皓皓、天翔ける

黒蝶

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第12章『深愛』

第60話

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新学期がはじまり、途端に頭が痛くなる。
他の生徒達の声も耳にはっきり届いた。
「学園長の話長くね?」
「毎年似たようなことしか言ってないらしいぞ」
「え、それまじ?だる…」
「早く教室でメイクし直したいんだけど…」
「分かる。暑いしこれ以上長かったら溶ける」
暑さのせいだと気づいたときにはもう遅くて、誰にも見えないような端っこの壁にもたれかかる。
なんとかやり過ごそうとしていたら、見覚えがある人物に声をかけられた。
「歩ける?」
なんとか一歩踏み出そうとしたけど、足に上手く力が入らない。
「捕まって」
「…ごめ、」
「謝らなくていい。急ぐよ」
私の体を支えたまま、氷雨君はすたすたと歩きはじめる。
あんなに重かったはずの体が、彼のおかげで今は少し軽い。
ふらふら歩いているうちに、いつの間にか誰もいない保健室へ辿りついていた。
「今夜、来られそうになかったら休んでいいから」
「……嫌」
「嫌って、そんなこと言われても、」
「絶対、行く」
あまり回らない舌を動かしてなんとか伝える。
「…そう。先生には俺が言っておくから、今は休んだ方がいい」
時々つんつんした言い方をされるけど、やっぱりこの人は優しい。
お言葉に甘えて、集会が終わるまでの間少し寝させてもらった。
「2学期も気を引き締めていくように」
それからすぐ放課になり、おばさんのところへ行こうとしたけどあることを思い出して駅へ向かった。
「…だいぶ早いんじゃない?」
「他に行くところがないから、先に着替えておこうと思ったんだ」
「家族のところには行かないの?」
「今日は検査の日だから会えない。今頃お菓子の詰め合わせが届いてるはずだから、喜んでもらえてるといいな…」
「直接渡した方が相手の表情を確認できるのに」
毎回検査の日は行くのを避けている。
色々なことを調べて疲れているところに押しかけて、おばさんの負担になったら意味がない。
「今日は殺人事件の被害者が乗ってる車両に行く。お客様データはここにあるから目を通しておいて」
「分かった」
それだけ話すと、氷雨君はどこかへ行ってしまった。
お礼を言いたかったんだけど、タイミングが分からない。
「氷空ちゃん?」
「あ、えっと…こんにちは」
「早いね。まだ夕方なのに」
「早めに用意しておきたくて…。あ、あの」
「どうしたの?」
「氷雨君の好きなものって、知ってますか?」
矢田さんはにっこり笑って、お菓子のカタログを見せてくれた。
「リーダーって意外と甘党なところがあるから、こういうチョコレート系には目がない。あと、おやつにパンケーキ作って食べてるところもみたことあるし…。
そういえば、この前傘をなくしたって言ってたな」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして!何か困ったことがあったら言ってね」
矢田さんに教えてもらったことをメモして、やってきた車両に乗りこむ。
ぞろぞろやってくるお客様たちがみんな亡くなっていると思うと、やっぱり胸が苦しくなった。
「体調は?」
「もう平気。ありがとう」
「一応持ってて。いらなかったら捨てていいから」
渡されたのはスポーツ飲料だ。
心配をかけてしまって申し訳ないと思いつつ、ありがたく受け取ることにした。
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