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一夜の夢には有らず。
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リヒャルト殿下の私室に押し込まれた俺は、軽い自己嫌悪に陥った。
額に手を当て扉の前に立ったままで大きな溜め息をつく。
━━前世での縁があるとは言え、王太子殿下に対して王族に仕える身分の俺が「お前なんか、どうでもエーわ」は無いよな…。
今は前世とは立場が違う。
口に出さなかったが、そんな言葉を頭に思っただけでも充分に不敬だ…━━
「オズ、兄上の事が気になるの?」
リヒャルト殿下が額を押さえた俺の顔を下から覗き込む。
額に当てた俺の手を取った殿下は、額から剥がす様に少しばかり強引に俺の手を除けた。
その強引さに、表情には現れてなくとも嫉妬や不満や不快であるとの殿下の感情が読み取れる。
「気になりますのは、城に仕える兵士である俺が王太子殿下に無礼な行いをしたかどうかだけです。
リヒャルト殿下の思う様な感情は一切ございません。」
俺の顔を下から覗き込む殿下の額に軽く唇を落とす。
それだけで殿下の顔から険が取れ、表情が和らいだ様に見える。
だが顔から険が取れた殿下が今度は不安げな表情を浮かべ俺を見つめてくる。
「…オズ、アシュリーって…誰?
なぜ兄上はオズをアシュリーなんて呼んだの。」
「それは…………」
殿下に説明を求められた俺は、言い淀んでしまった。
隠したいワケではないが、自分には少女であった前世らしき記憶があり、エルンスト王太子殿下の前世とも縁があったかも知れないなんて━━
そんな荒唐無稽な話をして信じて貰えるのだろうか。
俺自身、まだあれが俺の妄想ではないとは言い切る自信がないのに。
「信じて貰えるかは分かりませんが……」
馬鹿馬鹿しい空想だと思われたとしても、殿下に不安を抱かせたままであるよりは全然いい。
愛する殿下に嘘をついて誤魔化したり隠し事をするなど……
有り得ない。
「俺には、前世の記憶らしきものがあります。」
「らしき……?断言しないの?」
「記憶と言うよりは…
最近になって自分が少女になっている夢を見る様になりました。
正直な所、これは自分の可笑しな妄想ではないかと思う所も有りまして、自分でもそれが前世だなんて信じ切れてはいなかったんです。」
さっきまではそう思っていたのだが………
エルンスト王太子殿下までもが俺を、あの少女だと言うのであれば、俺の前世が彼女であるというのはもう疑う余地も無いのではないだろうか。
「オズの前世だとかいうアシュリーという少女と、兄上の前世が…………
生まれ変わった先の未来を誓い合った仲だとして、オズはどうする気なの。」
「え?」
「来世で結ばれる事を誓った二人が生まれ変わった先で出会えたのは神の起こした奇跡に等しい。
その奇跡は二人が結ばれる為に起こった奇跡なの?
だったら、オズは兄上と結ばれるつもりなの?」
リヒャルト殿下がグイグイと俺に詰め寄って来る。
そんな事を微塵たりとも考えてなかった俺は、殿下の問いに逆に面食らってしまい、驚きの表情を隠せない。
「そんな事、あるワケ無いじゃないですか!
俺が好きなのはリヒャルト殿下です!」
「兄上はアシュリーって人が好きなんだよね。
アシュリーも前世での兄上を好きだったのかも。
生まれ変わった二人が出会えたのに、その奇跡を放棄しても良いと言うの?」
「前世がどうであれ今の俺はアシュリーじゃない!
俺、オズワルドは!
リヒャルト殿下と出会い殿下を愛し、それに応えてくれた殿下と愛し愛される関係となれました!
これは奇跡だ!
俺にはこれ以上の奇跡なんて、ありません!」
「運命の神様を怒らせるんじゃない?」
「そんな運命なんか、こちらから願い下げです!
俺の全てを、リヒャルト殿下!貴方に捧げたい!
こんな俺は貴方には重いですか!?
