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番外編 女神の独白
裏切り続けた世界
しおりを挟む時刻は夕方過ぎ。
訓練を終えた二人の人物が宿舎にて別れの挨拶を交わしているところだった。
その二人とは、今日の午前中に孝志が訪れたヴァルキュリエ隊のシーラとモニクだ。
普段なら他にも一緒に宿舎まで帰る仲間が居るのだが、今日はこれから勇者達の歓迎パーティーが行われるみたいなので、殆どの隊員達はそちらを覗きに向かっている。
落ち着きのあるシーラはともかく、モニクは行きたがって居たが、まだ見習いとは言えいずれは王家の直属として仕える身。
こういった催しに野次馬として参加する事は出来ない立場にあるので、渋々身を引いた。
「それじゃあね、シーラちゃん」
「バイバイ、モニク」
私、シーラ・マスライトは手を振ってモニクと別れた。
今日の訓練も終わり、帰ったらゆっくり休むとしよう。
部屋に入った私は直ぐに服を脱ぐと、薄着のままベットへ身を投げ出した。
「ふぅ~子供の演技も楽じゃないわ」
私の名前はシーラ・マスライト……そしてもう一つ、誰にも明かしていない秘密の名前がある。
私のもう一つの名前は……
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
この世界で女神と呼ばれる存在……ティファレト。
それが私のもう一つの名前。
もちろん名前を騙っている訳ではなく、女神ティファレト本人である。
今は数百年ぶりに人の姿を借りて現界している。
……この世界の私はというと、人間に一切の興味や関心を持っておらず、どの様な災厄に人々が見舞われようと決して救おうとしない、薄情な女神だと言われている。
これは半分正解で半分は間違いだ。
正確には興味が無いのではなく興味を無くしてしまった。
──無くした理由はいくつもある。
ある時、国同士でとても大きな争いが頻発していた時代があった。
このとき私は人前に姿を現し、争いを引き起こした者達を説得する事を試みた……だが幾ら私が説得しようとも彼らは耳を傾けてくれず、争いは止まらなかった。
そして私が直接説得をしていた指導者達は、口煩かった私に対して怒りも有ったのだろう。
私の説得を無かった事にし『女神は我々を見捨てて居る!』と大々的に宣言し私を貶めた。
その後、この時代では数多くの国が滅んでしまった。
ある時は人間達が開発した兵器によって汚染されたひとつの大陸があった。
私は自らの力を行使し、一年以上も掛けて人が再び住める大地に生まれ変わらせる事が出来た。
その時は力を使い過ぎてしまい、数ヶ月は寝込んだのを今でも覚えている。
……しかし、それほどまでに苦労して浄化した大地をその大陸に住む人々は、数百年後に全く同じ兵器で争いを始め、再び人の住めない汚染された大地に変えてしまった。
もう今度は元に戻さなかった。
するとこの時も私が最初に助けた事が無かった事にされ、薄情な女神だと言われてしまった。
……薄情なのは一体どっちなのだろう?
本来、女神とは人間や人間界に直接干渉する事はなく、本当に存在するだけで何もしないものだ。
その証拠に、あちらの世界にも女神は居るが名前どころか存在すら認識されてはいない。
私がしてきた事は他の女神はしない、いわば情から来るボランティアみたいなものだった。
それなのに……
だから私は他の世界の女神と同じ無関心な女神と変わったに過ぎない。
──だがそれでも私は心から見捨てる事は出来ず、あちらの世界で事故死する予定だった人物を、死ぬ直前に特別な力を授けてこの世界に転移させた。
……ここでもいつの間にか話が曲げられ、私が誤って殺した事になっていたが……
その当時、この世界を絶望の淵に叩き落としていた魔王と呼ばれる存在が現れていたので、その魔王の討伐を任せるべく、私は彼をこの世界に呼び寄せた。
……ところが、後に初代勇者と呼ばれるこの男は最低なクズであった。
この勇者はとにかく女好きで、行く先々で女を誑かす様な男だった。
女性が嫌がろうと関係なく、夫や婚約者がいようと気にもしない最低な屑。
そして力だけは絶大だったので誰も逆らう事が出来なかった。
正直、魔王と相打ちになって無ければ、やむを得ずこちらから手に掛けていた程の有様だった。
ただ相打ちになった魔王は特殊な能力を持っており、死の直前、魔王を繰り返し誕生させる呪いをこの世界に残してしまった……本当に厄介な話だ。
次に魔王が生まれる時は、しっかりと性格を見極めていかなければ……私はそう考えながら次の勇者を探していたのだが──その必要は無くなった。
私が呼び寄せるまでも無く、この世界の人間達があちらの世界から一方的に呼び出す召喚術式を開発し、自らの手で勝手に呼び出してしまったのだ。
私が簡単に勇者の力を与えられる様に《あっちの世界からこちらの世界へ転移した者》が力を授かる様にしていた事を利用されてしまったのだ。
……この時は心底呆れ返った。
だから私は呼び出された勇者達を元の世界へ送り返し、予定通り事故や病気で死ぬはずの人間と入れ替えるように動いた。
