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二章 黒曜麒麟
七十九話
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休憩を終えたソラたちは、再び気を引き締めて次の階層へ向かう準備を整えた。
湿った空気は相変わらず重く、少し体を動かしただけでも汗が滲む。
だが、先ほどの休息のおかげで、皆の表情にはわずかな余裕が戻っていた。
「では次の階段を探しましょう」
ハーデンの合図に、ソラは静かに前に出る。
砂地に残された微かな足跡、水滴の跡、踏み荒らされた地面――集中力を研ぎ澄ませ、ひとつひとつを拾い上げていく。
四階は敵影がなく緊張は薄れていたが、それでも集中を切らすことはできない。
結果、階段を見つけるまでにかかった時間は二十分ほどだった。
「……あった」
ソラの声に、皆がほっと息をつく。
ハーデンも「よし」と頷いた。
階段へ向かおうとした、その時だった。
反対側――つまり下の階から、複数人の足音が響いてくる。
やがて姿を現したのは、五人編成のシーカーパーティだった。
年齢は二十代後半から三十代といったところか。装備は使い込まれており、鎧には修繕の跡、武器には刃こぼれが目立つ。経験を積んだ実戦派だと、一目で分かる。
その先頭に立つ無精ひげを生やした男が、ソラたちを一通り見渡し口の端を吊り上げた。
「……ずいぶん若いな、ここは観光地じゃねえぞ。まさか物見遊山か?」
空気が一瞬、張り詰める。
だが、前に出たのはハーデンだった。
「いや、私たちは黒曜麒麟の角が必要で、ここに来ている。観光目的ではない」
落ち着いた、しかし芯の通った声。
男はその答えを聞き、ふうっと息を吐いた。
「なるほどな……。俺たちも同じ目的だった」
男は肩をすくめる。
「だが、撤退だ。このダンジョンは、俺たちのパーティとは相性が悪かった」
その言葉に、ソラたちは自然と耳を傾ける。
「五階から敵の種類が増える。その中に、どうにも厄介な魔物が混じってやがる」
男は一度、言葉を切った。
「ビッグシェルって魔物だ。見た目は岩みたいな殻を背負った化け物でな……とにかく殻が硬い。剣も斧も、まともに通らねえ。さらにあいつらは岩に擬態する」
「擬態……?」
ソラが思わず聞き返す。
「ああ、完全にだ。動かねえ限り、ただの岩にしか見えねえ。索敵が得意なパーティならともかく、俺たちはそうじゃない。気づいた時には囲まれてた、なんてこともあり得る」
男の表情は冗談めいているが、目は笑っていなかった。
「ビッグシェルが固まってる場所に踏み込んだら、下手すりゃ全滅だ。だから引いた。無謀な挑戦で命を落とすほど、俺たちは馬鹿じゃない」
ハーデンは静かに頷く。
「貴重な情報、感謝する」
「いやなに。忠告だ」
男はソラたちを見回し、特にユナの姿で一瞬視線を止めた。
「この街の領主が黒曜麒麟の角を探してるって話を聞いてな。高額報酬目当てで潜ったが……まあ、理由は分かった」
自嘲気味に笑う。
「黒曜麒麟の角が市場に出回らねえ理由がな」
男の声には悔しさと現実を受け入れた者特有の重みがあった。
ソラ達は口を挟まず、ただ静かに耳を傾ける。
やがて男は一息つき、ふと思い出したように言った。
「……ここまで潜って、このまま帰ると結構な赤字でな。そこで、取引をしないか?」
ハーデンが警戒しつつ視線を向ける。
「俺たちは八階の途中まで潜った。そこまでの簡単な地図がある。十万リルでどうだ?」
その金額に、思わず周囲がざわつく。
だが、その中でカイトが一歩前に出た。
「撤退するなら、タダでくれてもいいじゃないか」
若さゆえの率直さと、わずかな苛立ちが滲む声だった。
男は一瞬きょとんとした後、ニコリと笑った。
だが、その笑みはすぐに消え鋭い目つきになる。
「本来なら笑って流すところだが……若さに免じて忠告してやる」
空気が変わる。
「“ただ”って言葉を信じるな。無償で何かを与えるってことは、与える側に思惑があるってことだ。その思惑が善意ならいいが、悪意なら……お前の命を危険に晒すこともある」
カイトは言葉を失う。
「その点、金は分かりやすい。金を得るために情報を売る、至極真っ当な理由だ。俺は情報を信じてもらうため、お前達に敵が増える話をした。あわよくば地図を買ってもらうためにな」
男は最後に、はっきりと言い切った。
「いいか、ガキ。教えてもらうことが全てじゃない。相手の裏まで読む。それがプロのシーカーだ」
カイトは反論できず、わずかに視線を逸らす。
沈黙の中、ハーデンが一歩前に出た。
「……話は理解しました。その地図、買いましょう」
そう言って、懐から十万リルを取り出し、男に手渡す。
男は確かめるように受け取り、ハーデンに折りたたまれた地図を差し出した。
