ノーヴォイス・ライフ

黒蝶

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第30話

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それからしばらくして泣き止んだ桜雪ちゃんは、頬わ赤らめて勢いよく頭を下げた。
「そんなに申し訳なさそうにしないで。桜雪ちゃんがすっきりできたならそれでいいから。
それに、一緒にご飯を食べてくれる人がいて嬉しかったんだ。いつも独りだから」
望んだことではあるけど、人と関わるのも悪くないと思えた。
ここ2ヶ月くらいでまた少しだけ桜雪ちゃんに近づけた気がする。
というより、今日が1番心に近づけたと思う。
「……」
「どうかした?」
「【ありがとう】」
この手話の意味はもう分かる。
「どういたしまして。そうだ、もしこの後時間があるならもう少し資料をまとめない?」
ゆっくり頷いた彼女の笑顔は桜みたいにほんわかしていて、なんだか胸が熱くなる。
心が爆発しそうというか、破壊力がすごいというか…どう言葉にすればいいのか分からない。
「…?」
心配そうに覗きこまれて、どきりとしながらいつもどおり振る舞う。
「ごめん、なんでもないんだ。ここを片づけたら飲み物淹れるね。何か飲みたいもの、ある?」
珈琲や紅茶、お茶…温かい飲み物のもとをいくつか持っていく。
考える素振りを見せた桜雪ちゃんが選んだのはココアだった。
「作ってくるからゆっくりしてて」
飲み物を淹れて予備の資料を渡す。
「これがあればわざわざ取りに行かなくていいでしょ?」
「【ありがとうございます】」
電子メモに書かれた文字が可愛らしくて、つい何度も見てしまった。
向けられた視線を感じてはっとする。
「それじゃあ、会議しようか。定時制のはもうこれで追加分はないんだけど、通信制はどうだった?」
少しずつ話しながら進めていると、あっという間に完成してしまった。
もう少し話していたかったけど、これ以上引き止めるわけにはいかない。
「これで会議は終わり。お疲れ様」
「【お疲れ様でした】」
「…ねえ、また時間があるときにビデオ通話しない?」
桜雪ちゃんは少し戸惑っている様子だったものの、すらすらと書かれた言葉ににやにやしてしまう。
「【私でよければ、いつでもお願いします】」
「ありがとう。近くまで送っていこうか?」
この質問には首を横にふられてしまった。
ここで押し切れば逆に気を遣わせてしまいそうで、そのまま後ろ姿を見送る。
途中何度も振り返りながらお辞儀する姿は可愛らしくて、灰暗い雰囲気が吹き飛んでいたことにほっとした。
テーブルを片づけていると、小さなメモ用紙と1000円札が置かれていることに気づく。
【今日は色々お世話になりました。いつも助けてもらってばかりで申し訳ないです。朝ご飯の代金を渡せなかったので置いていきます。
穂さんと話すのはとても楽しいので、また話ができると嬉しいです】
心温まるというのは、こういうことを指すんだろう。
救われているのは俺の方だって話したら、桜雪ちゃんはどんな反応をするだろうか。
一緒に置かれていた袋から出てきた猫のキーホルダーを握りしめ、早速キーケースに取り付けた。
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