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二章 黒曜麒麟
八十話
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男たちの姿が階段の向こうに消えた後、張り詰めていた空気がようやく緩んだ。
ユナは地図を抱えたままのハーデンに近づき、少し遠慮がちに口を開く。
「先生……さっきのお金、本当に良かったんですか? あれだけの額を……」
一瞬ためらった後、はっきりと言葉を続ける。
「帰ってから、私が必ずお返しします!」
だが、ハーデンは穏やかに笑い、首を横に振った。
「必要ありません。今回の判断は、私がリーダーとして下したものですから」
そう言ってから、周囲にいる生徒たち全員を見回す。
その表情は、先ほどまでの柔らかさを消し、教師ではなく一人のベテランシーカーのものだった。
「今のような取引は、実はシーカーの世界では珍しくありません。学校では教える機会がほとんどありませんが……皆さんが本気でシーカーとして生きていくなら、覚えておくべきことです」
少し間を置き、さらに言葉を重ねる。
「彼が話していた内容も重要でした。皆さんが思っている以上に、悪意というものは身近に転がっています」
生徒たちの表情が自然と引き締まる。
「違法シーカーや、シーカーキラーのように分かりやすい悪意だけではありません。
人を陥れることで利益を得る者、善意を装って情報を歪める者……そういった人間も少なからず存在します」
ハーデンは一人ひとりの顔を確かめるように見つめながら、静かに言い切った。
「だからこそ、相手の言葉だけでなく、その裏にある意図まで読む癖をつけてください。
それができなければ、ダンジョンの外で命を落とすこともある」
「……はい!」
ソラ達は揃って返事をする。
その声には、先ほどまでよりも確かな重みがあった。
ハーデンは頷き、受け取った地図を改めて広げて確認して少し考え込み、ソラ達に告げる。
「さて。今日はここまでにしましょう」
その言葉に、カイトが即座に反応する。
「なんでですか!? まだ行けます!」
ハーデンは慌てる様子もなく、落ち着いて説明を始めた。
「私たちはすでに五階までの階段を確認しました。それに加えて、八階途中までの地図も手に入れています」
地図を指で軽く叩きながら続ける。
「一日ダンジョンに潜っても、次の階層に辿り着けないことは珍しくありません。それを考えれば、今日の成果は十分過ぎるほどです」
さらに、視線を上げて言う。
「加えて、次の階層から敵が増えること、八階以降は気温や視界に変化があることも分かった。これは事前情報として非常に大きい」
そして、カイトとユナを順に見つめた。
「今日はここから入口まで戻るのに、どれくらい時間がかかるのかを確認します。それも立派な探索です。ですから、本日は撤退しましょう」
「でも……!」
なおも食い下がろうとするカイトを、ユナがそっと手で制する。
「分かりました。先生の判断に従います」
その一言に、カイトは言葉を詰まらせる。
「……ユナがそう言うなら」
不満を隠しきれない表情ではあったが、それ以上は反論しなかった。
ハーデンは小さく頷き、パーティ全体に向けて言う。
「良い判断です。生きて帰ることが、何よりも大切ですから」
こうして一行は得た情報と地図を胸に、次の本格的な挑戦へ備えるためセイカイダンジョンの入り口へと引き返すことにした。
三階に戻り、しばらく進んだその時だった。
前方の海辺のような地形に、シーマンが五体――横一列に並び、明確な敵意を剥き出しにして現れた。
先ほどよりも数が多い。しかも距離は近く、逃げ場もない。
「っ、五体……!」
誰かが息を呑む。
ソラ達は即座に身構え、それぞれが武器に手をかけた。
だが、その一歩前に――
ハーデンが、静かに歩み出た。
「今日はもう帰還するだけですからね」
振り返りもせず、落ち着いた声で言う。
「戦力温存を考える必要もありませんし……こういう“まとまってくる敵”の方が、私は得意なんですよ」
そう言って、ハーデンは片膝をつき、地面――砂地へと手を当てた。
一瞬、空気が張り詰める。
「――アースイーター」
低く、しかしはっきりとした詠唱。
次の瞬間、ハーデンの手の先から――
砂が、蠢いた。
最初は小さな隆起だった。
だがそれはみるみる盛り上がり、うねり、形を成していく。
砂が集まり、固まり、
巨大な頭部だけの怪物となって、地面から姿を現す。
――口。
裂けるように大きく開いた、底の見えない砂の口。
それが、シーマン達の目前まで到達した瞬間。
「ギィッ――!」
シーマン達が慌てて後退し、槍を構え抵抗しようとする。
だが、遅い。
砂の濁流が、一斉に襲いかかった。
五体のシーマンは抵抗も虚しく、次々とその巨大な口に飲み込まれていく。
暴れる影が砂の中で揺れたかと思うと、やがてそれも消え――
ずず……と音を立てて、
砂の怪物はその役目を終えたかのように、再び地面の中へと沈んでいった。
辺りに残ったのは、
何事もなかったかのような静寂だけだった。
ハーデンは立ち上がり軽く手についた砂を払うと、ソラ達の方を振り返る。
「……終わりましたよ」
その声は、あまりにもあっさりしていた。
「私のスキルは土魔法です。今のが、得意魔法の一つですね」
そう言って、にこりと柔らかく笑う。
「さあ、寄り道は終わりです。帰る続きをしましょう」
パン、と一度手を叩き、歩き出すハーデン。
ソラ達は誰一人、すぐには動けなかった。
――一瞬で、五体。
――圧倒的な制圧力。
――そして、戦闘後も乱れない冷静さ。
それは紛れもなく、元Bランクシーカーの実力だった。
