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6章 勇者と、魔族と、王女様
マリアとネリー
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~マリア視点~
「はぁ~~……」
マリアは深い溜息を吐いた。
昨日、全く身に覚えのない罪で拘束され、一夜明けた今も軟禁状態が続いている。
外の状況が判らないのでこれから自分がどうなるのかも判らない……だから、もしかしたらこのまま永遠に軟禁され続けるのかもしれない……なんて突拍子も無い考えが頭を過ぎる。
最悪な結末をマリアは何度も思い浮かべてしまい、昨日は全く眠れなかった。
なので目にはくまが出来ており体調も優れない。
そんなナーバス気分でマリアが落ち込んでいると、何者かがノックもせずに入り口の扉を開け、部屋の中へと入って来るのだった。
椅子に座ったまま顔を伏せていたマリアだったが、不躾な訪問者が気になり顔を上げそちらへ視線を向ける。
……すると、そこにはネリーの姿が有った。
てっきり教育のなっていないメイドが朝食か何かの用件で訪れたと思っていたマリアは、意外すぎる訪問者に目を丸くした。
因みに、今のネリーは親衛隊を一人も連れて居ない……一人きりでの訪問である。
入って来たネリーは、まず椅子に座ったマリアを確認した後、部屋の中を見渡した。
そして軟禁状態とは言え、部屋の構造が王族の私室と代わり映えしないほど綺麗な事に安心すると、再びマリアの方へ視線を戻す。
「ふん……可哀想だから様子を観に来てあげたわ、感謝なさい……?──ッ!!」
最初は小馬鹿にした表情だったがマリアの顔が見えると、眼の色を変えて彼女の元へ駆け寄った。
「貴女、大丈夫ですの?!目にくまが出来てましてよ!?」
「……あ」
そう言われマリアは、自分が一睡もしていない事を思い出す。
そして、ネリーが自分を心配してくれてた事で『昨日の彼女は幻覚では無かったんだ』……と嬉しく思い、彼女を安心させる様な言葉を返した。
「──ふふ、大丈夫です……お姉様のお顔を見ましたら元気が湧いて来ました。来てくれてありがとうございます」
「ッえ?!あ、そ、そう、それは良かったわね…!オーホホホホ!!」
顔を真っ赤にして照れ隠しに笑うネリー。
それを観てマリアの心はさっきまでと真逆で、晴れやかなものへと変わった。
「(おかしいですね。今までは姉と顔を合わせたら気分が悪くなって居たのに、今はこんなにも嬉しいだなんて……それにお姉様は、この短期間にどうして心変わりしたのかしら?)」
そしてマリアは考えた。
もしかしたらネリーも口には出さないだけで、身勝手な振る舞いをするだけの理由が何かあるのかも知れない、と。
今の自分を気遣うネリーの姿が、まだ自身が幼かった頃の……あの優しかったネリーとぴったり重なったのだ。
「悪かったわね……お父様を探しているのだけど、何処にも居ないようなのよ。だから、もう少しだけ大人しくしてなさい」
「ふふ、ありがとうございますお姉様、私の為に」
「~~……き、気が狂うわね!あんた本当にあの生意気なマリアなの!?」
──それはこっちのセリフです。
……そう言い返したかったが、マリアは言葉を飲み込んだ。
確かに今の姉は別人のようだ。
だからこそ余計な指摘をして、今の優しいネリーを困らせる様な事をマリアはしたく無かった。
……例え、今の姿が気紛れなものだとしても。
そうやってマリアが言いたい事を口に出さずに居ると、ネリーは眉間にシワを寄せながら、少しイラついた口調でマリアへ話しかけた。
「──貴女はいつもそうよね」
「え?どういう事でしょう?」
「とぼけないでくれる?……貴女はそうやって、いつも何かを言いたそうにしていても、結局は何も言わないじゃない……そういう所が嫌なのよ」
「…………」
マリアは椅子に座りながら、黙ってネリーの話を聴いていた。
そして、気を遣って黙っていた事が、逆に不快感を与えてしまったと苦笑いを浮かべる……もちろん、ネリーに気付かれない様な小さな苦笑い。
「(そうね。折角ですし、この機会に普段から気になっている事を聞いてみるのも良いのかもしれないわね)」
マリアは意を決してネリーにある事を尋ねるのだった。
