貸本屋七本三八の譚めぐり ~熱を孕む花~

茶柱まちこ

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序章

その一

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一体、どれほどの血が私から流れたのだろう。
傷が痛くて仕方なかったはずなのに、今はもう分からない。
ここまで歩き続けた脚の感覚も、とっくになくなった。
暦はもう五月になったというのに、この地はまだうっすら肌寒くて、
けれどその寒ささえ、私はもう感じ取れなくなっている。
それでも歩き続けなければいけなかった。
緑が萌え始めた早朝の野原を、二本の棒切れにボロ布を提げたような有様の私が歩いている。
ここではないどこかへ、ここよりも遠いどこかへ。
朝露に濡れた草花たちに目を奪われている余裕なんてない。
もっと遠くへ行かなければ、できるだけ遠くへ行かなければならないから。
――……あれ、私はどこからやってきたのだろう。
――どうして、遠くに行かなければいけないのだろう。
私の心が、私の体をうるさいくらいに急き立てる。
――そういえば、私はどうしてこんな怪我をしているの。
――どうしてこんな怪我をしたまま歩き続けていたの。
私の心の臓が鼓動を打ち始める。
危機に瀕した生命が鳴らす、今際の鼓動だった。
――私はどこへ向かっていたの。
――分からない。
――私は何をしていたの。
――私はどこにいたの。
――分からない。
私の脚は、そこから動かなくなった。
力が入らなくて、膝から地面に落ちていく。
――私って、誰。
――私って、何。
――ああ、嫌よ。
――こんなの嫌。
――私が崩れてしまう。
支えきれなくなった私の体が、草花の中に落ちていく。
湿った土の匂いが鼻をかすめる。
私の全身はぴったりと地面に密着してしまった。
地面の上で溶かされて消えていく、名残の雪のように。
――私が無くなってしまう。
――私でなくなってしまう。
――誰か、助けて、
――私は、私は、わたしは、
「……い! おい、あんた! 大丈夫か!?」
地面と私との境界も分からなくなりかけていた、その時だった。
遠のいた意識の向こう側から、私を呼ぶ声があった。
まだ若くて可愛いげのある、男の声だった――。
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