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二章 黒曜麒麟
八十五話
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歓声が収まったあと、ハーデンは一度深く息を吸い、皆の顔を順に見渡した。
「……今日はもう帰りましょう」
その言葉に、誰一人として異を唱える者はいなかった。
「八階の探索で、皆さんの体力も集中力もかなり削られています。
この状態で黒曜麒麟と戦うのは、得策とは言えません。
万全の体調と準備を整えてから、改めて挑みましょう」
ハーデンの冷静な判断に、ソラたちは無言で頷く。
誰もが心のどこかで理解していた。
今は辿り着けたこと自体が成果であり、無理をする段階ではない、と。
再び八階へ戻ると、相変わらず暴風雨が吹き荒れていた。
冷たい雨と強風は容赦なく体力を奪うが行きとは違い、戻るだけだという安心感があった。
心の消耗は、確かにいくらか軽くなっている。
そのまま隊列を保ちながら階層を一つずつ上がっていき、ついにダンジョンの入り口へと辿り着いた。
外へ一歩踏み出すと、空はすでに夕暮れに染まり始めていた。
傾いた太陽の光が赤く差し込み、ダンジョンの入り口の薄暗さとの対比でやけに眩しく感じられる。
「……戻ってきましたね」
ハーデンはそう呟くと、改めて全員に向き直った。
「次にダンジョンへ向かうのは、二日後にしましょう。
明日はしっかり休み、体調を整えながら作戦を詰めます。
二日後が、決戦です。――いいですね」
「はい」
ソラたちは力強く返事をする。
こうして一行は、静かにダンジョンを後にし、
ユナの屋敷へと戻っていくのだった。
ユナの屋敷で風呂を借り、皆で夕食を囲んだあと、ソラたちは各々に割り振られた客室へと向かった。
一人一部屋。しかも、ソラの家の自分の部屋よりも広い。
それでもなおまだ空き部屋があるというのだから、この屋敷の規模にはただただ感心するしかない。
「……すごいな、本当に」
ベッドに腰掛け、そう呟いたところで背中側から声がした。
『ソラ。前に私が、あの少女には気をつけろと言ったのを覚えているか?』
クロだった。
「え? ああ……」
ソラは顎に手を当て記憶を探る。
少し考えてから、ぽんと手を打った。
「そうだ! あれ、結局どういう意味だったんだ?」
クロは一拍置いてから、静かに答える。
『あの時はまだ確信が持てなかった。だが今日、あの氷魔法を見てはっきりした』
「はっきり……?」
『あの子――ユナは、精霊から祝福を受けている。それも、ただの精霊ではない。王クラスの特別な存在だ』
「……精霊?」
ソラは思わず首を傾げた。
「精霊って……本当にいるのか?」
『人の目には見えんが、確かに存在する』
クロは当然のことのように言う。
『シーカーの中に、やけに魔法が強い者がいるだろう?
ああいう者たちは、あの少女と同じく何らかの存在から祝福を受けている可能性が高い』
「祝福を受けると、魔法が強くなるのか?」
『与えた者達の格と、本人との相性次第だな』
クロはそう前置きし、少し声を低くする。
『だが、王クラスに祝福されているとなれば話は別だ。
あの子は、間違いなく特別だ。このまま成長すれば一角の人物になるだろう』
ソラは小さく息を吐き、素直な感想を口にする。
「……ユナって、やっぱりすごいやつなんだな」
その瞬間、クロがくっくっくっと喉を鳴らして笑った。
「な、なんだよ?」
『お前は、この私と契約した人間だぞ』
クロは愉快そうに続ける。
『そんなお前が、他人を特別だの凄いだのと言う。
この世界に、お前より特別な存在などそうそうおらん。
それが可笑しくてな』
「……それ、褒めてるのか?」