…だが、すぐにそんな気は失せてしまった。
呼び出された勇者達はみんな薄情な連中ばかりだったからだ。
なんせ殆どの人間達はこの世界に来た瞬間に、自分達が元いた世界への関心を無くして大喜びしていた。
あちらの世界に残して来た家族や友人の事を話してる勇者の姿を見るのは極稀。
確かに、少しは帰ろうと模索する者も居たが、それは数ヶ月足らずの束の間で、魔王を討伐する頃には心変わりしている。
魔王討伐後に『あちらの世界へ送りますか?』と尋ねたら迷惑そうに断られるくらいに心変わりしてしまう。
これらの出来事をきっかけに、私は人間という生物は薄情で愚かな生き物だと判断を下し、勇者召喚を止める事もせず、こちらから手を貸す事は完全になくなってしまった。
ただ、私は手を貸す事こそ無かったが、それでも呼び出された勇者達の様子だけは定期的に見る様にして居た。
──そしてある日、そんな私の考えを改めさせる勇者を見つける。
──名前を松本弘子といった。
彼女は魔王討伐の旅をしながらも、ずっと元の世界へ帰る方法を探していた。
そして魔王を討伐したあとは王都を離れ、報酬として古びた古城をもらい、そこで帰る方法の研究に没頭する。
ただ、それでも数年も経てば忘れるだろうと、私は大して気にも止めて無かった。
この時の私は人間という生物を信じることが出来ないどころか、もはや憎しみすら抱いていた。
加えて人間に手は貸さない、と強い意志さえも抱いてしまっていたのだ。
……そして二十年以上が経ってから再び彼女を覗いてみた。
──まだ帰る方法を探していた。
彼女はあれから更に何十年の年月が経っても、ずっと帰る方法を探し続けていたのだ。
私は何十年も彼女を放置してしまった事を深く後悔し、元の世界へ帰すべく、直ぐに彼女の下に降り立った。
そして彼女を救おうと行動を起こすが結局は救えず、ぬか喜びをさせてしまったという最悪の結末を迎えてしまった。
この時の彼女の表情は決して忘れる事はないだろう。
私はこの出来事をきっかけに、人の世には彼女の様に強く誰かを思える人間が居るのだと考え直し、もう一度だけ人間と向き合う事にした。
──そしてそれから数百年の月日が流れ、私は直接人間界に降りる決断をするに至ったのだ。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
……まさか、たまたま地上に降りてきたタイミングで、あの時救おうとして救えなかった彼女の子孫に出会うなんて思いもしなかったわ。
私は出会ってすぐに彼が彼女の子孫だとわかった。
あの子と同じ遺伝子を彼から感じたからだ……そして何より──
彼の中に、あの時あちらの世界へ送り届けたはずのアルマスの姿が見えたのだ。
アルマスは気が付いていないようだが、私は直ぐに彼女の存在を認識する事が出来た。
もちろん、今回の勇者召喚にも私は関与していない。
そして当然、私がこのタイミングで現界しているのも狙ったのではない。
偶々、人の世で生きてみようと思ったのが今だっただけだ。
もう奇跡とかそういうレベルを超えている。
私が数百年も悔やんでいる、救えなかったあの子……その子孫と巡り合うなんて……罪滅ぼしをしろと言うのだろうか?
それならば──
「これも何かの縁ね……松本孝志、貴方に私の加護を授けましたよ?」
私は自身が持つ加護を孝志に与えた。
もちろん、橘雄星とか言うヤツが偶然獲得した【低俗な女神】の加護とは比べ物にならない最高の加護を。
そうね……加護にもいろいろ種類が有ったけど、彼にはあの加護が一番良いでしょう。
私は孝志との別れ際に茶番を演じ、その時にこんな加護を授けた──
【ティファレトの加護(ナイトメアタイプ)】
女神ティファレトより与えられた加護。
自身と敵対する相手の能力値を大幅にダウンさせる。
低下させる能力値は、相手の能力値が自身を上回っている程大きくなる。
また、自身に攻撃を仕掛ける相手に躊躇・戸惑いといった精神異常をもたらす事が出来る。
集団戦闘において殆ど狙われる心配はない──
彼は勇者にしては大分能力値が低そうだし、この加護がやはり一番有効でしょうね。
……もっとも、私に出来る手助けはここまで。
幾ら気に掛けていたあの子の孫だからと言って、これ以上甘やかすつもりはない。
あとは貴方の頑張り次第ですよ孝志。
……ま、まぁ、暇な時に?たまーに様子を見る位の事はしてあげようかしら?
──余談だが、孝志がザイスに追跡されていた時、無事にアリアンの元へ辿り着けたのは自らの豪運だけではなく、このティファレトの加護によるものが大きかった。
孝志が城を出る前にヴァルキュリエ隊の見学に行かずに、そのまま外出していたのならシーラに会う事は無かったので、このスキルの恩恵を受けられずザイスに殺されていた事になる。
アリアンと出会えた事もそうだが、この時の孝志の生還は数多くの偶然が引き起こした本当に奇跡的なものだったのだ。
もちろん、この事は孝志は疎か、実際にスキルを授けたティファレトですら知る事はない──
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