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皇帝陛下の隣の部屋は、昔から皇帝の妻の部屋と決まっている。
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━━海原の様なシーツの波の上にて深い眠りにつく美しい人。
その人は大地を司る地母神の様に大きく、慈愛に満ちていて私の全てを深く受けとめ優しく包み込んでくれる。━━
白いシーツに包まれて眠る美しい妻をそのまま部屋に残し、玉座の間に来たキリアンは玉座に深く腰掛けて、肘置きに肘をついて頬杖をつく。
昨夜行った夫婦の愛の営みを思い出せば、身体の芯が疼き熱を持つ。
キリアンは上気した顔でホウッと溜め息をついた。
━━ああ……美しかった……
汚れて乱れて…白濁液まみれのネチャネチャなベッドの上で、自身もベッタベタに精液まみれになって……
大の字になったまま、白目をむく様に気を失ったガインは。━━
キリアンは物憂げに目を伏せて、唇に白く細い指の背を当てると、思案する様に呟いた。
「……この先どうやって……」
━━どうやって、答え合わせをしていこうか……
俺の妄想の中のガインは寝室だけに留まらず、城内はおろか外でも美味しく頂かせて貰った。
ああ、そうだ…場所の問題もあるが…全ての答え合わせをするには他にも課題がたくさんある。
執事みたいな姿のガイン、中庭のティーテーブルの上でめっちゃハメ倒したい。━━
「課題は多い………いや苦労してこそ、真実の答えが見つかるのだ…。」
呟くキリアンの姿を見た、まだ城に勤めて日が浅い若い兵士や文官達が頬を淡く染め上げた。
「物憂げな表情で思案をなさる陛下の美しい事と言ったら…。」
「ああ、陛下はきっと隣国との今後の関係など、この国の将来を見据えて多くの考えを巡らせているのであろう。
我が国の主は美しい上に、なんと聡明な方であられるのか。」
キリアンの近衛として本来ガインが立つべき立ち位置に、体調不良のガインを休ませる理由で急遽立たされる事となったノーザンは、若人達が語るキリアン像を聞かなかった事にした。
ノーザンは思案中のキリアンの姿が美しいとの意見には同意出来なかった。
玉座の隣に立ちキリアンを見れば、時折口角が上がって妖しくほくそ笑んでいたりするし、遊ばせた手の平が何かを揉みしだく様に卑猥な動きをするし。
そもそもが、あの質実剛健を体現したかの様なガイン隊長が突然に体調不良を起こしたとして━━
本人や、その言伝を頼まれた者がノーザンの所に『本日の陛下の警護』の代役を頼みに来たのではなく。
キリアンが護衛も付けずにふらふらと一人で歩いて兵舎に行き、兵舎の休憩室にて読書中のノーザン本人に
「ノーザン、ガインが体調不良で起きれないんだ。
今日の私の警護は、お前に頼む。」
なんて、軽く決めたのだ。
兵舎の休憩室に居た他の兵士の殆どが声も出ない程驚く中で、ノーザンだけが本を閉じて椅子から立ち上がるしかなかった。
「はっ!承知致しました。お供致します。」
と、答えつつノーザンの頭の中は疑問だらけだった。
は?何で?なんで隊長が起きれない?
それを陛下がわざわざ自身で兵舎にまで足を運んで言いに来るのか?
そもそも陛下が、側近とは言え配下の騎士が体調不良で起きられないなんて、何で知っている?
━━………愚問だな。お二方が、私の思う通りの関係であるならば……
陛下が隊長の御身体の調子を知っていても何ら可笑しくは無い。
……と言うか……そもそもが、隊長が目を覚ませなくなる程の何らかの行為を陛下が致したのだとするならば…合点のいく話で……
合点はいくが、あの隊長をそこまで疲弊させるって、陛下どんだけ凄い事を隊長に??━━
玉座の間に集まった者達、それぞれが物憂げに目を伏せるキリアン皇帝陛下に注目する。
玉座の間に集められた者達は皇帝であるキリアンの言葉を待ち、その場に立っていた。
皇帝により集められた以上、キリアンの方から声が掛かるまで誰一人その場を離れる事は出来ない。
何やら物憂げに思案中の美しい陛下を見続けるしか無い。
ノーザンはノーザンでキリアンの姿を見ながら、自身も2人の関係について思案中であった。
「………あ、すまない。考え事をしていた。」
キリアンが自身の所在を思い出すように言葉を発したのは、玉座に腰掛け一同が集まり、一時間経ってからだった。
やっと声を発した陛下に対し、一時間棒立ちでいた皆がスッと頭を下げつつ心の中で安堵の溜め息をついた。
「皆に集まって貰ったのは、他でも無い。
この城での私の暗殺未遂事件について…
浴場にて私の命を狙った者達の出身国が分かった。
義母であるカリーナの生国リスクィートだそうだ。」
玉座の間に緊張が走り、その後に場が騒然となった。
「陛下は先日の刺客を送り込んだのが第二皇妃であらせられた、カリーナ様の仕業だと仰るのですか!?