『もちろんだ』
クロはきっぱりと言い切った。
『安心しろ。お前は必ず強くなる。
私が保証する』
その言葉に、ソラは返事をしなかった。
ただ、胸の奥に温かいものが広がるのを感じていた。
それからしばらくクロと他愛ない話をしるが、
ダンジョンで溜まっていた疲れが一気に押し寄せてソラは早めに布団へ潜り込む。
意識が落ちる直前、
「……ありがとうな」と小さく呟いてから、
ソラは深い眠りへと落ちていった。
ソラが早々に眠りについた、その夜。
ハーデンはセイカイの街にあるギルド併設の飲食店へと足を運んでいた。
昼間のダンジョン探索で溜まった疲労は、正直なところ無視できない。それでも、あえてここに来たのには理由があった。
――探しているパーティがいる。
それなりに賑わう店内を見渡しながら、ハーデンは静かに視線を巡らせる。
(いてくれればいいのだが……)
そう思った、その時だった。
見覚えのある顔ぶれが、奥の席で酒を飲み交わしている。
ダンジョン内で出会った五人組のパーティで間違いない。
(……運がいい)
ハーデンは小さく息を吐き、彼らのテーブルへと歩み寄った。
「ここで一緒に飲んでも、いいかな?」
その声に、五人は一瞬だけ身体を強張らせる。
だが、顔を上げて声の主が誰か分かるとすぐに警戒を解いた。
「なんだ、あの時の先生か!」
リーダー格の男が、にっと笑って言う。
「いいぜ。せっかくだ、一緒に飲もうじゃねえか」
「ありがとう」
ハーデンはそう言って席に腰を下ろす。
男は杯を掲げ、改めて声を張った。
「よし、それじゃあ――乾杯だ!」
グラス同士が軽やかな音を立て、場の空気が一気に和らぐ。
「そういや、ちゃんと自己紹介してなかったな」
男は自分の胸を親指で指しながら続けた。
「俺たちのパーティ名は《白銀の獅子》。
一応この中で頭を張ってるのが俺、ガリオンだ」
続いて、他の四人も順に軽く名乗る。
皆、ダンジョン慣れした雰囲気を纏いながらも、どこか人の良さを感じさせる連中だった。
全員の紹介が終わると、視線がハーデンへと向く。
「改めて、俺の方からも」
ハーデンは杯を手に取り、穏やかに口を開いた。
ハーデンは杯を手に取り、穏やかに口を開いた。
「ハーデンだ。元Bランクシーカーで、今は学校で教師をしている」
一拍置き、昼間の生徒たちの顔を思い浮かべながら続ける。
「今日一緒にいた子たちは、私の教え子だ」
その言葉に、白銀の獅子の面々は揃って納得したように頷いた。
「なるほどな……」
ガリオンは感心したように笑い、グラスを傾ける。
杯を一口あおったガリオンは、ふっと息を吐き、ハーデンを横目で見た。
「なあ、先生よ」
軽い口調だが、その目は真剣だった。
「正直に聞かせてくれ。
あんた、なんであんな場所にいた?」
ハーデンが視線を向けると、ガリオンは続ける。
「実習って雰囲気じゃなかった。
何人かは……まあ、ギリギリ見どころはあったがな」
そう言って、昼間の生徒たちの顔を思い出すようにグラスを揺らす。
「だが、ほとんどはまだ早すぎる。
あの階層は、覚悟のない奴が踏み込む場所じゃねえ」
一瞬真剣な顔をするが間を置いて鼻で笑う。
「まさか、ただの物見遊山ってわけじゃないだろ?」
テーブルの上に、わずかな沈黙が落ちる。
ハーデンはすぐには答えず、杯を持つ手を止めた。
言うべきか、伏せるべきか――ほんの一瞬だけ迷う。
だが、彼はゆっくりと口を開いた。
「……正直に話そう」
視線をガリオンに向け、静かに続ける。
「あの子たちの中の一人、その親が深刻な病にかかっている。
そして、その治療にどうしても必要なんだ」
言葉を選びながら、はっきりと告げた。
「ダンジョンボス、黒曜麒麟の角がな」
ガリオンは一瞬きょとんとした顔をし、次いで大きく笑った。
「はっ!
