秘密メイクシンドローム

岩久 津樹

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第一の秘密

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 六時間目の日本史の授業が始まった。満腹感と、日本史の教師の優しい声が眠気を誘う。頰杖をつきながら、取り敢えず黒板に書かれた文字を写しているが、内容は全く頭に入っていない。今にも閉じそうな瞼との格闘を繰り広げていると、目の前に座る白石さんの背中が大きく揺らいだ。どうやら白石さんも眠気と格闘しているようだ。僕と同じように頰杖をついて、右手に持ったシャープペンシルが動いている気配もない。
 どのような寝顔をしているのだろうか。寝るときはどのような部屋着を着ているのだろうか。頭の中で様々な妄想に耽っていると、眠気が去った。だからといって、授業をまともに受けようとも思えず、僕はまた、白石さんと共有するための秘密について考え始めていた。
「なあ、昨日のアッパレ見た?」
「見た見た」
 右隣に座る男子生徒が、そのまた右隣に座る男子生徒と小声で話しを始めた。やはり「アッパレ!」は人気の番組のようだ。普段クラスメイトの会話が気になることなどないのだが、今日ばかりは聞き耳を立ててしまう。
「サツキちゃん可愛かったよな」
「超可愛かった。最近毎日テレビ出てるよな」
 二人とも番組の内容には一切触れず、出演していたアイドルの話題ばかりだ。何か秘密についてヒントを得ようと思ったのだが、どうやら時間の無駄のようだ。僕は小さく溜息を吐きながら、再び白石さんの背中に目線を移す。と、その刹那、白石さんの肩が大きくて跳ね上がった。
「ふっ」
 どうやらうたた寝中によく起きる、ジャーキングと呼ばれる筋肉の痙攣が白石さんを襲ったようだ。
 それにしても、思わず声に出して笑ってしまった。もし白石さんに気付かれていたら、僕は嫌われてしまうだろう。他人の不意の恥を笑うなんて、僕はなんて最低な人間なのだろうか。僕に白石を好きになる資格なんてない。いや、まだ分からない。先ほどの笑い声が白石さんに聞こえていないのであれば問題ないのだ。しかし、白石さんが僕の笑い声を聞いていたか否かを確かめる術もない。まさか「僕の笑い声は聞こえた?」なんて質問をするわけにもいかない。結局のところ気にしないことだ。そう自分に言い聞かせて、黒板の文字と睨めっこをするが、全く頭に入らない。
「それじゃあ宿題配るから、来週までにやってくるように」
 授業の終わりに、日本史の教師が宿題のプリントを配り始める。暫くすると白石さんが後ろを振り返り、僕にプリントを渡してくれた。そこで一瞬目が合う。彼女は何か言いたそうにしているように見えたが、すぐに視線は外れて前を向いてしまった。一体何を言いたかったのか。もしかして、やはり先ほどの笑い声を聞かれてしまったのだろうか。確かに白石さんの表情には、困惑とも取れるような感情が張り付いていたように思える。いや、きっと気のせいだ。考えすぎだ。
「おーい黒田、早くプリントくれよ」
 後ろの席の緑川の声で我に返る。急いで振り返り「ごめん」と一言添えながらプリントを渡した。緑川は「サンキュー」と、爽やかな笑みを浮かべて、隣の席の女子生徒と話しを始めた。
 僕も緑川のような社交性があればよかったのに……。
 緑川を見ていると自分が惨めになる。そして、そんな自分のことが嫌いになる。一体何処で道を踏み外したのだろう。どうしてこんなにも卑屈な性格になったのだろう。明確な理由があれば諦めもつくのだろうが、思い当たる節がない。きっと生まれつきの性格なのだろう。
 そんなネガティブな考えを巡らせていると、授業の終わりのチャイムが鳴った。
「さっき……見た?」
 帰りのSHRが始まる前の時間、突然白石さんがこちら振り返り言った。少しばかり頬を赤らめた様子の彼女に、僕は絶望をした。やはり笑い声は聞こえていたのだ。どうすればよいのだろうか。見ていないと言えば誤魔化せるだろうか。十秒ほど固まった後に、覚悟を決めて僕は言った。
「う、うん。うたた寝してたんだよね?」
「やっぱり見てたんだ。恥ずかしい……」
 白石さんはさらに顔を赤らめ、そして人差し指を立てて鼻先にそっと添えて言った。
「みんなには秘密だよ?」
 その瞬間、心臓が飛び出るような胸の高鳴りを感じた。どうにかして白石さんと秘密を共有したいと昨夜から考えを巡らせていたのに、まさか白石さんから「秘密」という言葉が飛び出すなんて。
「うん。誰にも言わないよ。秘密にする」
「ありがとう。ねえ、うたた寝してると体がビクってなる現象に名前とはあるのかな?」
「ああ、それならジャーキングって言うらしいよ」
「へえ、ジャーキングかあ。あはは、なんかそれだと格好良く感じるね」
 そう言って笑う彼女に、僕も釣られて笑みを浮かべた。その時、担任の教師が教室に入ってきて、白石さんは体を前に向けて会話は途切れた。この三年間、ここまで長い間会話を交わしたことがなかった。これが秘密の効果なのだろうか。僕は高鳴る胸を抑えられずに、しばらく薄気味悪い笑みを浮かべていた。
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