あの方は、そんな事をする方ではない!」
旧くから城に仕えた先代皇帝からの重鎮の一人、宰相のブラウンが声を上げる。
キリアンの父グレアムにも仕えていた老齢の彼は、カリーナ皇妃の事も良く知っている。
「ああ、私もそう思う。
あの、煩わしい事は一切したくも考えたくも無い義母上のカリーナが、こんな面倒な事に裏から手を回すとか…考えにくい。」
キリアンが答えると、宰相のブラウンも頷いた。
「良くも悪くも煩わしい事には関わりたがらない方ですからな…。」
「いや、しかし…愛息子であるケンヴィー皇子殿下をキリアン皇帝陛下に亡き者にされたと思っておるのかも知れませんし。
そこはやはり母なのですから。
実際にはケンヴィー皇子の行方は、ようとして知れず…亡くなったのか生きてらっしゃるのかは先の戦に勝利した我らにも分からないのですからな。」
ブラウン宰相と同じく、旧くから城に仕える者が意見する。
キリアンとブラウン宰相は顔を見合わせて、その者の意見に対して首を振った。
「いや義母カリーナに母親としての情を求めても仕方が無い。
本当に、良くも悪くも、世間的に体裁が悪くとも、面倒に巻き込まれる事を一切嫌う人なのだから。」
キリアンは叔父のセドリック公爵率いる暗部にリスクィート国と、そこに帰郷したカリーナを探る様に言ったが、キリアンの中では彼女が今回の暗殺に関与している可能性は低いと思っている。
━━だが、義母の生家である貴族家をはじめ、義母の生家に与するリスクィート国の貴族らは別だろう?
ハイエナの様に群がって、この国を欲しがっているはずだ。━━
「彼の国については、まだ調査を続けるつもりだが……その国の刺客をこの堅固な我が城に呼び込んだ愚か者が居る。
その者が誰かは、まだ分かってないが……極刑は免れないと思え。」
キリアンが玉座の間に並ぶ一同に向け言い放ち、席を立った。
刺客を城に呼び込んだ者が誰かを知らない。
それは嘘だ。
玉座の間に、その愚か者が居る事をキリアンは知っていた。
ノーザンを従えて玉座の間を出たキリアンは、自室に向かって廊下を歩きながら、付き従うノーザンに話し掛けた。
「ノーザン。戯れに訊ねるのだが、お前は身を固めるつもりはないのか?
城に勤める者の話では、お前を慕う娘達がそれなりに居るらしいが。」
キリアン皇帝陛下からの思いも寄らない質問に、ノーザンが眼鏡の奥で目を丸くした。
警護の任に就いている時は、注意力を削がれ警戒を怠る事になると私語は厳禁だし、それを知っている筈のキリアンからの唐突な質問に、一瞬答えを口にして良いのか躊躇ったノーザンが口ごもる。
まさか、口を開いた途端に
「お前も近衛失格だ!一兵卒からやり直せ!」
なんて言われたりしないだろうなと。
「任務中に言葉を発することをお許し下さい。
私は独りが楽なのです。
女性に対し気の利いた言葉ひとつ掛けてもやれないでしょうし。
私と居ると退屈な思いをさせてしまうと思いますよ。
ですから、女性とは距離を置くようにしております。」
尋ねられた事に自分なりの答えを口にしたノーザンだが、なぜキリアンがこのような質問をしたのか分からない。
口には出せないがノーザンは内心
「私なんかの事より、陛下の方こそ身を固めなくて大丈夫なんですか?
