【R18】【完結】早逝した薄幸の少女、次の人生ガチムチのオッサンだった。

DAKUNちょめ

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ずっと好きだった。見詰めずには居られぬ程。自分でも気付かぬまま。

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ドアに食われる様にリヒャルト王子の私室に引きずり込まれた俺は、俺を食ったドアに背を寄り掛からせてズシャッと尻もちをついた。

虚を突かれたとは言え、腰を抜かしたようなみっともない姿勢で困惑の表情を浮かべる。



「で、殿下?あのー…」



確かに今日の俺は隙だらけの様だ。

背にはドア。俺は地べたに両手と尻をついた状態になっていた。

そんな俺の顔を覗き込むリヒャルト王子は俺の前に膝立ちになり、俺の頭を両腕で挟むようにして、俺が背にしたドアに両手をついている。



狭い檻に囚われた様な状態。

俺が身体を動かせる空間が見当たらない。



━━にっ逃げれん…!━━



『憧れの壁ドン、いえ、ドアドン!』



脳の片隅で、小さなお花畑が見えた気がした。

そのお花畑から、弾むような声での意味不明な単語が聞こえた気がしたが……

何だ、その何とかドンとかゆーのは。

古代竜の仲間か。 





「なんだい?オズ。」


困惑気味の俺の言葉に応えるように、リヒャルト王子殿下が返事をする。

俺が寄りかかるドアに両手をついた殿下は、互いの吐息が掛かるほど近い距離まで顔を近付けてくる。



唇こそ肌に触れては来ないが、筋の通った高い鼻の頭をかする程度にわざと俺の頬やこめかみに擦り寄せてくる。

この、敢えて中途半端なスキンシップを繰り返す殿下の行為は俺を混乱させ、思わず口走ってしまうのを誘導しているのだろう。



俺が自分の事を『私』と呼んでしまうのを。

いや、絶対に引っ掛からんからな!



「オズ…いつも…ずっと見てたよ。」



「見てた…んですか。」



…殿下が俺をか?見つめてたって事か?

俺を相手に、恋が出来るとか言ってしまう位だからな。


一体、何をきっかけに俺となら恋愛を出来るだなんて世迷い言を言う様になったんだか分からないが…趣味が悪いのでは?

何だか気の毒な気さえしてくる。




「そう、いつもいつも…見ていたよ。

オズが僕を。」



「ブフォッ!!」



思い切り噴き出してしまった。

まさかの、俺が殿下を見ていたって?

そんな、殿下が俺を意識してしまう程に?




「そ、そりゃ見るでしょうね!

俺は殿下の警護をしてますし、殿下の身に危険が及んだりしたら大変ですからね!」




よし上手く誤魔化せた!ちゃんと『俺』とも言えた!



のに、ちっかー………




楽しそうに笑む殿下の顔が近付いて来る。

俺の鼻の頭に殿下の鼻の頭が当たる。

俺の鼻孔をくすぐる様に、王族のみが身に纏う事を許された香りがブワッと漂う。




「それで誤魔化せたつもりなんだ?
やっぱり今日のオズは隙だらけだね。ふふっ助かるよ。」



再び実行、唇ふにゃん。

ドアについた殿下の両腕の檻に囚われたままの俺の唇に、殿下のふにゃん………いや、もう現実を見よう。

再び殿下の唇が重ねられてしまった。

どうしていたら良いか分からない俺は、ガチガチに固まって身動きが取れなくなっていた。

口も閉じたままで目だけでっかく開いて、抵抗らしい行動も一切取れずに硬直していた。


数回、顔を動かして角度を変えながら唇を重ねた殿下は、真一文字に結ばれた俺の唇に紅をひく様にツウっと舌先で線を引き、俺の唇を濡らした。



「オズの濡れた唇……艶っぽくて……
いつも美味しそうだと思ってた……。」



いや、俺の唇を濡らしたん殿下だし!いつも濡らしてないし!

