屈だけではない』
ソラは、カジトに剣を託したときの感覚を思い出す。
「うん……あいつなら、大丈夫な気がする」
ギルドの建物が、通りの先に見えてきた。
これからまた汗を流し、体を鍛え、力を磨く日常が始まる。
ソラは一歩一歩、確かな足取りで前へ進む。
剣に思いがあるかどうかは、まだ分からない。
けれど、その思いを信じようとする心だけは、確かにここにあった。
「さ、訓練だ」
ソラの言葉に、クロは短く応じる。
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