皇帝という立場上、恋愛感情を抜きにしても早く妻を娶り世継ぎをと言われるでしょう?」
と思わずにはいられない。
「そうなのか。心に決めた想い人が居るわけでもないのだな。」
「おりませんが……」
念を押す様に尋ねられ、ノーザンは益々混乱した。
「私はな、ガインを愛している。」
ノーザンは噴き出しそうになった。
城の廊下を歩きながら、皇帝が護衛の兵士に告白するような話ではない。
と、言うか…立ち位置を逆に思われているとしても、二人が褥しとねを共にする関係だとは、確信が無くとも皆が既に何となく知っている。
だからと言って、知ってますとは言えないが。
「…さ…左様でございますか…。
陛下のお心、胸に刻み他言は致しませんゆえ…。」
「うむ。」
━━???何だったんだ……陛下の告白は
私がお二方の関係を正しく把握しているかを探ったのか?
まさか、本当のお二方の関係を知ってる者は消す!とか言わないよな━━
皇帝陛下の私室の前に到着すると、隣室のドア前にガインが立っていた。
「隊長、御身体はもう良いのですか?」
「あ?ああ…まぁ…すまんな、起きれなかった様で面倒を掛けちまった。
つか、陛下が俺を起こしゃ良かったんだよ。
隣に寝て━━」
「ガイン?それ、ノーザンの前で言うのか?」
━━同じベッドで隣に寝ていたんだから。━━
ノーザンならば少ない単語を拾っただけで、言葉の意味にすぐ気付くだろう。
不本意な事故とは言え、ドジっ子なガインが自ら関係を暴露する事が嬉しくもあり、楽しいキリアンはクスクスと微笑む。
「ッ!い、いやっ…とっ…隣の部屋なんで!隣の部屋に寝てたから!
俺の部屋、陛下の部屋の隣の部屋で、先代の皇妃様の部屋が俺の部屋で!」
「ガイン隊長のお部屋の場所、変わられたんですね……
皇帝陛下の…皇妃様のお部屋ですか…。」
「そっそうなんだけど!!そうなんだが!!
俺が皇妃ってワケじゃなく!これは違うんだ!!」
「ガイン、ノーザンは何も言ってないぞ。
何の言い訳をしている?」
キリアンが見たノーザンの表情は、「隠し事、下手くそだなぁ」と、バレバレな言い訳をする子どもを見る大人の様な、生暖かい目の優しい顔をしていた。
「おや…?では、なぜ……ミーシャ殿は主の居ない部屋の前の廊下を今でも掃除しているのですかね。」
隠し事が出来てないガインを見れば、キリアンとガインの関係など火を見るよりも明らかであり、
ノーザンには今さら二人の関係が真実かどうかの確認よりもミーシャの行動の方が謎であり、その理由に興味をそそられた。
「……そう言えばミーシャは侍女として城内を動いてる姿をあまり見ないな……普段、何処に居て何をしているんだろう。」
ノーザンの疑問に改めて気付いたガインが顎に手を当て、ボソッと呟いた。
以前はガインの私室だった、今は無人の部屋の前の廊下を、ミーシャは今もホウキを持って掃除をする。
が、城の中でそれ以外の侍女らしい仕事をしている姿を見かける事は無い。早朝時折、汚れたシーツを持って走る姿を見る位だろうか。
ミーシャは今でも、皇帝のお手付きであるとの認識も少なからずあるので、姿が見えなくても仕事をサボっている等と誰も追及出来ない。
何しろこの城にて、若い女性でキリアンの側に立つ事を許されているのはミーシャだけなのだ。
「うら若き女性の私生活をあれこれ勘繰るのはよせ。
まぁ、ミーシャの話は置いといてだな…
ノーザン、私の警護はもういい。
休憩をとってから、自身の仕事に戻るが良い。」
「はっ。では皇帝陛下、失礼させて頂きます。」
臣下の礼を取り一歩下がって頭を下げたノーザンは、そのまま廊下を歩いて行った。
ガインと共に去って行くノーザンの背中を見送ったキリアンは、ガインの隣でポツリと呟く。
「ノーザンは良い男だ…見目も良いし、人柄も良いし、真面目な性格も良いし………色々と都合も良い……。」
━━ま、そう思っているのは俺じゃないんだけど…━━
その人は大地を司る地母神の様に大きく、慈愛に満ちていて私の全てを深く受けとめ優しく包み込んでくれる。━━
白いシーツに包まれて眠る美しい妻をそのまま部屋に残し、玉座の間に来たキリアンは玉座に深く腰掛けて、肘置きに肘をついて頬杖をつく。