神を足蹴にする、ひどい奴だと、お思いですか!?」
何か分からないが、俺は必死だった。
せっかく手に入れた愛しい人を、愛し合う喜びを、たった一晩叶っただけの夢で終わらせたくは無い。
そう思ったのは俺だけではなく……殿下も同じ思いに胸を締め付けられ、苦しみを感じていた様だ。
抱き着いたまま俺を見上げる殿下は淡々とした口調で俺に訊ね、気丈に振る舞ってはいたが……
唇は微かに震え、濡れた両の眼が光を反射し揺れている。
深く瞼を閉じれば流れ落ちてしまうであろう、泪を堪える殿下の表情は余りにも痛々しい。
「俺は…!俺は殿下に、そんな顔をさせたくない!!
お願いです!殿下だけの俺だと信じて下さい!」
殿下の身体を強く抱き締める。
俺より小柄とは言え、昨夜はあんなにも頼もしく感じた殿下の身体が、今は何と脆く儚く感じられるのだろうか。
腕の中で崩れて消えてしまいそうだ。
「兄上はオズを僕から奪い返すつもりかも知れない…」
「エルンスト殿下が何と言おうと、俺はリヒャルト殿下だけのものです!
前世には縛られません!俺は俺だから!!」
「でも、オズ………っん」
殿下の言葉を遮る様に俺の唇で塞いだ。
悲観的な言葉を自分で口にすればするほど、殿下が萎れた花の様になっていく。
このまま、散ってしまいそうで見ている方が辛くなる。
だからもう、そんな悲しい例え話は口に出して欲しくなかった。
舌先を使い、殿下の腔内へと舌を迎えに行く。
立ち上がる先をつついて、細く吐息を流し込んだ。
「愛しています…リヒャルト殿下…。
どうか俺を信じてください…。」
唇を僅かに離し、懇願の言葉を囁く。
俺を失うかもと不安がって下さる殿下。
だが、俺だって殿下を失いたくないと必死だ。
前世を理由に俺を手放しても仕方が無いと思われたくない。
「僕もオズを愛してる。
…分かったよ……僕はオズを信じる…。」
窓の外から微かに人の声が聞こえる様になった。
王城の朝が始まり、人が動き始めた。
じきにリヒャルト殿下の部屋にも、朝の支度をしに侍女が訪れる。
俺は殿下から身体を離したが、名残惜しそうに腕だけは纏わりつくツル草の様に殿下の身体を撫で、指先一本になってまでも触れ続けていた。
「殿下……」
もうじき俺は殿下の護衛を交替し、今から非番となる。
少し落ち着きを取り戻した様ではあるが、この様な状態の殿下のお側を離れ、今日一日付き従う事が出来ない事が悔やまれる。
「大丈夫だよ、オズ。」
「昼に…あの、木の下に居るから。
殿下のお顔が見れますよう…。」
殿下に剣の稽古をつける、裏庭の木の下。
俺が初めてアシュリーとやらの夢を見た、あの木の下。
部屋に居てもすることが無い俺は、非番の時そこで日光浴がてら昼食を取る事が多い。
剣の稽古が無い、リヒャルト殿下の本日の予定にもよるが、空いた時間があれば先日の様にぶらっと散歩がてら顔を見せに来て欲しい。
そんな気持ちを込めて言う。
殿下はクスクスと苦笑しながら俺の首に腕を回して上背を下げさせると、今度は殿下の方からチュウっと吸い付く口付けをした。
「オズ、まだ二人きりなんだから敬語ばかり使っちゃ駄目。」
「そ、そうでした…、そうだったな…。」
つられて苦笑し、互いの身体を離す。
ドアがノックされ、殿下の返事により数人の侍女が朝の支度を用意して部屋に入って来た。
「リヒャルト王子殿下、失礼致します。」
「ああ、オズワルド。また明日。」
扉の外には既に侍女達と共に来た交替の兵士が立っている。
俺は後ろ髪を引かれる思いで殿下の部屋を出た。
部屋の前にはエルンスト王太子殿下の姿は無く、今このタイミングでエルンスト殿下と顔を合わせたくない俺は、ホッと胸を撫で下ろした。
部屋に戻った俺は、身に付けた騎士服を脱ぎ捨ててトラウザーズと前をはだけたシャツだけの姿になり、ゴロッと横になった。
いつもなら兵舎の食堂に朝食を食べに行くのだが、とてもじゃないが喉を通らない。
昨夜の夢の様な時間を、もっともっと噛み締めていたかった。
大好きな殿下と、身体も心も繋がりひとつになれた幸せ…。
そう、あれこそが俺にとっての奇跡なんだ。
その奇跡がエルンスト殿下が現れた事で、生まれ変わって出会えた事こそが神が起こした奇跡だと、リヒャルト殿下に思われた。
俺の中にあった昨夜から今朝にかけてのリヒャルト殿下の幸せそうな御顔が、悲しみをたたえた御顔に上塗りされてしまった。
今、俺がリヒャルト殿下の顔を頭に思い浮かべると真っ先に思い浮かぶのは、今にも泣きそうな殿下の顔だ。
