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転生神様とは………
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エルンスト王太子殿下が部屋を出て行かれてから、さすがに二度寝する気にはなれず、俺は部屋の外に出た。
まだ昼食の時間には早い位の時間。
たが部屋に戻るのも先ほどの事をアレコレ深く考えてしまいそうで、暫く離れていようと考えた。
ぶらっと城内を見て歩いてから結局、裏庭の剣の稽古をする場所に来てしまった。
木の下に来て腰を下ろし、幹に背を寄り掛からせる。
さんさんと降り注ぐ日差しを遮る様に、葉の繁る枝を伸ばした木の下は風が心地よい。
その場に座って、少しぼんやりとしてみる。
昨夜は……殿下と幸せな時間を過ごした。
その余韻にずっと浸っていたかった。
上書きされる様に、おかしな事が起こり……
と言うかエルンスト王太子殿下が……
面倒くさい事を言ったりしたりするから……
だから、こんな事になるんだ。
あからさまな程に不機嫌さを顔に出してしまった俺を見て、裏庭を通った者が俺から距離を取る。
そんなにか?そんなに俺は恐ろしい顔をしているのか?
しているんだろうな。
不機嫌な顔をしている中年男になんて、そりゃ近付きたくないわな。
俺だって、まだまだ幸せ噛み締めていたかったさ!!
「オズ、やっぱり此処に居た。」
「リヒャルト殿下……?どうして、ここに……」
声を掛けられ座ったままの俺が、驚いた様に木の裏側からひょっこりと現れた殿下を見上げる。
裏庭の木の下、木陰に立つリヒャルト殿下は木漏れ日の細い光を幾つも身体に受け、身体が光っている様だ。
舞い降りた天の遣いのよう。
神々しくさえ見える。
━━━う、美しく麗しき俺の殿下ァァ!!!━━━
心の声が口から出そうだったが、耐えた。
余りにも今の俺の視界に不必要過ぎて、認識するのが遅れたが、殿下の後ろに密かに俺の部下がいた。
危なかった。
「どうしてって、会いたかったからに決まってるじゃない。
部屋に行ったら居なかったから、ここしかないかなぁって。」
会いたかったって……
そんな事を警護騎士の前で堂々と言ってしまっていいのか?
殿下の言葉が嬉しく、思わず照れてしまう。
殿下は俺の隣にちょこんと座り、そのまま片足を投げ出して座る俺の腿にポスっと頭を置いた。
「で、殿下!
地面に腰を下ろされてはお召し物が汚れます!
稽古着ではないのですから!」
「服なんてどうでもいいよ。
オズが僕の警護を終え部屋に戻ってから、まだ数時間だよ。
それなのに部屋を出て、ここに来るなんて。
あまり寝てないんでしょオズ。
一緒に寝ようよ。」
俺に子どもの様に甘える殿下の姿には、今さら誰も違和感を感じる事はなく。
俺だけが殿下を、『師匠として甘えてくる可愛い子ども』として見れなくなっている。
腿の上に置かれた殿下の顔を見下ろすだけで、殿下の顔の近くにあるモノが昨夜を思い出して反応してしまう。
「で、殿下…本日のご予定があるのでは…」
殿下の頭を撫でたい、そのサラサラな髪を俺の指に絡ませながら梳かしたい。
そんな衝動に駆られる。
人の目がある場所で、さすがにそれは出来ないが。
「朝食後ご公務に向かわれる父上に、治療するほどじゃないけど昨日の朝に続き今朝も身体が怠くてと、今日の予定を無くして貰った。
宿題は出されたけど、あんなものすぐ終わらせられるよ。」
陛下も、なんだかんだでかなり子煩悩な父親だ。
子ども達に厳しい顔を見せつつ、甘え上手なリヒャルト殿下や妹君の幼い王女殿下には、ついつい甘えさせてしまうようだ。
「リヒャルト殿下、御身体の具合が理由で本日のご予定をなくしたのならば、お部屋に居なければマズいのでは……」
「今朝、あんな事があったのに?
