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4章 仮面の少女
彼女のこれから… 前編
しおりを挟む真っ暗な洞窟の真っ黒な扉の前で、小柄な少女に抱きつかれている、一人の男性が居た。
もし男性側が少女を抱きしめ返していたなら、互いに抱き合ってるという表現に変わっていただろう。
地面に置かれたランタンが、そんな二人を薄明るく照らし、その光景を神秘的な物へと変えている。
「そろそろ泣き止んだ?」
少し前から鳴き声が止み、震えも止まっているのだが、テレサは一向に離れようとしないので、思わずこちらから問い掛けた。
遠回しに泣き止んだのなら離れろと意味を込めている。
嫌だとか、そういうことでは無く、純粋に腰まわりが痛い。彼女がどれ程の力を秘めて居るのか分からないので、もしかしたら手加減しているかも知れない。
だが、俺的には抱き締められてる部位が非常に痛いのでかなりの力がある筈だ。
あと、冷静になると少し恥ずかしいから離れて欲しいという思いも少しあった。
だがテレサは離れる気が全く無いらしく──
「ううん、まだ泣いてるよ」
なんて嬉しそうな声で嘘を付く。
もうほんとに嬉しそうで明るい声だから、嘘だとハッキリ分かる。
それに泣いてる時って、人は泣いてるなんて言わないんだよ。そう言うヤツは基本、嘘泣きだ。
「離れなさい」
「あぅ……うう~もっとぉ~……足りないよ~」
俺は流石に腰が限界だったので、無理やりに引き剥がす。
テレサは、俺が引き剥がそうと引っ張ると、俺を傷付けないように力を緩めてくれたので、あっさりと剥がされてくれた。
本当にいい子だな~……多分、俺が相手だから特別なのでは無く、この子は誰に対しても優しいのだろう。
話をしていた時も誰かを悪く言う様な言葉を一度も口にしなかった……これだけ不幸なのにも関わらずだ。
「じゃあ、最後にもう一回頭撫でて……孝志すぐに辞めちゃっただろ?ね?だからお願い」
テレサはそう言うと、俺に頭を差し出してきた。
もうとんでもなく可愛すぎるのだが、この数十分で少し耐性が出来ていたので、動揺せず言われた様に頭を撫でてあげた。
薄汚れた洞窟に似つかわしくない、サラサラで綺麗な髪の毛。ランタンの影響も有ってか、黒髪でも俺には輝いて見えている。
テレサは目を細め、俺の手の温もりを噛みしめている様だが、俺も可愛い女の子の頭を撫でると言う喜びを感じている。
血の繋がらない女性の頭を撫でるなど初めてだ。
弘子の頭だって、撫でてやったの相当な昔だぜ?
「~~~くぅ~……嬉しいな……へへ、お母さんとお父さん以外で撫でてくれたの、孝志が初めてだよ。嬉しいな……今日が人生で最高の日だ、ありがとね」
「……いい加減に可愛いことばっかり言うの止めてくれない?口を開けば可愛いかよ」
普段なら思っていても心の中で留めておく様な台詞だが、思わず口に出して言ってしまった。
「ッ!……も、もう慣れたよ。た、孝志には可愛く見えるんだもんね!可愛いんだ、僕って可愛いんだ…!嘘みたい……へへ」
可愛いかよ可愛いかよ可愛いかよ可愛いかよ!
もう俺、勇者とか使命と捨てて此処で暮らそうかな?テレサちゃんはマジで歓迎してくれそうだし。
もう使命とかどうでも…………ッ!?
俺は頭の中で使命という言葉を思い浮かべた事で、ある重大な事を思い出した。本当に忘れてはいけな大事な使命はあったことを……
さっきまでは脳がとろとろで忘れていたが、俺は勇者として獣人国へ行かなければならないんだった!
しかも飛ばされたのがいきなりだったので、皆んな心配している筈なんだ。
俺はナデナデタイムを中断し、その場で腰を落としてテレサの肩に手を置く。
そして顔と目線を彼女の高さに合わせた……これから大事な話をする為に。
しかしテレサは──
「……え、あ……ちゅーするの?」
なんて勘違いをかましてくれた……それも真っ赤な顔で。
もし性別が逆だったらセクハラになりそうだ。
……いやもう、したろかマジで。
……いや、すごく大事な話なので、ここは真剣に行こう。
俺はテレサの問題発言を無視する形で話を進めた。
「実は、今かなり重要な任務の途中なんだよ。だから直ぐにでも獣人国に行かないと」
この一言で、直前まで真っ赤だったテレサの顔に影がさした。
「──あ……そ、そっか。そうだよね。ずっとは一緒に居られないよね」
テレサは顔を伏せて悲しそうにするが、直ぐに顔を上げ、頷きながらそう言ってくれた。
気持ちは分かるが、そんな悲しそうな顔をされると辛いものがある。
「じゃあ、しばらくバイバイになるね……ねぇ、もちろんまた会えるよね?」
力なく手を振るテレサは、不安そうに聞いてくる。
それを聞いた俺は、道具袋から時計を取り出して時間を確認した。
「予定は後3~4日だから、この時間だと何日後にこれる?」
「僕って暇だからね。じゃあ毎日この時間は此処に居る事にするよ……あ!無理とかしてないよ?ここでに居るのは僕にとっては苦では無いから」
へへ、と痛々しく笑顔を作りながらテレサはそう言う。
ここを出る時にしっかり地形を覚えておかないと……先ほどアルマスからチラッと聞いた話だと、洞窟内の一箇所だけにマーキングを施す魔法をアルマスが憶えていた。
目を覚ましたらこの場所をマーキングして貰っていつでも来れる様にするか。
あと、アルマスにも色々と事情を説明しておかなくいとな……
「用事が終わったら必ず来るから、信じて持っててくれる?本当は場所も変えたいけど、ここが気に入ってるんだよね?」
「うん……ここが良い。孝志に出会った想い出の場所だしね……でも、ここでしか会えないって寂しいね、やっぱり」
「……そうだな」
本当に俺と離れるのが嫌なんだと思う。
今回に限っては自惚れではなく、本当にそうだと思う。だって、テレサにはまともに話せる相手も、顔を合わせられる相手も俺一人しか居ないのだから。
テレサがどこまで強いかは解らないが、少なくとも俺よりは強い。そして呪いがある以上、アルマス達でもテレサの相手にはならない。
なので、力尽くで引き留める事も出来るのだろうが、そんな事をするそぶりすらみせない。
こんな優しい子の希望となった俺が、この子を置いて行っても良いのだろうか?
俺は悲しそうだが、俺と目が合うと嬉しそうに微笑みを返してくれる可愛いらしい少女。
そんな彼女を見て俺は考える。
──どうにか一緒に行く方法は無いだろうか?
此処で会う約束はしたけど、この旅がスムーズに行くとは思えない。
下手したら向こうでトラブルが起こって、それこそ一月会えなくなる可能性だってある。
確かに彼女の呪いは強力だ。
俺にこそ全く効かないが、アルマスやミーシャを見てしまうと、尋常なものでは無いと分かる。
それでも、何か抜け道が有るかもしれない。多少強引でも、周りに迷惑を掛けずにテレサを連れて行く方法が……
また会えると約束をしても、ここでしばらく別れるものだと思っているテレサは悲しそうに、そして名残惜しそうに俺の方を見ている。
──しかし、そんな彼女の思いとは裏腹に、俺の中には既にテレサを置いていくなんて選択肢は存在しなかった。
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