「確かに受け取った。あとこれはサービスなんだが、8階から強い雨と風が吹く階になる。……健闘を祈る。黒曜麒麟に辿り着けるといいな」
そう言い残し、男たちは階段を上り、ダンジョンの奥から去っていった。
湿った空気は相変わらず重く、少し体を動かしただけでも汗が滲む。
だが、先ほどの休息のおかげで、皆の表情にはわずかな余裕が戻っていた。
「では次の階段を探しましょう」
ハーデンの合図に、ソラは静かに前に出る。
砂地に残された微かな足跡、水滴の跡、踏み荒らされた地面――集中力を研ぎ澄ませ、ひとつひとつを拾い上げていく。
四階は敵影がなく緊張は薄れていたが、それでも集中を切らすことはできない。
結果、階段を見つけるまでにかかった時間は二十分ほどだった。
「……あった」
ソラの声に、皆がほっと息をつく。
ハーデンも「よし」と頷いた。
階段へ向かおうとした、その時だった。
反対側――つまり下の階から、複数人の足音が響いてくる。
やがて姿を現したのは、五人編成のシーカーパーティだった。
年齢は二十代後半から三十代といったところか。装備は使い込まれており、鎧には修繕の跡、武器には刃こぼれが目立つ。経験を積んだ実戦派だと、一目で分かる。
その先頭に立つ無精ひげを生やした男が、ソラたちを一通り見渡し口の端を吊り上げた。
「……ずいぶん若いな、ここは観光地じゃねえぞ。まさか物見遊山か?」
空気が一瞬、張り詰める。
だが、前に出たのはハーデンだった。
「いや、私たちは黒曜麒麟の角が必要で、ここに来ている。観光目的ではない」
落ち着いた、しかし芯の通った声。
男はその答えを聞き、ふうっと息を吐いた。
「なるほどな……。俺たちも同じ目的だった」
男は肩をすくめる。
「だが、撤退だ。このダンジョンは、俺たちのパーティとは相性が悪かった」
その言葉に、ソラたちは自然と耳を傾ける。
「五階から敵の種類が増える。その中に、どうにも厄介な魔物が混じってやがる」
男は一度、言葉を切った。
「ビッグシェルって魔物だ。見た目は岩みたいな殻を背負った化け物でな……とにかく殻が硬い。剣も斧も、まともに通らねえ。さらにあいつらは岩に擬態する」
「擬態……?」
ソラが思わず聞き返す。
「ああ、完全にだ。動かねえ限り、ただの岩にしか見えねえ。索敵が得意なパーティならともかく、俺たちはそうじゃない。気づいた時には囲まれてた、なんてこともあり得る」
男の表情は冗談めいているが、目は笑っていなかった。
「ビッグシェルが固まってる場所に踏み込んだら、下手すりゃ全滅だ。だから引いた。無謀な挑戦で命を落とすほど、俺たちは馬鹿じゃない」
ハーデンは静かに頷く。
「貴重な情報、感謝する」
「いやなに。忠告だ」
男はソラたちを見回し、特にユナの姿で一瞬視線を止めた。
「この街の領主が黒曜麒麟の角を探してるって話を聞いてな。高額報酬目当てで潜ったが……まあ、理由は分かった」
自嘲気味に笑う。
「黒曜麒麟の角が市場に出回らねえ理由がな」
男の声には悔しさと現実を受け入れた者特有の重みがあった。
ソラ達は口を挟まず、ただ静かに耳を傾ける。
やがて男は一息つき、ふと思い出したように言った。
「……ここまで潜って、このまま帰ると結構な赤字でな。そこで、取引をしないか?」
ハーデンが警戒しつつ視線を向ける。
「俺たちは八階の途中まで潜った。そこまでの簡単な地図がある。十万リルでどうだ?」
その金額に、思わず周囲がざわつく。
だが、その中でカイトが一歩前に出た。
「撤退するなら、タダでくれてもいいじゃないか」
若さゆえの率直さと、わずかな苛立ちが滲む声だった。
男は一瞬きょとんとした後、ニコリと笑った。
だが、その笑みはすぐに消え鋭い目つきになる。
「本来なら笑って流すところだが……若さに免じて忠告してやる」
空気が変わる。
「“ただ”って言葉を信じるな。無償で何かを与えるってことは、与える側に思惑があるってことだ。その思惑が善意ならいいが、悪意なら……お前の命を危険に晒すこともある」
カイトは言葉を失う。
「その点、金は分かりやすい。金を得るために情報を売る、至極真っ当な理由だ。俺は情報を信じてもらうため、お前達に敵が増える話をした。あわよくば地図を買ってもらうためにな」
男は最後に、はっきりと言い切った。
「いいか、ガキ。教えてもらうことが全てじゃない。相手の裏まで読む。それがプロのシーカーだ」
カイトは反論できず、わずかに視線を逸らす。
沈黙の中、ハーデンが一歩前に出た。
「……話は理解しました。その地図、買いましょう」
そう言って、懐から十万リルを取り出し、男に手渡す。
男は確かめるように受け取り、ハーデンに折りたたまれた地図を差し出した。
「確かに受け取った。あとこれはサービスなんだが、8階から強い雨と風が吹く階になる。……健闘を祈る。黒曜麒麟に辿り着けるといいな」
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