オズを1人にしとけと言うの。」
殿下の後ろに立つ俺の部下が、何の話しだろうって顔をしている。
エルンスト殿下とリヒャルト殿下が俺の事で揉めたとか、知る由も無いわな。
言えるワケも無し。
「いや、それについては…何とかなった気がします。
先ほど殿下が部屋においでになられた際に、お話致しましたので。」
俺の腿を枕にして寝そべったリヒャルト殿下の身体がピクっと反応した。
そして、下から俺の顔を見上げ、「詳しく聞かせろ」と言いたげな瞳で俺をガン見する。
「い、今ここでは、お話出来ませんて…。」
俺は困り顔をして、殿下にしか聞こえない声でボソッと囁いた。
「だったら、明日の朝……朝食の後に聞かせて。
オズが僕の警護をする時間まで我慢するから……
だから今は、身体を休ませないと駄目だよオズ。」
殿下が腕を上に伸ばし、俺の頬を撫でた。
殿下を見下ろす俺が思わず頬を染めて小さく頷き、殿下の頭をそっと撫でた。
「……………ハッ!!」
完全に二人の世界に入っていた!
俺は慌てて部下の方に目を向ける。
部下の兵士は………俺達の方を見て………
にこやかに微笑んでいた。
あまり、疑問に感じて無いのか?
俺と殿下の様子を…自分で言うのも何だが、王子と護衛騎士の関係越えてベタベタし過ぎてない?
「僕ね、兄上は早く妃を迎えるべきだと父上に言ったんだよね。
王太子なんだし、未来の王妃は早めに見つけといた方がいいんじゃないかなって。」
「………そうなんですか………。」
それは、なるべく早く相手を見つけさせて縛りつけ、俺に手を出せなくなるようにしたいって事か?
気持ちは分かるが……
エルンスト王太子殿下の妃が見つかったならば、次はリヒャルト殿下の妃を見つける番だ。
殿下もそれは分かっておられるだろうに……
リヒャルト殿下に婚約者が━━
そんな事を考えただけで胸が押し潰されそうになる。
「殿下、そろそろお部屋にお戻りになられないと。」
護衛の騎士が俺達の方に声を掛けてきた。
殿下は一瞬ムッとした表情を見せたが、俺の腿から頭を離して身体を起こし、渋々と立ち上がった。
「今日はゆっくり休んで。オズ。
また、明日の朝にね。」
「はい。」
俺も木の下で立ち上がり、胸に手を当て殿下に向け頭を下げた。
殿下の背に向かい頭を下げ続ける俺の方を、殿下が一度振り返った。
頭を下げ続ける俺は、殿下の視線に気付いても顔を上げられなかった。
殿下の中では、まだエルンスト殿下の事が燻っているかも知れない。
でも俺の中では、エルンスト殿下の事は一応解決していて……
今はエルンスト殿下の事よりも、俺の気持ちに何とか折り合いを付けるように自分を制しなければならない。
━━片想いで終わらせていた方が、救われていたなんて思いたくはないが
絶対に手に入らないと思っていた物を手にした途端、今度は失う事に、こんなにも怯えてしまうなんてな━━
「ねえ、今日のオズワルド…どう思う?」
裏庭を離れ城内に戻ったリヒャルトが長い廊下の前を歩く、今日の護衛騎士の青年に訊ねた。
「隊長ですか。どう思う…?
いつも通りな気もしますが。
言われてみれば…何だか元気がありませんでしたね。
疲れが溜まってらっしゃるのでしょうか。」
不意にリヒャルト王子に質問され、焦った青年が何となく無難な返事を返す。
可もなく不可もなく的な答えにリヒャルトが「そっか」と頷いた。
「……疲れねえ……
疲れた位じゃ、あんな顔をしないんだよねオズワルドは。」
リヒャルトは城の廊下を歩きながら窓の外に目を向ける。
姿は見えないが、裏庭で別れたオズワルドに思いを馳せるように窓に手の平を当てた。
「オズは本当に分かり易い。
また、一人で抱えて一人で苦しもうとしている。
兄上との事も、もう終わったと思ってるみたいだし。
オズは優しくて……………甘いんだよね。」
前を歩く護衛騎士の青年には聞こえない様にボソッと呟いたリヒャルトは、窓に当てた手の平をグッと握って拳に変え、窓から離れた。
「あんな独善的な思考でアシュリーを自分の物にしようとしている兄上が、そんな簡単にアシュリーを諦めるもんか。」
裏庭でリヒャルト殿下と別れた俺は、少し間を置いてから食堂で昼食を取り、自室に戻って来た。
エルンスト王太子殿下の日中は、王太子としての公務や国王を目指す者としての厳しい授業が多くあり忙しい。
それらを抜け出して日中に再び俺の部屋に来るのは無理だろう。