「嫌だ……俺は殿下を失いたくない。
殿下の方から、そんな理由で俺を見限って欲しく無い…」
リヒャルト殿下が王子である以上、婚約者を選ぶ話が消えて無くなる事は無い。
その時が来れば……俺も殿下と離れる覚悟は出来ている。
だが居るかも分からん神様とやらが仕組んだ、前世とのえにしなんかのせいで殿下と離されるのは真っ平ごめんだ。
『アシュリー、来世では必ず君と…………』
『ゲホッゲホッ!ゴホッゴホッ!げぼっ!
ガハッ!ゲホゲホ!』
俺━━いや枯れ枝少女のアシュリーは、ベッドの上でうつ伏せになり激しい咳を繰り返す。
窓の外には、あの青年……
おそらくエルンスト王太子殿下の前世であろう青年が立っていた。
青年は小屋の中に入る事も出来ずに窓の外でオロオロしながら、ただただ苦しげに咳をする少女を見ていた。
『アシュリー……』
『ゲホゲホ!ゴホッゴホッ!』
『……また来るからな……』
少女に対して何もしてやる事が出来ない青年は、後ろ髪を引かれる様にしながら小屋から離れて行った。
少女の中に居る俺の意識は、今回、激しく咳き込む彼女の心配を全くしなかった。
だって芝居だもんな。これ。
青年が去ったのを確認した少女はベッドで身体を起こし、ハァっと重い溜め息をついた。
少なからず彼女の感情をも共有している俺は、改めてアシュリーが、あの青年を疎んでいる事を知った。
『来世、来世って鬱陶しいわ。
自分の来世が男で、私の来世が女だって限らないじゃない。
なんでもかんでも、自分に都合良く考えてばかり。』
少女の言葉に、転生神様とやらに祈った所で必ずしも自身の願う姿で生まれ変われるのでは無いと知る。
だったら、あの青年は自身が望む「王子」となって、生まれ変わった「アシュリー」の側に居るのだから、ある意味願いが叶えられている。
つか、欲張り過ぎだろ。
神様、贔屓し過ぎてないか?
アシュリーが転生神様とやらに願った来世の姿は、兄のように健康でたくましい肉体…。
そこには男女の別はなかった。
ああ、なんか……アシュリー。
俺、お前を少し分かった気がする。
来世は健康で頑丈な身体を持ちたい。
ただそれだけを神に、お願いした。
願い通りに、そう生まれたならば、今度こそ恋をしたり楽しい事を見つけて人生を謳歌したい。
アシュリーは、前世を引きずる気は全く無いんだ。
王子様と素敵な恋をしたい、はアシュリーのしたかった事。
だからって、アシュリーが出来なかった事を来世に押し付けるような事を願いはしない。
生まれ変わった人間には、その人間の人生がある。
生まれた環境、育った過程、それによって培われていく人格。
好きになる人のタイプも変わって来るだろう。
「………俺、王子様と恋をしたいと言った、前世のアシュリーの意識に促されたワケでなく、素でリヒャルト殿下に惚れていたのか。
うわ、なんか……恥ッず!!」
いつの間にか眠りについていた俺は、自室のベッドの上で目が覚めたばかりの真っ赤になった顔を乙女の様に両手で押さえた。
「ああ、でもこれで…何の憂いもなく俺は殿下と…」
「ああ、今度こそ何の憂いもなく俺のものにしよう。
アシュリー。」
ベッドの上で、両手で顔を押さえた俺の両手首が掴まれて手の平をどかされた。
ベッドで仰向けになった俺の前に、いつから部屋にいらしたのであろうか
エルンスト王太子殿下が熱に浮かされたような表情で俺の前に居た。
額に手を当て扉の前に立ったままで大きな溜め息をつく。
━━前世での縁があるとは言え、王太子殿下に対して王族に仕える身分の俺が「お前なんか、どうでもエーわ」は無いよな…。
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「オズ、兄上の事が気になるの?」
リヒャルト殿下が額を押さえた俺の顔を下から覗き込む。
額に当てた俺の手を取った殿下は、額から剥がす様に少しばかり強引に俺の手を除けた。
その強引さに、表情には現れてなくとも嫉妬や不満や不快であるとの殿下の感情が読み取れる。
「気になりますのは、城に仕える兵士である俺が王太子殿下に無礼な行いをしたかどうかだけです。
リヒャルト殿下の思う様な感情は一切ございません。」
俺の顔を下から覗き込む殿下の額に軽く唇を落とす。
それだけで殿下の顔から険が取れ、表情が和らいだ様に見える。
だが顔から険が取れた殿下が今度は不安げな表情を浮かべ俺を見つめてくる。
「…オズ、アシュリーって…誰?