「それではお言葉に甘えて──お姉様……一つ、おかしな事を聞いても宜しいでしょうか?」
「なぁに?」
「え~と……あの……どうして、急に私達に冷たくなられたのですか?」
「…………最初からそうでしょう」
ネリーからの答えに、マリアは首をぶんぶん横に振りながら反論する。
「違いますッ!!お姉様は、確かに私にはずっと前から厳しかったですが、いつの間にかブローノお兄様やシャルロッテにまで冷たく当たる様になりました……私やお兄様たちが、何かお気に召さない事でもしでかしましたか?」
「……はぁ~……何を気にしているのかと思ったら、そんなのどうでも宜しいでしょう」
今の反論が余程気に入らなかったのだろう。
ネリーは心底嫌そうに表情を歪め、今の話はどうでも良い事だと切って捨てた。
だが、否されたマリアも負けじと食い下がる。
「しつこいと思うかも知れませんが、お聴きになる様に促したのはお姉様ですっ!責任持ってお答え下さい!」
「はぁ~~……聴いて後悔するわよ?」
「か、構いません!」
【後悔】という単語に一瞬だけ躊躇ったマリアだったが、臆せず問い掛けを続ける。
そして、ネリーは仕方なくといった表情で話始めた。
「そうね、簡単な話よ────貴女も、ブローノも、シャルロッテも……存在がムカツクから冷たく扱っているのよ」
「……ッ!……そう…………ですか」
『(まさか、そんな理由で……)』
──訳を聴いたマリアはネリーに失望した。
同時にショックも受けた……存在そのモノを否定されてはどうしようも無い……きっとネリーと分かり合える日が来る事はあり得ない事だ、と。
ならば今も気まぐれに優しくして居るだけで、その内いつものネリーに戻ってしまうだろう。
マリアは喪失感を覚えながら、胸に灯ったネリーへ対する愛おしい思いが薄れてゆく。
……だがネリーの言葉には、まだ続きがある様だ。
「──貴女には解らないでしょうね?」
「え?」
ネリーは遠慮などせず、激しい口調で内に溜まった鬱憤を吐き出した。
「──私が今まで、どれだけの努力をして来たと思ってるのッ!?間違いなく、貴女やブローノよりも、私の方が勉強したわ!貴女が趣味のゲームを楽しんでいる間も、私は寝る間も惜しんで一生懸命に頑張ったわ!!それなのに……貴女は、ほんのちょっぴり努力しただけでいつも私の上を行ってたじゃない!!」
「……あ……え?」
「ブローノだってそうでしょう!?人望なんて無くても、自分一人の力であそこまで登り詰めたでしょう!?私は自分一人じゃ無理だと悟ったから周りに声を掛けたけど……私にはブローノと違って人を観る目が全く無かったからロクでもない人達ばかりが集まって来てっ!!」
「あの……お姉……さま」
ネリーは止まらなかった。
まるで貯め込んでいたモノを吐き出すかの様に……
「挙げ句の果てにはシャルロッテよ!あの子は5歳っていう幼さで、私以上の知恵を発揮する様になったでしょ?!」
「……あ……ぁ……そんな、うそ……」
──この一言で私は思い出した。
自分に対してはずっと厳しかったお姉様だったけど、そんなお姉様が決定的におかしくなったキッカケが確かにあった。
それは、シャルロッテが5歳という幼さにも関わらず、勉学でお姉様を上回る成績を収めた時だったはずだわ。
今はともかくとして、あの当時のお姉様は幼い子に負けるほど馬鹿という訳ではなかった。
ただ単に、シャルロッテが天才過ぎた……私ですら数年すれば追い越されるでしょう。
普段はそんな風には見えないけど、シャルロッテはそれ程の才を秘めた子。
……にも関わらず私は、最低な事に、あの時から自分に対してだけ厳しかったお姉様を嫌い、心の中で侮辱してしまっていた……
なんて妹なのよ私は……王族以前の問題だ……実の姉の苦しみにこれっぽっちも気が付け無かったなんて……
「……どうして……一番早く生まれて来た私が誰よりも下に居るのよ……全てを諦める迄は、いつか天才のアンタ達を見返そうと思っていたのにっ!寝る間も惜しんで勉強しても無駄だった!私がする事は何もかも無駄だったわよ!何たってあんな幼い子供に負けるのだからねッ!!」
「お、お姉様……そんな……そんな事は……」
どうして、そんな思いを今まで言ってくれなかったのか?どうして自分は察してあげられなかったのか?