何より先ほどのやり取りで、フラフラ意気消沈状態で部屋を出て行かれた殿下は、今生の王太子としての役割に目覚めてくれたのだと思いたい。
「そう言えば、アシュリーって…
いつどうやって死んだのか分からんな。
病弱、虚弱に見えて意外にたくましいしな。」
意外に、あのまま歳を重ねるまで生きていたりしてな。
『俺達が崇めている転生神様だがな…
時代の流れと共に、少しずつ本来の転生神様からズレてしまってな。』
俺の前……いや、これはアシュリーのベッドの前だ。
先日の夢に出た、ならず者みたいなムッさいヒグマみたいなオッサンが距離を空けて座っており、果物か何かを食べやすい様に切り分けている。
『俺がガキの頃に長老に聞いた転生神様は、祈りが届けば今生で不遇だった魂が、来世は幸せな人生を歩めるにようにと力を貸して下さる…的な感じだったんだ。』
ゴツい体躯で意外に手先の器用なヒグマのオッサンは、父親かと思うほど年が離れているようだがアシュリーの兄だと以前に言っていた。
山賊みたいなナリして、甲斐甲斐しく妹の世話を見る優しい男だ。
『それが今の若い奴らの間での転生神様は、今生で叶えられなかった事を、来世でこそ叶える為に力を貸して下さると、今生を来世に引き継がせてくれるような神様になっちまってるんだよな。』
切り分けた果物が俺…いや、アシュリーの手に渡された。
『お母さんから聞いたわ。
元々は私みたいに命の終わりが近い人が悲観せずに安らかに逝けるよう、慰めるために私たちの古いご先祖さまの間で呼ばれた神様だと。』
『ああ、そういう言い伝えもあったな。
来世はきっと幸せになれるから、安心しろって来世への魂の案内役のような意味合いで作られたとも。
だから元はな…
次は幸せな人生が待ってますよって神様だったハズなんだよ。それが………』
不思議な会話をしている。
この兄妹、そしてエルンスト殿下に転生している青年、彼らが幾度と無く口にしてきた転生神様とやら。
同じ神の話であるのに、微妙な認識の違いがある。
まぁそれは、エルンスト殿下を見て俺も思った事だ。
エルンスト殿下の中に住まう前世の青年の記憶があまりにも大きい。
アシュリーに対する執着も。
青年の中で来世とは、前世で手に入らなかったアシュリーを手に入れるためのものらしいが。
俺としては御免こうむりたい。
エルンスト殿下は、時期国王になられる御方だ。
青年としての前世の記憶には蓋をして、幼い頃の優しい本来のエルンスト殿下に戻って欲しいものだが………
それにしても
不安そうに口をつぐんだこのオッサンは、結局アシュリーに何が言いたいのだろうか。
まだ昼食の時間には早い位の時間。
たが部屋に戻るのも先ほどの事をアレコレ深く考えてしまいそうで、暫く離れていようと考えた。
ぶらっと城内を見て歩いてから結局、裏庭の剣の稽古をする場所に来てしまった。
木の下に来て腰を下ろし、幹に背を寄り掛からせる。
さんさんと降り注ぐ日差しを遮る様に、葉の繁る枝を伸ばした木の下は風が心地よい。
その場に座って、少しぼんやりとしてみる。
昨夜は……殿下と幸せな時間を過ごした。
その余韻にずっと浸っていたかった。
上書きされる様に、おかしな事が起こり……
と言うかエルンスト王太子殿下が……
面倒くさい事を言ったりしたりするから……
だから、こんな事になるんだ。
あからさまな程に不機嫌さを顔に出してしまった俺を見て、裏庭を通った者が俺から距離を取る。
そんなにか?そんなに俺は恐ろしい顔をしているのか?
しているんだろうな。
不機嫌な顔をしている中年男になんて、そりゃ近付きたくないわな。
俺だって、まだまだ幸せ噛み締めていたかったさ!!
「オズ、やっぱり此処に居た。」
「リヒャルト殿下……?どうして、ここに……」
声を掛けられ座ったままの俺が、驚いた様に木の裏側からひょっこりと現れた殿下を見上げる。
裏庭の木の下、木陰に立つリヒャルト殿下は木漏れ日の細い光を幾つも身体に受け、身体が光っている様だ。
舞い降りた天の遣いのよう。
神々しくさえ見える。
━━━う、美しく麗しき俺の殿下ァァ!!!━━━
心の声が口から出そうだったが、耐えた。
余りにも今の俺の視界に不必要過ぎて、認識するのが遅れたが、殿下の後ろに密かに俺の部下がいた。
危なかった。
「どうしてって、会いたかったからに決まってるじゃない。
部屋に行ったら居なかったから、ここしかないかなぁって。」
会いたかったって……
そんな事を警護騎士の前で堂々と言ってしまっていいのか?