なぜ兄上はオズをアシュリーなんて呼んだの。」
「それは…………」
殿下に説明を求められた俺は、言い淀んでしまった。
隠したいワケではないが、自分には少女であった前世らしき記憶があり、エルンスト王太子殿下の前世とも縁があったかも知れないなんて━━
そんな荒唐無稽な話をして信じて貰えるのだろうか。
俺自身、まだあれが俺の妄想ではないとは言い切る自信がないのに。
「信じて貰えるかは分かりませんが……」
馬鹿馬鹿しい空想だと思われたとしても、殿下に不安を抱かせたままであるよりは全然いい。
愛する殿下に嘘をついて誤魔化したり隠し事をするなど……
有り得ない。
「俺には、前世の記憶らしきものがあります。」
「らしき……?断言しないの?」
「記憶と言うよりは…
最近になって自分が少女になっている夢を見る様になりました。
正直な所、これは自分の可笑しな妄想ではないかと思う所も有りまして、自分でもそれが前世だなんて信じ切れてはいなかったんです。」
さっきまではそう思っていたのだが………
エルンスト王太子殿下までもが俺を、あの少女だと言うのであれば、俺の前世が彼女であるというのはもう疑う余地も無いのではないだろうか。
「オズの前世だとかいうアシュリーという少女と、兄上の前世が…………
生まれ変わった先の未来を誓い合った仲だとして、オズはどうする気なの。」
「え?」
「来世で結ばれる事を誓った二人が生まれ変わった先で出会えたのは神の起こした奇跡に等しい。
その奇跡は二人が結ばれる為に起こった奇跡なの?
だったら、オズは兄上と結ばれるつもりなの?」
リヒャルト殿下がグイグイと俺に詰め寄って来る。
そんな事を微塵たりとも考えてなかった俺は、殿下の問いに逆に面食らってしまい、驚きの表情を隠せない。
「そんな事、あるワケ無いじゃないですか!
俺が好きなのはリヒャルト殿下です!」
「兄上はアシュリーって人が好きなんだよね。
アシュリーも前世での兄上を好きだったのかも。
生まれ変わった二人が出会えたのに、その奇跡を放棄しても良いと言うの?」
「前世がどうであれ今の俺はアシュリーじゃない!
俺、オズワルドは!
リヒャルト殿下と出会い殿下を愛し、それに応えてくれた殿下と愛し愛される関係となれました!
これは奇跡だ!
俺にはこれ以上の奇跡なんて、ありません!」
「運命の神様を怒らせるんじゃない?」
「そんな運命なんか、こちらから願い下げです!
俺の全てを、リヒャルト殿下!貴方に捧げたい!
こんな俺は貴方には重いですか!?