昨夜行った夫婦の愛の営みを思い出せば、身体の芯が疼き熱を持つ。
キリアンは上気した顔でホウッと溜め息をついた。
━━ああ……美しかった……
汚れて乱れて…白濁液まみれのネチャネチャなベッドの上で、自身もベッタベタに精液まみれになって……
大の字になったまま、白目をむく様に気を失ったガインは。━━
キリアンは物憂げに目を伏せて、唇に白く細い指の背を当てると、思案する様に呟いた。
「……この先どうやって……」
━━どうやって、答え合わせをしていこうか……
俺の妄想の中のガインは寝室だけに留まらず、城内はおろか外でも美味しく頂かせて貰った。
ああ、そうだ…場所の問題もあるが…全ての答え合わせをするには他にも課題がたくさんある。
執事みたいな姿のガイン、中庭のティーテーブルの上でめっちゃハメ倒したい。━━
「課題は多い………いや苦労してこそ、真実の答えが見つかるのだ…。」
呟くキリアンの姿を見た、まだ城に勤めて日が浅い若い兵士や文官達が頬を淡く染め上げた。
「物憂げな表情で思案をなさる陛下の美しい事と言ったら…。」
「ああ、陛下はきっと隣国との今後の関係など、この国の将来を見据えて多くの考えを巡らせているのであろう。
我が国の主は美しい上に、なんと聡明な方であられるのか。」
キリアンの近衛として本来ガインが立つべき立ち位置に、体調不良のガインを休ませる理由で急遽立たされる事となったノーザンは、若人達が語るキリアン像を聞かなかった事にした。
ノーザンは思案中のキリアンの姿が美しいとの意見には同意出来なかった。
玉座の隣に立ちキリアンを見れば、時折口角が上がって妖しくほくそ笑んでいたりするし、遊ばせた手の平が何かを揉みしだく様に卑猥な動きをするし。
そもそもが、あの質実剛健を体現したかの様なガイン隊長が突然に体調不良を起こしたとして━━
本人や、その言伝を頼まれた者がノーザンの所に『本日の陛下の警護』の代役を頼みに来たのではなく。
キリアンが護衛も付けずにふらふらと一人で歩いて兵舎に行き、兵舎の休憩室にて読書中のノーザン本人に
「ノーザン、ガインが体調不良で起きれないんだ。
今日の私の警護は、お前に頼む。」
なんて、軽く決めたのだ。
兵舎の休憩室に居た他の兵士の殆どが声も出ない程驚く中で、ノーザンだけが本を閉じて椅子から立ち上がるしかなかった。
「はっ!承知致しました。お供致します。」
と、答えつつノーザンの頭の中は疑問だらけだった。
は?何で?なんで隊長が起きれない?
それを陛下がわざわざ自身で兵舎にまで足を運んで言いに来るのか?
そもそも陛下が、側近とは言え配下の騎士が体調不良で起きられないなんて、何で知っている?
━━………愚問だな。お二方が、私の思う通りの関係であるならば……
陛下が隊長の御身体の調子を知っていても何ら可笑しくは無い。
……と言うか……そもそもが、隊長が目を覚ませなくなる程の何らかの行為を陛下が致したのだとするならば…合点のいく話で……
合点はいくが、あの隊長をそこまで疲弊させるって、陛下どんだけ凄い事を隊長に??━━
玉座の間に集まった者達、それぞれが物憂げに目を伏せるキリアン皇帝陛下に注目する。
玉座の間に集められた者達は皇帝であるキリアンの言葉を待ち、その場に立っていた。
皇帝により集められた以上、キリアンの方から声が掛かるまで誰一人その場を離れる事は出来ない。
何やら物憂げに思案中の美しい陛下を見続けるしか無い。
ノーザンはノーザンでキリアンの姿を見ながら、自身も2人の関係について思案中であった。
「………あ、すまない。考え事をしていた。」
キリアンが自身の所在を思い出すように言葉を発したのは、玉座に腰掛け一同が集まり、一時間経ってからだった。
やっと声を発した陛下に対し、一時間棒立ちでいた皆がスッと頭を下げつつ心の中で安堵の溜め息をついた。
「皆に集まって貰ったのは、他でも無い。
この城での私の暗殺未遂事件について…
浴場にて私の命を狙った者達の出身国が分かった。
義母であるカリーナの生国リスクィートだそうだ。」
玉座の間に緊張が走り、その後に場が騒然となった。
「陛下は先日の刺客を送り込んだのが第二皇妃であらせられた、カリーナ様の仕業だと仰るのですか!?
