皓皓、天翔ける

黒蝶

文字の大きさ
45 / 236
第7章『複合』

第38話

しおりを挟む
「…お飲み物のおかわりを用意します」
《ああ…すみません。車掌さんに当たり散らすようなことをしても意味ないのに》
「いえ。私の方こそ、何もできず申し訳ありません」
男性のためにできることはなんだろう。
これ以上話をしてもらうのは苦しそうだし、自分が死ぬ瞬間なんて何度も思い出したくないだろうから話題を変えたい。
だからといって不自然に変えれば逆に申し訳ないと思わせてしまう…。
どう接しようか困っていると、後ろから声をかけられた。
「お客様、やり残したことはありますか?」
話せなくなった私の代わりに氷雨君が問いかける。
男性は少し困ったように笑いながら、ぽつりと零した。
《恩師の先生に、ちゃんとお礼を伝えられてないんです。俺に家族と呼べる相手がいなくてもずっと支えてくれたあの人に、感謝を伝えたい…。
花束も渡しそこねちゃったので、それだけが心残りです》
「…それでは、手紙という形にして残してみませんか?」
《手紙…あんまり書いたことないですけど、出来損ないの俺でも書けますか?》
「伝えたい想いさえあればみんな平等です」
《…時間がかかってしまうかもしれないけど、頑張ります》
沢山下書きをしている男性を微笑ましく思っていると、氷雨君に手招きされる。
表情はよく見えないけど、なんだか少し険しいように見えた。
…怒らせてしまっただろうか。
「あの、ごめんなさ、」
「別に怒ってない。ただ、調子が悪そうに見えたから連れ出しただけ」
心配させてしまったんだと思うと申し訳なくなる。
「平気だよ。ありがとう」
「…似ているところがあったなら、あまり感情移入しすぎないように」
「どういうこと?」
「君は優しいから、きっとこう言っても無理なんだろうけど…人に寄り添うってことは、それと同じくらい相手が抱える痛みや苦しみを感じることになる。
俺は慣れてるから深入りしないようにできるけど、君みたいに相手の心に入りこんで話すタイプは上手く痛みを逃がせない。…それじゃいつか壊れる」
茶化しているわけじゃないことは目を見ればすぐ分かった。
氷雨君の周りの人がそうだったのか、氷雨君自身が慣れるまでにそうなったことがあるのか。
自分では考えたこともなかったけど、そういうふうに見えているんだ。
「心配してくれてありがとう。だけど、本当に大丈夫だよ」
「……そう」
少し沈黙が流れた後、何かを手渡された。
「薄荷飴。喉にいいみたいだし、個人的に持ち歩いてるものだから食べて。気に入らなかったら捨てていいから」
「ありがとう。大切に食べるね」
ふたりで車両に戻ると、男性が真剣な表情で紙と向き合っているのが目に入る。
書き損じを片づけ終わる頃、男性が小さく呟いた。
《…できた》
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

処理中です...