何してくれとるんだ!と思いはするが、ガチガチに固まっている俺は口を開けずにいる。

殿下はドアについていた右手を俺の顎に持って来ると顎先を人差し指に乗せて、俺の顔をクイと持ち上げた。

つまむように俺の顎に置いた親指を、俺の上唇と下唇の間にムニっと強引に押し込んでくる。

殿下の親指の先が前歯に当たる。

殿下の指を俺がおしゃぶりしているような可笑しな絵面になった。

さすがに色々と恥ずかしい。



「ちょ、待って下さい!何ですかコレ……ッ」



殿下の唇が再び重ねられる。

俺が開いた口の中に殿下の舌先がヌルっと入り込み、俺の口の中をクルクルと忙しなく動き回る。

何をしているのか、何をされているのか分からない。

ただ、俺の口の中に何か別の生き物が居る。



━━やめて下さい!何をしてるんですか!━━



そう言って押し返すなり、突き放すなりすれば良いのだけの話なのだろう。

まだ年若く幼い殿下の細身の身体なんて、簡単に引き離せる。

訓練が終わった後も俺に一撃入れようとする悪戯好きな殿下が新たに見つけた、俺をギャフンと言わせる為の新しい悪戯なのだと思い込んでしまえばな。



あぁ、今日の俺は本当に隙だらけだ。



抵抗の手段が思い出せない。いや、実行に移せない。

腔内を蠢く感触と味と香りに神経が注がれてしまう。

抵抗を忘れて、その行為のひとつひとつを脳に刻むように噛み締める。

考えが纏まらない俺の、脳に片隅に居るアイツは喜んでいるのだろうか。



『夢にまで見た王子様の顎クイからの、深い口付け…
何てステキ…』



夢にまで見てたんか。

だが、これはお前がされてるんじゃない、オッサンの俺がされている!

ステキ?これが?絵面おかしいだろ!




「オズ…オズが好きだよ…。
いつも僕を見ていたオズの視線に気付いた時……

僕以外の誰にも、そんな視線を向けて欲しくないと思ったんだ。」




僅かに離れた唇と唇の合間で殿下が囁く。

俺は殿下に、どんな視線を送ってたんだろう。

いや、俺というよりも俺の中のモヤシ少女が、なのか?