あの方は、そんな事をする方ではない!」
旧くから城に仕えた先代皇帝からの重鎮の一人、宰相のブラウンが声を上げる。
キリアンの父グレアムにも仕えていた老齢の彼は、カリーナ皇妃の事も良く知っている。
「ああ、私もそう思う。
あの、煩わしい事は一切したくも考えたくも無い義母上のカリーナが、こんな面倒な事に裏から手を回すとか…考えにくい。」
キリアンが答えると、宰相のブラウンも頷いた。
「良くも悪くも煩わしい事には関わりたがらない方ですからな…。」
「いや、しかし…愛息子であるケンヴィー皇子殿下をキリアン皇帝陛下に亡き者にされたと思っておるのかも知れませんし。
そこはやはり母なのですから。
実際にはケンヴィー皇子の行方は、ようとして知れず…亡くなったのか生きてらっしゃるのかは先の戦に勝利した我らにも分からないのですからな。」
ブラウン宰相と同じく、旧くから城に仕える者が意見する。
キリアンとブラウン宰相は顔を見合わせて、その者の意見に対して首を振った。
「いや義母カリーナに母親としての情を求めても仕方が無い。
本当に、良くも悪くも、世間的に体裁が悪くとも、面倒に巻き込まれる事を一切嫌う人なのだから。」
キリアンは叔父のセドリック公爵率いる暗部にリスクィート国と、そこに帰郷したカリーナを探る様に言ったが、キリアンの中では彼女が今回の暗殺に関与している可能性は低いと思っている。
━━だが、義母の生家である貴族家をはじめ、義母の生家に与するリスクィート国の貴族らは別だろう?
ハイエナの様に群がって、この国を欲しがっているはずだ。━━
「彼の国については、まだ調査を続けるつもりだが……その国の刺客をこの堅固な我が城に呼び込んだ愚か者が居る。
その者が誰かは、まだ分かってないが……極刑は免れないと思え。」
キリアンが玉座の間に並ぶ一同に向け言い放ち、席を立った。
刺客を城に呼び込んだ者が誰かを知らない。
それは嘘だ。
玉座の間に、その愚か者が居る事をキリアンは知っていた。
ノーザンを従えて玉座の間を出たキリアンは、自室に向かって廊下を歩きながら、付き従うノーザンに話し掛けた。
「ノーザン。戯れに訊ねるのだが、お前は身を固めるつもりはないのか?
城に勤める者の話では、お前を慕う娘達がそれなりに居るらしいが。」
キリアン皇帝陛下からの思いも寄らない質問に、ノーザンが眼鏡の奥で目を丸くした。
警護の任に就いている時は、注意力を削がれ警戒を怠る事になると私語は厳禁だし、それを知っている筈のキリアンからの唐突な質問に、一瞬答えを口にして良いのか躊躇ったノーザンが口ごもる。
まさか、口を開いた途端に
「お前も近衛失格だ!一兵卒からやり直せ!」
なんて言われたりしないだろうなと。
「任務中に言葉を発することをお許し下さい。
私は独りが楽なのです。
女性に対し気の利いた言葉ひとつ掛けてもやれないでしょうし。
私と居ると退屈な思いをさせてしまうと思いますよ。
ですから、女性とは距離を置くようにしております。」
尋ねられた事に自分なりの答えを口にしたノーザンだが、なぜキリアンがこのような質問をしたのか分からない。
口には出せないがノーザンは内心
「私なんかの事より、陛下の方こそ身を固めなくて大丈夫なんですか?
