貸本屋七本三八の譚めぐり

茶柱まちこ

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十月『蹴鞠童』

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「例えば、一軒の小さな駄菓子屋が建っていたとしよう。そこは一人の老婆がやっとこさ切り盛りしている店だったが、それでも長年潰れることがなかった。なぜだと思う?」
「売ってるお菓子が美味しいから?」
「……婆さんが子供好きだったからとか?」
「では、その店の菓子は美味くて、老婆はとても子供好きだったとしよう。子供たちは小遣いを握りしめて他の駄菓子屋ではなく、老婆のいる駄菓子屋を選んで訪れる。なぜか? それはそこで売っている菓子がとても美味いと評判で、老婆も訪れる子供たちをたいそう可愛がっていたからだ」
「ある日、老婆がいなくなり、別の者が店を継いだとしよう。その者は経営難を憂慮し、駄菓子を安いものに切り替えて、さらに子供たちの目を引くように玩具を売るようにした。すると、途端に子供たちはその店に来なくなってしまった。なぜだと思う?」
「そりゃ、美味いお菓子が欲しいのに買えなくなったら嫌でしょ」
「優しい婆さんにも会えないなら行く意味も無くなるってもんだ」
「そう、大正解。つまりはそういうことだよ。彼は、それを分かっていなかった。ただそれだけだよ」

 ――開店から四十年余り。商人の街・棚葉町に息づいてきた譚本中心の古本屋・草村堂はその歴史に幕を下ろした。同じく譚本を扱う七本屋のもとへ、佳孝が店に置いてあった譚本を売りに訪れたのは、先代の草村伝吉が逝去してから二週間足らずの出来事である。
 棚葉町には現在、ある噂が人々の間を飛び交っている。

『草村堂にはどうやら本当に座敷童子がいたようだ。店主は座敷童子に名前をつけて、たいそう可愛がっていた』
『草村堂の店主の息子は座敷童子を気味悪がり、父親が死んだ瞬間に追い出してしまった』
『座敷童子を邪険に扱ってしまったから、罰が当たったのだ』

 ――と。
 棚葉町の西端に位置する草村堂に現れた座敷童子。しかし、その噂も初めのころは、七本屋のある東端までは及んでいなかった。三八も唯助も世助も、相談されるまでは座敷童子のざの字も聞いていなかったのだ。それが今はどうか――『草村堂は座敷童子が消えたから潰れてしまった』という噂は、佳孝から伝えられるまでもなく、人の口を伝って七本屋まで届いた。
 座敷童子が消えたというのに、噂はおさまるどころか冬の山火事のように広がり続けている。それも、以前のような良い噂ではなく、悪い噂としてだ。

「望みは叶ったのにな。皮肉な話だぜ」
「……」

 世助に対して、唯助は何も返さなかった。閑散とした七本屋の店内から聞く賑やかな町の人々の声は、実際の距離に反して随分と遠く聞こえた。

「……どうしたら、良かったんだろう」

 佳孝の願いは座敷童子の騒動をどうにか鎮めることにあった。だから、根本的な原因である座敷童子を何とかして欲しいというのが、彼の依頼であった。
 しかし、この願いは『いつも通りに店を営業したいのに、それが叶わないからなんとかして欲しい』という点にこそ重きがあったはずだ。佳孝の願いは本来、そういうものであったはずなのだ。

「佳孝さんも、座敷童子と上手く付き合えてたら……もう少し違う未来があったのかな」

 唯助のため息混じりの呟きに対し、世助は何も言わず、ただそっぽを向いた。居心地悪そうに眉根に皺を寄せ、まるで唾を吐き捨てる時にでもしそうな顔つきである。

「座敷童子がいようといまいと関係なかったんじゃないかな。小生はそう思うよ」

 臙脂色の暖簾の向こうから、作業をしている三八の声がした。その口ぶりは随分と素っ気ない。十年来の付き合いがある店ともなれば普通、情の一つも湧いてもいいなずなのに、三八の反応はあまりにも淡白だ。二人は面食らった。

「随分ハッキリ言い切るじゃねえか、あんた」

 世助がややトゲのある返し方をするが、三八はそれを気にしているのかしていないのか分からない。本をぱらぱら捲る小さな音だけが、やけに響いて聞こえる。

「……おっさん、あんた気づいてたな?」

 三八が何も言わず作業を淡々と進めているのに対して腹を立てたように、世助は彼をなじった。

「駄菓子屋の例え話ができるってことは、あんたは草村堂に人が来なくなった理由を知ってたってことだろ。座敷童子の悪戯で駄目になった絵譚本がまるっと減った分、術本の数が明らかに増えてた時点で、あんた佳孝さんに指摘できたんじゃないのか? ――前の店の雰囲気を壊すなって、なんで教えてやらなかった」