「オズを僕だけの護衛騎士にしたくて…。
だから剣の師にもなってもらって、オズが僕以外を護衛をする時間を無くした。」



………そう言えば、一年前まで俺はリヒャルト王子殿下の専属ってワケじゃなかった。




「オズが僕の側に居る時間が増えて嬉しかったけど、それでも僕は気持ちを伝える事も出来ずに、ずっとオズに片思いをしていたんだよ。」




「殿下でしたら…お綺麗な姫君が周りにたくさん、おいでるじゃないですか……。

なんで、俺………。」




やっと声を出せた俺の濡れた唇を、殿下の指先が拭う。

俺の開口一番の言葉が殿下を強く拒絶したり非難する言葉でなかった事に安堵したのか、俺の額に殿下が額を突き合わせてクスッと笑った。




「他の誰も目に入らない位にオズを好きになってしまったもの。

理由も理屈も僕にだって分からない。でも…
諦めなきゃならないとも、ずっと思っていた……。」




「諦めなきゃならない…ですか…。」




「気持ちを伝える勇気なんか無かった……
拒絶されるに決まっていると。

気持ち悪いとか思われて、オズが僕を避けて僕から離れていくようになったら…。」



殿下の話を聞きながら、複雑な心境に陥っていく。

何と一途で純粋な、美しい恋心を俺に対して抱いてるのだろう。

これを、気持ち悪いなんて言葉で一蹴する権利など俺には無い。

殿下が俺に惹かれたきっかけとやらが俺…の中にいる、あの少女のせいだとしても、結局は俺の責任なんだと思う。




「好きで…好きで…でも、気持ちを伝えられなくて…

諦めなきゃならないと…でも、諦められなくて……。」




「ちょ、ちょっと、殿下、ま、まだお話続いて…」




額同士を突き合わせたまま、殿下の指先が俺の唇をなぞって口を開かせ、歯の上に指を置く。

歯を合わせ口を閉じる事が出来なくなった俺の口を塞ぐように、また唇が重ねられた。




「ンンッ!ん…!!」




頭ごと抱きかかえるように持たれて顔をそむけて逃がす事が出来なくなった。

深く重なった口付けは呼吸も腔内の空間も奪われ、殿下の身体の一部と味と、むせ返る程の香りに満たされる。



床についていた俺の両手は宙に浮いて空を掴み、何もない場所で時折何かを掴むようにビクッビクッとわななく。



「…オズ…その手は僕を抱きしめたいのじゃないの?
僕の背中を掴んでよ…。

諦めなきゃって思っていたのに、オズの方から僕と恋をしたいと言ったんだ…もう、無理だよ止められない。」



殿下と恋をしたいなんて、そんな事を俺が言った記憶は無い。

だが、恐らく俺の前世であろう脳内もやし少女が、それを願っていた事は知っている。

いたいけな少女であろうが前世の自分だろうが、そんな会った事も無い少女の為に、俺が何かをしてやる気はないが、目の前に居る殿下の心が……突き刺さる程に痛い。



贅沢三昧の王子という立場では、欲しい物が手に入らないなんて経験をした事なんかないと思っていた。

諦めるなんて選択肢を思い浮かべる事なんかないと思っていた。



「で、殿下…ま、待って下さい…!」



うん、俺を本気で好きなんだと痛いほど良くわかった。

恋をしよう、も…まぁ分かる。

まだ男としては未成熟な、何処か中性的にも見える17歳の王子殿下。

が━━

俺を女のコ扱いすんの!?俺がコッチ側!?



「待たない。待ったらオズは逃げるんだろう?
自分は僕に相応しくないから身を引くとか、もっともらしく、それらしい事を言って逃げた後は、僕には近付かなくなるつもりなんだろう。」




「逃げませんよ!そんな無責任な事はしませんって!」




俺は、宙に浮かせて何も無い空間をモニュモニュと揉んでいた手を殿下の背に回して殿下の服を掴み、半ば無理矢理ベリッと俺から引き離した。

いきなり引き離されたリヒャルト王子殿下が、ズーンと暗い顔になる。




「こ、これは殿下を拒絶したんじゃないですよ!?

早いんですって、恋をしようって決めた初日にいきなり濃厚な口付けとか、あります!?

こ、こう…もっと、こう!愛を育みましょうか!」




そう、俺の中の色んな意味での覚悟も育てる必要がある。

殿下が冷静になり目を覚ますかも知れないし、俺も前世の自分とやらを冷静に把握せにゃならん。

今のまま、殿下にももやし少女にも流されるワケにはいかんのだから。



「……確かに……婚約者候補の姫君達とも、段階を踏んでお付き合いをするよう言われたけど。」




「当たり前です!
いくら一目惚れしたって、いきなり口付けなんかしたら駄目ですからね!」




そりゃそうだろう!例えが極端だ。

姫君達にそんな事をやらかしたら大問題だ。

即、婚姻関係にされてしまう。





「でも、オズとはずっと顔を合わせていたワケだし初日ではないと…」




「こっっ恋人って関係になってから、まだ初日です!

恋人同士は、初日にいきなり濃厚な口付けをしたりしません!」




機嫌を損なわぬように、俺と殿下は恋人関係だと念を押す。

殿下の顔が、パアッとあからさまに明るくなった。




「恋人同士…!オズと僕は恋人同士なんだね!?

オズがそれを認めるんだね!?」




無邪気な笑みを浮かべる殿下は、いつもと同じ見慣れた無邪気な少年の顔だった。

俺はニッコリ微笑みながら頷いた。



つっ……疲れる!!



だが、否定なんぞ出来る訳も無く…俺は人差し指を一本立てた。



「ですが、二人だけの秘密です。
俺と殿下がお付き合いしていると知れたら、国王陛下が黙っていません。

俺は殿下の側から離されてしまい、殿下も婚約を急かされますから。」




心の何処かで、そうするのが正解ではないかとの国に仕える騎士としての俺の声がよぎる。

だが、それを上塗りする様に、『そんなの駄目!王子様が傷付く!』と少女の声がする。


では俺自身の気持ちは……何処にある?