そんな例えようのない後悔がマリアの中を渦巻き、いつのまにか目蓋から涙が溢れ出していた。
「ああ……あの……ご、ごめんなさい、お姉様……わたし……しら……な……くて……うぅ……ごめんなさい」
──私は、王族は優秀で当たり前だと思っている。
だから、成果を上げないお姉様を怠け者だと決め付け、蔑んでいたし軽蔑もしていた。
……だけど、良く思い出して見れば、実際にお姉様が遊ぶ姿を見掛ける様になったのはシャルロッテの件があってからだ。
……きっとお姉様は、あそこで完全に折れてしまったんだ……心が。
私は、何でも出来るブローノお兄様に憧れたし、シャルロッテの賢さをいつも褒めていたわ。
そして私にとってのお姉様という存在は、意地悪でどうしようもない人だ……私はずっとそう思い込んでいたけど……お姉様は意地悪なだけで、どうしようもない人間では無かった。
──無意識とはいえ姉を、兄妹から爪弾きにして孤独な思いをさせてしまって居たんだと……マリアはこれまでのネリーへ対する態度に心から後悔した。
──苦しい……お姉様はどれだけ長い間頑張って来たんだろう?そう考えると本当に心が苦しい……
「…………あ、ぅ……い、今のは冗談よ!忘れなさい」
マリアの涙を見てネリーは我へ帰るが、既に遅い。
今のネリーの悲痛な叫びは、後悔と共にしっかりマリアの心に刻み込まれた。
これからマリアが姉を蔑むような時は、もう二度と訪れない事だろう。
「……ぐすっ……ふ、ふふ、冗談だなんて……そんな訳ないでしょう?」
「くっ!相変わらず嫌な子ね…!貴女は…!」
いつまでも泣いてはダメだと、マリアは涙を何とか止めてネリーとしっかり向き合う。
「……ねぇ、お姉様」
「な、なによ?さっきから喋り過ぎよ?」
「私、最初は捕まって嫌でしたけど、今は本気で良かったと思っています」
「え?」
「こうして、お姉様の心に気付けたんですもの」
「…………」
「どうか……馬鹿でどうしようもない妹を許して下さい」
「…………」
「…………やっぱりダメですか?」
「うっ…………よ、良く眠って元気になれば、考えなくもないですわ!」
その言葉に従い、マリアは椅子から立ち上がってベットの中へと入った。
「ふふ、元気になれば許してくれるだなんて……お姉様、本当に優しい」
「うるさい!早く寝なさい!」
「はぁ~い……お姉様、お休みなさい」
「………………………………お、お休み」
「お姉様」
「こ、今度は何よ!?しつこいわね!?」
「……このままだと眠れそうにありません」
「そう、睡眠魔法が扱える魔法使いでも連れて来た方が良いかしら?」
「いえ……そうでは無くて……」
「?」
そう言うとマリアは肩までしっかと被っていた布団の中から左手を出し、その手をネリーへと差し出した。
「その……お姉様に手を握って頂けたら、安心して眠れそうなんです……けど?」
「ぶふぁッ!!」
「あ、唾が顔に……」
「あら、ごめんなさい……じゃないわよっ!!ば、ばばバカ言ってんじゃないわ!そんな事する訳ないでしょ?!」
かなり激しく断られたが、マリアは布団を鼻まで被り、甘えるような上目遣いでネリーを見つめる。
「本当にダメ……?」
「あ、当たり前でしょ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ッ」
「…………ダメ?」
「~~!!──こ、今回だけよ!本当に!今日の貴女は死ぬほど面倒くさいですわ!!もう!もう!もう!」
ネリーは激昂し地団駄を踏むも、差し出されたマリアの左手をしっかりと握り締める。
そんなネリーをマリアは微笑みながら見詰めるが、観られているネリーは視線に気付かないフリをしてマリアが寝るまで恥ずかしそうにそっぽを向き続けた。
「お姉様……私達、きっとやり直せますよね?」
「…………知らないわよ、そんなこと」
「ふふ、今度こそお休みなさい、お姉様」
「…………おやすみ」
──そしてマリアは、ネリーに手を握って貰ったまま安心して眠りに着くのだった。
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