泣けない、泣かない。

黒蝶

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泣けないver.

優しさ

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私の母はとても優しい人だった。
記憶の中の彼女はほとんど怒っていない。
自分は長くないと分かっていたはずなのに、幼い私の背中を押してくれた。
『詩音はすごいんだよ』
「私、が...?」
『うん。こんな状態にされたら、僕なら心が折れてると思う。
でも詩音は違うよね?今を必死に生きて、相手の悪口も言わずに戦ってる...』
「優翔...」
優翔は複雑そうな表情をしながら、ノートに視線を向けている。
これは私にとって、とても大切なものが詰まっている。
ずっと考えて書きためてきたオリジナルの歌詞に、母が描いてくれた服のデザイン...。
私の夢への1歩が詰まっていて、母との想い出も詰まっている大切なノートなのだ。
『その汚れはノートの表面だけ?』
「うん。中身は無事だった」
『除光液持ってない?紙質にもよるけど、慎重にやれば落とせるかもしれない』
「本当?」
思いつきもしなかった。
今までのノートは中身までやられていたから捨ててきたし、マジックを落とせるなんて知らなかった。
「ありがとう、上手くいきそう...」
『同じ経験をしたことがあるから、たまたま知ってたんだ。安心してくれたみたいでよかった。
...ねえ、もしかしてまた泣けなくなっちゃった?』
「そんなこと、ないよ」
涙を流したらきっと心配させてしまう。
そう思うとやっぱり出てこないのだ。
『独りで頑張る必要なんかない。もっと周りを頼っていいんだよ。人を信じるのって難しいけど、僕のことだけは信じてほしい。
君はすごく強いけど、それと独りで頑張るのは別の話。泣きたいときは素直に泣いていいんだよ。
それから笑いたいときに笑えばいい。今みたいにずっと笑っていると、詩音が壊れてしまわないか心配になる...。君の笑顔はすごく綺麗だけどね』
「優翔...」
【詩音の笑顔はすごく綺麗ね】
...彼も母と同じことを言う。
気づいたときには堰を切ったようにぽろぽろと涙が止まらなくなっていた。
零れ落ち続けるそれを止めたかったけれど、自力ではできない。
その間、優翔はずっと黙ってくれていた。
寄り添ってくれる優しさに、沢山の温もりを感じる。
『そろそろ横になった方がいい。大丈夫、通話はこのままにしておくから。
君が寝たら、それから僕が切っておくよ』
「ごめんなさい...」
『謝る必要なんかない。辛いの、少しでも楽になったかな?』
「うん。もう大丈夫」
画面越し、優翔の柔らかい笑顔が映し出される。
『それじゃあ、おやすみ』
「...優翔」
『どうしたの?』
「ありがとう」
今ならぐっすり眠れそうだ。
目を閉じて彼の笑顔を瞼の裏に浮かべる。
最近寝不足ぎみなのもあってか、意識がどんどん落ちていく。
──優翔の優しい声で、おやすみと耳に届いたような気がした。
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