皓皓、天翔ける

黒蝶

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第4章『暴走』

第22話

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できれば休みたかったけど、ホームルームだけは出席しておこうと教室に顔を出す。
「宵月君、おはよう!昨日のテレビ見た?」
「テレビ?」
「いきなり話しかけたらびっくりするだろ?向こうの奴らと昨日のドラマの話で盛り上がっててさ…」
相変わらず人気者の彼の周りは人で溢れている。
うんざりした表情がちらっと見えて、微笑ましくなってしまった。
「だからこの方程式を解くと、解は……チャイムが鳴ったから今日はここまで。次回までに今配ったプリントを全部仕上げておいてください」
午前の授業が終わり、重い体をひきずって屋上に向かう。
なんとか作れたお弁当を食べていると、扉が開く音がしてふりかえる。
「体調はもういいの?」
「あ、うん。…卵焼き、食べる?今日のはたらこを入れてるんだけど…」
菓子パンを持っていた氷雨君につまようじでさした卵焼きを渡すと、特に嫌がる様子もなく受け取ってくれた。
「ごめんなさい。次はちゃんとお弁当を…」
「無理しなくていい。倒れたら大変だし」
「無理、とかじゃなくて…私なんかとも、話してくれるお礼。あと、私がやりたいから」
包帯だらけの体を見ても、普通に接してもらえるのが本当に嬉しい。
おばさん以外で私をひとりの人として扱ってくれる人なんていないと思っていた。
だけど、最近は氷雨君と話せるからちょっと悪くない。
「その怪我、誰にやられてるの?」
「家にいた人。今は外に出られたから…」
「……そう」
氷雨君は惣菜パンを食べた後、卵焼きを一口で味わう。
普段表情が変わらない彼の頬が少しほころんだような気がしてほっとした。
「……もし、まだ作ってくれるつもりなら卵焼きを入れてほしい」
「勿論。他に、好きな食べ物はある?」
「分からない。あんまり考えたことがなかったから…」
そういえば、いつも同じ味のパンを買っている気がする。
あまり食にこだわりがないと話してくれたことがあったけど、食事そのものに意味を感じていないのかもしれない。
「また今夜…あ、夜食持っていってもいい?」
「別に構わないけど、あんなに怖い思いをしたのに平気なの?」
「あの人に悪気があったわけじゃはいことは、ちゃんと分かってるつもりだから」
あんなにいい人を騙した人間が悪い。
はっきり口にはできないけど、心からそう思う。
せめてあの人の苦しみが少しでも軽くなっていることを願いながら、うっすら雲がかかった空を見上げる。
「氷雨君は、疲れてない?」
「俺は平気。慣れてるから」
「…そっか」
言葉少なく会話して、そのまま教室に戻る。
授業を受けるのは憂鬱だったけど、夜食のことを考えていたら楽しくなっていた。
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