王子と内緒の人魚姫

黒蝶

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青海 錬 続篇

第9話

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「久しぶりって、どういうこと?」
しばらくの沈黙のあと、錬は話してくれた。
♪「...僕は家族が死んでから、ほとんど一人で生きてきた。だから、家族と行った旅行が最後だったんだ」
「...」
♪「勿論、仕事の出張は別だけどね!でもやっぱり、何か違うから...」
錬は今にも壊れてしまいそうな硝子細工のような笑顔で話していた。
(錬は、ずっとそんな思いを一人で抱えてきたの?そんな気持ちで、ずっと...)
黒羽は錬を抱きしめた。
♪「黒羽?」
「無理しなくていい...」
♪「何の話?」
「無理して笑わなくていいんだよ」
♪「...ごめん、上手く笑えてなかったかな?」
黒羽はこくりと頷いた。
♪「ごめっ...ごめんねっ」
錬は心に貯めていた黒いものを吐き出すように、涙を零した。
どんなに止めようとしても、止めることができなかった。
♪「かっこ悪いところ見せちゃったね...」
ひとしきり泣いたあと、錬はぽつりと呟いた。
「そんなことないよ。...そうだ!それじゃあ今度は玲音たちとのお仕事?できた旅行の話を聞かせて?」
♪「あんまり面白いものでもないよ?」
「いいの!」
(私は錬のことならなんでも知りたい)
♪「玲音が潜入に失敗して、爆弾投げられながら全力疾走したり、玲音が踏んじゃいけないボタンを踏んで、落とし穴に落ちそうになったり...」
錬はそうしてしばらく話を聞かせてくれた。
「ふふ...」
♪「ごめん!つまらなくなかった...?」
「全然!とっても面白い話だったよ」
♪「それならよかった...」
そこまで聞いていて、黒羽はふと疑問に思ったことがあった。
「ねえ、錬」
♪「どうしたの?」
「線香花火って、何?」
それは、錬が家族で行った旅行についての話のこと。
『線香花火をしようと思ったけど、できなかった』黒羽は、その部分が引っ掛かっていたのだ。
♪「線香花火っていうのは...」
説明を受けて、黒羽は提案した。
「それ、ここでやらせてもらえないかな?」
♪「ホテルじゃきっと無理だよ...」
「そっか...」
そんな話をしていた時だった。
ー「お客様、もしよろしければ...」
それは、少し大きめの花火のセットだった。
ーー「バルコニーでやっていただく分には問題ありませんので、どうぞお二人でお楽しみください」
外でたまたま聞いていた旅館の人たちが用意してくれたのだった。
♪「ありがとうございます!」
「今夜早速使わせていただきますね」
従業員たちは、ほほっと笑って去っていった。
そのなかには、線香花火も入っていた。
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