学校の教師ってのは、そこまでやらなきゃいけねえのかよ」
毒のある笑い方だったが、そこに悪意はなかった。
ハーデンは首を横に振る。
「いや、そんなことはない」
きっぱりとした声だった。
「これは俺が、自分で進んでやっていることだ。
本来なら、止めなきゃならん立場なのは分かっている」
少しだけ自嘲気味に笑う。
「生徒を連れてBランクダンジョンに入っているなんて、
正直……大っぴらにはできない話だ」
ガリオンたちは何も言わず、ただ静かに耳を傾ける。
皿の料理をつつき、酒を口に運びながら、誰も茶化さない。
「……ふーん」
ガリオンはハーデンの話を最後まで聞き終えると、杯を静かにテーブルへ置いた。
先ほどまでの軽い雰囲気は消え、場の空気が一段、引き締まる。
「……事情は分かった」
低い声でそう前置きし、真っ直ぐにハーデンを見据える。
「だがな、先生。
俺たちに声をかけた理由は、それだけじゃねえだろ?」
鋭い視線が突き刺さる。
「まさか、身の上話を聞いてもらいたかっただけ、なんてことはねえはずだ。
本題を話せ。あんたは俺たちに無駄話をしにここにいるわけじゃない」
ハーデンはその言葉を予想していたかのように、少しも戸惑わなかった。
むしろ、覚悟を決めた表情で、短く答える。
「……今日、ダンジョンボスの扉まで辿り着いた」
一瞬、言葉の意味が飲み込めなかったのか、ガリオンたちは目を見開く。
「……マジかよ」
誰かが小さく呟き、ガリオンが信じられないものを見るようにハーデンを見る。
「驚いたな。
まさか、もうそこまで行ったっていうのか」
「君たちが売ってくれた地図と、ビッグシェルの情報がなければ、
まず不可能だった」
ハーデンははっきりと告げる。
「遠回りを重ね、時間を浪費し……
最悪の場合、途中で撤退を決断していたと思う」
そして、言葉を区切り、真正面からガリオンたちを見つめた。
「俺たちは、どうしても黒曜麒麟の角を手に入れなければならない。
だから――」
静かだが、強い声音で続ける。
「黒曜麒麟までの道行きを、君たちに手助けしてほしい」
ガリオンはすぐには答えず、ハーデンを値踏みするように見つめる。
やがて、短く言った。
「……報酬は?」
一切の遠慮も飾りもない。
「タダで子供のお守りをするほど、俺たちは安くねえ」
ハーデンはためらわず、片手を広げる。
「五十万リル。
それに、セイカイダンジョンのボスまでの完全な地図を付ける」
ガリオンが思わず口笛を吹いた。
「……破格だな」
目を細め、問いを重ねる。
「なんでだ?
なんで、一介の教師がそこまで背負う必要がある?」
ハーデンは杯を取り、酒を一口飲む。
わずかな沈黙のあと、ゆっくりと語り始めた。
「俺たちは、運と奇跡に恵まれて、ここまで来た」
視線を伏せ、そして再び上げる。
「だが、奇跡はいつまでも続かない。
だからこそ、その奇跡を――角を手に入れ、全員で無事に戻るところまで、
繋げたい」
そして、深く頭を下げた。
「そのために、君たちの力が必要だ。
どうか、協力してほしい」
一瞬、酒場の喧騒だけが耳に入る。
やがてガリオンは立ち上がり、ハーデンの肩に手を置いた。
「……分かった」
その声は、先ほどまでの荒っぽさを失っていた。
「その依頼、引き受けよう」
ハーデンの頭を上げさせ、力強く手を差し出す。
二人の手が、固く握られた。
交渉は成立した。
「……今日はもう帰りましょう」
その言葉に、誰一人として異を唱える者はいなかった。
「八階の探索で、皆さんの体力も集中力もかなり削られています。
この状態で黒曜麒麟と戦うのは、得策とは言えません。
万全の体調と準備を整えてから、改めて挑みましょう」
ハーデンの冷静な判断に、ソラたちは無言で頷く。
誰もが心のどこかで理解していた。
今は辿り着けたこと自体が成果であり、無理をする段階ではない、と。
再び八階へ戻ると、相変わらず暴風雨が吹き荒れていた。
冷たい雨と強風は容赦なく体力を奪うが行きとは違い、戻るだけだという安心感があった。
心の消耗は、確かにいくらか軽くなっている。
そのまま隊列を保ちながら階層を一つずつ上がっていき、ついにダンジョンの入り口へと辿り着いた。
外へ一歩踏み出すと、空はすでに夕暮れに染まり始めていた。
傾いた太陽の光が赤く差し込み、ダンジョンの入り口の薄暗さとの対比でやけに眩しく感じられる。
「……戻ってきましたね」
ハーデンはそう呟くと、改めて全員に向き直った。
「次にダンジョンへ向かうのは、二日後にしましょう。
明日はしっかり休み、体調を整えながら作戦を詰めます。
二日後が、決戦です。――いいですね」
「はい」
ソラたちは力強く返事をする。
こうして一行は、静かにダンジョンを後にし、
ユナの屋敷へと戻っていくのだった。
ユナの屋敷で風呂を借り、皆で夕食を囲んだあと、ソラたちは各々に割り振られた客室へと向かった。
一人一部屋。しかも、ソラの家の自分の部屋よりも広い。
それでもなおまだ空き部屋があるというのだから、この屋敷の規模にはただただ感心するしかない。
「……すごいな、本当に」
ベッドに腰掛け、そう呟いたところで背中側から声がした。
『ソラ。前に私が、あの少女には気をつけろと言ったのを覚えているか?』
クロだった。
「え? ああ……」
ソラは顎に手を当て記憶を探る。
少し考えてから、ぽんと手を打った。
「そうだ! あれ、結局どういう意味だったんだ?」
クロは一拍置いてから、静かに答える。
『あの時はまだ確信が持てなかった。だが今日、あの氷魔法を見てはっきりした』
「はっきり……?」
『あの子――ユナは、精霊から祝福を受けている。それも、ただの精霊ではない。王クラスの特別な存在だ』
「……精霊?」
ソラは思わず首を傾げた。
「精霊って……本当にいるのか?」
『人の目には見えんが、確かに存在する』
クロは当然のことのように言う。
『シーカーの中に、やけに魔法が強い者がいるだろう?