皇帝という立場上、恋愛感情を抜きにしても早く妻を娶り世継ぎをと言われるでしょう?」
と思わずにはいられない。
「そうなのか。心に決めた想い人が居るわけでもないのだな。」
「おりませんが……」
念を押す様に尋ねられ、ノーザンは益々混乱した。
「私はな、ガインを愛している。」
ノーザンは噴き出しそうになった。
城の廊下を歩きながら、皇帝が護衛の兵士に告白するような話ではない。
と、言うか…立ち位置を逆に思われているとしても、二人が褥しとねを共にする関係だとは、確信が無くとも皆が既に何となく知っている。
だからと言って、知ってますとは言えないが。
「…さ…左様でございますか…。
陛下のお心、胸に刻み他言は致しませんゆえ…。」
「うむ。」
━━???何だったんだ……陛下の告白は
私がお二方の関係を正しく把握しているかを探ったのか?
まさか、本当のお二方の関係を知ってる者は消す!とか言わないよな━━
皇帝陛下の私室の前に到着すると、隣室のドア前にガインが立っていた。
「隊長、御身体はもう良いのですか?」
「あ?ああ…まぁ…すまんな、起きれなかった様で面倒を掛けちまった。
つか、陛下が俺を起こしゃ良かったんだよ。
隣に寝て━━」
「ガイン?それ、ノーザンの前で言うのか?」
━━同じベッドで隣に寝ていたんだから。━━
ノーザンならば少ない単語を拾っただけで、言葉の意味にすぐ気付くだろう。
不本意な事故とは言え、ドジっ子なガインが自ら関係を暴露する事が嬉しくもあり、楽しいキリアンはクスクスと微笑む。
「ッ!い、いやっ…とっ…隣の部屋なんで!隣の部屋に寝てたから!
俺の部屋、陛下の部屋の隣の部屋で、先代の皇妃様の部屋が俺の部屋で!」
「ガイン隊長のお部屋の場所、変わられたんですね……
皇帝陛下の…皇妃様のお部屋ですか…。」
「そっそうなんだけど!!そうなんだが!!
俺が皇妃ってワケじゃなく!これは違うんだ!!」
「ガイン、ノーザンは何も言ってないぞ。
何の言い訳をしている?」
キリアンが見たノーザンの表情は、「隠し事、下手くそだなぁ」と、バレバレな言い訳をする子どもを見る大人の様な、生暖かい目の優しい顔をしていた。
「おや…?では、なぜ……ミーシャ殿は主の居ない部屋の前の廊下を今でも掃除しているのですかね。」
隠し事が出来てないガインを見れば、キリアンとガインの関係など火を見るよりも明らかであり、
ノーザンには今さら二人の関係が真実かどうかの確認よりもミーシャの行動の方が謎であり、その理由に興味をそそられた。
「……そう言えばミーシャは侍女として城内を動いてる姿をあまり見ないな……普段、何処に居て何をしているんだろう。」
ノーザンの疑問に改めて気付いたガインが顎に手を当て、ボソッと呟いた。
以前はガインの私室だった、今は無人の部屋の前の廊下を、ミーシャは今もホウキを持って掃除をする。
が、城の中でそれ以外の侍女らしい仕事をしている姿を見かける事は無い。早朝時折、汚れたシーツを持って走る姿を見る位だろうか。
ミーシャは今でも、皇帝のお手付きであるとの認識も少なからずあるので、姿が見えなくても仕事をサボっている等と誰も追及出来ない。
何しろこの城にて、若い女性でキリアンの側に立つ事を許されているのはミーシャだけなのだ。
「うら若き女性の私生活をあれこれ勘繰るのはよせ。
まぁ、ミーシャの話は置いといてだな…
ノーザン、私の警護はもういい。
休憩をとってから、自身の仕事に戻るが良い。」
「はっ。では皇帝陛下、失礼させて頂きます。」
臣下の礼を取り一歩下がって頭を下げたノーザンは、そのまま廊下を歩いて行った。
ガインと共に去って行くノーザンの背中を見送ったキリアンは、ガインの隣でポツリと呟く。
「ノーザンは良い男だ…見目も良いし、人柄も良いし、真面目な性格も良いし………色々と都合も良い……。」
━━ま、そう思っているのは俺じゃないんだけど…━━
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彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
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名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
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