(……すごいな)
ソラは改めてそう実感する。
自分たちを守る存在の大きさを、そしてこのダンジョンの厳しさを。
ユナは地図を抱えたままのハーデンに近づき、少し遠慮がちに口を開く。
「先生……さっきのお金、本当に良かったんですか? あれだけの額を……」
一瞬ためらった後、はっきりと言葉を続ける。
「帰ってから、私が必ずお返しします!」
だが、ハーデンは穏やかに笑い、首を横に振った。
「必要ありません。今回の判断は、私がリーダーとして下したものですから」
そう言ってから、周囲にいる生徒たち全員を見回す。
その表情は、先ほどまでの柔らかさを消し、教師ではなく一人のベテランシーカーのものだった。
「今のような取引は、実はシーカーの世界では珍しくありません。学校では教える機会がほとんどありませんが……皆さんが本気でシーカーとして生きていくなら、覚えておくべきことです」
少し間を置き、さらに言葉を重ねる。
「彼が話していた内容も重要でした。皆さんが思っている以上に、悪意というものは身近に転がっています」
生徒たちの表情が自然と引き締まる。
「違法シーカーや、シーカーキラーのように分かりやすい悪意だけではありません。
人を陥れることで利益を得る者、善意を装って情報を歪める者……そういった人間も少なからず存在します」
ハーデンは一人ひとりの顔を確かめるように見つめながら、静かに言い切った。
「だからこそ、相手の言葉だけでなく、その裏にある意図まで読む癖をつけてください。
それができなければ、ダンジョンの外で命を落とすこともある」
「……はい!」
ソラ達は揃って返事をする。
その声には、先ほどまでよりも確かな重みがあった。
ハーデンは頷き、受け取った地図を改めて広げて確認して少し考え込み、ソラ達に告げる。
「さて。今日はここまでにしましょう」
その言葉に、カイトが即座に反応する。
「なんでですか!? まだ行けます!」
ハーデンは慌てる様子もなく、落ち着いて説明を始めた。
「私たちはすでに五階までの階段を確認しました。それに加えて、八階途中までの地図も手に入れています」
地図を指で軽く叩きながら続ける。
「一日ダンジョンに潜っても、次の階層に辿り着けないことは珍しくありません。それを考えれば、今日の成果は十分過ぎるほどです」
さらに、視線を上げて言う。
「加えて、次の階層から敵が増えること、八階以降は気温や視界に変化があることも分かった。これは事前情報として非常に大きい」
そして、カイトとユナを順に見つめた。
「今日はここから入口まで戻るのに、どれくらい時間がかかるのかを確認します。それも立派な探索です。ですから、本日は撤退しましょう」
「でも……!」
なおも食い下がろうとするカイトを、ユナがそっと手で制する。
「分かりました。先生の判断に従います」
その一言に、カイトは言葉を詰まらせる。
「……ユナがそう言うなら」
不満を隠しきれない表情ではあったが、それ以上は反論しなかった。
ハーデンは小さく頷き、パーティ全体に向けて言う。
「良い判断です。生きて帰ることが、何よりも大切ですから」
こうして一行は得た情報と地図を胸に、次の本格的な挑戦へ備えるためセイカイダンジョンの入り口へと引き返すことにした。
三階に戻り、しばらく進んだその時だった。
前方の海辺のような地形に、シーマンが五体――横一列に並び、明確な敵意を剥き出しにして現れた。
先ほどよりも数が多い。しかも距離は近く、逃げ場もない。
「っ、五体……!」
誰かが息を呑む。
ソラ達は即座に身構え、それぞれが武器に手をかけた。
だが、その一歩前に――
ハーデンが、静かに歩み出た。
「今日はもう帰還するだけですからね」
振り返りもせず、落ち着いた声で言う。
「戦力温存を考える必要もありませんし……こういう“まとまってくる敵”の方が、私は得意なんですよ」
そう言って、ハーデンは片膝をつき、地面――砂地へと手を当てた。
一瞬、空気が張り詰める。
「――アースイーター」
低く、しかしはっきりとした詠唱。
次の瞬間、ハーデンの手の先から――
砂が、蠢いた。
最初は小さな隆起だった。
だがそれはみるみる盛り上がり、うねり、形を成していく。
砂が集まり、固まり、
巨大な頭部だけの怪物となって、地面から姿を現す。
――口。
裂けるように大きく開いた、底の見えない砂の口。
それが、シーマン達の目前まで到達した瞬間。
「ギィッ――!」
シーマン達が慌てて後退し、槍を構え抵抗しようとする。
だが、遅い。
砂の濁流が、一斉に襲いかかった。
五体のシーマンは抵抗も虚しく、次々とその巨大な口に飲み込まれていく。
暴れる影が砂の中で揺れたかと思うと、やがてそれも消え――
ずず……と音を立てて、
砂の怪物はその役目を終えたかのように、再び地面の中へと沈んでいった。
辺りに残ったのは、
何事もなかったかのような静寂だけだった。
ハーデンは立ち上がり軽く手についた砂を払うと、ソラ達の方を振り返る。
「……終わりましたよ」
その声は、あまりにもあっさりしていた。
「私のスキルは土魔法です。今のが、得意魔法の一つですね」
そう言って、にこりと柔らかく笑う。
「さあ、寄り道は終わりです。帰る続きをしましょう」
パン、と一度手を叩き、歩き出すハーデン。
ソラ達は誰一人、すぐには動けなかった。
――一瞬で、五体。
――圧倒的な制圧力。
――そして、戦闘後も乱れない冷静さ。
それは紛れもなく、元Bランクシーカーの実力だった。
(……すごいな)
ソラは改めてそう実感する。
自分たちを守る存在の大きさを、そしてこのダンジョンの厳しさを。
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