ああいう者たちは、あの少女と同じく何らかの存在から祝福を受けている可能性が高い』
「祝福を受けると、魔法が強くなるのか?」
『与えた者達の格と、本人との相性次第だな』
クロはそう前置きし、少し声を低くする。
『だが、王クラスに祝福されているとなれば話は別だ。
あの子は、間違いなく特別だ。このまま成長すれば一角の人物になるだろう』
ソラは小さく息を吐き、素直な感想を口にする。
「……ユナって、やっぱりすごいやつなんだな」
その瞬間、クロがくっくっくっと喉を鳴らして笑った。
「な、なんだよ?」
『お前は、この私と契約した人間だぞ』
クロは愉快そうに続ける。
『そんなお前が、他人を特別だの凄いだのと言う。
この世界に、お前より特別な存在などそうそうおらん。
それが可笑しくてな』
「……それ、褒めてるのか?」
『もちろんだ』
クロはきっぱりと言い切った。
『安心しろ。お前は必ず強くなる。
私が保証する』
その言葉に、ソラは返事をしなかった。
ただ、胸の奥に温かいものが広がるのを感じていた。
それからしばらくクロと他愛ない話をしるが、
ダンジョンで溜まっていた疲れが一気に押し寄せてソラは早めに布団へ潜り込む。
意識が落ちる直前、
「……ありがとうな」と小さく呟いてから、
ソラは深い眠りへと落ちていった。
ソラが早々に眠りについた、その夜。
ハーデンはセイカイの街にあるギルド併設の飲食店へと足を運んでいた。
昼間のダンジョン探索で溜まった疲労は、正直なところ無視できない。それでも、あえてここに来たのには理由があった。
――探しているパーティがいる。
それなりに賑わう店内を見渡しながら、ハーデンは静かに視線を巡らせる。
(いてくれればいいのだが……)
そう思った、その時だった。
見覚えのある顔ぶれが、奥の席で酒を飲み交わしている。
ダンジョン内で出会った五人組のパーティで間違いない。
(……運がいい)
ハーデンは小さく息を吐き、彼らのテーブルへと歩み寄った。
「ここで一緒に飲んでも、いいかな?」
その声に、五人は一瞬だけ身体を強張らせる。
だが、顔を上げて声の主が誰か分かるとすぐに警戒を解いた。
「なんだ、あの時の先生か!」
リーダー格の男が、にっと笑って言う。
「いいぜ。せっかくだ、一緒に飲もうじゃねえか」
「ありがとう」
ハーデンはそう言って席に腰を下ろす。
男は杯を掲げ、改めて声を張った。
「よし、それじゃあ――乾杯だ!」
グラス同士が軽やかな音を立て、場の空気が一気に和らぐ。
「そういや、ちゃんと自己紹介してなかったな」
男は自分の胸を親指で指しながら続けた。
「俺たちのパーティ名は《白銀の獅子》。
一応この中で頭を張ってるのが俺、ガリオンだ」
続いて、他の四人も順に軽く名乗る。
皆、ダンジョン慣れした雰囲気を纏いながらも、どこか人の良さを感じさせる連中だった。
全員の紹介が終わると、視線がハーデンへと向く。
「改めて、俺の方からも」
ハーデンは杯を手に取り、穏やかに口を開いた。
ハーデンは杯を手に取り、穏やかに口を開いた。
「ハーデンだ。元Bランクシーカーで、今は学校で教師をしている」
一拍置き、昼間の生徒たちの顔を思い浮かべながら続ける。
「今日一緒にいた子たちは、私の教え子だ」
その言葉に、白銀の獅子の面々は揃って納得したように頷いた。
「なるほどな……」
ガリオンは感心したように笑い、グラスを傾ける。
杯を一口あおったガリオンは、ふっと息を吐き、ハーデンを横目で見た。
「なあ、先生よ」
軽い口調だが、その目は真剣だった。
「正直に聞かせてくれ。
あんた、なんであんな場所にいた?」
ハーデンが視線を向けると、ガリオンは続ける。
「実習って雰囲気じゃなかった。
何人かは……まあ、ギリギリ見どころはあったがな」
そう言って、昼間の生徒たちの顔を思い出すようにグラスを揺らす。
「だが、ほとんどはまだ早すぎる。
あの階層は、覚悟のない奴が踏み込む場所じゃねえ」
一瞬真剣な顔をするが間を置いて鼻で笑う。
「まさか、ただの物見遊山ってわけじゃないだろ?」
テーブルの上に、わずかな沈黙が落ちる。
ハーデンはすぐには答えず、杯を持つ手を止めた。
言うべきか、伏せるべきか――ほんの一瞬だけ迷う。
だが、彼はゆっくりと口を開いた。
「……正直に話そう」
視線をガリオンに向け、静かに続ける。
「あの子たちの中の一人、その親が深刻な病にかかっている。
そして、その治療にどうしても必要なんだ」
言葉を選びながら、はっきりと告げた。
「ダンジョンボス、黒曜麒麟の角がな」
ガリオンは一瞬きょとんとした顔をし、次いで大きく笑った。
「はっ!