 伝吉が亡くなり、座敷童子もいなくなった草村堂のその後を気にかけた三人は、一度だけ様子見で草村堂を訪れていた。そこには、双子でも気づけるほどの確かな違和感があった。まだ推理も未熟な双子にとっては単なる違和感であったのだが、洞察力に長ける三八には、その違和感が何を意味していたのか、その時既に悟っていたはずなのだ。
 ゆえに世助は、腑に落ちないのである。なぜそれを言わずに、草村堂が潰れるまで放置したのか。
 長い付き合いがあるにもかかわらず、親しくしていた伝吉の息子であったにもかかわらず、同じ譚本の商人として交流があったにもかかわらず、なぜその店を見殺しにするような真似をしたのか。

「なぜ、小生がそこまでしてやらなくてはならんのだ」

 世助の鋭い追及に、三八は尚も淡々と、否、冷淡に答えた。ぎゅっ、と世助の口から歯を噛み締める音が僅かに聞こえる。

「あの男の最終的な依頼は『座敷童子を消すこと』、小生らはそれを果たしたまで。そこから先は小生らの介入するべきところではない。それに、言ったろう。座敷童子がいようといまいと、展開は変わらなかったよ」

 三八は捲っていた本を棚に戻しながら、手元の紙に何かを書き込んでいる。こりこりと鳴るペンの音が妙に背中をチクチク這うようだ。

「あの店は伝吉殿がいたからこそ、あの店として成り立っていた。伝吉殿は昔から近所の子供たちに慕われるほど子供好きな老人でね。昔から世話になっていた子供たちが大人になり、そのまた子供たちが店を訪れ、老人とゆったり語らいながら絵譚本を読み耽る。そんな店だったんだ。佳孝殿の考えたことも分からんではないが、あれは正直、店をやっている立場として呆れた。唾棄すべきものだったよ」
「……そんな言い方しなくても」

 黙っていた唯助も、その言い草にはやや批難気味であった。先代から続く店の雰囲気を変えてしまった点は浅はかだったにしろ、佳孝とて再び草村堂を盛り立てようとしたのだ。その努力に対し『唾棄』という言葉を用いるなど、あんまりである。
 臙脂色の暖簾の向こう側を睨む双子に対し、三八は唐突に言った。

「世助はまだ会ったことがないか? うちの店によく来るチユという三歳の女の子がいるんだが」
「? あぁ、一回だけ会ったことがあるけど」
「とても可愛い子だったろう。人懐っこくて肝が据わっていて、人見知りもほとんどしない。音音にもよく懐いているし、小生のことも『おじちゃん』なんて呼んでくれる」

 三八はどこかの関節を鳴らして立ち上がると、ようやっと臙脂色の暖簾をくぐって店内に出てきた。

「あの子は絵譚本が大好きなんだ。なら、あの可愛い子のためにも、面白い絵譚本を用意してあげたいとは思わんか。あの子にどんな本を読ませてあげようかとか、こんな本なら喜んでくれるんじゃないかとか、考えるだろう?」
「まあ、そりゃぁ」

 世助も一度しか会っていないが、唯助に聞いていた通り、大変素直で可愛らしい子供であった。初対面の自分に握手を求めてきたり、遊ぼうと声をかけてきたり、唯助が撃ち抜かれるのも納得の人懐っこさであった。あの笑顔のために、世助もなにか彼女を喜ばせてあげようと色々考えたものである。
 ――そこまで想像して、世助は三八の言わんとしていることをようやく察した。

「最終的に本の金を払うのは大人である親だ。子供は利益だとか店を助けるとか、そんなことは考えてはくれない。そう考えたのが、あの男の失敗した原因だよ。伝吉殿のすぐ側で働いていたのに、彼は何も学んでいなかった。今更小生が何を言っても無駄だろうさ」

 冷淡すぎる三八に怒りが湧いていた世助も、ふっと火が消えたように冷静になった。内心で三八を非難していた唯助も、それ以上続ける気は起きなかった。
三八は双子の突っ立っている場所を横切り、店先の硝子戸を開け放つ。

「さて、音音の掃除も終わったし、今日も元気にやっていこうか!」

 閑散とした店内に、町を行く人々の声が流れ込む。三八はいつもの珍妙な笑顔で、訪れるかも知れない客を待ち侘びるのであった。



 十月『蹴鞠童』・了
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