殿下の言葉が嬉しく、思わず照れてしまう。
殿下は俺の隣にちょこんと座り、そのまま片足を投げ出して座る俺の腿にポスっと頭を置いた。
「で、殿下!
地面に腰を下ろされてはお召し物が汚れます!
稽古着ではないのですから!」
「服なんてどうでもいいよ。
オズが僕の警護を終え部屋に戻ってから、まだ数時間だよ。
それなのに部屋を出て、ここに来るなんて。
あまり寝てないんでしょオズ。
一緒に寝ようよ。」
俺に子どもの様に甘える殿下の姿には、今さら誰も違和感を感じる事はなく。
俺だけが殿下を、『師匠として甘えてくる可愛い子ども』として見れなくなっている。
腿の上に置かれた殿下の顔を見下ろすだけで、殿下の顔の近くにあるモノが昨夜を思い出して反応してしまう。
「で、殿下…本日のご予定があるのでは…」
殿下の頭を撫でたい、そのサラサラな髪を俺の指に絡ませながら梳かしたい。
そんな衝動に駆られる。
人の目がある場所で、さすがにそれは出来ないが。
「朝食後ご公務に向かわれる父上に、治療するほどじゃないけど昨日の朝に続き今朝も身体が怠くてと、今日の予定を無くして貰った。
宿題は出されたけど、あんなものすぐ終わらせられるよ。」
陛下も、なんだかんだでかなり子煩悩な父親だ。
子ども達に厳しい顔を見せつつ、甘え上手なリヒャルト殿下や妹君の幼い王女殿下には、ついつい甘えさせてしまうようだ。
「リヒャルト殿下、御身体の具合が理由で本日のご予定をなくしたのならば、お部屋に居なければマズいのでは……」
「今朝、あんな事があったのに?
オズを1人にしとけと言うの。」
殿下の後ろに立つ俺の部下が、何の話しだろうって顔をしている。
エルンスト殿下とリヒャルト殿下が俺の事で揉めたとか、知る由も無いわな。
言えるワケも無し。
「いや、それについては…何とかなった気がします。
先ほど殿下が部屋においでになられた際に、お話致しましたので。」
俺の腿を枕にして寝そべったリヒャルト殿下の身体がピクっと反応した。
そして、下から俺の顔を見上げ、「詳しく聞かせろ」と言いたげな瞳で俺をガン見する。
「い、今ここでは、お話出来ませんて…。」
俺は困り顔をして、殿下にしか聞こえない声でボソッと囁いた。
「だったら、明日の朝……朝食の後に聞かせて。
オズが僕の警護をする時間まで我慢するから……
だから今は、身体を休ませないと駄目だよオズ。」
殿下が腕を上に伸ばし、俺の頬を撫でた。
殿下を見下ろす俺が思わず頬を染めて小さく頷き、殿下の頭をそっと撫でた。
「……………ハッ!!」
完全に二人の世界に入っていた!
俺は慌てて部下の方に目を向ける。
部下の兵士は………俺達の方を見て………
にこやかに微笑んでいた。
あまり、疑問に感じて無いのか?
俺と殿下の様子を…自分で言うのも何だが、王子と護衛騎士の関係越えてベタベタし過ぎてない?
「僕ね、兄上は早く妃を迎えるべきだと父上に言ったんだよね。
王太子なんだし、未来の王妃は早めに見つけといた方がいいんじゃないかなって。」
「………そうなんですか………。」
それは、なるべく早く相手を見つけさせて縛りつけ、俺に手を出せなくなるようにしたいって事か?
気持ちは分かるが……
エルンスト王太子殿下の妃が見つかったならば、次はリヒャルト殿下の妃を見つける番だ。
殿下もそれは分かっておられるだろうに……
リヒャルト殿下に婚約者が━━
そんな事を考えただけで胸が押し潰されそうになる。
「殿下、そろそろお部屋にお戻りになられないと。」
護衛の騎士が俺達の方に声を掛けてきた。
殿下は一瞬ムッとした表情を見せたが、俺の腿から頭を離して身体を起こし、渋々と立ち上がった。
「今日はゆっくり休んで。オズ。
また、明日の朝にね。」
「はい。」
俺も木の下で立ち上がり、胸に手を当て殿下に向け頭を下げた。
殿下の背に向かい頭を下げ続ける俺の方を、殿下が一度振り返った。
頭を下げ続ける俺は、殿下の視線に気付いても顔を上げられなかった。
殿下の中では、まだエルンスト殿下の事が燻っているかも知れない。
でも俺の中では、エルンスト殿下の事は一応解決していて……
今はエルンスト殿下の事よりも、俺の気持ちに何とか折り合いを付けるように自分を制しなければならない。
━━片想いで終わらせていた方が、救われていたなんて思いたくはないが
絶対に手に入らないと思っていた物を手にした途端、今度は失う事に、こんなにも怯えてしまうなんてな━━
「ねえ、今日のオズワルド…どう思う?」
裏庭を離れ城内に戻ったリヒャルトが長い廊下の前を歩く、今日の護衛騎士の青年に訊ねた。
「隊長ですか。どう思う…?