学校の教師ってのは、そこまでやらなきゃいけねえのかよ」
毒のある笑い方だったが、そこに悪意はなかった。
ハーデンは首を横に振る。
「いや、そんなことはない」
きっぱりとした声だった。
「これは俺が、自分で進んでやっていることだ。
本来なら、止めなきゃならん立場なのは分かっている」
少しだけ自嘲気味に笑う。
「生徒を連れてBランクダンジョンに入っているなんて、
正直……大っぴらにはできない話だ」
ガリオンたちは何も言わず、ただ静かに耳を傾ける。
皿の料理をつつき、酒を口に運びながら、誰も茶化さない。
「……ふーん」
ガリオンはハーデンの話を最後まで聞き終えると、杯を静かにテーブルへ置いた。
先ほどまでの軽い雰囲気は消え、場の空気が一段、引き締まる。
「……事情は分かった」
低い声でそう前置きし、真っ直ぐにハーデンを見据える。
「だがな、先生。
俺たちに声をかけた理由は、それだけじゃねえだろ?」
鋭い視線が突き刺さる。
「まさか、身の上話を聞いてもらいたかっただけ、なんてことはねえはずだ。
本題を話せ。あんたは俺たちに無駄話をしにここにいるわけじゃない」
ハーデンはその言葉を予想していたかのように、少しも戸惑わなかった。
むしろ、覚悟を決めた表情で、短く答える。
「……今日、ダンジョンボスの扉まで辿り着いた」
一瞬、言葉の意味が飲み込めなかったのか、ガリオンたちは目を見開く。
「……マジかよ」
誰かが小さく呟き、ガリオンが信じられないものを見るようにハーデンを見る。
「驚いたな。
まさか、もうそこまで行ったっていうのか」
「君たちが売ってくれた地図と、ビッグシェルの情報がなければ、
まず不可能だった」
ハーデンははっきりと告げる。
「遠回りを重ね、時間を浪費し……
最悪の場合、途中で撤退を決断していたと思う」
そして、言葉を区切り、真正面からガリオンたちを見つめた。
「俺たちは、どうしても黒曜麒麟の角を手に入れなければならない。
だから――」
静かだが、強い声音で続ける。
「黒曜麒麟までの道行きを、君たちに手助けしてほしい」
ガリオンはすぐには答えず、ハーデンを値踏みするように見つめる。
やがて、短く言った。
「……報酬は?」
一切の遠慮も飾りもない。
「タダで子供のお守りをするほど、俺たちは安くねえ」
ハーデンはためらわず、片手を広げる。
「五十万リル。
それに、セイカイダンジョンのボスまでの完全な地図を付ける」
ガリオンが思わず口笛を吹いた。
「……破格だな」
目を細め、問いを重ねる。
「なんでだ?
なんで、一介の教師がそこまで背負う必要がある?」
ハーデンは杯を取り、酒を一口飲む。
わずかな沈黙のあと、ゆっくりと語り始めた。
「俺たちは、運と奇跡に恵まれて、ここまで来た」
視線を伏せ、そして再び上げる。
「だが、奇跡はいつまでも続かない。
だからこそ、その奇跡を――角を手に入れ、全員で無事に戻るところまで、
繋げたい」
そして、深く頭を下げた。
「そのために、君たちの力が必要だ。
どうか、協力してほしい」
一瞬、酒場の喧騒だけが耳に入る。
やがてガリオンは立ち上がり、ハーデンの肩に手を置いた。
「……分かった」
その声は、先ほどまでの荒っぽさを失っていた。
「その依頼、引き受けよう」
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二人の手が、固く握られた。
交渉は成立した。
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