裏世界の蕀姫

黒蝶

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春人ルート

第35話

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「……」
今はただ、目の前のことに集中したい。
鍋で具材を煮こみながら、少し離れた場所で溜まっていた洗い物をする。
ちゃんと汚れを落とさないと、もし食べるときに汚れていたら大変なことになってしまう。
それに、怒鳴られてしまうかもしれない。
…あの人たちはいないのに、そんなことばかりを考えてしまう。
「お待たせ。あとは体を乾かせば綺麗になると思う」
「お風呂、本当に入れるんですね…」
「ただ、洋服と同じで洗い方には気をつけないといけないんだ。
材質によっては、繊維が傷んで毛並みが戻らなくなるから」
春人は夜風がふく外にふたりを座らせて、じっと私の方を見つめる。
「何か手伝えることはない?今日も夜中に出掛けないといけないんだけど、その前にできることがあるならやっておきたいんだ。
いつも任せっきりだし、夜にひとりでいるのは不安なんじゃないかって思ったんだけど…」
怖くないと言えば嘘になる。
ただ、そんなことを話したらきっと春人を困らせてしまうだろう。
「だ、大丈夫です」
「俺相手にそんなふうに強がらなくてもいい」
すぐに見破られてしまった。
どうして私が考えていることがずばずばと当てられてしまうのだろう。
「君は嘘を吐くのが下手だから信頼できる」
「え…?」
「俺に迷惑をかけないようにとか考えてくれたんだろうけど、そんなことは気にしなくていい。
あと、嘘を吐けないってことは正直者ってことだから…身勝手かもしれないけど、そのままでいてほしい」
瞬間、心臓が速く動き出す。
まるで機械が動きはじめたようにばくばくと音をたてている。
今までこんなふうになったことはなかった。
それは病気?それとも、知らない感情?
「……月見?」
「ごめんなさい、えっと、その、頑張ります…?」
「やっぱり君のそういう素直なところ、いいと思う」
こんなふうに褒められたことなんてなかった。
頭を撫でられると、かちかちと時計を刻むような音が体中から鳴り響く。
それからどうやって食事を仕上げて食べたのか、全く覚えていない。
「それじゃあ行ってきます」
「い、いってらっしゃい…」
ぱたんと扉が閉まって、途端に寂しさがこみあげてくる。
本当はついていってみたい、一緒にいさせてほしい、少しでも話ができたら…そんなことを考えてしまう。
「…勉強しよう」
ここには読んだことがない本が沢山あって、好きなものを読んでいいと許可をもらっている。
どれにしようか迷っていると、1冊の小さい本を見つけた。
手に取ってみると、タイトルが手書きで大きく書かれている。



──【伝説の便利屋事件に関する独自調査報告書】
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