いつも通りな気もしますが。
言われてみれば…何だか元気がありませんでしたね。
疲れが溜まってらっしゃるのでしょうか。」
不意にリヒャルト王子に質問され、焦った青年が何となく無難な返事を返す。
可もなく不可もなく的な答えにリヒャルトが「そっか」と頷いた。
「……疲れねえ……
疲れた位じゃ、あんな顔をしないんだよねオズワルドは。」
リヒャルトは城の廊下を歩きながら窓の外に目を向ける。
姿は見えないが、裏庭で別れたオズワルドに思いを馳せるように窓に手の平を当てた。
「オズは本当に分かり易い。
また、一人で抱えて一人で苦しもうとしている。
兄上との事も、もう終わったと思ってるみたいだし。
オズは優しくて……………甘いんだよね。」
前を歩く護衛騎士の青年には聞こえない様にボソッと呟いたリヒャルトは、窓に当てた手の平をグッと握って拳に変え、窓から離れた。
「あんな独善的な思考でアシュリーを自分の物にしようとしている兄上が、そんな簡単にアシュリーを諦めるもんか。」
裏庭でリヒャルト殿下と別れた俺は、少し間を置いてから食堂で昼食を取り、自室に戻って来た。
エルンスト王太子殿下の日中は、王太子としての公務や国王を目指す者としての厳しい授業が多くあり忙しい。
それらを抜け出して日中に再び俺の部屋に来るのは無理だろう。
何より先ほどのやり取りで、フラフラ意気消沈状態で部屋を出て行かれた殿下は、今生の王太子としての役割に目覚めてくれたのだと思いたい。
「そう言えば、アシュリーって…
いつどうやって死んだのか分からんな。
病弱、虚弱に見えて意外にたくましいしな。」
意外に、あのまま歳を重ねるまで生きていたりしてな。
『俺達が崇めている転生神様だがな…
時代の流れと共に、少しずつ本来の転生神様からズレてしまってな。』
俺の前……いや、これはアシュリーのベッドの前だ。
先日の夢に出た、ならず者みたいなムッさいヒグマみたいなオッサンが距離を空けて座っており、果物か何かを食べやすい様に切り分けている。
『俺がガキの頃に長老に聞いた転生神様は、祈りが届けば今生で不遇だった魂が、来世は幸せな人生を歩めるにようにと力を貸して下さる…的な感じだったんだ。』
ゴツい体躯で意外に手先の器用なヒグマのオッサンは、父親かと思うほど年が離れているようだがアシュリーの兄だと以前に言っていた。
山賊みたいなナリして、甲斐甲斐しく妹の世話を見る優しい男だ。
『それが今の若い奴らの間での転生神様は、今生で叶えられなかった事を、来世でこそ叶える為に力を貸して下さると、今生を来世に引き継がせてくれるような神様になっちまってるんだよな。』
切り分けた果物が俺…いや、アシュリーの手に渡された。
『お母さんから聞いたわ。
元々は私みたいに命の終わりが近い人が悲観せずに安らかに逝けるよう、慰めるために私たちの古いご先祖さまの間で呼ばれた神様だと。』
『ああ、そういう言い伝えもあったな。
来世はきっと幸せになれるから、安心しろって来世への魂の案内役のような意味合いで作られたとも。
だから元はな…
次は幸せな人生が待ってますよって神様だったハズなんだよ。それが………』
不思議な会話をしている。
この兄妹、そしてエルンスト殿下に転生している青年、彼らが幾度と無く口にしてきた転生神様とやら。
同じ神の話であるのに、微妙な認識の違いがある。
まぁそれは、エルンスト殿下を見て俺も思った事だ。
エルンスト殿下の中に住まう前世の青年の記憶があまりにも大きい。
アシュリーに対する執着も。
青年の中で来世とは、前世で手に入らなかったアシュリーを手に入れるためのものらしいが。
俺としては御免こうむりたい。
エルンスト殿下は、時期国王になられる御方だ。
青年としての前世の記憶には蓋をして、幼い頃の優しい本来のエルンスト殿下に戻って欲しいものだが………
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