「僕から離れたくなくて、僕の婚約が急かされて欲しくないってのがオズの本心?」




「………まぁ………そうですね。」




今んとこは…曖昧にそう思いながら自身の胸に手を当てた。

さっきから…こう、モヤッとする。

気持ちが悪いと不愉快だという感情が胸の内側で、重たくドロッと渦を巻く。




「オズはさぁ…時間を稼いで僕と深い関係になる前に、僕が婚約者候補の姫君とくっついたらいいなとか…

そんな事、思ってないよね?」




胸に楔を打たれた様に心臓がギュッっと縮まり、あからさまにギクッとした態度が出た。

そういう考えを持っているのは事実であり、隠し事の下手な俺はそれが表に出る。



「そっそんな事……思って……ない…ですよ…?

本当に思ってない………。

………それは……すごく……嫌だ。」




そして、隠し事の下手な俺は、もう一つの胸の内もさらけ出してしまった様だ。

それは俺自身も知らなかった、ずっと隠して自分でも気付かないようにしていた俺の本心。




「オズは自分で『そうした方がいい』と思った事を想像して、それに自分で嫉妬してんの?

ややこしい嫉妬の仕方をするんだね。


僕はオズ一筋だからね。婚約者候補の姫君なんて誰一人眼中に無いよ。
段階を踏むどころか二回目の顔合わせをした姫君は1人も居ない。

残念だけど、時間を置いてもそこは無理。

オズを忘れて誰かと婚約なんてしたりしない。

オズの『そうした方がいい』は叶えてやれないよ。」



「…………………。」  



俺は言葉が出せなかった。

殿下が言った『残念』そう、それは確かに残念なお知らせだった。

なのに刺されたように痛かった胸の内側が、じわっと暖かくなる。

眉を寄せてしかめっ面のような苦々しい顔をするのに、目頭が熱くなる。




「そして安心して?

僕はオズ以外の誰も選ぶつもりはないから。

愛しているのは、オズだけだから。」





ガクンと大きく頷くように俺の頭が項垂れたと共に、大きな安堵の溜息が漏れる。

熱くなった目頭から雫がポタポタと下に落ちた。


騎士として仕える自分の立場と、もやし少女に感化されたせいか強く揺さぶられる自身の感情の狭間で、どう行動すれば正解なのかが分からない。


分からないが……殿下の言葉に俺は涙が止まらなかった。



「……すみません……俺は殿下に、姫君のどなたかと婚約して貰えたらと、そう望むべきだと思いました。

ですが、今の俺は…殿下がそうなる事を喜ばしく思えない。

想像するだけで、胸の内側が気持ち悪いんです。

これが嫉妬ならば、本当はこんな感情を俺が持つ事は間違っている…」




俺は今日、頭を強打してから考えがおかしい。

殿下と、脳内もやし少女に振り回されてる。


自分の性別も年齢も立場すらも忘れて、まだ少年である殿下に恋したなんて………

頭がおかしいだろ。




「オズは、もうずっと僕を見ていたよ。

愛おしむように僕をずっと見つめていた。

自分でも気付いて無かったんだよね。

オズは、ずっと僕に恋していたのだと。

そんなオズが愛しくて…すぐ好きになった…」



殿下が肌を擦り寄せて来る。

俺の頬に殿下の柔肌が当たり、顔中に優しい口付けの雨が降る。



今日、殿下に恋をしたのではなく、もう既に恋していただと……?

しかも俺の方から殿下を……無自覚なままで。



それに今日初めて気がついたのだと……



確かにそれを指摘されていたら、昨日までの俺だったら殿下の前から逃げていたかも知れんなぁ。

認める事も無く、俺自身がずっと気付かずにいただろう。



「本音も互いに吐き出したし、やっと両想いって気付けたんだ。
ね…これからは本気で恋をしよう?

愛してるから…これからもオズをうんと愛する。

だから、オズも僕を愛して…。」



「そうですね。

自分の気持ちにすら気付かない、鈍臭い俺ですが…」



俺が殿下を好いているのは間違い無い様だ。

殿下が俺を好きになるより先に、俺のほうが殿下を好きになっていたらしい。

が………冷静に考えるなら、中年のオッサンが少年に惚れ込むとか、ただの変態オヤジの所業ではないか?



それは本当に俺か?脳内ひょろひょろ少女のお前の仕業ではないのか?

そもそも、少女が本当に俺の前世だかあやしくなってきた。



━━前世の俺さん。

後で、お話があります。━━




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