神を足蹴にする、ひどい奴だと、お思いですか!?」
何か分からないが、俺は必死だった。
せっかく手に入れた愛しい人を、愛し合う喜びを、たった一晩叶っただけの夢で終わらせたくは無い。
そう思ったのは俺だけではなく……殿下も同じ思いに胸を締め付けられ、苦しみを感じていた様だ。
抱き着いたまま俺を見上げる殿下は淡々とした口調で俺に訊ね、気丈に振る舞ってはいたが……
唇は微かに震え、濡れた両の眼が光を反射し揺れている。
深く瞼を閉じれば流れ落ちてしまうであろう、泪を堪える殿下の表情は余りにも痛々しい。
「俺は…!俺は殿下に、そんな顔をさせたくない!!
お願いです!殿下だけの俺だと信じて下さい!」
殿下の身体を強く抱き締める。
俺より小柄とは言え、昨夜はあんなにも頼もしく感じた殿下の身体が、今は何と脆く儚く感じられるのだろうか。
腕の中で崩れて消えてしまいそうだ。
「兄上はオズを僕から奪い返すつもりかも知れない…」
「エルンスト殿下が何と言おうと、俺はリヒャルト殿下だけのものです!
前世には縛られません!俺は俺だから!!」
「でも、オズ………っん」
殿下の言葉を遮る様に俺の唇で塞いだ。
悲観的な言葉を自分で口にすればするほど、殿下が萎れた花の様になっていく。
このまま、散ってしまいそうで見ている方が辛くなる。
だからもう、そんな悲しい例え話は口に出して欲しくなかった。
舌先を使い、殿下の腔内へと舌を迎えに行く。
立ち上がる先をつついて、細く吐息を流し込んだ。
「愛しています…リヒャルト殿下…。
どうか俺を信じてください…。」
唇を僅かに離し、懇願の言葉を囁く。
俺を失うかもと不安がって下さる殿下。
だが、俺だって殿下を失いたくないと必死だ。
前世を理由に俺を手放しても仕方が無いと思われたくない。
「僕もオズを愛してる。
…分かったよ……僕はオズを信じる…。」
窓の外から微かに人の声が聞こえる様になった。
王城の朝が始まり、人が動き始めた。
じきにリヒャルト殿下の部屋にも、朝の支度をしに侍女が訪れる。
俺は殿下から身体を離したが、名残惜しそうに腕だけは纏わりつくツル草の様に殿下の身体を撫で、指先一本になってまでも触れ続けていた。
「殿下……」
もうじき俺は殿下の護衛を交替し、今から非番となる。
少し落ち着きを取り戻した様ではあるが、この様な状態の殿下のお側を離れ、今日一日付き従う事が出来ない事が悔やまれる。
「大丈夫だよ、オズ。」
「昼に…あの、木の下に居るから。
殿下のお顔が見れますよう…。」
殿下に剣の稽古をつける、裏庭の木の下。
俺が初めてアシュリーとやらの夢を見た、あの木の下。
部屋に居てもすることが無い俺は、非番の時そこで日光浴がてら昼食を取る事が多い。
剣の稽古が無い、リヒャルト殿下の本日の予定にもよるが、空いた時間があれば先日の様にぶらっと散歩がてら顔を見せに来て欲しい。
そんな気持ちを込めて言う。
殿下はクスクスと苦笑しながら俺の首に腕を回して上背を下げさせると、今度は殿下の方からチュウっと吸い付く口付けをした。
「オズ、まだ二人きりなんだから敬語ばかり使っちゃ駄目。」
「そ、そうでした…、そうだったな…。」
つられて苦笑し、互いの身体を離す。
ドアがノックされ、殿下の返事により数人の侍女が朝の支度を用意して部屋に入って来た。
「リヒャルト王子殿下、失礼致します。」
「ああ、オズワルド。また明日。」
扉の外には既に侍女達と共に来た交替の兵士が立っている。
俺は後ろ髪を引かれる思いで殿下の部屋を出た。
部屋の前にはエルンスト王太子殿下の姿は無く、今このタイミングでエルンスト殿下と顔を合わせたくない俺は、ホッと胸を撫で下ろした。
部屋に戻った俺は、身に付けた騎士服を脱ぎ捨ててトラウザーズと前をはだけたシャツだけの姿になり、ゴロッと横になった。
いつもなら兵舎の食堂に朝食を食べに行くのだが、とてもじゃないが喉を通らない。
昨夜の夢の様な時間を、もっともっと噛み締めていたかった。
大好きな殿下と、身体も心も繋がりひとつになれた幸せ…。
そう、あれこそが俺にとっての奇跡なんだ。
その奇跡がエルンスト殿下が現れた事で、生まれ変わって出会えた事こそが神が起こした奇跡だと、リヒャルト殿下に思われた。
俺の中にあった昨夜から今朝にかけてのリヒャルト殿下の幸せそうな御顔が、悲しみをたたえた御顔に上塗りされてしまった。
今、俺がリヒャルト殿下の顔を頭に思い浮かべると真っ先に思い浮かぶのは、今にも泣きそうな殿下の顔だ。
「嫌だ……俺は殿下を失いたくない。
殿下の方から、そんな理由で俺を見限って欲しく無い…」
リヒャルト殿下が王子である以上、婚約者を選ぶ話が消えて無くなる事は無い。
その時が来れば……俺も殿下と離れる覚悟は出来ている。
だが居るかも分からん神様とやらが仕組んだ、前世とのえにしなんかのせいで殿下と離されるのは真っ平ごめんだ。
『アシュリー、来世では必ず君と…………』
『ゲホッゲホッ!ゴホッゴホッ!げぼっ!
