夜紅前日譚

黒蝶

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プロローグ

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母は心労がたたって病死した。
「おねえちゃん…?」
「穂乃、大丈夫だ」
まだ幼い妹は棺で眠る母親がどういう状態なのか分かっていないようだったが、黒いワンピースを着たところで理解したらしい。
葬儀が終わったところで、いつものごろつきがやってくる。
「おかあさん…」
ふたりきりになった家族で、私に今できることは何だろう。
眠る妹の頭を撫でていると、突然声をかけられる。
「神宮寺詩乃さんですね?」
「そうですけど…」
「お母さんの遺言をお伝えしに来ました」
あんなに弱っていたのに、そんなものを用意してくれていたなんて知らなかった。
【これを読まれているということは、長くなかった私の体が手術まで持たなかったということね。
娘の詩乃と穂乃からは沢山の幸せをもらいました。本当にありがとう。
まず、あの男とは離婚届を出しておきました。親権は私が持つことになったから、ふたりが折原姓を名乗れるように手続きをしてあります。
私が死んでしまったら弁護士さんにやってもらえるように頼んであります。遺産は全て詩乃が相続できるようにしてあるし、遺族年金もあるから、お金のことは心配しないで。
ふたりの成長を見られなかったのは残念だけど、どうか幸せになってね】
泣き疲れて眠る穂乃の隣でひっそり泣いた。
ネットで調べた情報を頼りに喪主をしたり、お母さんの部屋にあった葬儀屋に連絡したり…そんなことをしているうちに泣く余裕がなかったのかもしれない。
「大丈夫です。私がおふたりの後見人となり全力でお守りします」
名刺に書かれていた名前は神宮寺姓で、思わず警戒してしまう。
「なんであの男と同じ名字なんですか?」
「私はあの家とは縁を切っています。分籍も済ませてあるので事実上他人です。
君たちをあの男に渡すわけにはいかないからと、生前交流があったお母さんに頼まれたんだ。…信じてもらえないかな?」
今の私には信じる以外の選択肢がない。
神宮寺は父親もどきの姓で、不愉快ではあるが今はそれを名乗っている。
お母さんの名字を名乗れることが嬉しい。
その直後、インターホンが鳴り響いた。
「神宮寺さん、ちょっといいですか?」
除き穴から見たところ、明らかにチンピラのような格好の男が立っていた。
「どうも。お父さんいるかな?」
「私に父親はいません」
「借金して逃げられて困ってたんだよね…返してくれる?」
「…知らないのか?子どもに返済義務はないってこと」
「なっ…」
「今お母さんの葬儀を終えたばかりなんだ。帰ってくれ」
思いきりあげられた拳にわざと当たり、大袈裟に倒れこむ。
「へっ、偉そうにしてても所詮、」
「…あんまり餓鬼を舐めない方がいい」
毎日鍛錬を欠かさないのは、こういう奴等が来ることが分かっていたから。
思いきり足に拳を喰らわせると、相手は小さく悲鳴をあげてその場に倒れこんだ。
「もう1度だけ言う。…帰ってくれ」
相手は転げるようにしてその場を去った。
それと同時に弁護士の拍手が聞こえる。
「強いんだね」
「護りたいものがあるので。…護れなかったものもありますけど」
お母さんともっと一緒にいたかった。
そんな悲しみにつけこまれたのだろう。…奇しくも、この日が夜紅として覚醒する日になった。
「まずい」
「え、」
「伏せて」
弁護士に言われたとおりにすると、壁に大きな穴があいた。
…この人、いつも私が視ていた景色と同じものが視えるのか。
《美味ソウダナ…》
いつも会っていた人とは全く違う気配を感じる。
「神宮寺家は代々祓い屋の家系なんだ。けど、妖たちと仲良くする方法だってあるはず。…だから俺は家を出た」
持っている札から水が溢れ、その姿にただ驚くことしかできない。
植物の妖だったらしく、その攻撃は寧ろ相手の力になったようだ。
《キシシ!》
鉤爪のような攻撃をひたすら避け、弁護士が穂乃を抱えて走っている間に自分の部屋にある組み立て式の弓を用意する。
実はお母さんの部屋にある資料をこっそり読んで、勉強していたことがあった。
「頼む、上手くいってくれ…」
ポケットから取り出した紅をひき、血文字で術式を書いた札を矢にくくりつける。
《見つケた、美味ソウナ奴!》
「喰らえ」
矢を真っ直ぐ放ち、それが相手に命中すると燃えはじめた。
《ギャアアア!》
相手の体はたちまち炎に包まれていき、そのまま決着がついた。
「君も術者だったんだね」
「そういうわけではないです。初めて使ったし、独学なので」
正直に話すと、弁護士の表情がどんどん険しいものになっていく。
「君の才能を知れば、神宮寺本家が手を出してくるだろう。…できればこの家から離れた方がいい」
「どうしてですか?」
「さっきの妖ものをけしかけたのは、神宮寺本家だろうと仮定できるからだよ」
言っている意味がよく分からなかった。
だが、幼い頃から人と違ったものが視えていることは母親に言われていたのでよく知っている。
「心配しなくていい。というより、今は眠った方がいいよ。大切な人がいなくなって、平気でいられるはずないんだから」
その言葉には甘みがあって、だんだん瞼が重くなる。
ずっと気を張っていたせいか、そのまま疲れて眠ってしまった。
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