ガハッ!ゲホゲホ!』
俺━━いや枯れ枝少女のアシュリーは、ベッドの上でうつ伏せになり激しい咳を繰り返す。
窓の外には、あの青年……
おそらくエルンスト王太子殿下の前世であろう青年が立っていた。
青年は小屋の中に入る事も出来ずに窓の外でオロオロしながら、ただただ苦しげに咳をする少女を見ていた。
『アシュリー……』
『ゲホゲホ!ゴホッゴホッ!』
『……また来るからな……』
少女に対して何もしてやる事が出来ない青年は、後ろ髪を引かれる様にしながら小屋から離れて行った。
少女の中に居る俺の意識は、今回、激しく咳き込む彼女の心配を全くしなかった。
だって芝居だもんな。これ。
青年が去ったのを確認した少女はベッドで身体を起こし、ハァっと重い溜め息をついた。
少なからず彼女の感情をも共有している俺は、改めてアシュリーが、あの青年を疎んでいる事を知った。
『来世、来世って鬱陶しいわ。
自分の来世が男で、私の来世が女だって限らないじゃない。
なんでもかんでも、自分に都合良く考えてばかり。』
少女の言葉に、転生神様とやらに祈った所で必ずしも自身の願う姿で生まれ変われるのでは無いと知る。
だったら、あの青年は自身が望む「王子」となって、生まれ変わった「アシュリー」の側に居るのだから、ある意味願いが叶えられている。
つか、欲張り過ぎだろ。
神様、贔屓し過ぎてないか?
アシュリーが転生神様とやらに願った来世の姿は、兄のように健康でたくましい肉体…。
そこには男女の別はなかった。
ああ、なんか……アシュリー。
俺、お前を少し分かった気がする。
来世は健康で頑丈な身体を持ちたい。
ただそれだけを神に、お願いした。
願い通りに、そう生まれたならば、今度こそ恋をしたり楽しい事を見つけて人生を謳歌したい。
アシュリーは、前世を引きずる気は全く無いんだ。
王子様と素敵な恋をしたい、はアシュリーのしたかった事。
だからって、アシュリーが出来なかった事を来世に押し付けるような事を願いはしない。
生まれ変わった人間には、その人間の人生がある。
生まれた環境、育った過程、それによって培われていく人格。
好きになる人のタイプも変わって来るだろう。
「………俺、王子様と恋をしたいと言った、前世のアシュリーの意識に促されたワケでなく、素でリヒャルト殿下に惚れていたのか。
うわ、なんか……恥ッず!!」
いつの間にか眠りについていた俺は、自室のベッドの上で目が覚めたばかりの真っ赤になった顔を乙女の様に両手で押さえた。
「ああ、でもこれで…何の憂いもなく俺は殿下と…」
「ああ、今度こそ何の憂いもなく俺のものにしよう。
アシュリー。」
ベッドの上で、両手で顔を押さえた俺の両手首が掴まれて手の平をどかされた。
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